千切豹馬に好きって言ってもらえないから夜逃げする。
別れ話なんて聞きたくないから夜逃げする話。
夜逃げの千切verというリクエストをいただき書かせていただきました!
素敵なリクエストありがとうございます!!
感想いただけたら嬉しいです。
https://t.co/EJP0RN6BF5
ちなみにこちら凪verの夜逃げです。↓
凪くんが寝てる間に夜逃げしようと思います。
novel/19263336
ちなみにこちら↓リクエストしてくださった方、本日Twitterの方にあげました。
千切と喧嘩して「縁切ろう」って言ったらドスの効いた声で「は?」って返される話。
こちらもリクエストありがとうございました!
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夜逃げしようと思った。
真夜中に突然思いついたこと。
あまりに突然思いついたからまだ現実味がないけれど、でも思い立ったらすぐ行動に移した。
始発に乗るために最寄りの駅のホームの前に立って、一人呟く。
「さようなら、千切くん」
私は振り返らずにやって来た電車に乗る。
事の始まりは、昨日のことだった。
・ ・ ・
「一緒に暮らさね?」
めちゃくちゃ美形で最強のサッカー選手の千切豹馬と、そんな軽い口調で言われた言葉がきっかけで二人で同居し始めて早くももう一年になる。
私達の関係は、恋人同士ではない。
キスしたこともなければ手を握ったことすらない私は、千切くんにとって一体なんなんだろう。
「私のことどう思ってる?」
朝ご飯を一緒に食べている時、何気ない風を装って聞いてみた。
「は?どういう意味?」
千切くんは至極不思議そうに聞き返してくる。
「一緒にいて、こう、生活に不満とかないかなって……?」
「まぁ、一緒にいてラクだとは思うけど」
ラク。
それって、都合のいい女ってこと?
そんなことは聞き返せなかった。
ねぇ、千切くんの傍にいる人は私じゃなくてもいいんじゃない?
曖昧な同居生活。
千切くんにとって私は家事をやってくれる家政婦みたいなものなのかもしれない。
好きって言ってほしい。
たった一言でいいから。
千切くんに好きだと言ってもらえたら、それだけで満たされる気がするから。
・ ・ ・
親からの反対を押し切って、親とは絶縁する約束で始めた千切くんとの同居生活。
千切くんはサッカー選手、私はアルバイトをしながら家事をしている。
家賃など諸々の生活費を全部千切くんが払う代わりに、家事は全部私が担当。
狭いマンションだから寝る部屋は一緒だけどベッド二つあるし、くっついて寝たことはない。
朝ご飯のときしか基本一緒にいられなくて、あとは生活スタイルが全然違うから正直一緒に暮らしている意味がない。
そして千切くんは毎週土曜日夜遅くに出かけていく。
どこに行くのって聞きたいけど、女の人とデートなんじゃないかと思うと怖くて聞けない。
だから私、合コンに行く。
馬鹿みたいだなって思うかもしれないけど、合コンに行くって言ったら行かないでって言ってくれるんじゃないかなって、願掛けみたいなものだった。
事前に勉強した流行りの可愛いメイクをして、髪型も編み込みを不器用ながら30分掛けてセットして、洋服もこの日のために新しく買った。
準備が終わって鏡の前に映る自分を眺めると、うん、我ながらいつもより可愛い気がする。
行かないでって言ってもらうには千切くんがいないといけないのに、残念なことに千切くんはまだ帰ってきてない。
そろそろかな、と窓の外を見るとちょうど千切くんが家に向かって歩いてきていた。
……綺麗な女の人を隣に連れて。
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
遠くだから女の人の顔はよく見えないけどスタイルはとってもいいし、胸もあって、髪の毛もサラサラ。
対して私は、身長が低くて胸はなくて、髪の毛はくせっ毛。
今自分がおしゃれしてるのが馬鹿みたいに思えてくるぐらい遠目からでも綺麗な人。
千切くんが女の人と楽しそうに話している。
女の人からではあるけど、手も繋いでいる。
豹馬、って女の人が呼んだ気がした。
また今度、って言ったような気がした。
