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ユウカに依存する先生/Novel by 実永 涼

ユウカに依存する先生

5,400 character(s)10 mins

なんか先生視点で書きたくなったので。

最近セリフばっかで描写サボってたら退化してました。文豪の情景描写ってマジで綺麗で憧れますね。
次があれば、もっと長文も書きたいですね。

ヘラっちゃう先生、かわいい。

追記:2024/7/15の[小説]男性に人気ランキング66位に入賞していたらしいです。

あんま詳しくないですが、とりあえずいえーい。読んでくださった皆様ありがとうございました!

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「すみません、予定があるので今日はこれで」

 ──失礼します。

 そう言って、そそくさとオフィスを退室するユウカ。当番の業務が早く終わったから食事でも、と誘った矢先の出来事だった。

 ひどく自意識過剰な言い方にはなってしまうが、私は断られるとは思っていなくて、呆然と立ち尽くしてしまう。どうしてかユウカの瞳が冷たかったような、そんな気すらしてくる。

“──セミナーの仕事でもあったのかな”

 半ば自分に言い聞かせるようにして、気持ちを片付けようとする。

 だけど、もし──

 もしも、ユウカには私より大切な人がいて、その人のために私の誘いを断ったのだとしたら──?

“…………いや”

 ──何を、馬鹿なことを。

 仮にそうだとして、どうして私がそれを咎められるのか。大事な生徒の恋路を、人生の先達として応援してやるべきではないのか。ユウカを想えばこそ、彼女の気持ちを尊重して──

“────”

 ──だけど、私はそれで納得できるだろうか。

“…………確かめ、ないと”

 おかしい。どこか、私が私でないような、そんな感覚がある。

 頭の片隅が鈍く痛む──

 無理やり頭を振って、躊躇いを振り払った。











 ──しかし、私は後悔した。

“…………ユウ、カ?”

 どこをどう歩いたのか見当もつかないまま、ふと菫色の髪が目に映った。

 ──楽しげに、背の高い男と腕を組んで歩いていた。

“────”

 私に気づいた素振りもなく、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていく。

 その横顔に浮かぶ色が、私の知るユウカよりもはるかに鮮やかで──

“…………ぁ”

 そう知覚した途端、強く──本当に強く、目眩がした。

 元々ぼんやりとしていた世界が滲んで、色が失われていく。

 動悸が止まらない。

 息ができない。

 頽れるようにして、私は喉を震わせて──











“──ユウカ…………っ!!”

 ──息を、吹き返す。

 荒れた息を整えて。

 開ききった瞳孔で周囲を眇めて、自分がベッドの上で上体を起こしていることに気づく。

“…………ぇ”

 ──夢、だったのか?

“…………はぁ”

 間違いない。

 ここはシャーレの仮眠室で、窓から差し込むのは斜陽の緋色だった。

 夥しい汗の不快感に顔を歪めると、先刻の光景がありありと蘇る。

 ──ユウカが、去って行ってしまう。


 気づけば、震える指先でユウカに電話をかけていた。

 はっとして発信を切ろうとしたが、タイミング悪く電話が繋がってしまう。

「──もしもし、先生ですか? 何かありました?」

“────っ!?”

 ──ごめん、何でもないよ。

 そう言って、すぐに電話を切るつもりだった。

 なのに、掠れた息が漏れるばかりで、ユウカの声色はすぐに心配を帯びたものに変わる。

 ──伝えなければ。何でもない、大丈夫だと。

「先生! 何かあったんですか!? 待っていてください、今すぐ向かいますから!」

“ぇ、ぁ…………”

「っ! すぐに助けに行きます!!」

“────…………うん”

 自分でも驚くほどに、細く枯れた声だった。

 ユウカの声を聞いた途端、抑えきれない激情が迸って、感情の制御ができなくなっていた。

 切られた電話の液晶を凝視しながら、ふとそんなことを考えた。



 幽鬼のようにふらふらと立ち上がって、ひとまず服を着替える。

 次に顔を洗おうと鏡を見て、頬にくっきりと涙の跡があることに気づいた。よく見れば目もとも赤く腫れている。

“ただの夢、なのに──”

 だけど、あの恐怖は本物だった。喪失感とすら形容したくなるような、取り返しのつかない感覚。

 先刻のユウカの優しい声が、夢の無感情な表情で再生される。

“────ッッ”

 そんな想像だけで、またしても涙が浮かんだ。

 現実でも、ユウカは私のことなんて何とも思っていないのではないか──?

