最近、急に政治に関するリツィートをしてキモいとか言われますが、日本が正常さを取り戻せるかもしれない気配に、じっとしてられないのはキモいでしょうかね。変わらないと諦めていた日本が、変わるかもしれないような、勢いの今。変わって欲しい。できることは、したい。だから、リツィートしてます。
ナガオカケンメイ
ナガオカケンメイ
16.2K posts
ナガオカケンメイ’s posts
感覚的な話がしたい。どいつもこいつも、情報を話したがる。感じたことを共有したい。情報じゃなく。体験したことて対話したい。ネット検索し続けて、それが自分の知識だと勘違いしてる人が本当に多い。経験を話したい。経験で対話して、新しいことを生みたい。
いつから民藝はあんなに高尚になってしまったのかな。名もなき生活雑器に美を見出し、生活品が美術品になる様子に警笛を鳴らすような運動だったのに。民藝運動の最大の問題は、生活の美からかけ離れ、美術学になり、不自由で凝り固まったマニア的になっていく動き。くだらない。
ジャケ買いは、ある意味、正解だと思う。ちゃんと作っているものは、パッケージもちゃんとしている。中身にこだわるひとはパッケージにも当然こだわる。パッケージが悪い、いい製品など、よく考えたら、そうない。LPの時代に学びたい。いい作品は、ジャケットも素晴らしい。
店は、みんなが通わないと無くなります。どんなに、あなたが大好きな店だと言ってくれても、通ってくれないと、簡単に閉店して、しまいます。店なんてそんなもの。あなたが来てくれるか、来てくれないか、わからないけど、毎日、店を開けて待ってます。こないかも分からないのに、店は待ってます。
投票に行かない人の多くの票が、日本の政治をこれまで続かせてきたという投稿を見ましたね。今回の選挙はこれまでと違うような気がしませんか?行きませんか?投票に。行ったら変わるような気がしませんか?雨が降っても、行きませんか?変わったら、すごくないですか?
100円ショップでロングライフデザイン活動をやってみます!
「勝てるブランディング」とか、言って本を出すデザイナーがいるが、そんなに自分がブランドより目立ちたいのだろうか。そんなデザイナーにブランドを任せて大丈夫なのか。しかし、勝てるって、なんなのだろう?勝てると言った瞬間に、負けてはいないだろうか。デザイナーって、そんな職業ではない。
失敗しないように経験者に意見を聞いて何かを始めようとする人へ。そんなものは、何にも役に立たない。あなたがやりたいと思ったその気持ち、わからない尽くめの状況ながら、なんかいいな、と思うその不安定だけど、はじめて自分でいいと思ったことだけを抱きしめて駆け出せ。それ以上のものはない。
どうやら、急須でお茶を入れ、飲んでいる人が増えているようです。自宅で。ウイルスでの自宅での自粛で、ペットボトルではないお茶を、楽しむ人の声が、茶園の関係者などに届いたり、購入が増えたりしているようです。忙しい自宅外だからのペットボトルのお茶だったんだな、と、少し和みました。
福岡と名古屋は本当に似てる。うちうちで、完結しようとする。だから、文化的なことが育たず、消費が大半。食やファッションが独自で伸びて、外の文化に興味もてない。部屋の中にお金を使わない。だからインテリアショップとかは、成立しない。業界も、うちうちで盛り上がればいいと考えている。
Replying to
そんな民藝運動を、本来の運動に戻そうとしたのは、柳宗理。彼は量産品に、ステンレスボールに、民藝的な美を提唱したが、民藝の流れからまるで削除されている。プラスチックに、家電に、民藝を見出してこそ、民藝運動。
人生は有限である。それに気づくのは、50代。親の死にまつわることで自覚する。そのとき初めて自分の人生は自分以外の人に使うモノだと知る。残り30年だとしたら、使い道は限られる。周りの人のため。故郷のため。自国のため。愛する人のため。世話になった同僚のため。人生は有限だ。
20年間ありがとうございました。創業の地、東京奥沢を離れて、新しいこれからの土地を探し、移転することに決めました。東京から2時間圏内でビルではなく、1.000坪程の建物つき敷地の情報を広く探していきます。みなさん、よろしくお願いします。
Replying to
