高井宏章

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高井宏章
@hiro_takai
千葉商科大学付属高校校長/経済コラムニスト・YouTuber/経済青春小説「おカネの教室」著者(高井浩章名義)/『新聞のススメ』/元日経新聞編集委員/ 1972年生まれ / 三姉妹のお父さん
千葉商科大学付属高校note.com/hirotakai/n/n9…

高井宏章’s posts

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「日本のヒルビリー」だった私
年が明け、いよいよ受験シーズンだ。 この季節になると、大学進学のきっかけになった中学時代の友人との会話を思い出す。私の人生のコースを大きく変えた、何気ない一言を。 「どこにいるの?」という人々...
「注射でアナフィラキシーになったことあります」 「あら。じゃ看護師さんじゃなく、僕が打ちますね」 2回目の接種で問診のお医者さんにそう言われ、「いや、誰が打っても同じだし、違う薬だし」と答えたら、 「万が一のとき、僕が責任取れるからね」 守ろうしたのは私じゃなかった。 惚れた。
子どものころ、母は「ダルマをちょっとやるとよく寝れる」と寝酒にサントリーオールドを飲んでいた。 小学5年生の母の日の直前に、「ダルマを買ってやれば、母ちゃんが喜ぶのではないか」と思いついた。なぜか手元にまとまったお金があった。
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貧乏な高井家にジョニ黒が再びやってくることはなく、ダルマか無銘のブランデーが棚に並んだ。 大人になり、たまにジョニ黒を飲むと、それはウイスキー以上の味わいをもたらしてくれる。 少年の日に有り金はたいた舶来のウイスキーは、なんて安い買い物だったのだろう。
LUUPが不愉快なのは他者への敬意が欠けているからだろう。その便利さは他の人の配慮や公道に必要な「秩序のあそび」に依存している。公道には長年培われた「あそび」の間合いがあるから、車やバス、自転車、歩行者が共存できている。LUUPはそのスキマをマネタイズして公道の「あそび」を削っている。
このツイートに「自宅で勉強できないのがダメだろう」といったレスがつき、「その環境がない子どももいる」と応じると、そんな家庭・住環境は想像もつかないという反応がけっこうある。 自分は自室も机もない子どもだったので、高三の夏休み以降は図書館に助けられた。 x.com/k_kimura_kobe/
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小学校3年のとき、クラスメートの女の子の誕生日のパーティーに呼ばれた。我が家は誕生日を祝う習慣がなく、誕生パーティなんてマンガでしか見たことなかった。 当時ちょっと好きだったその子は、両親と兄妹の4人家族でアパート暮らしだったのだが、少し変わった家庭だった。 テレビがなかったのだ。
松尾さん、10年ほど前に飲みに行った際、Googleやらの高額オファーを断っているのはなぜですかと聞くと「自分が残って頑張らないと日本のAI研究が再起不能なほど遅れるから」と仰ってた。有言実行の人。 東大・松尾研、AI創業支援50社へ 米巨大IT対抗へ布石:日本経済新聞
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「ちゃんと買ったわ!お年玉、余ってたから」 絶句する母に、私は後にも先にも言ったこともない、歯の浮くような言葉を口にした。 「いつも、ありがとう、と思って」 母は無言のままだった。 「うまいらしいよ。コレでよく寝られるでしょ」 母は瓶を眺めて「ありがとう…大事に飲むわ」と言った。
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母の日に綺麗に包まれた箱入りのウイスキーを渡した。誕生日を含めてプレゼントなんてしたこともなかったから、母はとても驚いた。 包装をはがして、もう一度驚いた。 「ジョニ黒!」 それは、私が愛称を覚えた二つ目のウイスキーになった。 「こんな高いもん、どうしたの!?」
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近所のダイヤモンドシティ(ジャスコ)のスガキヤの隣の酒屋に向かったが、ちょっと良い酒屋に怖気づいて、なかなか店内に入れなかった。何度も前を通り過ぎた後、思い切って中に入り、小柄なひげ面のおじさんに声をかけた。 「あの、すいません。ウイスキーをください」
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「ほう。お使いかな?」 「いや…あの…母の日のプレゼントに」 「おー!えらいねぇ」 おじさんの笑顔で緊張が少しほぐれた。 「お母さんはいつもどんなの飲んでるの」 「ダルマです」 おじさんが声をあげた笑った。 「よく知ってるね、そんな名前」
