最高裁裁判官の国民審査に合わせ、審査対象の裁判官にアンケートを実施しました。高須順一裁判官(66)から寄せられた書面での回答は以下の通りです。質問と回答は原文のままです。
裁判官としての信念・最高裁のあり方
Q 最高裁裁判官としての信条、大切にしていること、心構えを教えてください。
A 法が実現すべき理想の探求を見失うことなく、一方で法と社会の現実的関係にも着目しながら、紛争解決のために法を適用することが大切だと考えています。そのために、当事者の主張をよく聴き、謙虚に、そして真摯に職務に取り組んでまいりたいと思っております。
Q 国民が最高裁に期待している役割はどのようなものだと考えていますか。
A 制定された法令が国民のためにその役割を十分に果たすためには、その法令に関する充実した解釈論を構築する必要があります。さらには、その法令自体の憲法適合性が問われる場合もあります。このような使命を着実に果たすことが国民の最高裁判所に対する期待であると認識しています。
Q 最高裁では、傍聴人に対して事案概要ペーパーを配布するなど、裁判を国民にわかりやすく伝えるために一定の措置がとられています。これ以外に、ご自身として国民に身近な司法となるために取り組んでいること、心がけていることはありますか。
A 訴訟では弁論あるいは公判と呼ばれる手続があります。最高裁判所は法律審と呼ばれ、このような手続がなされる場合は限られていますが、これらの手続がなされる場合には、その手続の内容を、当事者のみならず傍聴人の皆さんにも理解していただけるように丁寧な手続進行を行いたいと考えています。
Q これまでの裁判で、ご自身の個性や信念を最も体現したと感じる裁判を一つだけ挙げ、その理由も教えてください。また、最高裁裁判官就任前のお仕事も同様の観点で一つ挙げ、理由もお聞かせください。
A 衆議院議員総選挙に関する投票価値の不均衡問題に関する昨年9月の第二小法廷の判決は、民主主義社会における司法の役割について熟考する機会となりました。前職の弁護士のときに担当した事件では、不当な扱いを受けた外国人留学生から依頼を受けた件があります。差別と戦うために、まずは自分自身の内にもある他人と己を区別する感情を克服することの大切さを教えてくれた事件でした。私の事件と向き合う姿勢の原点になっています。
Q 社会全体で女性活躍が進んでいます。一方、最高裁では裁判官15人のうち女性は4人にとどまり、法曹三者で見ても、女性がトップに就いた検察庁や弁護士会と比べて遅れている印象があります。現状をどう考えるか、ご意見をお聞かせください。また多様な裁判を扱う上で、女性裁判官がいる意味や審理に与える影響をどう考えますか。
A 女性も男性も等しく活躍できる社会というのは大切なことだと思います。最高裁判所判事への就任に関しては、指名あるいは任命の権限は内閣にあることですので、回答は差し控えさせていただきたいと思います。
Q 「ChatGPT」など生成AIの技術が急速に進展し、様々な分野で利用が進んでいます。司法分野における生成AIの活用のあり方について、ご意見とその理由を教えてください。
A 生成AIの活用は、社会のさまざまな領域においても着実に浸透しているところであり、司法においてもその活用が図られることと思います。国民のために利用しやすい司法という観点からも、適切に取り組むべき問題と考えています。ただし、裁判制度というのは一国の歴史、文化に根ざしたものであり、デジタル任せにせずに人がなすべきことは何かなど慎重に検討する側面もあると考えています。
Q 最高裁では、判決に際して裁判官が個別に意見を付すことが認められています。個別意見で個人の考えが表明されることは、国民にとってもその裁判について考える大きな材料になり得ます。個別意見に関して、ご自身がこれまでどのような考えで臨まれてきたか、もしくはどのような姿勢で臨んでいきたいか、お考えをお聞かせください。
A 紛争事件に対する解決の指針を示すという観点からは多数意見が重要であり、まずは適切な多数意見の形成に努めるべきことは言うまでもありません。その上でとなりますが、多様な意見の存在に対して真摯に耳を傾けることは社会の健全性を維持するために有益であり、最高裁判所が有する少数意見制度は社会的にも有意義であると思っております。
憲法
Q 日本国憲法を改正すべきだという議論があります。この議論についてどのように思いますか。ご意見と、その理由を教えてください。
A 裁判官として憲法を含む法規を適切に解釈適用してまいります。憲法を改正するかどうかは国会の発議に基づき国民が選択すべきことですので、最高裁判所裁判官として意見を述べることは差し控えるべきと考えております。
Q 社会のあり方の多様化を反映して、社会で起きる様々な出来事について憲法違反だと訴える裁判が多く起こされています。最高裁は「憲法の番人」としてこうした訴えに最終判断を示す役割を担っていますが、ご自身が判事として、憲法を巡る裁判にどう向き合ってきたか、もしくはどう向き合っていきたいか、お考えをお聞かせください。
