『豊穣な記憶』…パレスチナ女性の生を射抜く、記録と抵抗の映画
山形国際ドキュメンタリー映画祭で、ミシェル・クレイフィの初長編『豊穣な記憶』(1980)を初めて鑑賞した。今映画祭の特集上映のひとつ「パレスティナ--その土地の記憶」の目玉ともいえる作品だ。
会場となった山形市民会館は8割ほど席が埋まり、作品が40年以上前の作品であるにもかかわらず、関心の高さをうかがわせた。ちょうど米国仲介によるガザ停戦合意の報道が流れた直後というタイミングもあり、パレスチナの現実に対する関心が新たに呼び起こされたのかもしれない。上映前には、パレスチナ・イスラエル研究者の早尾貴紀さんが、特集上映全体を俯瞰した解説するスピーチを行った。
作品は、二人のパレスチナ女性が自身の人生を振り返る「語り」を軸に進む。一人は、先祖伝来の土地をイスラエルに奪われ、労働に明け暮れる中年女性。もう一人は、ヨルダン川西岸のビルゼイト大学で教えながら音楽活動を続ける若い女性。それぞれ異なる人生を歩む二人だが、彼女たちの語りを通じて、「占領下で生きる」とはどういうことか、その実相を静かに、しかし鋭く浮かび上がらせる。
クレイフィは、二人にインタビューを重ねながら、直接的な問いによって彼女たちの内面に踏み込み、人生観を引き出していく。「あなたにとって生きるとはどういうことか」「この土地の意味とは何か」といった問いは、観念的な問いではなく、占領と不正義のただ中で暮らす人間に突きつけられる根源的な問いとして響いてくる。カメラは寄りすぎず離れすぎず、対象と静かに向き合い続ける。ときに不意に長回しが挿入され、その映像的構築には、フランスのヌーヴェルヴァーグ作品を思わせる余韻がある。
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