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実家という負の遺産──家を相続した30代研究者、「帰る場所」をなくすという覚悟

2025年9月、イタリア生活も9年目に入った。

「今度、一時帰国するんです」とイタリアやフランスの友人に告げると、「いいなー日本」と羨ましがられる。

けれど、私はいつも心の中で「いや、そうじゃない」とつぶやいていた。

なぜ私にとって一時帰国が憂うつなのか。

それは、日本に帰ると“やらなければならないこと”に押しつぶされ、疲弊してしまうからだ。

それでもまだ祖父母が生きていた頃はよかった。

私が介護やケアをしなければいけない身とはいえ、祖父母の顔を見れるだけで嬉しかった。

祖父母が90代になってからは、誰かが駅に迎えに来てくれるわけではない、食卓に美味しい日本の食べ物が並んでいるわけではない、そんな帰省であったが、祖父母と会話をするのが何よりも心の支えとなっていた。

さて、そんな祖父母も亡くなり、去年私は日本にある家を相続した。

普段私は欧州に住んでいるにもかかわらず、日本に持ち家があるという現実。


それは「資産」ではなく、今や私を蝕む「負の遺産」になりつつある。
過激な表現かもしれないが、ときに「家に殺される」という言葉さえ頭をよぎるほどに。

今回のnoteでは、田舎の家を維持する大変さ、売却や活用の難しさ、そして「私の人生が家に喰われる」感覚、今後の展望について書いていきたい。



1. 老後は田舎でスローライフをやめた方がいい理由──過酷なメンテナンス地獄

「定年後は田舎でスローライフを送りたい」や「子供を自然いっぱいの場所でのびのびと育てたい」、このような意見を度々聞く時がある。

広い田舎の家でのびのびと育った筆者自身、この考え方に全面的には賛成できないでいる。

祖父母や両親が健在だった子供の頃は、広い庭を駆け回り、草花を摘み、虫を捕まえ(筆者は虫が平気な子供であった)、日が暮れるまで遊んだ。

大人たちが手入れしていた家庭用の畑からは、季節の果物や野菜がふんだんに収穫されていたのでスーパーで買わなくても、ほぼ一年中、家には何かしらの野菜や果物があった。

また家の中も広いので、ドタバタと駆け回って遊んだ一方で、自分の部屋にはグランドピアノがあったし、壁一面が本という父の書斎が複数あったために適当に持ち出しては読んでいた。

筆者の家が東京や関西の一等地に建っていたならば「お嬢様じゃん」と思うかもしれないが、田舎に行くとこのような家はわりと普通に建っている。

このような夢のような子供時代を送った筆者は、両親が亡くなるまでこの田舎の家は「車を運転できる成人」がいないと生活が成り立たない家だということに気づくことができなかった。

家から徒歩でアクセスするには遠すぎる鉄道の駅など公共交通機関がほとんど機能しない場所において、車がなければ、コンビニにもATMにもスーパーにもショッピングセンターにも行くことができない。

そう、ここはまるで陸の孤島であった。

その上、筆者の家がある北陸地方は、冬になると雪が降る。

比較的雪が少ない年もあるのだが、数年に一度、「どか雪」の年というものがあり、朝起きたら雪かきしないと家から出られないほどの雪が降っているという時もある。

こうなってくると屋根の雪下ろしも必要になってくる。

実はまだ父が元気だった頃、父は屋根の雪下ろしをしている最中に屋根から落ちてしまい、しばらく入院したこともあった(父が亡くなる5-6年前くらいの話)。

冬の雪だけではない。

春になり、気温が上がってくると、庭木や草はどんどん育ってくる。

剪定された木や綺麗に刈られた芝生ならばいいかもしれないが、無造作に生えた草はみっともないし、庭木が育ちすぎると、その庭木をつたってハクビシンや狸などの獣が家の屋根裏に入ってくる。

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2025年晩夏の帰国時、これの10倍くらいの量の草をむしった