A 憲法は国家のあり方についての基本を定める最も重要な法規であり、国民の日常の生活や権利義務の内容に大きな影響を及ぼすことになります。多様性が重視される社会においてどのような憲法の解釈適用が求められるのか、多角的な観点からの緻密な検討を行う必要があると考えています。
Q 立法政策は一義的には国会の役割ですが、国会で議論がなかなか決着しないテーマについて、司法に積極的に関与してほしいとの国民の声も聞かれます。こうした意見について、どのように考えますか。
A 本来的な立法事項について司法がこれに代わって判断することは三権分立にも反することとなりますので、差し障りがあると思います。一方で憲法違反の状態について国会が必要な法令の改廃を行っていないような場合については、司法が違憲あるいは違憲状態の判断を行うことは許されるものであり、これまでにも例があることです。事案次第ということにはなりますが、適切な判断を心がけてまいります。
Q 国民審査のあり方について伺います。現状の仕組みでは、任命後初めての衆院選と同時に審査を受け、その後は10年ごとに再審査の機会が設けられることとされています。ただ実態としては、事実上審査を受ける機会は各裁判官一度だけで、就任間もない場合には国民は十分な材料のないまま信任するか否かの判断を求められることになります。憲法に規定された国民審査が形骸化しているのではないかとの指摘もありますが、国民の目線でご覧になって、現状の仕組みをどのように考えますか。
A 私自身が国民審査を受ける立場ですので、制度の当否に対する意見を述べることは差し控えさせていただきたいと考えます。
刑事
Q 改正刑事訴訟法が2019年6月に施行され、裁判員裁判の対象など一部事件で取り調べの録音・録画(可視化)が制度化されました。一方で捜査機関の取り調べが問題となるケースは近年も散見され、録音・録画の対象を全事件に広げることや、任意段階や参考人の聴取も対象とすること、取り調べに弁護人を立ち会わせることなどを求める声もあります。どのようにお考えでしょうか。
A 刑事手続が適正になされるべきことは憲法上の要請であり、裁判官が手続の適正に努めることは当然のことですが、個別具体的な意見に対する回答については差し控えたいと思います。
Q 「静岡一家4人殺害事件」や「福井女子中学生殺害事件」など、再審無罪が確定するケースが相次ぎ、これらを受けて再審法制の改正に向けた議論も進んでいます。議論の焦点となっている証拠開示のあり方について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。また、開示された証拠の「目的外使用」を禁じる規定や検察側の不服申し立て制限の導入も議論されていますが、いかがお考えでしょうか。
A 再審制度の法改正に関する議論については承知しておりますが、法改正に向けた努力がなされている段階ですので、最高裁判所裁判官として具体的な内容に関する回答をすることは差し控えたいと思います。
Q 「大川原化工機冤罪事件」では、結果として起訴が取り消しとなった被告人らの保釈が認められない状況が長く続き、被告人の1人は保釈が認められないまま亡くなりました。裁判所の責任を指摘する声もあります。罪証隠滅の恐れや被告人の病状を巡る判断について、裁判所はどのような姿勢で臨むべきだと考えますか。
A 保釈に関しても法規に基づき適正、迅速に判断すべき事柄であると理解しています。そのために裁判所においても手続のあり方について検討し研鑽を積むことが大切だと考えています。
Q 死刑制度についてお尋ねです。1948年の最高裁判例は「残虐な刑罰にあたらず合憲」としていますが、「後の時代に残虐とされることもありうる」との個別意見も付いていました。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」の調査によると、2024年時点で法律上・事実上死刑制度を廃止した国は140以上にのぼります。他方で国内では、内閣府の世論調査で制度を「容認」する声が8割にのぼります。制度の存廃をどう考えますか。
A 死刑制度の存廃については立法事項であり、さらには国民的なコンセンサスが問われる問題です。慎重な議論の集積が必要な問題ですので、現時点で具体的な回答は差し控えたいと思います。
民事・行政
Q 夫婦別姓や同性婚を認めるよう求める人たちが、全国で裁判を起こしています。社会の変化や価値観の多様化に伴うこうした国民の声の高まりに対し、裁判官はどのように向き合うべきだとお考えですか。
A 既に係属している個別の事件についての回答は差し控えますが、一般論として司法の判断は社会の変化と無関係でいることは許されないのであり、法的観点からの検討に加えて、紛争の背景や社会の実相なども見据えながら多角的な視点に基づく判断が求められると思っています。