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「そうか、そうか。じゃ、ダルマにする?」 私は少し考えて「ダルマより、おいしいのはありますか?」と聞いた。 おじさんも少し考えて「例えばコレはどう?」と選んでくれたウイスキーのラベルには、ステッキを持った変な格好の男が描いてあった。 (なんだコレ…カッコいいけど…)
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赤いラベルの瓶を手にしたおじさんが笑いながらそう言った。 「黒い方の方がおいしいですか?」 「かもしれないけど、ちょっと高すぎるよ」 記憶が曖昧だが、5000円以上したはずだ。 「こっちにします」 おじさんはうなずくと、「少しだけオマケしてあげよう」と細長い箱をラッピングした。
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「外国のウイスキーで、人気があっておいしいよ」 外国のお酒。なんだか凄そうだ。値段も手が届く範囲だった。 「じゃ、コレにします」 と答えてから、色違いのボトルがあるのに気づいた。 「赤いのと黒いのは、何が違うんですか」 「ああ、それは、まぁ…値段が違うね」
『鎌倉殿の13人』を一気に見た。48話を6日で見た。死ぬかと思った。最高だったが。健康には良くない。オススメできない。私のような出遅れ勢に注意事項を伝達する。ネタバレ無しです。 『鎌倉殿の13人』を今更イッキ見する出遅れ勢のためのガイド【ネタバレ無し】
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ちなみにアナフィラキシーになったのは「強力ミノファーゲン」。これは医療関係者には「アレルギーの薬のアレルギー持ちって」とかなりウケる。 ひどい蕁麻疹のときに打って、2回も完全に意識不明に。「下手したら死ぬから気をつけて」と言われてます。
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2回も、なのは、最初に気絶した中学生のとき、医者が「気分良くなったらお帰りを」と何も教えてくれなかったから。 大人になって蕁麻疹でまた打たれたときは、注射でされながら意識が薄れていくのがわかった。 「同じこと、昔ありました」と言ったら「先に言ってよ!」と叱られた。 浮世は理不尽だ。
辞めてみてビックリしたこと。 紙の新聞、便利だわ。 ネットで小一時間かかるかな、というニュースチェックが15分で終わる。
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ちょっと好きだった大人びた少女はしばらくして転校してしまった。 十数年後、某交響楽団でコンマスを務めているのを新聞で知った。転校時のお別れ会で弾いてくれたバイオリンが耳に蘇った。 いつか彼女のバイオリンをまた聞いてみたい。駄菓子をプレゼントしたアホな男子を覚えていてくれるだろうか。
これは、効きます。実は40年ほどやってます、「いったん力を入れて筋弛緩」の睡眠法というか瞑想法。 なんと、元は「ムー」笑 「これで霊視や予知夢が見られる!」というムーブックスを読んで、真に受けた高井少年は毎晩せっせとやりました。それが気持ちよくて、やがて眠れぬ夜の習慣に。
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佐々木俊尚
@sasakitoshinao
こんな簡単な方法で。椅子に座り息を吸い、息を止めた3~5秒に両腕をガッツポーズにし腕に力を。そして息を吐きながら、腕の力を抜いてダラーンと落とす。/どんな兵士でも120秒以内に96%が寝落ちする…あまりの効果に米軍も採用したコストゼロのリラックス法 漸進的筋弛緩法 president.jp/articles/-/708
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観念して「はい」と袋を差し出すと、大きな笑いが起きた。みんな、駄菓子詰め合わせを「ネタ」だと思ったのだ。 でも、その子は違った。ちゃんと顔色を見て、私が(やらかした…)と思っているのに気づいてくれた。 「ありがとう!すごい嬉しい。私が好きそうなお菓子、選んでくれたんだね!」
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今や50歳のひねたオジサンも、バブル前の昭和の頃は、すなおに生きてたんです(笑) 振り返れば、小2、小3あたりが我が家の財政の最悪期だったのだろう。
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高井宏章
