ユウカに依存する先生
なんか先生視点で書きたくなったので。
最近セリフばっかで描写サボってたら退化してました。文豪の情景描写ってマジで綺麗で憧れますね。
次があれば、もっと長文も書きたいですね。
ヘラっちゃう先生、かわいい。
追記:2024/7/15の[小説]男性に人気ランキング66位に入賞していたらしいです。
あんま詳しくないですが、とりあえずいえーい。読んでくださった皆様ありがとうございました!
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「すみません、予定があるので今日はこれで」
──失礼します。
そう言って、そそくさとオフィスを退室するユウカ。当番の業務が早く終わったから食事でも、と誘った矢先の出来事だった。
ひどく自意識過剰な言い方にはなってしまうが、私は断られるとは思っていなくて、呆然と立ち尽くしてしまう。どうしてかユウカの瞳が冷たかったような、そんな気すらしてくる。
“──セミナーの仕事でもあったのかな”
半ば自分に言い聞かせるようにして、気持ちを片付けようとする。
だけど、もし──
もしも、ユウカには私より大切な人がいて、その人のために私の誘いを断ったのだとしたら──?
“…………いや”
──何を、馬鹿なことを。
仮にそうだとして、どうして私がそれを咎められるのか。大事な生徒の恋路を、人生の先達として応援してやるべきではないのか。ユウカを想えばこそ、彼女の気持ちを尊重して──
“────”
──だけど、私はそれで納得できるだろうか。
“…………確かめ、ないと”
おかしい。どこか、私が私でないような、そんな感覚がある。
頭の片隅が鈍く痛む──
無理やり頭を振って、躊躇いを振り払った。
──しかし、私は後悔した。
“…………ユウ、カ?”
どこをどう歩いたのか見当もつかないまま、ふと菫色の髪が目に映った。
──楽しげに、背の高い男と腕を組んで歩いていた。
“────”
私に気づいた素振りもなく、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていく。
その横顔に浮かぶ色が、私の知るユウカよりもはるかに鮮やかで──
“…………ぁ”
そう知覚した途端、強く──本当に強く、目眩がした。
元々ぼんやりとしていた世界が滲んで、色が失われていく。
動悸が止まらない。
息ができない。
頽れるようにして、私は喉を震わせて──
“──ユウカ…………っ!!”
──息を、吹き返す。
荒れた息を整えて。
開ききった瞳孔で周囲を眇めて、自分がベッドの上で上体を起こしていることに気づく。
“…………ぇ”
──夢、だったのか?
“…………はぁ”
間違いない。
ここはシャーレの仮眠室で、窓から差し込むのは斜陽の緋色だった。
夥しい汗の不快感に顔を歪めると、先刻の光景がありありと蘇る。
──ユウカが、去って行ってしまう。
気づけば、震える指先でユウカに電話をかけていた。
はっとして発信を切ろうとしたが、タイミング悪く電話が繋がってしまう。
「──もしもし、先生ですか? 何かありました?」
“────っ!?”
──ごめん、何でもないよ。
そう言って、すぐに電話を切るつもりだった。
なのに、掠れた息が漏れるばかりで、ユウカの声色はすぐに心配を帯びたものに変わる。
──伝えなければ。何でもない、大丈夫だと。
「先生! 何かあったんですか!? 待っていてください、今すぐ向かいますから!」
“ぇ、ぁ…………”
「っ! すぐに助けに行きます!!」
“────…………うん”
自分でも驚くほどに、細く枯れた声だった。
ユウカの声を聞いた途端、抑えきれない激情が迸って、感情の制御ができなくなっていた。
切られた電話の液晶を凝視しながら、ふとそんなことを考えた。
幽鬼のようにふらふらと立ち上がって、ひとまず服を着替える。
次に顔を洗おうと鏡を見て、頬にくっきりと涙の跡があることに気づいた。よく見れば目もとも赤く腫れている。
“ただの夢、なのに──”
だけど、あの恐怖は本物だった。喪失感とすら形容したくなるような、取り返しのつかない感覚。
先刻のユウカの優しい声が、夢の無感情な表情で再生される。
“────ッッ”
そんな想像だけで、またしても涙が浮かんだ。
現実でも、ユウカは私のことなんて何とも思っていないのではないか──?
