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『星獣戦隊ギンガマン』第十九章『復讐の騎士』

◾️第十九章『復讐の騎士』

(脚本:小林靖子 演出:田崎竜太)

導入

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「黒騎士ブルブラックか……そういやそんな奴もいたな」

久々に味方側ではなく敵側視点で始まる今回の「ギンガマン」だが、この語り口からもわかるように、バルバンは黒騎士のことなど記憶の片隅程度にしか留めていない
一方で黒騎士は全ての意識とエネルギーをバルバン打倒にのみ向けており、尚且つその過去回想からもバルバンの悪辣さ・外道さと同時に今まで謎めいていた黒騎士のベールが明かされる
それは3000年前の戦いで自らの故郷を、そして何より最愛の弟を目の前で殺されてパートナーのゴウタウラス以外に大切なものを失った悲しき騎士の姿であった。
ただでさえ手こずっていたギンガマンだけではなく、第三勢力としての黒騎士の登場によって益々不利に追い込まれたブドー魔人衆はいよいよ切り札である四将軍が一人・砂爆盗を繰り出す。

前回まではただただ「ギンガマンともバルバンとも違う行動原理で動く謎の第三勢力」だった黒騎士のルーツが明かされると共に、今回と次回はギンガマンとの相剋を通してギンガマン・バルバン・黒騎士の対比がより鮮明になる
同じように故郷を失いながらも決して心の闇に飲み込まれず復讐すらも飲み込み昇華して戦えるギンガマン、力と技だけならギンガマン以上だが心の闇に呑まれた黒騎士、益々やり口が卑劣になるバルバン。
構造的にもいよいよ三つ巴の様相を呈してきた三者の抗争は益々過激化していき、ギンガの光争奪戦の行方も含めて一気に作品としての推進力というかギアが一気に上がってきた。
また、今回はギンガイオーも初の黒星がついてしまいゴウタウラスが初お披露目であり、前回に引き続きここからしばらくは黒騎士に物語の主導権がもたらされる。

パワーバランスの面で言えば、いよいよギンガ獣撃弾すら弾き返されるほどになってきたわけだが、成程、この辺りから四軍団の力の格差を疑う人も多少なりいるようだ
しかし、以前にも述べたが、「ギンガマン」という作品においては「持っている力そのもの」ではなく「力の使い方・考え方」がそもそも大事になってくるわけであり、パワーアップしたから勝てる話にはなっていない
いつもギンガマン側が優勢であるわけがなく、作劇の基本として実際に現場で発揮される力とその人のスペックが一致しないように描くのはごく当たり前のことである。
スポーツの試合などでもそうだが、どんなに超一流のプロでも常に100%の実力が本番で発揮されるとは限らない、相手との相性やその日のコンディション・運なども影響するものだ。

ブドー魔人衆に関しては第十三章がそうであったように、ギンガマンにとっては相性の悪い敵であること、また剣術ではブドーの方が上であることも示されていた。
だから、今回砂爆盗相手に苦戦を演じることになるのは別にカッコ悪くもなければ不思議でも何でもなく、負けたとしても「かっこよさ」が残るのがギンガマンなのである。
たかが目先の勝ち負けだけで魅力を損なうようなヒーローではない、第一章から時間をかけて丁寧に「積み重ね」をやってきた本作はそんじょそこいらの凡百な作品とはわけがちがう
仮初に地球の重力に縛られながらも彼らの戦いぶりは地球の論理を遥かに超えたところで戦っており、バルバンも黒騎士も全員がとんでもなく高いステージで戦っているのだ。

黒騎士は確かに復讐に呑まれている、だが一方でそんな彼の戦い方・考え方=脳のOSがギンガマンに足りない側面を補ってくれていることもまた事実である。
ギンガマンは確かに強い、しかし全く弱点がなかったわけではなく、いざという時に非情になりきれないという甘さもまた彼らの弱点となりうるものだった。
どこかでそれは克服されなければならない、今回のように敵の思う壺にハマってしまうとそれが命取りになることもあり得る、実際4クール目でそういう展開も待ち受けている。