 嫌な想像が胸を締め付けるのを、乾燥した喉ごとうがいで吐き捨てる。

 何度も、何度も繰り返して。息が苦しくなって、鏡に映る私を見た。



「──先生?」

 長くぼんやりとしていたせいか、私は彼女の接近に驚くことになった。

“…………ユウカ”

 振り返った途端、ユウカが息を吞んだのがわかった。

 ──そうだ、顔も洗うつもりだったのに。

 けれど、ユウカはすぐに毅然とした表情になった。

「先生、何があったのか教えてください」

 ──大したことじゃない。本当に。

 嫌な夢を見て、泣きじゃくって。こんな些事にユウカを付き合わせたことに罪悪感が湧く。

 ユウカの息は少し荒くて、きっと全力で来てくれたんだろうと容易に想像できた。

 だから。

“…………ユウカ──私の、ことを……どう、思ってる?”

「え──?」

 ──私は、今、何を。

 困惑するユウカと、私も内心同じ気持ちだった。

 ただ、思わず尋ねていた。私の本能が、そう伝えたいのだと言わんばかりに。

“ちがっ……! ユウカ、今のは──”


「──好き、に決まってるじゃないですか」


“…………ぇ?”

「だっ、だからっ……! 好きって言ってるんですよ!」


 俯きながらも、恨めしそうに上目遣いでそう告げるユウカ。

 その一言一句が、時間をかけて脳に浸透していく。

 ──ユウカが、私のことが、好き?

 フリーズした脳が、段々と現実を受け入れ始める。

 どこか、世界が色づいていく感覚があった。

“──ごめん、ユウカ……こんなこと言わせて”

「うぅ……もういいですよ。これは私の本心ですし──今の先生は、きっとそういう応えが欲しかったんですよね」

“──ユウカには、全部お見通しなんだね”

「そんな泣き顔見せられたら、誰でも想像できますよ。本当に、心配したんですから──」

 正面から視線が交錯して、ユウカの瞳も潤んでいることに気づく。

“……私は先生失格だね。生徒を泣かせるなんて”

「先生が泣いてたので、私のは貰い泣きですから! だから──先生が、気に病む必要はないというか……」

 励まそうとしてくれているのだろう。

 やっぱり、ユウカは私よりもずっと大人だ。

「何があったのか、とは聞きませんけど。でも──」

“?”

「先生が、最初に私を頼ってくれて──嬉しかった、です」

“────”

 唐突に、ユウカを抱きしめたい衝動に駆られた。

 私のくだらない夢は、ただの杞憂だった。今は、もっと深くその感情を刻んでおきたかった。

 一歩、二歩と距離を詰めて──

『先生は、本当に素敵な先生ですけど──』

 ──一番大切な、人ではなくて。

“…………っ!?”

 幻聴だった。

 だけど、そう思った途端ユウカの目を見られなくなって。

 ──気づけば、背が洗面台につくまで後ずさっていた。

「……先生?」

 突然開いた距離に、不安そうなユウカの声が響く。

 しかし、そんなことに構っていられないほど、また動悸が高まっている。瞳孔を開き、ぎりぎりと歯を食いしばって落ち着けようと必死に抵抗を試みる。

「先生! 大丈夫ですか!?」

 もがき苦しむ私は、喘ぐようにしてユウカの姿を捉える。躊躇いなく、彼女はこちらに駆け寄ってきていた。

“ユウカ……ぁっ”

「はい……! 私はここにいますよ、先生!」

 ──私は、ここにいる。

 その言葉が、やけにぐさりと突き刺さって。

「大丈夫で──」

“っ、やめて……!”

「…………ぇっ?」

 ──伸びてきた手を、反射的に振り払っていた。

 何で、こんなこと──

“ちがっ、これは──”

 聞いたこともないくらい、私の声は震えていた。

 そして。

「──せんせい……っ?」

 ──それ以上に、傷つけられたユウカの声は震えていた。

 拒絶したかったわけじゃない。そんなはずがない。

 ただ、ただ私は──


“私はっ──ユウカにとって、本当に一番大事な人……?”

 ──何て、重い言葉なんだろうか。

 私を気遣って、好きだとまで言ってくれた相手を傷つけて、その上で吐き出した言葉とは到底思えない。

 それでも。

 ──それでも私には、ユウカに想われているという確信を欲する気持ちが確かにあった。


“ごめん……っ!! ごめん、ユウカ……! こんなこと聞かれても困るよね。もう──もう、大丈夫だから──”

 嘘だ。全然大丈夫じゃない。

 だけど、私は先生だから。大人だから、これ以上は──


「──何回でも、言ってあげますよ」


“…………ユウカ?”