嫌な想像が胸を締め付けるのを、乾燥した喉ごとうがいで吐き捨てる。
何度も、何度も繰り返して。息が苦しくなって、鏡に映る私を見た。
「──先生?」
長くぼんやりとしていたせいか、私は彼女の接近に驚くことになった。
“…………ユウカ”
振り返った途端、ユウカが息を吞んだのがわかった。
──そうだ、顔も洗うつもりだったのに。
けれど、ユウカはすぐに毅然とした表情になった。
「先生、何があったのか教えてください」
──大したことじゃない。本当に。
嫌な夢を見て、泣きじゃくって。こんな些事にユウカを付き合わせたことに罪悪感が湧く。
ユウカの息は少し荒くて、きっと全力で来てくれたんだろうと容易に想像できた。
だから。
“…………ユウカ──私の、ことを……どう、思ってる?”
「え──?」
──私は、今、何を。
困惑するユウカと、私も内心同じ気持ちだった。
ただ、思わず尋ねていた。私の本能が、そう伝えたいのだと言わんばかりに。
“ちがっ……! ユウカ、今のは──”
「──好き、に決まってるじゃないですか」
“…………ぇ?”
「だっ、だからっ……! 好きって言ってるんですよ!」
俯きながらも、恨めしそうに上目遣いでそう告げるユウカ。
その一言一句が、時間をかけて脳に浸透していく。
──ユウカが、私のことが、好き?
フリーズした脳が、段々と現実を受け入れ始める。
どこか、世界が色づいていく感覚があった。
“──ごめん、ユウカ……こんなこと言わせて”
「うぅ……もういいですよ。これは私の本心ですし──今の先生は、きっとそういう応えが欲しかったんですよね」
“──ユウカには、全部お見通しなんだね”
「そんな泣き顔見せられたら、誰でも想像できますよ。本当に、心配したんですから──」
正面から視線が交錯して、ユウカの瞳も潤んでいることに気づく。
“……私は先生失格だね。生徒を泣かせるなんて”
「先生が泣いてたので、私のは貰い泣きですから! だから──先生が、気に病む必要はないというか……」
励まそうとしてくれているのだろう。
やっぱり、ユウカは私よりもずっと大人だ。
「何があったのか、とは聞きませんけど。でも──」
“?”
「先生が、最初に私を頼ってくれて──嬉しかった、です」
“────”
唐突に、ユウカを抱きしめたい衝動に駆られた。
私のくだらない夢は、ただの杞憂だった。今は、もっと深くその感情を刻んでおきたかった。
一歩、二歩と距離を詰めて──
『先生は、本当に素敵な先生ですけど──』
──一番大切な、人ではなくて。
“…………っ!?”
幻聴だった。
だけど、そう思った途端ユウカの目を見られなくなって。
──気づけば、背が洗面台につくまで後ずさっていた。
「……先生?」
突然開いた距離に、不安そうなユウカの声が響く。
しかし、そんなことに構っていられないほど、また動悸が高まっている。瞳孔を開き、ぎりぎりと歯を食いしばって落ち着けようと必死に抵抗を試みる。
「先生! 大丈夫ですか!?」
もがき苦しむ私は、喘ぐようにしてユウカの姿を捉える。躊躇いなく、彼女はこちらに駆け寄ってきていた。
“ユウカ……ぁっ”
「はい……! 私はここにいますよ、先生!」
──私は、ここにいる。
その言葉が、やけにぐさりと突き刺さって。
「大丈夫で──」
“っ、やめて……!”
「…………ぇっ?」
──伸びてきた手を、反射的に振り払っていた。
何で、こんなこと──
“ちがっ、これは──”
聞いたこともないくらい、私の声は震えていた。
そして。
「──せんせい……っ?」
──それ以上に、傷つけられたユウカの声は震えていた。
拒絶したかったわけじゃない。そんなはずがない。
ただ、ただ私は──
“私はっ──ユウカにとって、本当に一番大事な人……?”
──何て、重い言葉なんだろうか。
私を気遣って、好きだとまで言ってくれた相手を傷つけて、その上で吐き出した言葉とは到底思えない。
それでも。
──それでも私には、ユウカに想われているという確信を欲する気持ちが確かにあった。
“ごめん……っ!! ごめん、ユウカ……! こんなこと聞かれても困るよね。もう──もう、大丈夫だから──”
嘘だ。全然大丈夫じゃない。
だけど、私は先生だから。大人だから、これ以上は──
「──何回でも、言ってあげますよ」
“…………ユウカ?”
