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Conversation

精神障害者施設で精神保健福祉士として働いていると、感じるのですが、今の社会には目に見えない病気に対する「想像力の欠如」と、「休養=苦行でなければならない」という歪んだ価値観が根深く残っています。 認識として、改める必要があるのは、精神疾患の回復において、外に出たり、趣味を楽しんだりすることは、単なる遊び」ではなリハビリテーションそのものという事です。 ・「家から出る」 ・「人と接する」 ・「決まった時間に活動する」 という段階を踏まずに、いきなりフルタイムの仕事に戻ることは不可能です。 さらに、公正世界信念のバグがあると考えています。 「苦労している人は報われるべきだし、休んでいる人は苦しそうにしているべきだ」という、世界は公平であるはずだという思い込み(公正世界信念)が強い人は、そのルールに反する人(楽しそうにしている休職者)を見ると、自分の価値観が脅かされたと感じて攻撃的になります。 また、骨折なら歩けないのは当たり前と理解できても、適応障害なら、特定のストレス源(職場)はダメだが、散歩はOKという症状の選択性を知識として持っていない人が多いのが現状です。 これは職員にも感じる部分がありますが、批判する人自身が、本当は休みたかったり、過酷な労働環境で心をすり減らしていたりする場合、自分を律して働いている反動で、自由に過ごしているように見える人を「ずるい」と羨望混じりに叩いてしまうことがあります。
Quote
スコッチ@鬱・双極克服のプロ
@UTU_KOKUFUKU_CH
鬱や適応障害などで休んでいる人が遊んでいると『仕事はできないのに遊びには行けるのか!』と批判する人がいる。遊びに行ける程度に回復したとか、気分転換に頑張って外に出たかもとか、その程度の想像も出来ないだろうか? それとも、心が貧しい人たちなのだろうか?