15分で読める森鴎外『舞姫』現代語訳 縮約版(あらすじ、要約 より長め)

森鴎外『舞姫』を現代語訳で縮約したものです。あらすじや要約ではなくて、話をぎゅっと絞り込んだ縮約版です。原文が雅文体、擬古文、文語体で読みにくいと敬遠してしまうのはもったいない!
[主な省略箇所:   西へ行くときのこと、情景描写全般、勢力のある留学生の一群、新聞の通信員の活動]
(こちらの自サイトがもとです。)

全文の現代口語訳もあります→コチラ

森鴎外『舞姫』現代語訳 縮約版 (Ver. 令和1.3.13 最終更新日2023/12/5)

もう石炭を積み終えたのか。サイゴンに停泊中の船に静けさがおとずれた。

帰国の船に乗って20日がたったが、人知れぬうらみにずっと悩まされている。最初は雲のようだったが、中頃には腸がねじれるくらい苦しくなり、今は心の奥深いところに集まって一点の影となっている。この恨みが消えてくれることを願い、ことのあらましを記すことにする。

私は幼いときに父を亡くしたが、家で厳しく育てられたので、学問を おこたることはなかった。学校の成績は、いつも太田豊太郎の名が一番目にあった。大学は法学部を19才にして首席で卒業し、ある省の官吏となった。故郷の母を都に呼び寄せ、楽しき日々が三年過ぎたとき、官長からの信頼を得ていた私は海外赴任を命じられた。家のために、出世のために、良い機会だと思った。50を過ぎた母との別れを特に悲しいとは思わず旅立った。

ベルリンに着くと、目に入る何もかもに驚かされた。現地の役人たちは、私の語学力に驚いていた。故郷で学んだドイツ語とフランス語が役立つことに喜んだ。

急いでやるべき仕事が片付き、余裕ができると、あらかじめ日本で許可を得ていたことだが、大学での聴講の準備を進めた。政治家になるための講義を期待していたが、なかったため法律の講義に申し込み、受講することにした。

夢のように三年が過ぎた。

25才にもなり、自由な大学の風にも長くあたり、自分の本性が分かるようになった。それは受動的で器械のような自分だ。父の遺言を守り、母の教えに従い、人に褒められるのが嬉しくて勉学にはげみ、官長が喜ぶようにと働いた。こんな私では、今の世で活躍すべき政治家に向きはしないのだと悟った。

思ったのだが、母がしていたことは私を生きた辞書にすることで、官長は私を生きた法律にしたかったのだろう。生きた法律には我慢ならなかった。官長から法律についての細かい質問がくると、以前なら丁寧に返事をしていたところを、法律の細かいことを気にせず法の精神を学べば分かることだと大口をたたいた。このことで、私の立場は危うくなっていた。

大学では法律より歴史文学に興味をもち、面白さが分かってきた。

幼い頃から勉学にはげんでいたが、それは忍耐力や自制心があったからではない。色々なことを捨てて突き進む勇気があったのではない。勇気がなかったから、人が用意した道を歩むことで色々なことから逃げていたのだ。

化粧をして派手な格好で珈琲店に座って客を誘惑している女を見かけても、他の留学生みたいに声をかける勇気はもっていなかった。

ある日の夕方、散歩していると、16、7才くらいの少女が寺院の前で泣いているのに出くわした。着ている服はあかがついていたり汚れているようには見えなかった。私の足音に驚き、彼女が振り向いた。その顔を表現するには詩人の言葉が必要なくらいであった。臆病さより憐れみが勝り、思わず声をかけた。

「なぜ泣いているのですか?何の関わりもない外国人の方が、かえって力を貸しやすいかもしれません」

「あなたは優しそうね。あいつや母みたいな酷いことはしなさそう」と少女は言うと、彼女の目から、しばらく止まっていた涙があふれ出した。
「わたしを助けて。恥ずかしい人間には、なりたくない」

少女がいうには、父親が亡くなり明日には葬式をあげなければならないのだが家にはお金がなく、お金のために、ある男のいいなりになるよう母親に言われてぶたれた、とのことだった。少女は話をしているうちに私の肩にもたれかかっていたが、ふと頭を上げ、恥ずかしそうに飛びのいた。

「わたしを救ってください。安い給金からなんとか返します。たとえ食べなくても。だめだというなら、母の言う通りに...」

そう言った彼女は涙ぐんで身をふるわせ、見上げた目には人に嫌とは言わせない媚びたところがあった。時計を少女に渡し、質に出して金にかえるように言った。

ああ、これが不幸の原因になるなんて!

