現役ウィキペディアンがGrokipediaを読んだ。感想は水。
ここまでのあらすじ
お疲れ様です。ウィキペディアンの宇喜多・W・要出です。先ごろ、イーロン・マスク肝入りのオンライン百科事典、Grokipedia(グロキペディア、またはグロッキペディア)がリリースされました。
イーロンマスクのウィキペディア嫌いはまぁ良く知られたもので、「ウィキペディアが左翼に乗っ取られている!」とか、「チ〇コペディアに改名するなら私から10億ドル寄付しよう」とか言っていました。それに今年は、トランプ大統領就任式でナチス式敬礼をしたんじゃないかという論争が巻き起こりました。この一件、ウィキペディアの単独記事になっています。
おそらくこの辺で「イーロン、動きます」となったのでしょうか?(宇喜多の独自研究)2025年9月にGrokipediaの予告が出て、同年10月27日にバージョン0.1として公開されました。子飼いのAI「Grok」がベースになっています。
Wikipediaが気に食わないので自前のウェブ百科事典を作るのは最近の流行であり、昨年はロシアが自前のウェブ百科事典を作りました。
まだまだ前提:WikipediaとGrokipediaの違い
Wikipediaは誰でも編集できるのが最大の特徴の一つです。そしてGrokipediaは誰も編集できないのが最大の特徴です。完全に真逆です。剛体術とマッハ突きの関係ですね(バキ)。
Wikipediaでは、編集したい人が集まってきて、呆れ返るほどの時間と労力をかけて議論して、方針を決め、これまた呆れ返るほどの時間と労力をかけて記事を編集します。
Grokipediaでは、「ここ間違ってるよ」と報告することができます。あとは全てAIがやります。直すのか、直さないのか、直すならどう直すのか、全てAIがやります。人間のかかずらうパートはありません。
他にも、編集履歴が見られる、見られないという違いもあります。Wikipediaでは地層の様に全ての編集の歴史が見られます。Grokipediaでは最終更新のみがわかります。
あと、バージョン0.1の辞典では画像はなく、英語版のみです。しかしこれは大した問題ではないと私は思っています。それこそAIは画像を作れます。翻訳もできます。
他の方がGrokipediaを批判する記事もいろいろ読みました。Wikipediaからのコピペが多い、と非難する人も多く見られました。WikipediaはCC BY-SA 4.0というライセンスです。誤解を恐れずに言えば、Grokipediaもこれを引き継ぐようなので、コピペはあんまり咎めづらいです。コピペはこの記事の後の方でまた触れます。
ああ、やっと前提終わった。
本題:ウィキペディアンがGrokipediaを読んでみた。
試しに、よく知っている事物をGrokipediaで調べてみましょう。「Shizuoka Prefecture」を見ました。以下、この記事を書いている11月15日時点の内容とします。
文章量がWikipediaの数倍あります。そしてウィキペディアンとして読んだ時に、なによりまず驚いたのは出典の数です。179個です。日本語版Wikipediaが57個、英語版Wikipediaなんか13個です。英語版からかなり加筆されています(「出典が多いから正しいね~」なんてことを言いたいのではありません。)。
最大の違いは出典の内容です。すべての出典元が、ウェブサイトなのです。紙の本が、ただの一つもないのです。しかも出典提示も、URLを書いただけなのです。これがWikipediaならURL以外に、そのサイトを閲覧した日付やそのサイトの最終更新日などが求められます。おまけでウェブ魚拓があったらもう最高。繰り返しますが、GrokipediaはURL一行です。
出典が全てウェブなのはさておいて、とにかくすごいのが、これだけオンライン出典があって、リンク切れがおそらく一個もないことです(流石に全て見ることはかないませんでしたが、四分の一くらいはチェックしました。)。出典のリンク切れなど、おっつけ、かつ、じわじわと発生していくものです。それを、約180個ウェブの出典があってリンク切れがなさそうなんてのは、とんでもないことなんです。
リンクが切れていないか調べて、切れていたら代替する。そりゃあ、一つや二つなら問題ありません。これが200弱あるんだから話は別です。人力でやろうとするととんでもない作業量になります。そして、それを苦ともしないのがAIです。ボランティアどうこうではなく、人力では事実上、無理。こまった、ちょっと勝てない(魔人ブウ)。
とはいえ、間違っているところもありました。甲斐駒ヶ岳が静岡県の山になっていました。……そうですね、誤りに関してはWikipediaだってどっこいどっこいです。
そして政治思想としては……他の記事を見ましたが、結構かたよっている感じがします。成り立ちが成り立ちですからね。