今後の展開がどうなるかの予感も残しつつ、真の「ヒーロー」とは何か?を研ぎ澄ませる試練へと差し掛かるのがこの黒騎士編である。

ヒュウガの暗黒面を体現し存在

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「来い、ゴウタウラス。復讐は始まっているぞ!」

歴代戦隊の中でこうも堂々と「復讐」という己の行動目的を宣言した戦士がスーパー戦隊はおろか他の特撮作品を含めていただろうか?
もちろん東映特撮のみならずアニメ・漫画も含めると数多の作品で主人公が「復讐」を目的として動くことはよくあることだ、昭和ヒーローは意外と復讐鬼タイプのヒーローが多い。
わかりやすいところで言えば仮面ライダーV3・風見志郎は最初「復讐」を目的としていたし、スーパー戦隊だと『超獣戦隊ライブマン』の後半に出てきた追加戦士2人も復讐を動機としている。
少年ジャンプだと『北斗の拳』のケンシロウも復讐鬼の側面を抱えており、古今東西「復讐」を目的として動くヒーローは少なくはない、それこそ「鬼滅」の炭治郎だって「鬼への復讐」という風に見れなくもない。

だが、それが主人公ではなく追加戦士・番外戦士として描かれた例となるとそれこそ『恐竜戦隊ジュウレンジャー』のドラゴンレンジャー・ブライ以来ではないだろうか。
そのブライに関しても復讐心で当初は動いていたものの、その決着の付け方は決して多くの特撮ファンに印象を残すほどのものではなかった、そちらよりも彼は「制限時間つきで復活」という方が話題になった。
だから復讐は早い段階で消化してしまい後半では「6人目」として動いていたわけだが、本作に出てくる黒騎士ブルブラックはその「復讐」の炎を割としつこく持ち続けて動いている
そんな彼は過去回想などから判断するとリョウマの兄・ヒュウガの暗黒面を体現し存在であることは誰しもがお分かりだろう、なぜならば最愛の弟と故郷を失ったのだから。

面白いことに、第一章のリョウマ(というかギンガマン5人)然り黒騎士然り、共通しているのは「バルバンによって大切なものを失い許烈な怒りと悲しみを抱く」ところからスタートしていることだ。
本来、敵を憎み敵を倒すことはそれくらい狂気じみた世界であるということであり、現代社会の平和な世界にいる我々にはなかなか理解・共感できる感覚ではないだろう。
その上でその怒りと悲しみから生じたはずの負の感情に呑まれず「星を守る」という正義感へと消化するのか、それとも復讐の炎をより強く情念として燃やし続けて「怨恨」にするのか。
正に「考え方=脳のOS」の差がギンガマンと黒騎士で生じており、その差は早速「復讐を果たすためなら手段を選ばない」というところに実際の行動として現れている。

周りに人がいるににもかかわらず被害を考慮せずにブルライアット・ガンモードで被害を出しまくり、更に悠木碧演じる少女を人質に取られても「今の私に人質など意味はない」と迫るのだ。
ギンガマン同様黒騎士にも「復讐」という名の「目的」はあるし、そのための「戦略」「戦術」も立てている、それは彼がこう言っている通り。

「3000年の間、貴様等バルバンを倒すことだけを考えていた」

故郷の星も最愛の弟もなくし、ある意味での暗黒進化というか闇落ちをしてしまった黒騎士の中に残るのはバルバンに対する復讐心のみであり、それはギンガマンにはないものである。
その姿は正にナメック星編で次々とキュイ・ドドリア・ザーボンをやっつけていくベジータ同様にダークヒーローならではの爽快感を覚えさせてくれるが、本作はそこで安易に黒騎士を肯定しない
本作の定める姿が「星を守る」という目的にあるとするのならば、黒騎士やバルバンのやっていることはその目的からは完全にズレたものになってしまうのである。
昭和時代ならば肯定されていたであろう「復讐」という要素、『鳥人戦隊ジェットマン』ですら完璧には否定しきれなかった「復讐」という根源的かつ再現の難しい哲学的命題がここで浮上してきた。