少女は礼を述べるため、家にやってきた。彼女の存在は部屋のなかに一輪の花を咲かせた。この時から、しばしば会うようになった。

少女は、名をエリスといい、ヴィクトリア座で二番目の舞姫だった。貧しいため充分な教育を受けられず、舞姫として働いていた。

ある詩人は、舞姫のことを奴隷だといった。少ない報酬、昼間は練習、夜は舞台。1人食べていくのさえ大変なのに親兄弟を養うとしたらどれほど大変なことか。ほとんどの舞姫はいやしいことをして生計を成り立たせていた。エリスがそうせずにいられたのは彼女の性格と、彼女の父親のおかげだった。

エリスは幼い頃から本を読むのが好きだった。彼女が手にできる本は貸本屋の小説だけだったので、私の本を貸してあげた。彼女は私が貸した本を学ぶにつれ、私にあてて書く手紙の誤字も減っていった。先生と生徒みたいなもので、やましいことは何もない清らかな交遊だった。だが、日本の留学生たちは、私が舞姫たちを相手に女遊びをしていると思っていた。

その留学生のなかに騒ぎたてるのが好きな者がいた。私が劇場に頻繁に行き女優たちをあさって女遊びをしている、というありもしない告げ口を官長にした。官長は、私を憎らしく思っていただけに、告げ口を聞いて私を免官つまりクビにし、そのことを公使館に伝えた。

公使から免官を告げられた。すぐ帰るなら帰国費用を出すが、とどまるならもう金は出さないといわれ、結論を出すまでの時間を一週間もらった。

そんなときに、手紙が二通届いた。一通は母が書いた手紙、もう一通は私が慕う母の死を知らせる親戚からの手紙だった。手紙のことを書こうとすると悲しさで泣いてしまい筆が進まなくなるので止めておく。

帰国すれば落ちぶれて汚名を負った身、とどまれば職のあてがない。生きるか死ぬかの瀬戸際であった。エリスには、彼女が原因だとは隠して、免官となったことを伝えた。彼女は顔を真っ青にして、母親には内緒にしておいて欲しいと言った。収入がなくなった私を母親が遠ざけることを心配したからだ。まさにこの時、エリスとは離れられない仲になった。私の不幸を憐れみ、別離を悲しんで、伏して沈んだ顔をしたエリスの美しくいじらしい姿に愛情が高まり、恍惚こうこつとしている間にそうなってしまったのだから、どうしようもないことだった。

職については、友人の相沢が助けてくれた。東京にいた相沢は官報で私の免官を知り、新聞社の編集長にかけあって海外通信員の職を用意してくれた。これで、ベルリンにとどまることにした。ただ、報酬は少なく、住む場所を変える必要があった。

住む場所については、エリスが助けてくれた。母親をどう説得したのか分からないが、エリスの家に住まわせてもらえることになった。

心配事はあっても、楽しい日々であった。

冬のある日、エリスが舞台で倒れた。彼女は何を食べても吐いてしまい、彼女の母はつわりではないかと疑った。将来がはっきりしていないのに、もしそうだったらどうしよう、と思った。

相沢から便りがきた。相沢が秘書官として仕えている天方あまがた大臣と一緒に、ベルリンに来ていた。天方大臣が会いたといっているのですぐに来てほしい、との内容だった。

可愛い一人っ子を出す母親でもここまで気にはしない。相沢からの手紙のことを知ったエリスは、私が大臣に会うかもしれないと思い、仕舞っていた服を取り出して私に着せ、身だしなみを整えてくれた。

「もし富貴ふうきになられても私を見捨てないで」とエリスはいった。

「政治社会に出て出世することに興味はない。久しぶりに友人に会いたいだけだ」と私はこたえた。

ホテルに着いてみると、相沢から大臣を紹介され、大臣からは翻訳の仕事を依頼された。

大臣との面会後、腹をわって相沢と話をした。彼は、私を責めはせず、他の留学生たちをののしった。そして真顔になって私に言った。

「お前の学識、才能を無駄にするな。大臣の信頼を得て復帰するんだ。少女との関係は、深い仲になっていたとしても人を知っての恋ではなく、慣習という一種の惰性で生じた交わりだ。関係を断ち切れ」

友が示した方針が自分を満たしてくれるとは限らない。貧しくても今の生活は楽しく、エリスの愛も捨てがたい。弱い心が迷っていたが、断つ、と約束してしまった。敵には抵抗するが、友には反対しないのが、いつものことだった。

大臣から何度か仕事をもらううちに親しくなってきた。相沢が忙しく連絡が取れていないとき、大臣から急に、明日ロシアに行くが同行しないかと誘われた。「行かないということがあり得るでしょうか」と返事をした。恥を承知でいうと、考えた末の返事ではない。私は、信じて頼れる人に突然いわれると、答えの影響範囲も気にせず、すぐに同意してしまうことがある。その返事の実現が難しいときでさえも我慢して実行した。

エリスは医者から妊娠していると言われた。ヴィクトリア座の座頭ざがしらからは、休みが長いためエリスを除籍するとの連絡があった。ロシアへの旅立についてエリスが心を悩ませている様子はなかった。私を信頼してくれていたからだろう。