さらに6月から7月にかけて梅雨の季節が終わり、一気に気温が上がる頃、草はとんでもない生命力を見せる。

あの時期の草というのは、草むしりをしたことがある人はゾッとすると思うのだが、力強く青々としており、除草剤をかけても生えてくる場合もある。

さらに秋になると台風がくる年もある。

台風によって家が損傷した場合には、修理業者と保険会社に問い合わせなければいけない。

このように筆者が子供の頃にのびのびと育っていた家は、大人たちのメンテナンスの努力があって保たれていたものだった。

そんな大きな家を祖父の死をきっかけに、30代にして筆者は相続することになった。

我が家の場合、十数年前に両親が他界しているので、筆者が祖父が所有していた土地や家屋を全て相続することになったわけである。

詳細は省くが、両親の死後、祖父母と筆者で分担して家や農地にかかってくるお金を支払っていたが、この相続を機に筆者が全てこの費用を払うことになった。

「持ち家ならば家賃を払わなくてもいいじゃん」と思うかもしれないが、まず持ち家があると固定資産税と火災・地震保険は必ず発生するお金である。

さらにその家がある自治体に払う町内会費、光熱費や水道費(欧州にいる時に使っていなくても契約は保持)、庭木のメンテナンス費などなど。

そのほか、農地を所有していると、水利費や土地改良費も定期的に請求される。

これらを合算すると年間総額数十万円にもなる。

大きな田舎の家で三世代家族5-7人くらいで住んでいる家ならば、これくらいの費用もなんてことないであろう(祖父母世代、父母世代と働ける大人が4人いる前提)。

ところが30代の文系のポスドク研究者である筆者一人がこれを一人負担しているのである。

普段あまり帰ってこない家に年間数十万?このまま解決策を見出さず、もし筆者が将来的に欧州で配偶者と生活を落ち着けたとしたら、この数十万円を延々と払い続けなければいけないことになる。
10年で数百万円? もしこの先物価が上がり続けたら、さらにその費用がかさんでくる。

筆者は両親の死後、帰省・一時帰国のたびにこの問題に向き合い、そしてほとほと疲弊している。

今では一時帰国といえば、毎回とんでもない量の作業が待っていることが分かっているので、フライト日が近づくにつれて憂鬱になってくる。

「じゃあ取り壊せばいいじゃない。手放せばいいじゃない」─それが簡単にいかない理由について次の章で書いていく。



2. 持ち家は資産じゃない──調整区域と負の遺産のリアル

家のメンテナンスの大変さについて長々と書いてきたが、「じゃあ家を取り壊せば?」と言われてもそうは簡単にいかない。

まず家を解体するのに、その大きさによるが200万円近くの費用がかかると言われている(2025年現在)。

さらに家(住宅)から更地となった場合、更地の方が固定資産税が高くなるのである。

参考:


「それでは家を貸したり、売ったりするのがいいのでは?」と思った方もいるはず。

筆者もそう思ったので、一時帰国中に地元の不動産屋に問い合わせてみた。

すると不動産屋からとても親切な社員Aさんが筆者の家にやってきて、色々なことを噛み砕いて説明してくださった。

筆者の家は「市街化調整区域」に入るために、賃貸も売却も簡単にはできないという絶望的な回答を得た。

「市街化調整区域」とは、簡単にいうと市街地になることを抑制される地域のことである。

将来的に日本人の人口が減少し、インフラの維持も困難になってくることが見込まれる中、自治体は、市街地として積極的に整備を進める地域(市街化区域)と、市街化を抑制すべき地域(市街化調整区域)を区分しているのである。

平たくいうと、発展から見放された、死にゆく街、間引きである。

不動産屋のAさんは、言葉を選んで「のどかな地域の景観を損ねないためにも…」と仰ってくれたが、この方が帰られた後に自分で市街化調整区域について調べてみて「そういうことか」と理解した。

市街化調整区域では、住宅を売却・賃借する場合や農地を農地以外の目的で使用する場合などに市役所の都市計画課の許可を得なければいけない。

この許可を得なかった場合、都市計画法に違反するために、まず住宅の売却・賃借に制限がかかる、これらを行う上で必要な資金を金融機関から借りることができないなど困った事態が発生する。

また不動産屋のAさんは「例えば市街化調整区域で家を売るとなったら、同じ集落に住む人か親族の人にしか売れないという場合もある」と補足してくださった。

「家を相続した、売ってしまおう」「Airbnbや民宿でもやるか」、これが簡単にできないということがはっきりと分かった。

さらに不動産屋のAさんによれば「家を貸すというのは延命措置に過ぎない」とのことだった。

例えば市街地に単身者用のマンションを一棟持っていたとすると、そのマンションが12部屋くらいの規模だったとしたら、地方都市ならば一部屋あたり数万円、都心ならば一部屋あたり10万前後の家賃収入が入ると想定できる。

すると1ヶ月あたりの家賃収入は全体で数十万円から百万円ちょっと、ここからアパートのメンテナンスにかかるお金や保険、税金を差し引いても十分な収入が大家の手元に残ることになる。

その一方で、田舎の一軒家を賃貸に出したとしても、一軒家丸々でも1ヶ月あたり数万円から、よくて十万円くらいの収入にしかならない。

一年あたりの家賃収入が数十万円から100万円ちょっとと考えたとしても、そこから家のメンテナンス代や税金、保険などが引かれると大家の手元にはさほどお金は残らない。

この場合は「家は人が住まないと痛む」ということで、誰かが住んでくれているだけでもありがたいと考えるしかない、そういう意味で「延命措置にしか過ぎない」のである。

エリアにもよるが東京では不動産の資産価値がどんどん上昇し、まずマンションや物件を購入することができたら勝ちという話をよく聞く。

その一方でこのように地方都市に一軒家を持っていたとしても、その家に365日住まない限り元が取れないばかりか、男手がないとメンテナンスには無理である。

イタリア流に考えるならば、バカンスの時に帰る山や海、湖などの田舎の家を持っているとも解釈することができるのだが、これまでに書いてきた通り、メンテナンスのコストが負担で悠長なことを言ってられないというのが悲しい現実である(例えば筆者と共に家を一緒にメンテナンスしてくれるパートナーがいたとしたら話は別だが、そのような希望的観測はできないので、できるうちに処分を進めたいという考え)。

