「やりたいことがわからない」と悩んでいるあなたへ
ある調査によると、20代の約7割が「自分のやりたいことがわからない」と感じているという。
この数字を見て、あなたはどう思うだろうか。「自分だけじゃないんだ」と安心するかもしれない。あるいは、「みんな悩んでいるのに、なぜ自分だけ答えが出ないんだろう」と、余計に焦りを感じるかもしれない。
でも、この数字が本当に示しているのは、もっと別のことだ。
7割の人が「わからない」と感じているなら、それはもはや個人の問題ではない。「やりたいことがわかっている」という状態のほうが、むしろ例外なのだ。
では、なぜ私たちは「やりたいことがわからない自分」を責めてしまうのだろう。なぜ、それを欠点や未熟さの証拠だと感じてしまうのだろう。
その答えを探るために、まず「天職」という言葉について考えてみたい。
「天職」という名の呪い
多くの人は小さい頃から、「夢を持ちなさい」「やりたいことを見つけなさい」と言われて育ってきただろう。学校の作文では将来の夢を書かされ、就職活動では志望動機を求められる。社会全体が、「あなたには明確な目標があるはずだ」という前提で動いている。
映画やドラマは、その前提をさらに強化する。主人公がある日突然「これだ!」と天啓を受け、運命の仕事に出会い、すべてが動き出す。そんなシーンを、私たちは何度も目にしてきた。美しい物語だ。心が動く。でも、それが現実のスタンダードだと思い込んでしまうと、話は変わってくる。
スタンフォード大学の研究チームは、興味深い発見をしている。「情熱は見つけるものだ」と信じている人は、新しいことに挑戦しても、少し壁にぶつかるとすぐに諦めてしまう傾向があるというのだ。「これは自分の天職じゃなかった」と見切りをつけて、また次の「運命」を探しに行く。一方で、「情熱は育てていくものだ」と考えている人は、最初は興味が薄くても、続けていくうちにどんどんのめり込んでいく。
つまり、「運命の天職」を信じている人ほど、皮肉なことに、やりたいことを見つけにくくなっている。天職という概念そのものが、私たちの足を止めているのかもしれない。
見えない力が、あなたの判断を曇らせている
「やりたいことがわからない」と感じるとき、多くの人は自分を責める。努力が足りない、真剣さが足りない、他の人にはある何かが自分には欠けている、と。
でも、本当にそうだろうか。
実は、現代社会には「やりたいことをわからなくさせる」構造的な力がいくつも働いている。それを知ることで、少しだけ自分に優しくなれるかもしれない。
まず、選択肢の問題がある。コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が行った有名な実験では、スーパーの試食コーナーに24種類のジャムを並べた場合と、6種類だけ並べた場合で購買行動を比較した。結果、6種類のほうが6倍も売れた。選択肢が多すぎると、人は比較検討にエネルギーを使い果たし、最終的には何も選べなくなってしまうのだ。
今の時代を見渡してみてほしい。動画配信者にもなれる、エンジニアにもなれる、起業もできる、海外移住もできる、副業の種類だけでも数えきれない。自由で恵まれた時代だと言われるけれど、その自由の重さに押しつぶされそうになることがある。あなたが迷っているのは、弱いからではない。選択肢が多すぎる時代に生きているからだ。
次に、比較の問題がある。SNSを開けば、「好きなことを仕事にしています」と笑顔で語る同世代や、夢を叶えて輝いている友人の投稿が目に飛び込んでくる。気づけば比べている。あの人にはあるのに、自分にはない、と。しかし、あなたが見ているのは、その人の人生の「見せ場」だけだ。迷った夜のことは投稿されないし、何度も方向転換した過去は語られない。編集されたハイライトと、自分の生の日常を比べてしまうことで、「自分には何もない」という誤った結論に至ってしまう。
