3年間暴力団に潜入し懲戒免職・服役…「警察組織に梯子を外された」元警察官が語る"潜入捜査"の実態
■暴力団は「真面目に悪いことを真剣に考える」 ――生活リズムの変化は? 【高橋】家を夕方に出て、翌朝帰宅に変わった。家族と過ごす時間がますます減ってしまった。 ――情報収集は順調だったのか? 【高橋】協力者は私のために懸命に動いてくれた。潜入前の捜査で暴力団などの習性や動きは理解していたつもりだったが、中に入ると新たな発見があった。擁護するつもりはないが、彼らは真面目に悪いことを真剣に考えている。潜入捜査でいい情報も得たものの、さまざまな事情で拳銃摘発の成果は十分ではなかったが。 ■特別ゼミに全国から25人参加 ――潜入捜査は大阪府警だけがやったのか? 【高橋】警察庁の主導だ。全国の警察本部に銃器対策課が新設された96年に特別ゼミが開かれ、全国の警察本部から捜査員が招集された。泊まり込みで5日間、私も大阪府警代表として参加した。 警察庁の幹部が講師となり、協力者工作や潜入捜査などの秘匿捜査技術を教えた。参加者の中には「潜入なんてできるのか」と疑問を口にする者もいた。 ここでの講義内容を基に警察庁銃器対策課は「けん銃事犯捜査ハンドブック」という教本を作った。潜入捜査や通信傍受の方法のほか拳銃の分解・組み立て方などが詳しく解説されている。 ---------- ※ハンドブックには「捜査員自らが潜入することも必要になってくると考えられる。このため今後はこの種捜査を専門に行うプロとその育成に組織を挙げて取り組んでいく必要がある」との記述がある。 ---------- 【高橋】特別ゼミは正しくは「銃器捜査技術専科」で、私を含めて25人の警察官が一期生として参加した。所属の警察本部は警視庁や大阪府警のほか北海道、神奈川、愛知、兵庫、京都、広島、福岡などだ。 ■刑務所では「身分を絶対に明かすな」 ――ゼミ仲間のその後は? 【高橋】正確な消息は不明だが、半数近くが潜入捜査を終えた後に警察を辞めたようだ。ある人は潜入先近くの交番に配属されたのが理由だったと聞く。報復の危険を考慮しないのだろうか。 ――刑務所を出た後、どうしたのか? 【高橋】警察官仲間の支援で中部地方の警備会社に勤めたり、造園の見習いをしたり。知り合いのいない東京に行って、コンサルや物品販売などの会社を作った。行政書士の資格も取った。体調を崩して最近すべて辞めたが。 ――報復を心配しなかったか? 【高橋】いまはないが心配した時期もある。服役した刑務所に入った時は緊張した。刑務所側からは「身分を絶対に明かすな」と言われた。報復を警戒していたのだろう。ほかの受刑者と接触しない作業に従事させてくれたのもそのためだと思う。