あの店、雰囲気いいよねって思う喫茶店やレストランは、実は歯を食いしばっている。ある日、嘘のようになくなってしまう。上質な喫茶店が閉店するということは、私たちの暮らしから、また一つ、上質が維持できなくなった、ということだと思う。上質だと思う老舗には、毎週、足を運びたい。
ブランディングをキーワードに主張するデザイナーやプロデューサーがいる。そういうひとの多くが、ブランディングとはブランドを目立たせればいいと、かなりの誤認識をしている。話題になれば、成功だと錯覚している。ブランディングとは、かなり地味な作業。ひとにひけらかすことでもない。
結局、生きて食べて、恋をして、家を買い、服を買い、物を買い、何かを集めるように買い、棚がぎっしりになる。けれど、それはなんだろう。80歳に近い親を見ていて思う。それらをどうするんだろう。それはなんだろう。死んだら、それはどうなるんだろう。それでも買う。それはなんだろう。
老舗は今日も歯を食いしばっている。いつまで続くのか、頑張っている。流行に背を向けて、上質なお客様の期待に応えるために、売れるものではなく、売りたいものを作っている。どんなに有名な老舗でも、応援する、共感して世の中の質を上げたいと思うお客様が少なくなったら、簡単に閉店してしまう。
最近、ムカついてることは、大規模商業施設を作ってるヤツ。どう考えてもみんな同じになるのに、なにも考えないでテナントを誘致するだけ。それでは、同じことの繰り返しなのに、投資して育てる発想がない。そんなに賃料が重要か?賃料競争は賃料競争の繰り返しでしかないのは、わかりきってるハズ。
田舎と都会が逆転しはじめている。なんでもある都会と、なんにもない田舎。そのなんでもあるは、実はあなたにとって別に必要なものではないことに、いまさら気づいた。田舎はなんにもない。けれど、その大半が自分次第の問題で、誰もなにもしてくれないことをすることが実は充実だと、気づいた。
いい店とは、通えば通うほど、居心地が増す店だと思う。何度も通うとこで、店員もお客もお互いに意識する。お互いに店という場を良くしたいと思い、お互いに感謝の意識が芽生えて、そのお客さんがくると、店員も嬉しくなる。ここに上下関係などあってはそうならない。いい店はお互いが作り出すもの。
デザインなんて、本当はいらない。自然のデザインに感動したひとが、それを人間の都合に合わせていった末路がデザインというものだと思う。リラックスできる場所に人間によるデザインはない。やがて、デザインは人間の見栄や欲望と関係するまでになった。人間がストレスを感じるひとつが、デザインだ
いま、ネットがつながればどこででも働ける。物欲さえ捨てられれば、家賃なんてないような土地で生きられる。農地もたくさんある。食べ物なんて、作ればいい。さて、私たちはなぜ、金を稼いでいるのか、家を建てるのか、家具を買うのか?新しい価値観とそれを現実化できる今、なぜ、会社員になるのか?
Replying to
国立の美術館で民藝展をやる意味を前向きにどうか、捉えたい。だから、d&departmentも、売店出店した。あれは、このままでは、あかんよ、ってこと。素晴らしい視点、直感を、未来に運動として、常に生かせ!って提言。のんきに時代に定着していてはダメです。
今日も、気がつけば、明るくなって4時過ぎてる。ユーミンのノーサイドを聴いて、明け方まで、、、なんだろう、これは。山本太郎があんなに一生懸命な時代に、変えようってことだよね。
Yチェアを探している皆さんへ。60本の大量入荷をしました。随時リペア後に、東京店にて販売致します。欲しい方は、以下アドレスにご連絡ください。近々、東京店にて、予約来店販売も計画しています。この機会に、ぜひ、USEDのYチェアを!
shop_tokyo@d-department.jp
未経験なことは、極論ですが、やってみないとわからない。結婚したことないひとが、結婚について想像しても、無駄。結婚してみないとわからない。人にアドバイスをもらうのも、無駄。体験するのは自分だから。会社を辞めたいひとは、辞めないとわからないし、想像しても、わからない。体験後にわかる。
エコバッグブームで大量に作られ廃棄されたバッグを再活用するサービスを準備中です。d全店でのお買物の際、リサイクル紙袋(無料)か、リサイクルエコバッグ(有料)かを選んで頂けます。(売場での販売は致しません)お楽しみに!
