なんか炎上している人にたいして「これはアドバイスなのに聞き入れない。誹謗中傷との区別がついていない」みたいにいうケースって、今までもたくさんみてきたんですが、
まず、誹謗中傷を受けている人って、イメージで言うと「人へのリスペクトのある批判が1割、普通の批判が6割、誹謗中傷に近いものが3割」みたいな感じで言及されたりします(中身の割合は場合による)。
で、前もブログに書いたんですが、「誹謗中傷か、批判かどうかはあまり関係なく、量の方が問題」というのがあるんですね。それが正当な批判かどうかって受け手にはあまり関係ないんです。
例えば、会社のボールペンを持って帰ってしまって、面倒なので家で使ってた、と言うケースの時に、「それって窃盗ですよね」「業務上横領をして平然としているなんて人として信じられない」「会社の備品はあなたのものじゃなくて、会社のお金で買った会社のものですよ?」みたいに言われるのは、すべて誹謗中傷じゃなくて、批判の範囲内だとは思いますが、これを1000件言われたら、結構辛くなったりするわけです。
罪と罰のバランスが合ってないように感じて「ボールペンくらいでそんなに批判しなくても良くないですか?」と言おうものならさらに炎上します。「盗人猛々しいな」「盗んでおいて開き直るのおかしくない?」「法律上にも明らかに問題なのに批判も聞き入れないなんて」となります。
で、そこで「警察に行って自首した方がいいですよ」「会社に謝罪して賠償すべき」みたいなアドバイスをもらっても、受け入れることは難しくなります。それらのアドバイスは正当ではありますが、批判をたくさん受けている中で、冷静に受け入れるのは相当難しいです。多分、ほとんどの人ができません。
なので、「炎上しているあの人は、まともな批判も受け入れないし、アドバイスをしても聞く姿勢になっていない」みたいなのは、その通りですし、大体において「だいたい正しい意見」だったとしても、批判を大量に浴びている状況だと、対処するのは誰にとっても難しいです。
炎上している人にたいして善意でアドバイスした側の人は、善意で普通に行動しているつもりなので、それにたいしてブロックされたとか、無視されたとか、強い言葉で返されたりすると、「この人は頭がおかしい」とか「性格が悪い、問題がありすぎる」とか思ってしまいがちですが、
上記のような構造なんだな、と言うのを理解していると、嫌な気持ちもしないし、もう少し人に優しくできてオススメです。
誰が正義で、誰が悪だ、と言うのをはっきりさせたくなるのが人間ですが、それよりも「余裕がある方が、相手の状況を想像して配慮する」とやった方が、社会全体は優しくなっていいんじゃないかなと思いました。