遠くにいるから聞こえるわけないのに、嫌な言葉だけを拾ってしまう都合の悪い耳。
そのままベランダからしばらく動かないでいると、千切くんが帰ってきた。
「ただいま」
おかえり、と言おうとしたのに、唇が震えて何も言えなかった。
千切くんは返事がないことを不審に思ったのか、ベランダに突っ立っている私のところまで来た。
「ただいま」
「……うん」
「なんだよ、うんって」
「……うん、ごめんね」
どうしよう、あの女の人は誰、って聞くべきなのか。
でも彼女だよ、って言われたらどうしよう。
「今日は……どこ、行ってたの?」
辛うじてそれだけ聞いてみる。
「……あー」
千切くんが言いにくそうに言った。
「まぁ、サッカー仲間と食事に」
………………嘘つかれた。
嘘つかれるぐらいならいっそ女の人と出かけてたって言われた方がよかった。
あの綺麗な女の人がサッカー仲間?そんなわけない。
私の知らないところで、千切くんは女の人と遊んでいた。
いや、でもそもそも私とだって付き合ってるわけじゃないなら遊んでるわけじゃないのか。
「土曜日は……今週も出かけるの?」
土曜日の夜出かけることについては今まで怖くて聞けなかった。
だけど聞いてみる。
お願い行かないで、祈りながら。
「……あー、まぁ」
千切くんは歯切れ悪く答える。
私には言いにくいことなの?
「いつもどこに行ってるの?」
「別に……お前には関係ないじゃん」
……なんだ、そっか。
もし今行く理由を教えてくれたなら、千切くんのことを許せたかもしれないのに。
千切くんと一緒にいるのが辛い。
もう限界だ。
「つーかお前、今日何めかしこんでんの。どこ行くの」
つんつん、と千切くんが片手で私の編み込んだ髪に触れる。
さっき綺麗な女の人を触った、その手で。
「……千切くんには関係ない」
自分でも思ってもみなかった言葉が口をついて出た。
どうしよう、と思ったときにはもう手遅れだった。
「……は?」
横にいる千切くんが不機嫌になったのが見なくてもわかる。
千切くんだって関係ないって言ったんだから、おあいこなのに。
今すぐ謝れば許してもらえる。
いつも通り、何も知らない馬鹿な私に戻れる。
だけど私は、
「もう出掛けるから。千切くん、邪魔」
思ってもみないことを口にしてしまう。
「どこ行くのかって聞いてんだから答えろよ」
どんどん千切くんが怒っているのがわかる。
怖い、怖いけど、もう後には引けない。
「……合コン」
「はっ」
千切くんが笑った。
「それでそんな格好してんのか。馬鹿じゃねぇの」
千切くんの細くて長い指が私の髪に触れて思い切り掴むから、ぐしゃりと編み込みが解ける。
「似合わねぇ」
それだけ言って、千切くんはせっかく帰ってきたのに何処かへ行ってしまった。
……似合わない。
その言葉が頭の中で反響する。
ただ合コンに行かないで、って言ってほしいだけだったのに、取り返しのつかないことになってしまった。
・ ・ ・
合コンへ行く。
そんなの嘘だ。
架空の合コンには行きようがないけど、家にいたら千切くんが帰ってくるかもしれない。
……そしたら別れ話でもされるかもしれない。
正確には付き合ってないから別れ話じゃなくて、同居解消の話を聞くことになるのかもしれない。
少しでも話を聞くのを後回しにしたくて、家の近所の公園で時間を潰す。
コンビニで大量にお酒を買い込んで、公園のベンチに座って一気に飲む。
お酒は同居を始めた初日に千切くんと二人で飲んで、私は全く記憶がないけど次の日お前はもう飲むなと言われてから一切飲むのをやめたきりだ。
久しぶりに飲んだお酒は全然美味しくない。
身体中が熱くて、呼吸が浅くなって苦しい。
お酒が気持ち良くなるなんて言った人は嘘つきだ。
全然気持ち良くないし、むしろ気持ち悪い。
「……ちぎり、くん……」
ぼろぼろと涙まで出てきた。
30分かけてセットした髪型も崩れて、一生懸命勉強したメイクも崩れて、もうボロボロだ。
可愛いって思ってほしかったのに。
似合わないって。
「君大丈夫?」
見知らぬ男の人が声を掛けてきた。
「何か悲しいことがあったら話聞くから、おいで」
なんて優しい言葉を掛けてくれる。
でも、違うの。
その言葉を言ってほしいのは、千切くんなのに。
「ちぎりくん……ちぎりくんちぎりくん……」
