「チャラ男」の原点 強烈な家族と思春期の一人暮らし お笑い芸人、すがちゃん最高No.1さん(下)

お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」のすがちゃん最高No.1さん=4月24日、東京都渋谷区(酒巻俊介撮影)
お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」のすがちゃん最高No.1さん=4月24日、東京都渋谷区(酒巻俊介撮影)

多感な中学・高校生時代を一人きりで暮らした、お笑い芸人のすがちゃん最高No.1さん(32)。一人、また一人…といなくなっていった個性強烈な家族とは一人暮らしになったあとも、縁が切れずにつながっていました。

㊤周囲に隠し続けた「中1から一人暮らし」

ふらりとくる親父が…

僕は引っ込み思案。ほかに家庭を作って出ていった親父とは、真逆の性格でした。

親父はよく、ナンパしていましたね。電車に乗っていても、横にいた女性に「姉ちゃん、かわいいな」って声をかけるんです。女性をたくさん褒めまくって、「番号、教えてよ」って。そんなとき、僕は親父の横で、中吊り広告に興味があるふりをして、目をそらしていました。

一人暮らしになってから、親父がたまに、ふらっと帰ってくることがありました。ある時、物をとりに行くため、久々に家の2階の物置に入ったら、かつて伯母が僕のために買ったクリスマスプレゼントを置いていた「思い出の場所」に、親父が持ち込んだエッチな本が大量に積まれていました。僕の思い出は汚されました。が、それからは、思い出に触発されて寂しさを思い起こすようなこともなく、物置に入れるようになりました。

母親が亡くなったのは、今からおよそ29年前。僕が3歳のとき。親父は当時、自動車販売会社の営業マンだったそうです。優秀だったようで、家には「年間ナンバーワン」とか書かれた賞状もありました。

その会社を辞めた後の仕事は、父いわく「ビッグなビジネス」。この世から地雷をなくすとか、石油の時代を終わらせるとか言っていましたが、何をやっていたのか、分からなかったです。

僕には母親の記憶が全くありません。親父からも一切、聞くことがありませんでした。家では、母親の話がタブーな感じだったんです。

そんな親父も令和3年8月、がんで亡くなりました。親族から聞いたんですけれど、親父は母親のことがすっごく好きで、寂しい、寂しいといつも言っていたそうです。でも僕の前ではそんなそぶりは全く見せなかった。もし母親が死んでなかったら、親父も、あんなふうになっていなかったかもしれないです。

すがちゃん最高No.1さんの高校時代(本人提供)
すがちゃん最高No.1さんの高校時代(本人提供)

山形から東京へ

僕が高校3年になったとき、ばあちゃんが施設から戻ってきて、一人暮らしは終わりを告げました。

当時の僕は山形でやりたいことも見つからず、高校卒業後に東京に行くと決めていました。ばあちゃんはずっと反対していました。

ところが上京する日、ばあちゃんが何も言わず、くしゃくしゃのティッシュペーパーを渡してきて。その中に5万円が入ってたんです。あんなにケチだったばあちゃんが。ちょっと感動に浸りながら家を出て、山形駅に着いたら、なぜか改札のところに、ばあちゃんが立っていて。「なんでいんの!?」って驚いてたら、「早く行け!」って一言。謎なばあちゃんでしたね。

ばあちゃんとその後、会ったのは、成人式、ゴールデンウイークで帰省したときの2回でした。親父が家を売ってしまうと、ばあちゃんは、伯母のかっちゃんが暮らす茨城県に移り住みました。環境が変わったストレスもあり、ばあちゃんは認知症になってしまったそうです。ばあちゃんの死に目には会えなかった。申し訳なかったし、心残りですね。

人気お笑い芸人のすがちゃん最高No.1さん(酒巻俊介撮影)
人気お笑い芸人のすがちゃん最高No.1さん(酒巻俊介撮影)

«上京して通ったのは、テレビ番組制作を学ぶ専門学校。卒業後に通販番組のアシスタントディレクターとして働いたが、芸人を目指して養成所へ。令和3年、信子、金子きょんちぃと「ぱーてぃーちゃん」を結成した。チャラ男とギャル2人の異色トリオとしてブレイクした»

結成から9カ月後で、親父がなくなってから約5カ月後の令和4年の元旦に出演した『ぐるナイおもしろ荘2022』(日本テレビ系)をきっかけに、テレビの仕事が増えました。

ぱーてぃーちゃんの漫才で僕が担当する、チャラ男キャラは、いままで出会ってきた人や、自分自身の「カッコいい」を抽出して作ったのですが、形にしてみると…「親父かい」って(笑)。自分でもびっくりです。別に親父を目指そうと思ったわけじゃないです。

上京後、小中学校の同級生と再会したとき、「中学の頃、一人暮らししてただろ?」って言われたんですよ。僕は、ずっとそれを隠すために毎日必死だったのに、バレてたんです。

一人暮らしで得たことは、しんどいことをしんどいという角度で見ない。そういう心の逃げ方みたいなことですかね。しんどさや孤独を感じたら、「そんな自分ってカッコいい」って思ってほしいですね。(本江希望)

すがちゃんさいこうナンバーワン 平成3年、山形市出身。令和3年4月、お笑い養成所ワタナベコメディスクールの後輩芸人、信子、金子きょんちぃと「ぱーてぃーちゃん」を結成。チャラ男とギャル2人の異色漫才で、ツッコミを担当。4月に自身の生い立ちをつづった『中1、一人暮らし、意外とバレない』(ワニブックス)を発売した。

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