ギンガレッド/リョウマの慟哭は昭和的価値観との完全なる決別

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そんな人質がいようがお構いなしにバルバンを殺しにかかる黒騎士に対し、唯一黒騎士とバルバンの間に割って入れるのがギンガレッド/リョウマである。

「駄目だ黒騎士!ここであの子を見捨てれば…!どう戦おうと、それはバルバンと同じだ!」

ギンガレッドのこの叫びは未だにファンの間で語り継がれる、正に伝説の1ページに刻まれる名台詞なのだが、真にすごいのはこれを前原一輝という役者が言っても何の違和感もないところである。
これまで「優しさ」が表向きの性格として描かれ、戦闘力も5人の中で最強というのが描かれてきたリョウマだが、ここに来て主人公として高らかにギンガマンがいかなるヒーローかを叫んでいるのだ。
第三章でも言っていたように、ギンガマン5人が戦う目的は「星を守る」こと、その目的を具体化した目標が「平和になった地球にギンガの森を戻す」ことであり、この目的に沿って行動している。

ここには単純な戦隊レッドと番外戦士の価値観の相剋というのみならず、同時に昭和的価値観の1つであった「復讐」と完全な決別を果たす歴史的瞬間である。
スーパー戦隊シリーズは上原正三が手がけてきた『秘密戦隊ゴレンジャー』〜『太陽戦隊サンバルカン』の初期5作、そして曽田博久が発展させてきた『大戦隊ゴーグルファイブ』〜『地球戦隊ファイブマン』の10作。
だが、いずれの戦隊も根っこのところで「自己犠牲」と「復讐」という根源的な負の連鎖から逃れることはできず、それがどんなヒーローにもある意味でまとわりついている価値観であった。
それを克服するにはどうすればいいかがわからずに悪戦苦闘していたわけだが、本作は正にここまでの下地を完璧に重ねて強固なヒーロー像と悪の組織の戦いを積み重ねた上で、遂に「復讐」と決別する

『鳥人戦隊ジェットマン』でさえ、レッドホーク/天堂竜という人物を70・80年代の昭和的ヒーロー像のカリカチュアとして描き、そのアンチテーゼとして炙り出すことでヒーローにとって大切なものを描こうとした。
しかし、そんな彼でもなお「自己犠牲」と「復讐」の連鎖から逃れることは難しく、完璧には否定しきれず、またそれは『恐竜戦隊ジュウレンジャー』〜『電磁戦隊メガレンジャー』でもきちんと向き合えてはいない。
そんな90年代戦隊が積極的に描くことを避けてきた根源的な題材の1つである「復讐」に対して、ギンガレッド/リョウマは高らかに「復讐を拗らせた先に待つものは闇落ちしかない」と真っ向勝負で告げた。
それは同時に昭和的価値観のヒーロー像は軸足を違うところに置いて動いている本作だからこそできたことであり、これこそ本作が「ジェットマン」以上のパラダイムシフトを起こした瞬間でもある。

元々リョウマ自身が第七章でこうも宣言していた。

「そうさ、俺たちは死ぬわけにはいかないんだ。必ず生きて、星獣たちと一緒に新しい力を手に入れてみせる!」

それを踏まえて、第十七章では勇太にこうも教え説いている。

力や技だけが戦士の条件じゃないよ
「なんで? 戦士にはそれが一番大事でしょ?」
「うーん……ただ暴れるだけならな。けど、戦士に必要な強さや勇気はそこからは生まれない

これらを踏まえ、正に今リョウマが勇太に説いた通りに「力や技」は十分にあるにも関わらず「心の闇」に飲み込まれた存在としての黒騎士ブルブラックが現れたことで説得力が増す
「ジェットマン」が「レッドホーク/天堂竜を通してヒーローの本質を見つめ直させる作品」だとするなら、本作は「ギンガレッド/リョウマを通して「ヒーローの本質」を新生させる作品」である。
本作が鷹羽氏をはじめ多くの戦隊ファン・特撮ファンから「正統派路線への原点回帰」にして「王道を復活させた名作」と言われる所以は正にここにあるのだ。
徹底的に王道中の王道を往くためには、ここまで用意周到に世界観・物語・キャラクター・映像のあらゆる土台を構築した上で、昭和ヒーローの価値観から身を離さなければならない

