不動産屋も福建省出身だった
この女性が川口市に引っ越してきたのは約3年前。それ以前は同じ埼玉県内の別の都市に住んでいたが、親友の中国人3人が川口市や、川口市に隣接する蕨(わらび)市(芝園団地の最寄り駅)に住んでいたため、自分もここに住みたいと思い、移り住んだ住民になったという。
この女性によると、親友のうちの1人は福清市の海口という町、別の1人は東郭という町の出身。もう1人は福清市に隣接する長楽区の出身だ。
「海口出身の友人は、ウィーチャット(中国のSNS)機能の『近くにいる人』で検索して知り合いになり、偶然、同郷だったことがわかって、意気投合したんです。東郭出身の友人は中学時代からの幼なじみで、私より先に来日していました。長楽出身の友人とは、中国人がよく使う旅行アプリで知り合って、親しくなりました。
皆、年齢は30~40代です。長楽出身の友人と私は同じ不動産屋さんの紹介で不動産を買ったのですが、その不動産屋さんも福建省の出身者。同郷だからと、仲介料を安くしてくれるなど便宜を図ってくれました。気がつくと、周囲は福建省や福清市の人ばかりですね」と語る。
異国の日本で、言葉が通じる中国人の知人がいるだけでも心強いと思うが、それ以上に、同じ町や隣町の出身者がいれば、親しみも沸く。方言も同じ、食べ物の好みも同じ、まして出身中学や高校が同じだったら、尚更心強いだろう。
同じく川口市内に住む、別の福建省出身の男性にも話を聞いてみると、その人は家族、親戚合わせて、なんと約200人が近隣に住んでいると教えてくれた。最初に親戚の1人が来日し、その人を頼って、兄弟やいとこ、姪、甥、遠縁などが次から次へとやってきて、この川口市に居を構えることになったそうだ。
どうしてこれほど中国人が増えたのだろうか。川口市では驚くほど強固なコミュニティが築き上げられていた。後編『埼玉県川口市に“数千人規模”の中国人の巨大コミュニティができていた…その驚愕の実態』で紹介する。