呼んだってどうしようもないのに、何度も千切くんを呼ぶ。
あぁそうだ、今日千切くんと一緒に歩いていたあの綺麗な女の人は千切くんを名前で呼んでいた。
「……豹馬くん」
「なんだよ」
名前呼んだら千切くんの声がした。
近くから。
お酒って幻聴効果もあるのか怖いなぁ。
「帰るぞ酔っ払い」
「……!?」
いや、千切くんだ。
私の目の前にいるのは千切くんだ。
「ほんもの……?」
「偽物とかいねぇから」
はぁ、とため息を吐いた千切くんが目の前の男の人に言う。
「お前誰」
「いや、この子が具合悪そうだから声掛けただけで。君こそ誰なんだ」
さっきまで強気だった男の人は千切くんの迫力に怯えている。
千切くんが私の肩を腕を回して、
「こいつ、俺の女」
さも当然のことのように言うけど、全然違う。
なんでそんな嘘言うの、なんで公園まで来てくれたの。
言いたいことはいっぱいあるのに全部聞けない。
答えを聞くのが怖いから。
何も言わない私に千切くんがぐい、と腕を引いて私を座っていたベンチから立たせる。
ぐにゃぐにゃした足元が覚束なくて、立ったつもりなのにまたベンチに座り込んでしまった。
「ぁれ……?」
呂律が回らない。
身体に力が入らない。
「千切くん……なんか、立てない」
「あー、完全に酔ってんなお前」
酔ってないよ、って言ったつもりだったのに、口は全然違うことを言っていた。
「千切くん……同居やめたい?」
「あ?」
「私ばっかり……千切くんのこと考えてて、疲れちゃったよ……」
「明日酔ってない時に話聞くから今は黙っとけ」
「……ねぇ、千切くん」
「お前マジうるさい」
千切くんが無理矢理私の身体を立たせると、そのまま横抱きに持ち上げられる。
「やめ……」
やめて、って言おうとしたのに、
「うるさい」
って私が喋ることを許さない。
そのまま公園を出て、私重いから自分で歩くって言おうとしたのに、お酒のせいで瞼が重くて眠くなって、気が付けば千切くんの腕の中で眠っていた。
・ ・ ・
目が覚めるとまず頭痛がした。
お酒のせいだと理解してから辺りを見回すとそこは私の部屋で、いつも隣で寝てるはずの千切くんはいなかった。
私を家まで連れて帰ってきてからまた何処かへ行ってしまったのかもしれない。
時計を見るとまだ真夜中の2時で、公園にいたときからまだ数時間しか経っていない。
『明日酔ってないときに話聞くから』
確か千切くんはそう言っていた。
……つまり、今後の話をせざるを得ないということだ。
きっと私が同居やめようと言えば千切くんは絶対に頷くだろう。
だって私を引き留めておく理由がない。
私はまだ酔っているのかもしれない。
だから正常な判断が出来なくて、でも今はこれしか考えられなかった。
夜逃げしよう。
今すぐ、ここから。
自分から同居解消するのは嫌だ。
でももっと嫌なことは、千切くんに同居解消を言われることだ。
そんな言葉を聞くぐらいだったら今すぐに家を出た方がましだ。
朝日が昇る前、始発にすぐに乗れる時間になってから私は特に荷物も持たずにお財布と携帯だけを持って飛び出した。
思い立ったらすぐ行動するところがお前の良いところだよなってかつて千切くんに言われたことを思い出す。
でも今は夜逃げするために行動してる。
家を出て、まず最寄りの駅へ向かう。
行く当ては決まってないけどとりあえず快速に乗ることにした。
この電車に乗ったら地元の方に行くことになるけどしょうがない、とりあえずここから離れたい。
流石に実家には帰れない。
元々千切くんについていく時点で勘当されたのに、千切くんから逃げたからまた実家に住まわせて、とか言えるわけないし。
駅の始発の快速に乗る前に、駅のホームに立って一人呟く。
「さようなら、千切くん」
私は振り返らずに電車に乗る。
まだ発車までは時間があるらしく空いている席に腰掛けて、発車するまでなんとなく駅のホーム側の景色を眺める。
この駅はよく使ったなぁ、まあ最寄り駅だしね、なんて呑気に考えながら。
そういえば千切くんと遠出したことなかったな。
この電車に乗って、旅行とかしてみたかったな。
思ってても言えなかったけど。
プルル、と私の携帯から着信音が鳴る。
誰か確認すると、それは千切くんだった。
……まさか、もう夜逃げしたことがバレた?
