10年後に動き出したシリアの時計...シリア北部情勢に関連して
このところシリア北部で武力衝突が続いているという報に触れ、私はふと、10年前に自分が書いた一本の記事を思い出した。「世俗派の結集」という言葉を見出しに掲げた短い国際面の記事である。
〈祖国シリアが重大な岐路に立つ中、民族の枠を超えてすべてのシリア人が結集すべきだ〉
クルド人部隊が発した声明を、私はそう引用した。
さらに記事の末尾では、〈世俗的なアサド政権との対話が比較的容易で、内戦収拾の糸口になる可能性がある〉と書いた。
いま読み返すと、その文章には、事実以上に「そうであってほしい」という願望が滲んでいる。当時の私は、イスラム国という分かりやすい悪を前に、「世俗派」という言葉が、錯綜した内戦の構図を整理してくれると、どこかで信じていた。
結果として、ISは打倒された。ただ、シリアの時間は、そこで前に進んだのではない。ISは打倒されたが、その後に来るはずだった政治的な解決は先送りされ、国全体が「次を決められない状態」に置かれたままになった。
いまのシリア北部は、誰かが勝利した結果として安定しているのではない。
イスラム国(IS)掃討の主力だったクルド人主導のシリア民主軍は、北部で事実上の自治を維持してきたが、その立場は急速に不安定になっている。
一方、かつてイスラム武装組織の司令官だったアフハマド・シャラア氏が率いる政権は、秩序回復と統治能力を前面に押し出し、シリア全土の統治者としての正当性を固めつつある。
米国を含む国際社会が、このシャラア政権を現実の交渉相手として扱い始めたことで、シリア民主軍は「不可欠な同盟者」から「調整の対象」へと位置づけを変えられた。その力の移動が、いま北部で起きている緊張と混乱の背景にある。
シリア民主軍(SDF)を軸にした北部の秩序は、長く宙づりにされてきた。
そしていま、その凍結が解け始めている。ただし、私が10年前に想定していた形とはまったく異なる方向で。
アサド政権はすでに崩壊し、統治主体としてシャラア氏が地位を確立しつつある。イスラム主義勢力の伸長に警戒感もある米国など国際社会もそうした現状を追認しつつある。
そうした空気の変化が、もっとも鋭敏に伝わってくるのがシリア北部だ。
かつて「対IS戦の同盟者」として不可欠だったSDFは、いまや新体制との関係を不安定化させる存在として扱われ始めている。安定を優先する国際社会にとって、彼らはもはや希望ではなく、精算すべき対象になったかのようだ。
この状況に、強い言葉で異議を唱えているのが、ヤジーディの人権活動家でノーベル平和賞受賞者のナディア・ムラードさんである。
彼女は最近訪問したベイルートで、「悪と最前線で戦ってきた人々が、いま見捨てられている」と訴えた。
その発言を読んだとき、私の中で10年前の記事と現在の情勢が、遅れて重なった。
ISという「悪」を止めるために動員された人々が、悪が見えにくくなった瞬間に政治の外へ押し出される。その構図は、当時の記事の行間には、まだ書かれていなかった。
〈反体制派内の世俗派結集の色彩が濃い〉
私はそう書いた。だが実際には、世俗派という言葉は、結集の旗印というより、国際社会が一時的に使いやすいラベルにすぎなかったのかもしれない。
ムラード氏が語る危機感は、クルド人だけの話ではない。それは、「正義の戦争」が終わった後、誰が切り捨てられるのかという問いである。
10年という時間は、シリアに平和をもたらさなかった。しかし、書き手である私自身には、問いの重さを変えるだけの距離を与えた。
〈民族の枠を超えてすべてのシリア人が結集すべきだ〉
あのとき鉤括弧で引用した言葉の意味を、私はいま、あらためて考え直している。
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