一歩踏み出すには二歩必要。
東京在住の男性S様から「誤魔化して誤魔化して誤魔化して生きてきたら、だれと話しても虚しくて何をやっても満たされない、そんなループにハマって抜け出せなくなっています。坂爪さんの投稿いつも見させて頂いており、ずっと会いたかったのですが最後の一歩の勇気が出ずにいたのですが、そんな自分を卒業したくて連絡させて頂きました」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。無難な道を選ぶと、生きては行けるが、生きている実感はなくなり、虚無感に襲われる。
S様は、ことあるごとに「どうしたらいいと思いますか?」と言った。自分を安全な場所に置いたまま、答えだけを求めている印象を受けた。私は「安全な場所を飛び出して、危険の中に身を投げ出さないと何も学べない気がする」と言った。恋愛マニュアル本を読んでも、恋愛は上達しない。リアルな人間を前にすると、必ず、こちら側も動じる。生命は流動的なものだから、あらゆるものが動いている中で、自分の感覚を掴んだり言葉に置き換えるのは、ライブみたいなものだと思う。
S様は「どうすれば本音を口にできますか?」と言った。昨今、言いたいことを言うとか、やりたいことをやるとか、自分の欲求をストレートに押し出すことが良しとされている印象を受ける。だが、言いたいことを言う力より「言いたいことを言わせる力」の方が、インパクトがあると思う。言う力より、聞く力。聞く力があれば、言う力なんかなくてもスムーズに流れる。相手のストライクゾーンを見極めないで、ただ、こちらの言いたいことを一方的に放っているだけでは、危険球ばかりを投げてしまう。コミュニケーションの基本は、相手に気持ちを届けることだと思う。届かなければ、一方的なマスターベーションで終わる。
一歩踏み出すには二歩必要。私に連絡するだけでも、相当な勇気が必要だったと思う。だが、連絡をするのは決闘書を送ることと同じで、本番は会った時に始まる。決闘書を送るだけで満足して、本番がはじまった途端に自分を安全な場所に置いてしまったら、いつまでも本番がはじまらない。連絡をするだけでも相当な勇気が必要だったんですよと言いたくなる気持ちはわかる。だが、それはそちらの話だ。自分だけスッキリしたいなら、それでいい。だが、一緒に気持ち良い時間を過ごしたいと思うのなら、安全地帯を抜け出して、本気でかかっていかなければ、自分に負け続ける。
無難な道を選ぶと、生きては行けるが、生きている実感はなくなる。安全圏を飛び出す。自己完結させない。ケチらない。セコい人間にならない。やってみたら意外と違ったとなることは多い。緊張するのは当たり前。怖くなるのは当たり前。嫌われたくないとか傷つきたくないとか思うのも当たり前。それらは全部自分の話。自分のことばかりを考えていたら、弱くなるのは当たり前。伝えられなかった思いは一体どこに行くのだ。言わずに終わるのか。言って終わるのはどうだ。自分なんかどうなってもいいから、言いたいことがあるんだろう。伝えたいことがあるんだろう。だったら、それを伝えようよ。死なないように、死なないように、死なないように生きたとしても、最後の最後には、全員死ぬ。死なないように生きるより、死んでもいいから、やりたいことをやろう。
おおまかな予定
2月4日(水)東京都文京区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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