私たちが未来にステキな日本を残す方法。それは素晴らしいものづくりするひとを応援すること。自分には出来ないものや、ことを生みだすひとを応援すること。わかりやすく応援すること。僕はものを生み出せない。だから、ものを生み出せる人は応援したい。
DEAN&DELUCAには「中身の(食品)よりパッケージが目立ってはいけない」(フードイズビューティフル)と、いう指針がある。パッケージが目立つというのは、消費経済の理論。企業よりデザイナーが、デザイン理論が目立つなんて、短命な話しにしか。ならない。
Quote
ナガオカケンメイ
@nagaokakenmei
企業はひとつとして同じではないから、勝てる方程式になど、当てはめられないし、当てはめてはならない。そして、デザインは企業の様々より目立ってはいけない。 x.com/nagaokakenmei/…
ほぼ、ほとんどの会社は、あなたの意識によって変わっていく。あなたが怠ければ、会社も怠ける。自分ひとり、何にも影響しないと、自分の会社に無関心になれば、会社はどんどん衰退していく。誰かがなんとかしてくれると考えて、団体や企業に属すると、結局、自分の人生も、衰退していく。
なんでも出来た方がいいという時代は終わったと考えたほうが幸せかもね。地方が東京を真似る必要もなくなったし、田舎の価値がしっかりと「田舎である」ということになったし。だから、はっきり言おう。得意なことをしよう。小さな差を争うのではなく、自分しか出来ないことを伸ばそう。
2020年末に故郷、愛知県知多郡阿久比町にdの新しい店をつくるプロジェクトを記念した講演会をします!10月30日は建築家の長坂常さん、11月はミナペルホネンの皆川明さん。12月はコミュニティデザイナーの山崎亮さんを阿久比町にお招きします!近々情報公開します!定員100名のスペシャルな勉強会です!
今をどう生きたらいいか、分からないから、SNSであらかじめ台本の読み合わせのような生き方を強いられてるような今だね。人の言ったことにだけ反応したがるような、、、。自分がわからなくなりそうな今。情報をなるべく捨てること。憧れの人を絞ること。少しはそれで見えてくる。
どうしたら仕事って概念を捨てられるのか。仕事って概念が一番邪魔だ。楽しく働いて暮らせたらどんなにいいか。仕事なんて誰が考えたんだ!笑 遊びながら働きたい。働きながら遊びたい。
田中一光さんが言ってました。デザインなんかに、時間をかけてちゃダメだ。要するに、時間をかけてデザインするなんて、素人ってことらしい。本当のクリエイターは、時間がない中でミラクルなアイデアをだし、それを実行できる人脈があること。
ものづくりしている人が、売場に意見を言ってくる。聞ける話ばかりではない。作り手はそんなに偉いのか。売り手、作り手、買い手のバランスを知らない作り手は、いらない。
大量生産品にロングライフデザインを感じられなくなりつある。やはり、製品にまつわるものに、人の気配のないものは、メディアやトレンドで広まるだけで、続く気配が感じられないんでしょう。やはり、人が作り出したという実感が、大事なんですね。いよいよ中小量人間生産の時代ですね。
全国的に観光が貧弱になってる気がします。たくさん観光客を呼ぶには、ではなく、自分達がどう見て欲しいか、を。誰でもいいから来て欲しいでは、将来的にいい場所にならない。来て欲しい人を明確にして、自分たちらしさを、半ば押し付ければいい。観光はサービスではない。プレゼンテーション。
世の中には、民藝っぽい工芸品が本当に多い。民藝の本質は超簡単に言うと3つ。作為的でなく、祈りがあり、美しい。特に祈り的なものを、その多くの民藝風なものに、感じない。ある心の状態がないと、美しいものは生み出せないし、見て感動することも難しい。大変な時代ですね。
民藝が論破したい人の、また、柳宗悦教のただの学問じゃなく、いつの時代も通用する、祈りの美学だとしたら、例えば、プラスチックからみても、答えが見えるはず。柳宗理はそれをステンレスなど大量生産品で検証した。今の民藝って、とても勿体ない。勘違いした団体のおもちゃに成り下がっている
#民藝
コムデギャルソンの川久保さんとのコラボストア「GOOD DESIGN SHOP」をクローズします。長らくありがとうございます。理由は今日のナガオカ日記に。ダブルネームの入ったものは、かなりレアになります。お早めに!長い間、ありがとう!また、面白いこと、考えまーす!
