(cache)【山上徹也裁判】で露呈した〝左翼の知的怠慢〟と「リベラル」「フェミニスト」の〝自省なき堕落〟【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

【山上徹也裁判】で露呈した〝左翼の知的怠慢〟と「リベラル」「フェミニスト」の〝自省なき堕落〟【仲正昌樹】

【安倍元首相銃撃判決】奈良地裁での公判を終えて取材に応じる鈴木エイト氏(2026年1月21日)

 

 奈良地裁は山上被告に対して、検察の求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。統一教会問題が安倍元首相を殺害する動機に直結したので、彼に同情すべきだと、という弁護側、そして日本のリベラル・左派の主張が、司法の場では退けられることになった。この判決に至るまでの三年半は、日本の左翼の迷走の歴史だと言ってよい。

 ほとんどの左翼は差別と闘うことを標榜するが、私は信用していない。「統一教会」に対して彼らの多くは、「反日の外国の宗教、出て行け!」と平気で言い放つ。(日本人の)信者が学校で差別され、職を奪われたと訴えても、カルトだから自業自得、MC(マインド・コントロール)が解けないので仕方ない、と言って取り合わない。教団への解散命令が確定した場合、信者たちがどうなるか、どういう状況に置かれるか考えようとしない。精々カルトをやめればすむことだ、くらいにしか思っていないのだろう。

 彼らの中で「統一教会」は、政府や財界等の巨大な権力と一体化した悪の勢力であるので、その信者の個別の生き方には関心がいかないのだろう。ひょっとするとこの宗教は社会的偏見ゆえに、あらぬ疑いをかけられて苦しんでいる「社会的弱者」かもしれない、自分たちの見方が間違っていたかもしれない、と自己批判的に振り返ることはないのか? 統一教会を叩いている自分たちの方が、社会のマジョリティ側かもしれないと自問することはないのか?

 「統一教会」と聞いた途端にいくら差別してもいいと思ってしまい、思考停止するのは、左翼の知的怠慢である。山上が安倍元首相殺害に至った“動機の分析”にその杜撰さが集中的に現れている。山上の殺人の動機は統一教会への恨みで、教団によって彼の人生は破滅へと運命付けられていたという言説のおかしさについては既にBEST TIMESに掲載された拙稿「【安倍首相暗殺犯裁判】山上徹也の殺害動機はそんなに単純なものだったのか」で既に論じたので詳細は省略し、ここでは、統一教会問題が強調されるため、左翼・リベラル系の思想家・理論家が完全に見落としている問題を指摘したい。

 山上が育った家庭事情が影響を与えたことは前提にするとしても、それが母親の統一教会と遭遇したことで、急に生じた事態なのか、統一教会のMC術だけで家族の事情が急変したのか、ということがある。通常、宗教に批判的な左派でも、というより、そういう人たちこそ、それまで平凡な生き方をしていたと思われる人が、急に新興宗教やスピリチュアルな運動に傾倒すると、それ以前にその人の人生に何かあったのではないか、と考えるだろう。仕事、勉強、スポーツなどでの挫折、失恋、災害、家庭内の不和……。特に宗教社会学者であれば、そういうことに関心を向けるはずだ。そうでないと分析が始まらない。

 ところが「統一教会」と聞いたとたん、「様々な問題で悩んでいる人の弱みに付け込んで…」という一言で片付けてしまう。それがどういう“弱み”なのかきちんと分析して、考えようとしない。まるで、統一教会のMC術があれば、どんな“弱み”でもMCできるので関係ない、と言わんばかりだ。統一教会のMC術というのが、あらゆる社会学・宗教学・心理学の分析を無効にしてしまうほど強力なものなら、それはそれで学問的にも法律的にも極めて興味深い事態なので、本気で分析しないといけないはずだが、ちゃんとした研究など行われていない。心理学者の肩書を使って、実験も観察もしないでプロパガンダをしている人間なら若干名いる。

次のページ家族の健康問題や夫のDV……母親が宗教に救いを求める姿勢は既に形成されていた

KEYWORDS:

✳︎重版御礼✳︎

 

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか

エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)

 

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

 

※上のカバー、POP画像をクリックするとAmazonにジャンプします

オススメ記事

仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?
ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?
  • 仲正昌樹
  • 2024.09.21
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25
日本崩壊 百の兆候
日本崩壊 百の兆候
  • 適菜収
  • 2025.05.26