いや、でも荷物はそのまま置いてきたし流石に家にいないことがバレたとしても逃げたことまでバレるわけない。
じゃあなんの用だろう、急ぎだったら困るかな。
なんて考えていたら電話が切れてしまった。
そして次にLINEが届く。
『今日朝から俺出かけるから朝ご飯いらない』
ただの連絡だった。
そんなの連絡されても、起きた段階で千切くん家にいなかったんだからわかってるのに。
それにそんな報告をされても私にはもう関係ない。
千切くんだって家に帰って私がいなくなってたとしてもしばらく気付かないかもしれない。
だって千切くんは私のことなんてどうでもいいもんね。
間もなく電車が発車します、とアナウンスが流れた。
もうここには戻ってこない。
もう一度窓の外の景色に目を向けると、
「あ」
千切くんがいた。
しかも、窓越しに完全に目が合った。
一瞬驚いたように目を見開いた千切くんの顔が、次の瞬間一気に不機嫌になった。
千切くんの口がぱくぱくと動く。
……今すぐ電車降りろ、とその口は言っていた。
えーと、夜逃げする前に千切くんに見つかったようで。
・ ・ ・
まぁ、電車から降りるわけないよね。
降りないで全く動かなかったら、駆け込み乗車してスレスレのところを千切くんが電車に乗ってきてしまった。
走るの早いってこういうときずるい。
そしていいなんて言ってないのに私の隣の席に勝手に座ってくる。
私が移動しようとしたら、
「逃げんじゃねぇよ、次電車が止まるまで時間あるからたっぷり話そうぜ」
と、どう見ても怒っている様子で言ってくる。
……今になって快速電車に乗ったことが悔やまれる。
各駅停車なら電車が止まってすぐ千切くんから逃げ出せるのに。
「なんでこんな時間に電車乗ってんのお前」
ごもっともなことを千切くんに聞かれる。
「……千切くんには関係ない」
千切くんに言われたことを言い返してるだけなのに一層不機嫌になる千切くんは勝手だと思う。
「始発で。それもわざわざ快速で俺に連絡もなく出掛けんのはじめてじゃん」
「……」
「出掛けるなら連絡入れろって決まり決めたのお前だろうが」
「……でも、どこに行くか教えるって決まりはない」
千切くんだってどこ行くのか教えてくれないじゃん、って言いたい言葉を飲み込んで違うことを言う。
「じゃあ千切くんはこれからどこ行く予定なの。……土曜日の夜どこに行くのかだって言ってくれたことないじゃん」
「だから、それは別にお前には……」
「関係ない?……そうだね、関係ないね」
私はどんどん千切くんの嫌いなめんどくさい女になっていく。
いや、本当はずっと私はめんどくさい。
だけど今までは千切くんに嫌われたくなくて思ってる言葉全部飲み込んで、物分かりのいい女の子を演じていた。
「……はぁ」
千切くんがため息を吐く。
これで大体いつもなら話が終わる。
めんどくさいな、って呆れて、次の日になったら大体お互い謝ったりはせずいつもの日常に戻るだけ。
だけど今日の千切くんは違った。
「なんか思ってることあんなら言えよ」
ぐい、と私の顔を無理矢理千切くんの方に向けてくる。
真っ直ぐな千切くんの瞳が私を見つめている。
「不満あんなら言え」
……不満。
「ない」
「嘘つけ、言いたいこといつも飲み込んでますみたいな顔がウザい」
なんでこんなこと言われなきゃいけないんだろう。
本当は言いたいこといっぱいある。
でも千切くんに嫌われないようにずっと黙っていたのに。
……どうせ今日で千切くんに会うのは最後だから、この際全部言ってやる。
「……私」
今まで誰にも愚痴や不満を言ったことないから、緊張して喉が乾く。
