五輪の借りは五輪で…離れていても心はひとつ クセと愛が強めの小野寺一家のカーリングジャーニー
小野寺佳歩。五輪出場を決めた試合ではショット率99%という数字を叩き出すなどパフォーマンスを見せた
【筆者撮影】
中学1年生の時に、同級生の吉田知那美や鈴木夕湖(共にロコ・ソラーレ)らに誘われてカーリングを始めた。結成2シーズンで小野寺擁する「ロビンズ」は日本選手権3位という衝撃の成績を残し、14歳でトップカーラーへの道を歩み始めたが、その一方で幼少の頃から陸上競技にも取り組んでいた。
小学生4年生で初めて出たオホーツク管内の大会で、周囲の選手が専用のスパイクやユニフォームで試合に臨む中、小野寺はTシャツ短パンスニーカーという無課金装備でライバルをぶっちぎって優勝した逸話を持つ。
「とにかく運動能力が高かった」と明かしてくれたのは、4つ年上の姉・美佳さんだ。
「陸上もカーリングも、遊びでやってた竹馬でさえ、人より上手にできた」
美佳さん自身も空手の形でインターハイ出場経験があるが「私はチームスポーツは向いてなかったと思います。でも佳歩は一度、カーリングを離れても誰かに必要とされていた。それは姉としても嬉しいし、誇らしいです」
100mハードルと七種競技でインターハイに出場し中京大学に進学した小野寺だが、その高い身体能力、特に早いテイクアウトを投げることができる特性を欲した小笠原歩や船山弓枝らが、2010年に北海道銀行フォルティウス(当時)を創設する際にオリジナルメンバーとして熱心に勧誘したのは有名な話だ。
初めてみた号泣する妹
左から佳歩、駿季さん、美佳さん
【家族提供】
ラウンドロビン後、取材ゾーンの端には号泣する小野寺の姿があった。
「佳歩があんなに泣いているのを初めて見ました」と振り返るのは現地まで駆けつけた母親の真美さん。ロコ・ソラーレのコーチとしても知られている父親の亮二さんも現地で見守った。「あれはけっこう驚いた。佳歩はめったに泣かない子だったから」
姉の美佳さんは日本からテレビで応援していたが「Yahoo!を開いたら妹がインフルエンザになったニュースが載っていて……」としながらも、やはり「佳歩は(普段は)泣かないから相当、悔しかったんだと思います」と、当時の妹の涙に驚きつつ寄り添った。
しかし、その絶望にも似た心境を軽くしてくれたのが、小野寺の2つ年上の兄・駿季(としき)さんだったという。
北見市常呂町の実家の前に積もった新雪に「大丈夫だ、ガンバレ」と文字を描き出し、写真にしてソチで苦しむ妹に送信した。
「私の試合もほとんど見たことないと思いますし、いつもはそんなことするタイプじゃないんですけれど、人が苦しかったり困っていたりした時に頼りになる優しい兄です」
そう小野寺が明かしてくれたことがある。元高校球児で現在は父・亮二さんとともに、麦やじゃがいもなどを主力とした「小野寺農園」を営む駿季さん。妹のことはもちろん応援しているがカーリングのことはあまり分からないから、とメディアからの取材はすべて丁寧に断った。趣味は釣りで週刊釣り新聞ほっかいどう「つりしん」の愛読者だが、「『つりしん』の取材なら受けたいんですけどね」と豪快に笑う様子はいかにも小野寺家の長男的だ。