ロシアでの通訳の仕事は、私を宮廷に連れていった。王城は、パリの豪華さのような装飾。内装も豪華で、人々も華やかだった。私のフランス語はその場の誰よりも流暢で、主人と客人との間の通訳は主に私がした。

ロシアにいる間もエリスのことは忘れなかった。エリスから毎日手紙が来るので忘れようがなかった。

ある日のエリスの手紙にはこう書いてあった。

「ドイツで稼げるのなら、とどまることがおできになるはず。私の愛でつなぎ止めてみせます。それがかなわず、日本にお帰りになられるなら、母と共に一緒に行けると良いのですが、そのような多額の旅費を用意するのは無理でしょう。

この地にとどまってあなたが出世するのを待っていようと思っていたのに、苦しいのは別れの一瞬だけかと思っていたのに、今こうして離れていると日に日に苦しさが増していきます。

妊娠したことがはっきりしたこともあり、何があっても捨てたりしないでください。

母とは口論になりました。私の固い決意に母が折れ、私が日本に行くなら母は遠い親戚のところに身を寄せるといってくれました。私1人分の旅費なら大臣に頼めばなんとかなるでしょう。

お帰りをお待ちしております」

この手紙を読んで自分の立場がはっきりした。自分の鈍さが恥ずかしかった。決断力には自信があったが、逆境では役には立たなかった。大臣からの信頼はすでに厚くなっていたのに、そこに未来の望みをつなぐことを全く考えなかった。軽率にも相沢にエリスとの関係を断つと言ってしまったが、すでに相沢は大臣に話してしまったかもしれない。

器械的人間にはならないと誓ったが、それは足を縛られた鳥が羽を動かして自由になったと思い込んでいただけではないか。足の糸は、かつては官長、今度は天方大臣の手の中だ。

ロシアからベルリンに戻り、家に着いた。まだ心が決まっておらず、故郷を思う念と栄達を求める心とが愛情を圧倒しそうになっていた。帰国した私を見てエリスが言った。
「お帰りなさい。もしお帰りになられなかったら、私の命は絶えていたでしょう」
悩みが一瞬で消え去り、私は彼女を抱きしめた。

エリスの手に引かれて部屋に入ると、驚いた。うず高く白いものが積まれていた。エリスは笑って「どう?この心構え」といって一つ取り上げた。オムツだった。「楽しみにしているの。あなたと同じ黒い瞳でしょう。ああ、夢にまで見た黒い瞳。生まれた時にはあなたの正しい心が、あなたと別の姓を名乗らせたりはしないですよね」見上げた彼女の目に涙が満ちていた。

ベルリンに戻って2、3日した夕暮れ、大臣から使いが来て招かれた。行ってみると、語学の才能を買われて日本へ一緒に戻らないかと大臣に誘われた。この地にしがらみはないと相沢から聞いて安心したともいわれた。友の顔はつぶせないし、この機会を逃したら本国を失い名誉の挽回もできずにこの地に埋もれてしまう、という思いが頭の中をかけめぐった。「お願いいたします」とこたえていた。

エリスにどう伝えるか悩んだ。道ばたの椅子に座って何時間も過ごした。激しい寒さが骨にしみて気がつくと、もう夜になって雪が降っていた。夜の雪のなかを歩いた。私は許されない罪人だ、との思いが頭に満ちていた。家に着くと倒れてしまい、何週間も目が覚めないまま寝込んでしまった。

相沢が家に来た時、私はまだ目が覚めていなかった。彼にした約束、大臣にした返事のことを彼はエリスに話してしまった。エリスは「私の豊太郎、私をだましていたのね」と叫んで倒れたそうだ。私の目が覚めるまでの間、エリスたちの面倒は相沢がみてくれていた。

目を覚ましたときには、エリスは精神を病んで赤子のようになっていた。医者には、治る見込みはないといわれた。

エリスを抱いて涙を流したことは、何度あっただろう。

帰国が決まると相沢に相談し、生計が立てられるだけの資本をエリスの母に与えて後をお願いした。

ああ!相沢ほどの素晴らしい友は他にはいない。ただ、一点だけ、彼を憎む心が残ってしまった。

おわり

【補足情報】

高校の授業などで教わる定番の解釈とは異なる視点で考察した記事を書きました。

【現実的な考察】森鴎外『舞姫』
https://note.com/onoken_nobelles/n/n132664b250ed

このページの目次から進んで『【考察7】なぜ、豊太郎はクズになったのか?』だけでも読んでみてください。豊太郎の印象がかなり変わると思います。さらに『【考察3】なぜ、豊太郎はエリスを捨て日本に戻ることにしたのか?』も読んで欲しい。

『舞姫』に対する定番の解釈を正解として真に受けるのではなく、自分の頭で考えるきっかけになれたら嬉しい。

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