「家を持っていれば安心」「持ち家は資産」という考え方が、地方では成り立たないのである。




3. 故郷を失うという覚悟 ──人生を“家に食われない”ために

ここまで長々と筆者が置かれた状況を説明してきた。

困難な状況は変わらないが、現在筆者は、市街化調整区域のルールに従った範囲で、賃借や売却を考え中である。

その上で家の中の家財も処分しなければいけない。

不動産屋のAさんによると、親族が家の中のものをちょこちょこ処分していくのが、売れるものはお金にすることができるし、一番お金がかからない方法だという。

例えば掃除業者に頼むとするとさらに資金が必要になってくる。

Aさんがこれまでに担当した物件の中には、田舎の一軒家を片付けるのに150万円もかかったところもあったそうだ。

ということで筆者は、日本での滞在期間に常にものや家財の整理や処分を行なっている。

14年前に両親が亡くなってから、つまり筆者が20代に入ったばかりの頃から常に誰かしらの遺品の整理をしている

ちょこちょことしか整理が進まないのは難点だが、このプロセスの中で生家を手放す=故郷を失うという覚悟を決めているのである。

これは自分のこれからの生活・未来を守るために必要な選択なのである。願わくば、将来のパートナーとの住処を早く確保したい。

「親の家を始末する」、50-60代の方が80-90代の親の家を処分することはよくあることなのかもしれない。

筆者の場合、20-30代でこの問題に向き合わねばならないのは、自分の人生さえまだ固まっていないのにとても苦しいのだが、このような暗闇の中であっても、ごく僅かに同じ境遇の友人がいたりしてこの友人たちと情報共有し、慰め合えるのはありがたいことである。

不動産屋のAさんは私の家がある集落を見渡して怖いことを言った。

「あと20年もすれば、この集落の家の大半が増永さんのような境遇に陥りますよ」

「資産であるはずの家が、人生を食いつぶす負の遺産になる」、これは決して他人事ではなく、誰にでも起こりうる問題なのである。

唯一の幸運は、筆者の家中のものの大半が家具と本であり、その後も利用価値がありそうなものであるということである(これも全て自分の生活に持ち込めるわけではないので、峻別して処分していかねばならないのだが)。

まだご両親や祖父母が健在な方で、かつこのようなセンシティブな問題を共有できる関係性の場合は、「この家どうするの?」と話し合うことも大事なのではないかと僭越ながら思っている。



追記:

今回は自分の日本の持ち家の処分というセンシティブな問題を、防犯を意識しながら書きました。

そのために家の写真はもちろん、近隣の写真や地図、私の家がある自治体の情報をここでは公開することができないので、ヘッダー画像はnote公式が提供してくださっている画像をお借りしました(むしった後の草くらいならば掲載しても大丈夫かと思い掲載しています)。

ちなみに不動産屋さんに「市街化調整区域と言ったら家を特定されないでしょうか?」と質問すると「調整区域は結構広く指定されているので、全然大丈夫ですよ」とのことだったので、ここでも市街化調整区域について説明することにしました。

また家をめぐる家族間の話し合いについては、その家を建てた親世代・祖父母世代にとっては大事な家、その一方でその家を処分していかなければいけない子供世代との間で考え方の齟齬が生じるものだと重々認識しています(私の場合、みんな死んでしまったから私の裁量でやることができるのですが)。

そのために話し合いをする際には、慎重に、感情的にならずに、実際問題、家を管理できなくなるとどのような問題が生じるのか、家財を処分するのにどれだけのコストがかかるのかという具体的な情報を提示しつつ、進めていくのが良いのかなと個人的に思っています。

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ショーン

地方における空き家問題とキャリアの問題はわたしも興味深く思っています。 よかったら、X でつながってください。 自己紹介 https://lit.link/shinjiseanogo

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川越人足

通りすがりの者です。市街化調整区域の処分は困難ですね。みんなの0円物件などに掲載すれば、不動産投資家の初心者が引き取ってくれるかもしれません。https://zero.estate/ 

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Nao Masunagaのプロフィールへのリンク
Nao Masunaga

コメントありがとうございます。地元の不動産屋さんによれば、うちの場合は、購入・賃借する人も地元の人か親族に限られる可能性があると聞いており、投資家の人にはお譲りしたくてもお譲りできないかもしれません....

美術館やカフェについてのマガジン『スカラ座の夜』はQueenをもじっています。 博士(歴史学)、ローマ大学サピエンツァ。ルネサンス期イタリア史専攻。拙著『カフェの世界史』(SB新書、2025年)、全国書店にて発売中。 Instagram: @nao_masunaga
実家という負の遺産──家を相続した30代研究者、「帰る場所」をなくすという覚悟|Nao Masunaga
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