作詞家の松本隆さんに「どうやって作詞家になれましたか?」と、質問したことがある。答えは「作詞家になろうかなと思った」だった。誰でも何にでもなれる。ただ、自分でそう覚悟をするかどうかだと、松本さんを見ていて思う。その覚悟が話題や噂になり、仕事がくる。覚悟が言葉を輝かせていった。
今の民藝周辺、むちゃキモい。論破したがる学にすがる人ばかりで、宗悦がやろうとしている革新的なものづくりの精神性に、なんら手を下していないどころか、停滞させ、ぬくぬくと自分達だけが、理屈の通る生態系をつくって自己満足してる。宗悦はたぶん、泣いているよ。
ヨーロッパの会員組織は、例えば会費や参加費は普通より高い額を支払う人。日本の会員とは、割引や安く利用したい人の事。文化を支えようという意識の違いが、ここにははっきりある。安くなることで育つことは、たぶん、ほとんどない。
みんな、あれみたいになりたい、あれもいい、そういうのも好き、自由がいい、多様性だ、間違えなんてない、みんな正解だ、これも採用、あれもあってもいい、、、、。そうやって、自分を失って迷う。多様性?本気かい。ひとつの事も追えないのに? あなたはあなただよ。あいつになる必要なんてない。
情報が多すぎると、どうやって人生の平行感覚を保てばいいか、わからなくなるし、どうやって進んで行けばいいか、わからなくなる。らしい。確かにそうかもしれない。比較する必要のない人と比較し、意識して目指す必要のない人をライバルのように錯覚する。一番の方法は、スマホを捨てることだろうね。
好きだと言ってくれる人と、一緒にやっていこう。無理に好きになってもらわなくてもいい。無理につたえなくてもいい。嫌いになられることを恐れて、したくないことをする必要も実はない。好きだと言ってくれる人と作っていこう。
送料無料って商売のやり方は、好かん。結局、ディスカウント商売は、健康的な継続のモノづくりの生態系を壊す。送料無料に分かりやすくなびくことで、安ければいいという生活者をどんどん作り出す。ちゃんとした店から、送料負担して、買い応援して欲しい。出来たら持ち帰って欲しい。
人生の貴重な時間のほとんどを、メールしたり、写真を撮ったり加工したり、気に入らない知人をブロックしたり、フォロワを増やすためにリツィートしたり、ラインしたりインスタしたり。気がついたら老人になっていた。みたいな、現代。そんなに気持ちをテキスト化したいのか、おい!俺!
沖縄に来て思う。これからの日本は、東京が手本でなくなる。沖縄とか北海道が、手本になる。沖縄の美術館で、ゴッホ展なんてやらないし、ほぼ無意味。地域のアイデンティティを掘り下げるところに、健やかな幸せがある。
あらためて思う。自分というものは他人から出来ている。他人に会い自分に気づく。他人に言われ自分が反応する。他人との約束が自分を動かす。たびたびそんな他人の存在を忘れ自分を主張したりする。でも、それに反応してくれるのも、他人が存在するからだ。他人がいなくなったら、自分もなくなる。
いま我が故郷、愛知県知多郡阿久比町に小さなdを作っています。人口3万に満たない小さな田舎町に、引っ越してきませんか?古本屋さん、植物屋さん、珈琲焙煎家さん、歓迎します!
今ほど、自分を感じにくい時代はないんじゃないかと思う。他者の情報をたくさん浴びすぎて、自分なんだか、他人なんだかわからなく勘違いもする。他者と繋がっていないことの恐怖感もある。自分と向き合う方法すら、わからなくなってくる。自分が誰なのか、考えてみたい。