故に本作は「星を守る」という散々使い古されたヒーローの戦う動機を思い切って物語のメインテーマに置き、その上で壁となる「自己犠牲」と「復讐」にどう向き合うのか?を徹底的に描いてきた。
だから画面の運動として一対一で戦うシーンや今までの戦隊にはなかったアクションのスタイルなどを取り入れて積み重ね、その上で三者三様の戦いを差別化し、ギンガマンのヒーロー像を浮き彫りにする必要がある。
黒騎士というヒュウガの暗黒面を体現する存在が現れたことで、圧倒的「光」「陽」の属性にあるギンガマンの正統派ヒーローとしての輝きが増すというわけだ。

砂爆盗が強者として描かれているのは声優・田村円の賜物

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そして今回出てきたブドー四将軍が一人・砂爆盗だが、荒っぽい言葉遣いにお相撲さんのようなラフな出立は「こいつこれでもブドーの配下なのか?」と思う人も少なくはないようだ。
ここで思うのだが、ブドーはそもそもそんなに「理想の上司」だったのかというと疑問符がつく、どころかむしろ中身はとんでもなく慇懃無礼なやつである
何せ第一章では兄・ヒュウガを失ったリョウマたちに対して「先祖に顔向けできんなあ」などと血も涙もない侮蔑・嘲笑の言葉を放ってギンガマンを煽った。
前回といい今回といい、ブクラテスをまるで人とも思わないような邪険な扱い方をしており、だから部下もこんなやつしか集まってこない。

そんなブドー配下の砂爆盗を演じているのは『五星戦隊ダイレンジャー』で三幹部の一人・ザイドスを演じた田村円が声を当てているのだが、こういういかにも悪党なキャラの声が似合う。
クランツといい悠木碧といい人質を取ることに何の躊躇いもなく、まるで呼吸をするかのようにあっさりとやってしまえるところがある意味で強者たる所以なのだろう。
結果としてギンガイオーを戦闘不能にし黒星をつけたのだからなかなかに歯応えのある敵だったと言えるが、これが違和感なく成立しているのも役者といいデザインといい完璧にマッチしているからだろう。
オコゼと力士を混ぜることで面白いキャラクターを生み出していたが、毎度ながら思うことは「太陽」を狙うのであれば関東のしょぼいオブジェではなく大阪にある太陽の塔を破壊すれば良かったのでは?(笑)

まあともかく、ブドー配下の中では今のところ一番戦績を残しているわけだが、これは2クール目のこのタイミングで戦っていたからこそここまでの強さだったのではないだろうか。
以前にも書いたが、ブドー魔人衆がまるで強者のように見えるのもサンバッシュの後発かつギンガの光探索という目的が明確だからこそ強者になれるのであって、1クール目に出ていたら結果は変わっていただろう。
1クール目にブドーが出ていたとしても、その時にはギンガの光の情報はなかったわけだから、ダイタニクスを復活させるための方策がないために、行動指針となるものがない。
そこの弱点をギンガマンに突かれて負けていた可能性がとても高く、そういう意味でもギンガマンがここまで苦戦したのもある意味納得ではある

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そんな砂爆盗を倒したのは結果的にブルタウラスだったわけだが、ギンガイオーで勝てなかった理由は単純に技の相性や間が悪かったということではないか。
ガルコンボーガン・流星弾にしたってある程度相手を弱らせて心臓部分を一撃で貫くだからこそ有効な戦術になるわけで、今回は十分にダメージを与えられないまま倒そうとした。
その隙を突かれた形になるわけだが、逆に言えば今回の相手はギンガイオーとは違う重厚感と骨太さを持ったブルタウラスでなければ戦えなかったというわけだ。
ギンガマンというヒーローはとても荒々しくも軽快でアクロバティックなところが魅力的なのだが、今回は黒騎士のような達人スタイルだからこそ勝てたということだろう。

ギンガマンの甘さと黒騎士の非情さ、どちらが正しいのか?