「私は……っ! ──いえ、私が! 世界で一番、先生を愛してますから!!」
“────ッッ!”
顔を上げる。上げさせられる。
──ユウカと目が合ったのは一瞬で。
──すぐに、温かくて、柔らかい感触に包まれる。
“────”
息が詰まって、深く吸い込んだ拍子にユウカの匂いが全身に染み渡る。そこで私は、自分がユウカに抱きしめられたことに気づいた。
思考停止した私の耳に、細々とした声が届く。
「わ、私にここまで言わせたんですからっ──」
少し──本当に少し湿った声で、ユウカは続けた。
「もう先生は、私のものですから! いいですよね!?」
“────うん。うん…………っ!!”
「わかったら、好きなだけ私に甘えてください! 私も、先生のものなので……!」
言っていて恥ずかしくなったのか、ユウカの声は次第に覇気がなくなっていく。
ブツブツとユウカが唱えている間にも、私の瞳からは止めどなく涙が溢れていく。
しばらくして、ユウカは最後に言った。
「これで──安心できましたか? 正真正銘、本当に私が先生を好きだってこと」
“うんっ……ありがとう……! ありがと……ぉ、ユウカぁ……っ!”
「──よしよし。いっぱい泣いて、いいですから」
堰を切ったように溢れ出した感情を、拙い言葉で私は伝えた。
──ユウカの胸の中で。
思い返すと恥ずかしくて堪らないが、ユウカは真摯に、時折私の頭を撫でながら全てを受け止めてくれた。
全部を語り終えて、ユウカが抱擁を解いた後──
胸元のシミを見て気まずくなる私と、見たこともないほど頬を紅く染めたユウカが印象的だった。
「──そんなことが、あったんですね」
日が落ちても、ユウカは未だシャーレにいた。
オフィスのソファに腰かけて、コーヒーを片手に私の話を隣で聞いて。
“本当に、ただの夢だったんだよ”
まだ負い目を拭いきれない私に、ユウカは朗らかに返す。
「でも、怖かったんですよね? 私が、先生から離れていくのが」
“────うん”
「笑ったりしませんよ。──私も、同じ気持ちになるでしょうから」
“…………そっか。ありがとう”
──何でお礼を言うんですか。
ちょっとだけ可笑しそうに笑うユウカに、今はもう愛おしさしか感じない。
──この気持ちは、きっと先生としては間違っているんだろうけど。
「いいと思いますよ」
“えっ?”
「──それとも、あれだけ泣いたのに付き合いはこれまで通りなんですか?」
“いや、それは──”
「──ふふっ、冗談ですよ」
──でも。
彼女はまっすぐ、私を見据えて。
「私の気持ちは本当です。…………本当は、もっとロマンチックに伝えたかったんですけどね」
──私は、本当に生徒に恵まれている。
こんなに幸せでいいのだろうかと、そう不安になるほどに。
そんな私を見透かしたように、ユウカが肩に頭を預けてくる。
ふわりと、優しい香りが鼻をくすぐった。
「……ところで、先生」
“なに?”
「その──私にはあれだけ言わせておいて、先生からの愛の言葉はないのかな、と」
“えっ”
「結構恥ずかしかったんですよ? それに、私も不安です」
“あ、えっとぉ……その……そうだ、コーヒー淹れてくるね!”
「──せ・ん・せ・い~?」
イタズラっぽく笑って、だけど私を離さないユウカ。
私の手をおさえる手が、知らず恋人繋ぎになっている。
ユウカって、こんなに大胆だったっけ。これも、彼女の新しい一面か。
“……わかった。話すから”
「ふふっ、嬉しいです」
“あっ。手、離さなくていいよ?”
「えっ? …………っ!?」
“ユウカの手、温かいから”
恋人繋ぎは無意識だったのだろう。
意趣返しとばかりにうるうると上目遣いで睨むユウカに、また精神が削られる。
「では、お言葉に甘えて離しませんので」
「たっぷり、聞かせてくださいね? 先生」
長い夜は、始まったばかりだ。
両思いいいね