@hiro_takai
小学校3年のとき、クラスメートの女の子の誕生日のパーティーに呼ばれた。我が家は誕生日を祝う習慣がなく、誕生パーティなんてマンガでしか見たことなかった。 当時ちょっと好きだったその子は、両親と兄妹の4人家族でアパート暮らしだったのだが、少し変わった家庭だった。 テレビがなかったのだ。
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輝くような笑顔でしょうもないプレゼントを全肯定されて、バカなガキだった私は(え? 俺、ナイスなの!?)と素直に喜んだ。 その後、お礼のバイオリンの演奏があって、その子の手作りクッキーが配られた。 少女の機転で、私の誕生日パーティデビューは美しい(?)思い出になった。
帰省して親父の仏壇に初めて手を合わせたのだけど、この線香で爆笑してしまった。煙くないし、火事防止にはいいかも。看板屋だった親父にはなんかピッタリだな。
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正確にはテレビは押し入れにしまってあった。教育方針だったのだろうが、40年前はテレビ全盛期で、友だちとの話にもついていけなかったはずだ。 でも、その子は作文で「自分は本とバイオリンが好きだからテレビはいらない」と書いていた。実際、コンクール入賞などで朝礼で何度か取りあげられていた。
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ちょっと好きな子の誕生日にお呼ばれしたのはいいが、問題はプレゼント選びだった。金欠だし、姉も妹もいないし、何を買えば良いかまったく分からない。 迷った挙句、チマチマと300円くらい貯めて、台所から持ち出したビニール袋いっぱいにフーセンガムやラムネ、チョコなんかの駄菓子を買っていった。
この本、今予約した。 私もアトピッ子だった。ステロイドを適切に使う標準治療で、指先がひび割れる冬には母が毎晩、保湿とラッピングをしてくれて、中学から寛解し、高校でほぼ治った。大人になっても肌のトラブルは折に触れ再発したが、今はほぼ完治した #最新医学で一番正しいアトピーの治し方
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パーティ当日、ケーキとハッピーバースデーの歌の後、プレゼントの時間になった。みんな綺麗に包装されたキャラ入りのマグカップやペンケース、文房具なんかを持参していた。 そういうものなのか……。 ビニール袋に詰めた駄菓子が恥ずかしくて、逃げ出したい気分になった。
「おれもやられたことを『上』になったら『下』にやる」「おれも若い頃やった。お前もやれ」が増えれば社会や組織はおかしくなる。 「おれが『上』から受けた恩を『下』に返す」「おれがやらされた下らないことは、お前はやらなくていい」が増えれば、良くなる。 綺麗事じゃなくて。
BBCのPodcast、抗戦中のウクライナの男性が「食糧も水も十分にある。少なくとも1週間はもつ」と話す。 キャスターが「いや、1週間は、長い期間とは言えないと思うのたが」と応じた。 男性は「私たちは1日1日、生き延びている。1週間は、はるか先だ」と笑い混じりに答えた。
「おとうさん、『ん』って書いてみて」  なんでやねんと思いつつ10歳だった長女に「ん」と書いて渡した。子ども部屋に行って戻ってくるとドヤ顔で「サンタクロースって、おとうさんでしょ?」。手には小さい頃にサンタクロースがくれた特製絵本。 まさかの筆跡鑑定による「サンタバレ」だった。
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私も昔、顔の左半分が完全に固まる顔面神経麻痺になった。 このスレにある通り早期のステロイド治療がカギで、私の場合、当時の上司の一言が完治につながった。 初期段階で医師に「入院がベストだが、通院でもギリギリなんとかなるかも」と言われ、仕事を抱えて迷っていた私に、上司はこう言った。
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Ryo Sahashi / 佐橋亮
@ryo384_ir
ジャスティン・ビーバーさんがハント症の顔面神経麻痺を発症されたと公表されました。28歳の彼の顔左側は全く動かないとのこと。 彼が気落ちすることなく、静養して、また素晴らしい歌声を聞かせてくれることを祈っています。 私が顔面神経麻痺で左半分の神経を喪失したのは博士3年、同じ28の時です
ChatGPTのお高い方を1カ月だけ使ってみた。月3万くらいのやつ。「オーバースペックだな」と思ったけど、念のためChatGPTに「今の使い方だとどっちがいいと思う?」と聞いたら「PROは過剰。20ドルのPlusで十分」とのご回答。「君、会社の収入減らしたね。大丈夫?」とツッコんでみたら、こんなお答えが