Black Box Diaries 日本社会に影響与えた決断

文 映画コラムニスト 重松恵梨子
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シネマパラダイス

 2017年、ニュースで見た伊藤詩織さんの記者会見をよく覚えています。フリージャーナリストの彼女は、自らが受けた性的暴行被害を、名前と顔を出して告発。加害者が政界にも通じる名のある人物だったこともあり、事件というよりもスキャンダルのように報じられていました。

 昨年、伊藤さん自身が監督としてこの事件の顚末(てんまつ)を撮った本作が、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされました。記者会見の時の硬くこわばった表情とは一転、授賞式でレッドカーペットを歩く伊藤さんの明るい笑顔が印象的でした。

 映画の中でも、伊藤さんは様々な表情を見せます。会見後のぐったりと疲れ切った表情、ひとりの部屋で思いを語る泣きはらした顔、友人たちに見せる穏やかな笑顔。セルフドキュメンタリーである本作は、彼女の中に起こった恐れや戸惑い、絶望と希望をつぶさにとらえます。

 そこから浮かび上がってくるのは、今の日本で、性的暴行の被害者が声を上げることの難しさ。警察組織の旧態依然とした態度や法律の限界には、観(み)ているこちらまで意気消沈しますが、伊藤さんは「自分がくじけてしまうと、今後同じ被害にあった人たちも声を上げられなくなってしまう」とあきらめません。伊藤さんは民事裁判で勝訴します。彼女の経験と決断は、性犯罪の被害者をとりまく日本の社会状況に多大な影響を与えました。

 映画の中で相手の許可を得ていない映像や音声が使用されていることが問題となり、日本での公開延期が続いていた本作。その後、一部に修正が入れられ劇場公開に至りましたが、今でも様々な議論を呼んでいます。

 この映画は、単なるスキャンダルではなく、ひとつの経験を通して、自分で道を切り拓(ひら)き、大きな成長を遂げた一人の女性の切実な表現です。しかもその表現は、日本社会の中で生きる私たちへ、とても大切な問題を投げかけています。日本でこそ広く観られるべき作品なのではないでしょうか。問題を残したままの現状の中、そのわだかまりが、私たちから映画を遠ざけてしまっているようでとても残念です。

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