身体が震える。
私の手を握った千切くんが続きを促す。
「別に急いでないから、話がまとまってからでいい」
なんて言ってくれたから、ちょっとだけ安心した。
すぅ、と大きく息を大きく吸い込んで言った。
「私、千切くんに私の作った料理美味しい?って聞いたことないんだよ」
「……………は?」
千切くんが驚いたせいか、固まってしまった。
「……もし美味しくないって言われたら、って思ったら聞けなかったんだ」
「……いや、その話今関係ある?」
「あと」
私は千切くんの言葉を遮って話を続ける。
「今日の服装どうかなって聞いたことないんだ」
「……」
「似合ってない、って言われるの怖くて。昨日の服装は似合わないって言われちゃったけどね」
「……うん」
千切くんが握ったままの私の手に力を込めた。
「一緒に出掛けようって言ったこともない」
「うん」
「早く帰ってきてって言ったこともない」
「うん」
「私のこと好き?って聞きたかった……けど、聞いて好きじゃない、って、言われるのが、怖くて……」
声が震える。
今までのことを全部思い出して、出てきた言葉たちは不満なんかじゃない。
全部全部、私が言いたかった、後悔してること。
「……千切くんは、一緒に暮らすの私じゃなくてもいいんじゃないかなって……」
泣かない。
絶対泣かない。
だって泣いたら絶対めんどくさいじゃん。
「なんで今までそれ言わないわけ」
千切くんが聞いてくる。
「…………めんどくさいと思われたくないし、嫌われたくないから」
「どう考えても今一気に言われる方がめんどくさいに決まってんじゃん」
だから、本当のことなんて言うつもりなかったのに。
そう言い返そうとしたとき、
「……はぁぁぁぁ……」
千切くんが深いため息を吐く。
そしてそのまま私の肩にもたれかかってきた。
「なんなのお前。俺に対しての不満はないわけ?」
「今言った」
「それ不満じゃない。お前の後悔じゃん」
もたれかかったまま、ちらりと視線だけを私に向けた千切くんが言う。
「料理、美味しいと思ってるよ。むしろ不味かったら毎日食べてないから」
「……うん」
「服だって……別に何着てても可愛いからいちいち言わねぇよ。合コン行くとかお前が言うから似合わないって言ったけど、昨日だって別に可愛いと思ったし」
「……うん」
「一緒に出かけようとかお前が言わないから、お前がインドア派なのかと思って俺からも誘わなかった」
「……うん、インドア派。だけど、千切くんとなら出かけたかったよ」
「うん。……あとさ、同居だってどうでもいい女誘って暮らさないから」
「……うん」
「昨日も家帰ったらお前いないし、探した。探すのだって、お前だから探した。公園で見つけたとき安心したけど、変な男に絡まれてるからムカついたけど」
「なんで探しにきてくれたの」
「はぁー?この期に及んでそれ聞く?」
「うん、聞きたい」
千切くんがフッと軽く笑った。
「何?そんなに俺に好きって言ってほしいの?」
言ってほしいに決まってる。
ずっとずっと、好きだって言ってほしかった。
千切くんの傍にいていい理由が『私のことが好きだから』だったらいいなって。
好きって言ってくれたらそれだけで充分だから。
「……単純なんだよ、私」
「知ってるよばーか」
千切くんが私にだけ聞こえるように囁く。
「好きだよ、超好き」
「……」
「一緒に暮らしたいのも、めんどくさいこと言って俺を困らせてくんのもお前だけだよ」
「……」
「……おい、なんか言えよ」
「……」
「………黙られると俺恥ずかしいんだけど?」
