過酷レースに出場 苦しさをあえて楽しむ勇気
「楽しむ勇気」という言葉を好んでさまざまな場所に記している。
初めて100マイルのウルトラトレイルレースに出場したのは38歳の時だった。モンブラン一周をめぐるトレイルランニングの世界最高峰の舞台「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」は距離が約160キロメートル、累積標高差は9000メートルの難コースだ。当時、私は国内では無敵といわれていたが、UTMBではかろうじて完走できただけで車椅子での帰国を余儀なくされた。
あまりの世界のレベルの高さに驚くと同時に打ちのめされ、精神的に大きなダメージを負った。この競技は、120キロメートルから先のいわゆる「神の領域」と呼ばれるゾーンではとりわけ心の強さが問われる。それなのに再挑戦を考えるだけで不安といった感情を通り越し、恐怖を感じるようになってしまった。
当時の私は県庁職員としてごく普通のサラリーマン生活を送っていた。仕事は全国的な花の祭典の広報を担当しており休日は返上、しかも毎晩帰宅は深夜。周囲には何かと気遣いをしていただいたが、仕事をしながら世界大会を目指すアスリートとしては正直耐え難い勤務状況といえた。
さらに職場の皆が疲れとストレスで爆発寸前だった。ところがこの中に常に明るく笑顔で、しかも素晴らしい企画も出し、仕事に驚くほど前向きな同僚がいた。少ない睡眠時間で疲労困憊(こんぱい)のはずなのにその理由を問うと「役人を長くやっていてもこんな職場はきっと一度きりで、イベントが終わればこの仕事も終わり。それならあえてこの状況を楽しもうと思ってね」とあっけらかんとしている。それを聞いた瞬間は、自分にはとてもそんな考え方はできないと感じた。
翌年の夏、2度目のUTMBに挑戦した。効率的に時間を使ってトレーニングをいかに積むか、試行錯誤してのぞんだレースではあったけれど、終盤の地獄のような状況に耐えられはしないだろうと覚悟はしていた。いざレースが始まると序盤は大きなトラブルもなく進んだものの、120キロを超えると案の定、脚の耐え難い痛みと、十数時間も一睡もせずに動き続けた倦怠(けんたい)感から幻覚さえ見えるようになった。
「もう諦めよう」。心は砕けそうだった。
美しいアルプスの絶景をぼんやり眺めていると突然職場での彼の言葉が頭をよぎった。「そう。苦しさをあえて楽しもう」。厳しいトレーニングを積み、万里の波濤を越え日本からせっかく来たのだから、この状況を楽しまないでどうすると思った瞬間、急に体が楽になった。
終わってみれば思いがけず4位でゴール。人間はネガティブに考え始めると体も動かなくなる。このレースの体験を通じて、極限状態を心で乗り越えるという自信を得た私は世界トップレベルの仲間入りを果たした。こんなことで人間は果たして変われるのかといぶかしがられることも多い。それでも、何事も人と同じ当たり前の考え方ではだめだと心に深く刻み込んだそのできごと以来、「楽しむ勇気」という言葉を書き続けている。
(プロトレイルランナー)