「私は……っ! ──いえ、私が! 世界で一番、先生を愛してますから!!」


“────ッッ!”


 顔を上げる。上げさせられる。

 ──ユウカと目が合ったのは一瞬で。

 ──すぐに、温かくて、柔らかい感触に包まれる。

“────”

 息が詰まって、深く吸い込んだ拍子にユウカの匂いが全身に染み渡る。そこで私は、自分がユウカに抱きしめられたことに気づいた。

 思考停止した私の耳に、細々とした声が届く。


「わ、私にここまで言わせたんですからっ──」

 少し──本当に少し湿った声で、ユウカは続けた。

「もう先生は、私のものですから! いいですよね!?」


“────うん。うん…………っ!!”


「わかったら、好きなだけ私に甘えてください! 私も、先生のものなので……!」

 言っていて恥ずかしくなったのか、ユウカの声は次第に覇気がなくなっていく。

 ブツブツとユウカが唱えている間にも、私の瞳からは止めどなく涙が溢れていく。

 しばらくして、ユウカは最後に言った。

「これで──安心できましたか? 正真正銘、本当に私が先生を好きだってこと」

“うんっ……ありがとう……! ありがと……ぉ、ユウカぁ……っ!”

「──よしよし。いっぱい泣いて、いいですから」



 堰を切ったように溢れ出した感情を、拙い言葉で私は伝えた。

 ──ユウカの胸の中で。

 思い返すと恥ずかしくて堪らないが、ユウカは真摯に、時折私の頭を撫でながら全てを受け止めてくれた。


 全部を語り終えて、ユウカが抱擁を解いた後──

 胸元のシミを見て気まずくなる私と、見たこともないほど頬を紅く染めたユウカが印象的だった。











「──そんなことが、あったんですね」

 日が落ちても、ユウカは未だシャーレにいた。

 オフィスのソファに腰かけて、コーヒーを片手に私の話を隣で聞いて。

“本当に、ただの夢だったんだよ”

 まだ負い目を拭いきれない私に、ユウカは朗らかに返す。

「でも、怖かったんですよね? 私が、先生から離れていくのが」

“────うん”

「笑ったりしませんよ。──私も、同じ気持ちになるでしょうから」

“…………そっか。ありがとう”

 ──何でお礼を言うんですか。

 ちょっとだけ可笑しそうに笑うユウカに、今はもう愛おしさしか感じない。

 ──この気持ちは、きっと先生としては間違っているんだろうけど。

「いいと思いますよ」

“えっ?”

「──それとも、あれだけ泣いたのに付き合いはこれまで通りなんですか?」

“いや、それは──”

「──ふふっ、冗談ですよ」

 ──でも。

 彼女はまっすぐ、私を見据えて。


「私の気持ちは本当です。…………本当は、もっとロマンチックに伝えたかったんですけどね」


 ──私は、本当に生徒に恵まれている。

 こんなに幸せでいいのだろうかと、そう不安になるほどに。

 そんな私を見透かしたように、ユウカが肩に頭を預けてくる。

 ふわりと、優しい香りが鼻をくすぐった。


「……ところで、先生」

“なに?”

「その──私にはあれだけ言わせておいて、先生からの愛の言葉はないのかな、と」

“えっ”

「結構恥ずかしかったんですよ? それに、私も不安です」

“あ、えっとぉ……その……そうだ、コーヒー淹れてくるね!”

「──せ・ん・せ・い~?」


 イタズラっぽく笑って、だけど私を離さないユウカ。

 私の手をおさえる手が、知らず恋人繋ぎになっている。

 ユウカって、こんなに大胆だったっけ。これも、彼女の新しい一面か。


“……わかった。話すから”

「ふふっ、嬉しいです」

“あっ。手、離さなくていいよ?”

「えっ? …………っ!?」

“ユウカの手、温かいから”


 恋人繋ぎは無意識だったのだろう。

 意趣返しとばかりにうるうると上目遣いで睨むユウカに、また精神が削られる。


「では、お言葉に甘えて離しませんので」


「たっぷり、聞かせてくださいね? 先生」



 長い夜は、始まったばかりだ。

Comments

  • タイタンテレビくん

    両思いいいね

    September 21, 2024
  • そるらん

    曇るけど救いがあるの大好きすぎる

    August 30, 2024
  • 로스팸
    July 16, 2024
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