「…………ぅ、うぁ……ぢぎり"ぐん"……」
「……………はは、超泣いてる」
ずっと言われたかった言葉を言われて、嬉しすぎて言葉が出てこない。
ただ泣きながら千切くんの言葉に何度も頷く。
お願い、もっと好きだって言って。
私単純でバカだから、今までの不満とか好きって言ってくれるだけで全部どうでも良くなるから。
好き、好き、好き。
千切くんへの好きがいっぱいになって、千切くんのことしか考えられなくなりたい。
・ ・ ・
「結局、昨日千切くんと歩いてた女の人は誰だったの。サッカー仲間っていう嘘までついて」
電車を降りて、せっかく快速乗って遠くまで来たし今から出かけようって千切くんが言うから家には帰らずに一緒に並んで歩き始めた。
歩きながら、千切くんがなんか聞きたいことある?って言うから聞いてみた。
「は?見てたくせに昨日『どこ行ってたの〜』とか聞いてきたわけ?そんとき聞けよ」
当然怒られた。
「姉ちゃんだよ姉ちゃん。同居してる俺の彼女見せろってマジうるさくて」
「……お姉さん?手も繋いでたけどお姉さん?」
「お前めっちゃ俺のこと見てんじゃんストーカーかよ」
なんて言いながらも千切くんは全然嫌そうではない。
「姉ちゃんとはまぁまぁ仲良いから、勝手に手とか繋いでくんの。お前が嫌ならもうやらねぇよ。昨日急に姉ちゃんが家の近くまで来たって言ったらお前が家に招待するとか言いかねないし、めんどくさいから黙ってたけど」
そりゃ千切くんのお姉さんが家の近所まで来てるって知ったら、家に上がってもらう?って聞くよね普通。
でも、こんなにあっさり悩んでいたことが解決するなら今までもっとたくさん話していればよかったなぁって思った。
「じゃあ私のこと一緒にいてラクって言ったのは?」
「それは言葉通りの意味。気を使わなくてもいいし、気が楽。……逆にお前はどういう意味で受け取ったわけ?」
「……都合の良い女って意味かなって」
「馬鹿かよ」
「だって」
そこで私が黙ると千切くんが私の顔を覗き込む。
「黙るの禁止。言いたいこと言え」
「……だって、千切くん今まで私のこと好きって言ってくれたことなかったじゃん……」
「何拗ねてんの」
「拗ねてない」
「へー、そうですか〜」
なんて言いながら私の頬をつんつんしてくるのやめてほしい。
次の質問をしよう、と私は話題を変える。
「あと、今日なんで朝から始発のホームにいて、どこかに行くって連絡してきたの?どこに行く予定だったの?」
「急に質問多いな」
んー、と悩んだように千切くんが唸ってから言った。
「お前が酒癖悪いからさ」
「……ん?」
「いや、だからお前酒癖悪いから襲われたらたまったもんじゃねぇな、と思ってとりあえずお前を家まで連れて帰ってから酔いが覚めるまで外で時間潰そうと思って」
「…………酒癖が、悪い?」
「同居して初めて一緒に酒飲んだあともうお前酒飲むなって俺言ったじゃん。あれ、お前が俺のこと抱きしめて離さないからマジで理性吹き飛ぶかと思った」
「そんな話知らない」
「酒癖悪い奴みんなそれ言うから。で、今日も理性抑えられなくて襲ったら嫌だからどっか出掛けるか、みたいな」
まさか私のせいで外にいたとは。
「そうだ、昨日酔った勢いで俺のこと名前で呼んでなかった?公園で、豹馬くん!って。今呼んでみろよ」
「千切くん」
「呼べよ」
「千切くん!」
「頑固じゃん」
千切くんが呆れたように笑う。
だって、急に名前呼びは恥ずかしい。
そんな私の気持ちがわかったのか無理矢理名前を呼ばせることはしなくて、千切くんも私に質問した。
