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【坂岡的百枚 #69】加藤和彦『うたかたのオペラ』

 アーネスト・ヘミングウェイの生涯を辿ったアルバム『パパ・ヘミングウェイ』を経て、クラフトワークの作品や1920年代のヨーロッパ文化に強い関心を抱いた加藤和彦さんは、妻の安井かずみさんとの熱心な研究の末、次回作の舞台を「ベルリン」に定めました。

 バハマのコンパス・ポイント・スタジオ、マイアミのクライテリア・スタジオでレコーディングを敢行した前作に引き続き、今回はデヴィッド・ボウイやブライアン・イーノの作品で知られ、ベルリンの壁の間近にあったことでも有名な西ベルリンのハンザ・スタジオでレコーディング。直前の急病で坂本龍一さんは参加できませんでしたが、新たに細野晴臣さんが加わり、大村憲司さん、矢野顕子さんも含めた、YMOのほぼフルメンバーがベルリンに集結。世界屈指の産業都市であったベルリンを舞台に、ニューウェーブと欧州文化が融合した意欲作がここに誕生したのです。

 後年に舞台にもなった本作『うたかたのオペラ』を、今回はじっくり辿ってみましょう。

【本企画『坂岡的百枚』について】
本企画は、あらゆる作品の中から「個人的な偏愛を抱える100枚、25年後のわたしに聴いてほしい100枚を選ぶ」というコンセプトで100枚の作品を選んでいくというものです。選出順はあくまでも気まぐれで、順番に優劣はございません。1枚目だから一番、100枚目だから百番、そのどちらでもありません。THE ALFEEの周辺、YMOの周辺、クラシック、特撮、その他もろもろ……かなり掘り下げたジャンルが偏っていますので、「これが入って、これが入らないの!?」と思われる方もいらっしゃるかと存じますが、どうかお手柔らかに、お付き合いいただけると幸いです。

アルバム紹介

加藤和彦『うたかたのオペラ』(1980年9月25日発売)

 加藤和彦の6thアルバム。

 ロシア構成主義をイメージした奥村靫正のディレクションによるアートワークが印象的な本作は、加藤と安井の1920年代欧州への憧憬と、テクノやニューウェーブといった最先端の音楽への探究心と、ベルリンの退廃的な雰囲気が高度に入り交じったものとなった。

 レコーディングはまず西ベルリンのハンザ・スタジオで敢行され、細野晴臣、高橋幸宏、大村憲司、矢野顕子が参加。のちに東京で行われたオーバーダビングを中心に、岡田徹(ムーンライダーズ)、清水信之、松武秀樹、巻上公一(ヒカシュー)らが加わり、独特のサウンドを構築。安井かずみのロマンティックな詩とともに、本作を強力に牽引した。

 なお、ベルリン渡航前に行われた「絹のシャツを着た女」には坂本龍一も参加。シングル・ヴァージョンが資生堂のCMソングに起用されたこともあり、アルバムもオリコンの十傑に入るスマッシュヒットを記録した。

 初回10万枚限定で「アラウンド・ザ・ワールド」のダブミックスが収録されたLPが付属。

私的偏愛文

 わたしが加藤和彦さんのソロ・アルバムを最初に聴いたのが、本作『うたかたのオペラ』でした。

 最初はYMOへの関心の延長線でしたが、もともと、ザ・フォーク・クルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドは聴いていましたので、いずれ辿り着く道だったといえるでしょう。しかも、2000年代のフォークル新結成やミカバンドの再始動、和幸やVITAMIN-Qにも既に辿り着いた後でしたから、順番が逆といえば逆ですよね。

 視聴前にいろいろと調べてから聴き始めたんですけども、タイトルだけを知った時はオーケストラだと思っていたので、電子音楽全開のサウンドにまず驚きました。

 いざ聴いてみると、加藤さんの美学がこれでもかと注ぎ込まれたサウンドと、安井さんの感情や審美眼がとことん研ぎ澄まされた詩を基に、見事なまでの独自性を紡ぎ出していることに驚かされました。エレクトロニクスという極彩色で彩られた、1920年代のベルリンがここに表出しています。

 サウンドに目を向けると、A面であれば、やはり「パリはもう誰も愛さない」がいちばん衝撃でしたね。矢野顕子さんのピアノと高橋幸宏さんのドラムをベースに、抜き差しが印象的なサウンド。「なんだ、この音作りは!?」と思わず巻き戻しました。間奏にはギュンター・メルデによるヴァイオリンも入っていますが、電子楽器と生楽器が自然に融合するのも加藤作品の素晴らしいところ。

 また「ルムバ・アメリカン」「ラジオ・キャバレー」も本作ならでは。ルンバ、メレンゲを基調とした前者と、ネオ・ロマンチズム的な後者と、それぞれ狙いは異なりますが、自然に身体が動き始める、この時期ならではのサウンドだと思います。いずれも佐藤奈々子さんがヴォーカルに加わっていますが、加藤さんの繊細なヴォーカルと非常によく馴染んでいて、大好きです。

 冒頭の「うたかたのオペラ」やA面ラストの「絹のシャツを着た女」もそうですが、詩で描かれている情景は明らかにベルリンや当時のヨーロッパの風景そのものなのに、いつも以上にウエットな質感が鋭角に抉り出されていて、日本人視点というフィルターをひとつ絡ませているからかもしれませんが、サウンド以上の重厚さが感じられます。