Q 国際間の商取引や家事分野などを中心に、法的紛争もグローバル化しています。日本の裁判所が果たすべき役割をどのようにお考えですか。
A 社会のグローバル化に伴い、紛争も拡大し、裁判所がその解決に尽力しなければならない場面も増えてまいります。異なる文化や価値観の相違を前提としながらも、紛争の核心を見極め、適正な手続の下、法を的確に適用することが重要だと考えます。
家事
Q 「共同親権」の導入を盛り込んだ改正民法が2026年4月に施行されます。父母の意見が対立した場合、最終判断の多くが家裁に委ねられるほか、単独親権とすべきDV(家庭内暴力)や虐待の恐れがあるケースを適切に見極められるかどうかも課題となります。家裁が取り扱う案件のさらなる増加も見込まれますが、裁判所にはどのような判断姿勢や体制整備が求められると考えますか。
A 親子をめぐる法的紛争の解決のために家庭裁判所の役割がさらに重要となってくると思います。そのための人的及び物的な態勢を整える必要があります。共同親権制度については新たな試みとなりますが、親権制度の基本である子の利益の確保という観点からの真摯な検討、判断が求められることになると考えています。
司法行政
Q 民事裁判手続きのデジタル化を定めた改正民訴法が今年5月に全面施行され、電子申し立てなどを含めたデジタル化が実現します。業務の効率化が期待される一方、円滑に運用がなされるか不安視する声もあります。今後予定されている刑事事件や家事手続きでの導入も含め、デジタル化に対する期待や課題についてご意見をお聞かせください。
A 社会のデジタル化に呼応して司法のデジタル化は避けて通ることのできない喫緊の課題だと思います。裁判所においても各種手続のデジタル化に対応するための諸条件を整備する必要があります。ただ、デジタル化に伴って新たな問題が生じる可能性は常に想定すべきであり、その点に関する備えを怠ってはならないと思います。
Q 海外では審理がインターネットで中継されるケースもみられます。国民に開かれた司法を実現するために、日本の最高裁でも工夫できることはありますか。あるとすれば、どのようなことですか。
A たとえば民事訴訟の上告審における口頭弁論手続をさらに充実したものとするなどの工夫が考えられると思います。また、最高裁判所における弁論や判決言渡に関する情報をインターネット等を通じて国民が容易に入手できるようにすることは既に行われていますが、情報提供の内容等についてさらなる充実を図ることなどが望ましいと考えます。
Q インターネットの普及に伴い、ネット上の紛争が裁判所に持ち込まれたり、ネット関連の記録が事件の証拠として提出されたりする機会が増えています。公私を問わず、インターネットとどのように接していますか。よく参照するウェブサイトや、自ら発信したり閲覧したりしているSNSがあれば、あわせて教えてください。
A 判事就任前の37年間の弁護士生活と、これと並行して行ってきた21年間の大学教員生活を通じて、インターネットを職務上、頻繁に利用してきました。また、私は弁護士会の関連団体である日弁連法務研究財団の研修委員長をしておりましたので、ICT(情報通信技術)を利用した弁護士研修のあり方などを調査研究し、研究報告を纏めるなどの機会を持ちました。
その他
Q 最近のできごとでうれしかったこと、腹立たしく思ったことを教えてください。
A 感情の起伏を抑えることは難しいことですが、冷静に職務に励むためにこれをコントロールするように心がけています。
Q 趣味や尊敬する人物、余暇の主な過ごし方を教えてください。
A 仕事に励んでいるうちに趣味と呼べるものが無くなってしまいましたが、今でも万年筆を集めることは趣味と言ってよいと思っています。また、尊敬できる人はたくさんいます。人間的魅力に溢れた尊敬に値する人物との出会いは、生きる喜びの一つだと思います。
Q 最近読んだ本や観た映画などで、印象に残ったものと理由を教えてください。
A HPに記載していますが、トールキンの指輪物語は何度も読み直しています。それ以外にも、イタロ・カルヴィーノやウンベルト・エーコのようなイタリア人作家の珠玉の作品に惹かれています。
Q 執務中や帰宅後はどのように過ごされているのか、判事としての平均的な一日の流れを教えてください。また多くの事件に向き合う上で、どのように時間を確保していますか。
A 裁判官になって日中は判事室で記録と向き合うということが日常になりました。なお、私は家でも仕事をするのが若い時からの習慣になっていますので、朝、裁判所に登庁する前、夜、自宅に戻った後、必ず何がしかの仕事はするようにしています。疲れたときは音楽を聴くのが安らぎとなっています。また、就寝前の短い時間、好きな本を読むことも習慣となっており至福の時間となっています。