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さて、戦い終わり、最終的にギンガマンと黒騎士は「戦う敵が同じ」だけであり「共闘する」わけではないという形で終わった。
確かに一見したところ黒騎士の方が正しいように思われる、少なくとも今回ばかりは人質相手に躊躇しなかった黒騎士の方が正しかったということになる。
どんな形であれ「勝てば官軍負ければ賊軍」なのは事実だから、今回は完全に黒騎士の理の方がギンガマンの理を上回る形とはなった。
ここで皆さんに聞いてみよう。

ギンガマンの甘さと黒騎士の非情さ、果たしてどちらが正しいのだろうか?

確かにギンガマンの5人は悪人であるバルバンに対して非情になりきれず、今まで兄・ヒュウガのことで取り乱すという致命的な弱点がある。
第十二章にしろ第十三章にしろ、特にリョウマのヒュウガに対する思いが甘さとなって現れてしまい、無駄な苦戦を強いられたこともあった。
だから、黒騎士が指摘する通り、バルバンとの戦いに打ち勝つにはどこかで甘さを捨てて非情になりきるという覚悟も必要だったであろう。
何せ黒騎士はかつてギンガマンと同じような態度で戦って結果としては大切な弟も故郷の星も失ってしまったわけだから、非情さも時には必要である。

しかし、だからといって「復讐の為なら何をやってもいい」ことになると、その先に待ち受けているものはただの闇堕ちしかなく、反社と大差ないことになってしまう。
確かに優しさは「甘さ」と表裏一体であるが、厳しさもまた「非情さ」と表裏一体であり、結局のところは一長一短であり、結果としてはどっちもどっちである。
ギンガマン側は非情になりきれない「甘さ」をどこかで克服しなければならないし、黒騎士は「非情さ」をどこかで克服しなければならない。
しかし、両者には「故郷の星の喪失」が決定的な差となっており、そこの差がそう簡単に埋まるわけでもなく、だからそう簡単に答えは出ないのだ。

実際、これと似たような話がちょうど『ドラゴンボール』のナメック星編・ギニュー特戦隊でバータとジースにトドメを刺さなかった悟空に代わってトドメを刺したベジータのシーンとしてある。
ベジータはギニュー特戦隊を殺さなかった悟空を「貴様の甘さには反吐が出そうだぜ!」と強く詰っていたが、実際悟空自身もこの後フリーザの恐ろしさを知ったことで自分の甘さを思い知ることになった
それと似たようなもので、ギンガマンの5人は優しい戦隊だしバルバンを倒すことには何の躊躇もない、だが一方で守るべき大切なものに足を引っ張られて身動きが取れないチームとしての甘さもある
ついつい私たちの視点だとギンガマン視点で見るためギンガマンが正しく黒騎士が間違っているように見えるが、事はそう単純ではないのだ。

確かに黒騎士の戦い方を両手あげて肯定して仕舞えばたちどころにバルバンと同じ穴の狢になりかねない、だが一方で優しすぎたり甘すぎたりするといざという時に判断を誤り勝負に負けてしまうこともある。
それだけ厳しい一流の世界で戦っているわけであり、特にその中でも兄・ヒュウガへの憧れと表裏一体の屈折した劣等感にも近い感情を持っているリョウマにとって黒騎士は「乗り越えるべき壁」ではないだろうか。
リョウマの強さはこれまで十二分に描かれてきたが、ここから更に上のステージに行くためにはどこかで黒騎士の言う「甘さ」を克服して成長しなければならない
黒騎士とギンガマンのスタンスの違いが明確に示され、ギンガマン側の戦い方・考え方にも限界が見えてきた上で、更なる高みを目指すための課題が浮き彫りとなった。

ここから黒騎士との相剋を通して、ギンガマンが、ギンガレッド/リョウマが「真の戦士」「真のヒーロー」になるまでの物語が克明に描かれることになる。
果たして、どっちつかずのバルバンとの戦いとは別のギンガマンVS黒騎士はどのように推移するのか?

ここから第二十六章までの「ギンガマン」は益々目が離せない。
総合評価はS(傑作)100点満点中110点

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