 A面は歌ものとして纏まりのある、非常に洗練された作りの作品群になっています。現代の歌い手がカヴァーしても面白そうですよね。

 B面に目を向けると、いきなり「Sバーン」から始まって、雰囲気がガラッと変わります。Sバーンとは、ベルリンにある鉄道網のこと。おそらく、ベルリンメンバーで演奏したであろうサウンドコラージュに重ねる形で、ヒカシューの巻上公一さんによるヴォイスが絡んでいきますが、本作どころか、当時の音楽シーンの中でも異質ですよね。それこそ、クラフトワークを猛烈に連想するのです。幾多の電子音や環境音の中に、矢野顕子さんの生ピアノが連なるのが本作的で、幸宏さんのドラムも良い味。もう、脳天を突かれた感覚でした。

 ただ、個人的に、B面でもっとも好きなのが「ケスラー博士の忙しい週末」なんです。A面の「ルムバ・アメリカン」や「ラジオ・キャバレー」に通じるような、軽やかさのある一曲です。なんなら、安井さんの詩もハイソで、流麗で、本作でいちばん好きかもしれません。

 1920年代のドイツを代表する文化人で多数の記録を日記として遺したことでも知られるハリー・グラーフ・ケスラー伯爵をモチーフにした楽曲ですが、加藤さんはスネークマン・ショーのアルバムに“ドクター・ケスラー”として参加したくらいですから、ケスラー伯爵を相当気に入っていたんでしょうね。

 細野さん、幸宏さん、矢野顕子さん、大村憲司さんという、あまりにも強力なセッションメンバーの手腕を隅々まで堪能できる楽曲です。佐藤奈々子さんのヴォーカルやハインツ・フォン・ヘルマンのサックスも素晴らしすぎて。

 この曲を聴いていると、加藤さんの楽曲にいちばん馴染むピアニストは矢野さんという感があります。アルバム『あの頃、マリー・ローランサン』の「ニューヨーク・コンフィデンシャル」を聴いていても思うんですけども。矢野さんのプレイスタイルはセンチメンタルかつ技巧的で、加藤さんと安井さんが紡いだ詩曲の魅力をより引き出している気がします。

 わたしは星野源さんの「恋」を聴いた時にこの曲が浮かんできたのですが、他にもそう感じた方はいらっしゃらないでしょうか……

 他にも「キャフェ・ブリストル」「ソフィーのプレリュード」という歌ものがB面には収録されていますが、いずれもA面の歌ものよりも繊細な印象があります。

 後者はウェットというよりも、アンサンブルとしてはクラシック作品に近い質感かもしれません。前半はほぼインストで、中盤で佐藤奈々子さんのヴォーカルが先に現れ、その後に加藤さんが登場するという構成。冒頭の「うたかたのオペラ」と共に、ムーンライダーズの岡田徹さんがキーボードやオーケストレーションを担当しているのも異色ですね。

 そして、ラストの「50年目の旋律」はフランツ・バルチュがプログラミングを手掛けていて、モーグで構築されたバラライカが良きアクセントになっています。この楽曲はサウンド的には本作の中心に来るような、ウエットで感傷的な作品ですが、歌詞がとても整理されていて、最小限の説明だからこその余白が情感を生み出しています。

 本作『うたかたのオペラ』を振り返っていくと、歌ものにすごく力の入ったアルバムであることがわかります。

 もちろん、当時の最先端といえるエレクトロニクスも積極的に取り入れられていて、そういった文脈ではテクノやニューウェーブとの連続性も感じますが、歌謡曲にも接続するようなウェットさが全体を貫いており、その不思議なバランスが独特の味に繋がっています。中には「Sバーン」という飛び道具もあるものの、基本はバラードとダンスナンバーなんですよね。だからこそ、非常に親しみやすい部分が表に出つつも、何層にも連なった奥行きがある。

 ボーナストラックなので本編には書きませんでしたが、「アラウンド・ザ・ワールド」のダブ・ヴァージョンがこの時代の加藤さんを象徴している気がするんですよね。ミカバンド時代や泉谷しげるさんへの提供作でレゲエにいち早く注目した加藤さんが、ダブも真っ先に取り入れ、自分なりに咀嚼した。この貪欲な姿勢こそが、わたしは加藤さんの凄さであり、数ある魅力の中でも大きな魅力だと思っています。

 本作は幾多の加藤作品の中でも、とりわけバランス感覚に優れた作品です。最先端でありながらも、当時の若者だけに限らない間口の広さを持ち、出逢った者を虜にしてしまう。もちろん、わたしもそのひとりですよね。

 あらためて、加藤さんという存在の大きさを実感する一枚です。

【最後に……】
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 兵庫県加古川市出身、24歳の創作家・坂岡優(さかおか ゆう)です。
 詩や小説、エッセイを中心に活動しております。

 下記のスケジュールで毎日更新しています!

月曜日・木曜日:私的選盤企画『坂岡的百枚』
火曜日・金曜日:創作にまつわるエッセイ
水曜日:アラカルト
土曜日:モータースポーツにまつわるエッセイ
日曜日:短編小説

 過去の記事もお読みいただけますので、ぜひご覧ください。 

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 2025.11.10
 坂岡 優

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