「そういえばお前は今日なんで始発で電車乗ってたの」
……うーん、これ言ったら千切くん怒るかもしれないんだけど、また話さないで拗れても嫌なので言うことにした。
「……夜逃げしようと思って」
私の言葉を聞いて、きょとんと目を丸くした千切くんが、
「なんで?」
って聞いてくる声が超低くて怖かった。
「千切くんから同居解消しようって言われたくなくて、言われるぐらいなら先に逃げちゃおうって」
「同居解消なんて言うわけないじゃん」
「うん、私が馬鹿でした」
「つーかなんなのその行動力」
「思い立ったらすぐ行動するところが私の良いところだって千切くん前に言ってくれたよね」
「あーじゃあ訂正。それ短所だお前の。勝手に家出てくなよ馬鹿」
千切くんの話を聞いた今となっては、私もただすれ違ってた時間が馬鹿みたいに思えてくるから素直に馬鹿だという言葉を受け入れられる。
でも。
「千切くん、土曜日の夜はどこに行ってたの?毎週」
それだけは決して言おうとしない千切くん。
「……あー」
どう言おうか悩んでいる千切くんにもう一つ質問する。
「あと、ずっと言いたかったんだけどね。この道まっすぐ歩いたら勘当されて絶縁された私の実家に着いちゃいそう」
「知ってる」
千切くんが私の手を強く握り直した。
「毎週土曜日ここに行ってたから」
「……ここ?ここは……交差点だね」
「違ぇよ、話の流れ的に分かるだろ。お前の実家に寄ってたの」
「ちょっと……意味がわからない」
想像の斜め上どころじゃない回答に、私はなんて言えばいいのかわからない。
私の実家に千切くんがなんの用事で行くって言うんだ。
しかも毎週。
「俺と同居するために家族と絶縁するほどお前馬鹿だから毎週お前の両親に挨拶行ってたの。何も絶縁することないんじゃねぇのって。時間は向こうが指定してきたから日曜日の早朝。だから土曜の夜の電車に乗るしかなくて出かけてた。毎週」
「毎週……何を話すの?」
「僕に娘さんをください的な。しばらく続けたら交際を認めてやるって言われてたから。やっと先週半年通って許可もらえたから今週の土曜日お前連れて一緒に挨拶行こうと思ってた。でもせっかくここまで来たから挨拶今日でいいかって」
「………………千切くんはさ」
「ん?」
「……馬鹿なの?」
馬鹿だ。
千切くんは馬鹿だ。
毎日仕事で疲れてるのに、勝手に家族と絶縁した私のために毎週夜電車に乗って早朝に挨拶しに行くなんて大馬鹿だ。
「馬鹿かも」
私の横で千切くんが楽しそうに笑う。
「ここまでのめり込むほどお前のこと好きなのマジ俺だけだから」
「……だろうね」
「今日これから正式に許可貰えたらこれからは手を出すから覚悟しとけよ」
「今まで手なんか出してこなかったのに」
「そりゃ家族に反対されてる状態で手なんか出せるわけないじゃん。大切にしてるから手を出さなかったの」
それを知っていればこんなにモヤモヤすることもなかったのに。
「私に魅力ないから手を出さないのかと思った」
「いやいや、好きな女目の前にいて手を出さない男この世にいねぇから」
好きな女。
「そんな言葉で顔赤くするのやめてくれない。これからもっとすごいことするんだから」
ちょっとうるさいな千切くん。
「ってことで言いたいことは終わりですか?お嬢さん」
千切くんが私に向けて言った。
私があと言いたいことは。
「あと一個だけ」
「ん、何?」
「久しぶりに家族に会うと思ったら緊張して吐きそうなんだけどどうしよう」
「……ははっ」
私の馬鹿みたいな言葉に千切くんが笑った。
「もし交際反対されたら次は一緒に夜逃げするか」