今後の予想 その1
文章量でAIに勝てるわけがなく、ウェブ出典の更新でも勝てるわけがなく、となると、Wikipedia&人間連合軍に勝ち目はないのでしょうか。Twitter(現X)上では、「Wikipediaのライバルが現れ、競争原理が働き、切磋琢磨するだろう」と好意的な反応もまた多く見られました。
私はそうは思っていません……というより、そもそも勝負が始まらないと私は予想します。二つのオンライン百科事典は、接点がどんどんなくなっていくと思います。
今までWikipediaでは立場が真逆の人々がノートページで侃侃諤諤の議論を何年も交わすのが常でした([[九州平定]]のノートページなど)。気に食わない相手と時間をかけて話し合おう。そうやって中立的な落としどころを探ろう、という理念だったわけです。
AIが好きならGrokipedia読む、右翼ならGrokipedia読む、AIがキライならWikipedia書く、左翼ならWikipedia書く、と分断が進んでしまうことを、私は危惧しています。
イーロンマスクは「Wikipediaは左翼の傀儡だ」と言いました。実際問題、私は今のWikipediaが左翼の傀儡とは思っていません。(っていうかこんなニュースがあるし)。
しかし。
下手したら、イーロンマスクのこの発言は、今後正しくなってしまうかもしれません。右翼がWikipediaを編集しなった時、Wikipediaが中立を保つのは極めて難しいでしょう。Wikipediaが左に偏ると「やはりイーロンマスクは正しかった」となって、ますます多くの右翼がGrokipediaへ移っていくでしょう。正のフィードバックです。
今後の予想 その2
予想はもうひとつあります。
AIには不可能ながらウィキペディアンに可能であることが二つある、と私は思います。一つは紙の本からウェブ上へ情報を移すことです。AIはウェブにて最強。ならば、人間の持ち味はウェブにない情報を取り扱えることです。具体的には紙の本、というわけです。
ウェブにないのに紙にある情報なんて存在するのか? という疑問については、こちらなどをご覧ください。
もう一つは、現実にある事物の撮影です。AIが撮影することはできません。AIがそれっぽい画像を作るにも、教材となる画像が必須です(この理解であってますよね?)。人間が現地で撮って初めて、ある事物の画像が生まれるのです。
そうして物理世界からウェブ世界へ持ってきた情報は、AIも取り扱うことができます。しかも先に述べた通り、Wikipediaは手続きを踏めばコピペができます。すなわち、ウィキペディアンが撮った画像や紙から持ってきた情報を、Grokipediaに載せることができます。
Wikipediaをコピペすることが今後も続くようならば、Wikipediaが現実から情報をもってきて、Grokipediaがそっくりそのまんま載せる、というフローが日常茶飯事になってしまうかもしれません。
もしそうなったときに、果たしてウィキペディアンはモチベーションを保つことができるのでしょうか(私に限って言えば、それでも書いてそう)。
水
Wikipediaのことを全くの門外漢へ説明する際に、私はよく水道を例に挙げます。川から水を引いてきて、蛇口を開ければいつでも飲める水道と、ソースから情報を引いてきて、ウェブを開けばいつでも調べられるWikipediaは、似ていると思うのです。Wikipediaのイベントで「私が市の水道局の職員にあたるわけで、このパソコンが浄水場ですね」とか言うとウケます。
Wikipediaを稼働させているヒトをAIに取り換えたものがGrokipediaだとしましょう。これを水にたとえると、水道局の職員さんを全部AIに取り換えて、イーロン水道を立ち上げたようなものです。
水道局の職員さんに「すいどうすいはどうやってつくるの?」と小学三年生が尋ねれば、職員さんは浄水場を案内してくれます。「この川から取水したんだよ。まずはゴミをとってね、泥を沈めてね、薬品で……」と、全て見せてくれます。ただし、どこまで行っても結局はボランティアの作った水です。味はおいしくありません。水勢だって強くありません。ちょろちょろ。
一方のイーロン水道では、小三の質問なんぞ受け付けません。「任せろ!」で終わりです。浄水場の中には無人で動くすんごい機械があるそうなのですが、見学は一切させてくれません。「水がまずいぞ!」と投書しても、改善するのかしないのか、人間は決められません。あぁ、あと、水勢はすんごいです。ビャー。
どっち飲みます?


宇喜多さんは、てっきり私と同じおっさんかと思っていたら、実は美少女だったんで吃驚しました。 まあ冗談はさておいて、Wikipedia と Grokipedia、本当に真逆ですね。やっぱり、オレタチには紙なんですよ。やっこさん、オレタチが紙から読み取った情報をネットに上げないことにはどうしようもない…