昭和時代、なぜエロ本は「山」「駐車場」に捨てられたのか?――少年の足が支えた非公式流通、移動経済から分析する

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昭和後期に少年たちが街の公園や山で成人向け雑誌を探したように、現代の若者は端末の中で「裏垢」を駆使し情報を探索する。総務省によれば裏垢保持は4割に達し、物理的距離の代わりに心理的負担で自由を確保する新しい行動様式が浮かび上がる。

家から離れる距離と秘密の保管

昭和のイメージ。
昭和のイメージ。

 成人向け雑誌を処分する際、家庭内で完結させることは簡単ではなかった。紙ゴミとして出せば、家族の目に触れる可能性がある。隠して保管しても、限界はあった。家庭という最小の社会は、日常的な監視と表裏一体であり、名誉や信用を損なう恐れのあるものを安全に処理する仕組みは十分とはいえなかった。

 そのため、所有者は自らの脚を使い、生活圏の外へ不都合な資産を押し出すほかはなかった。これは、自分の名誉を守るための、身体を介したリスクの外部化ともいえる。家という空間から逃れるには、その監視が及ばない地点まで物を運ぶ必要があったのだ。

 家は安全や休息の場である一方、最も厳しい評価が行われる場所でもある。親や兄弟という近い関係だからこそ、些細な行動が人格の評価に直結し、一度ついたレッテルは容易には剥がせない。成人向け雑誌の所持が発覚することは、家庭内での自分の立場を揺るがしかねない出来事だった。この恐れが、物理的な距離を取る行動を促した。生活の拠点から遠ざかることは、自分の社会的な立場を守るための防衛策にもなったのである。

 選ばれたのは、人の気配はあるが管理の目が及びにくい場所だった。山道の入り口、集合住宅の隣の駐車場、広い公園の外縁――いずれも生活圏から一歩離れた中間地帯にあたる。誰もいないわけではないが、誰のものでもない。完全な公共空間でもなければ、私的空間でもない。この曖昧さが、成人向け雑誌を置く場所として成立した理由だろう。こうした場所は、所有者が責任を手放すと同時に、その存在を社会全体の無関心に溶け込ませるための空白として機能した。

 当時の少年たちの移動手段は限られていた。徒歩か自転車が基本である。親の管理は今より緩く、連絡手段も限られていた。そのため、少年たちは「行って戻れるが、説明はいらない距離」という感覚を自然に身につけていた。

 山や公園の外れは、その距離感の境界にあたる。徒歩なら5~10分、自転車なら20~30分圏内が、統計的にも少年たちの「日常行動圏」として妥当とされる。この範囲に、成人向け雑誌は置かれていた。限られた移動半径が、秘密を共有しながら維持する境界線として機能していたのである。

 この距離感は、子どもが自律性を身につけていく過程とも密接に関わっていた。親の視界から外れるが、完全に独立しているわけではない。この微妙な領域で、少年たちは自分なりのルールを学び、仲間との関係を築いていった。成人向け雑誌を探す行為は、性的好奇心を満たすだけでなく、親の管理下から一歩踏み出し、自ら判断する経験の場でもあった。

 自分の足でたどり着いた境界線は、他者の干渉を受けずに行動できる領域の広さを、体験として証明していたのだ。

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