そして、静けさの問題がある。朝起きてスマホを見る。仕事に行って、帰ってきて、また画面を眺める。気づいたら夜。一日のうち、「自分は今、何を感じているだろう」と立ち止まる時間はどれくらいあるだろうか。外からの情報が絶えず流れ込んでくる中で、自分の内側から湧き上がる小さな声はかき消されていく。「やりたいことがわからない」のは、何もないからではない。自分の声が聞こえなくなっているだけかもしれない。
「見つける」のではなく「気づく」
ここまで読んで、少し楽になった部分はあるだろうか。「わからない」ことには構造的な理由がある。あなたのせいではない。
では、そこからどう前に進めばいいのか。
一つ、発想を転換してみてほしい。「やりたいことを見つける」ではなく、「やりたいことに気づく」という考え方だ。
「見つける」という言葉には、どこか遠くにある宝物を探しに行くようなニュアンスがある。でも実際には、あなたの「やりたいこと」のヒントは、すでにあなたの日常の中にある。小さなかけらとして、あちこちに散らばっている。ただ、それに気づいていないだけなのだ。
では、どうすれば気づけるのか。
心理学者のミハイ・チクセントミハイは、「フロー」と呼ばれる心理状態を研究した。何かに没頭して時間の感覚がなくなる、あの体験のことだ。本を読んでいて気づいたら何時間も経っていた、誰かと話していて終電を逃しそうになった、作業に集中していて昼食を忘れた。あなたにも、そんな経験があるのではないだろうか。その「時間を忘れる瞬間」に、あなたにとって本当に意味のある何かが隠れている可能性が高い。大げさなことでなくていい。「ちょっと楽しかったかも」「なんとなく心地よかった」という小さな感覚を、見逃さないでほしい。
もう一つ、有効な視点がある。「何をしたいか」ではなく「なぜそうしたいか」を掘り下げることだ。「起業したい」「海外で働きたい」「クリエイティブな仕事がしたい」。そう思うとき、その奥には何があるだろう。自分で決められる自由がほしいのか、社会に影響を与えたいのか、新しい刺激を求めているのか。この「なぜ」の部分こそがあなたの本質であり、それがわかれば手段は一つではなくなる。道は、思っているより広い。
さらに、10年後の自分を想像してみるのも効果的だ。どんな朝を迎えていたいか、どんな人たちと時間を過ごしていたいか、一日の終わりにどんな気持ちで眠りにつきたいか。具体的な職業や肩書きでなくてもいい。「穏やかに暮らしている」「挑戦し続けている」「誰かの役に立っている」。そんな漠然としたイメージで構わない。その未来の自分が今のあなたを見たら、きっと「焦らなくていいよ」と言ってくれるのではないだろうか。
「自分を知る」という終わりのない旅
ここまで話してきたことには、一つの共通点がある。時間を忘れる瞬間に気づくことも、「なぜ」を掘り下げることも、未来の自分を想像することも、すべて「自分を知る」ための作業だということだ。
結局、「やりたいことを見つける」とは、「自分を知る」ことと同義なのかもしれない。
ただし、自分を知るというのは、一度わかったら終わりというものではない。私たちは日々変化していく。昨日感じたことと今日感じることは違うかもしれないし、一度わかったと思っても、また迷うことがある。だから、自分を知るとは、一回きりのイベントではなく、続けていく旅のようなものだ。
その旅を続けるための方法として、心理学が一貫して支持しているものがある。「書く」ということだ。テキサス大学のジェームズ・ペネベーカー教授は、数十年にわたる研究を通じて、自分の考えや気持ちを書き出すことが心理的な健康と自己理解の両方を促進することを実証してきた。
頭の中でぐるぐる考えているだけでは、同じところを回り続けてしまう。でも、書き出してみると不思議と整理される。「自分は、こんなことを考えていたのか」と、書いた言葉を見て初めて気づくことがある。さらに、書いたものを後から読み返すと、自分の傾向が見えてくる。こういうときに元気になる、こういう状況だと落ち込む、最近ずっとこのことが心に引っかかっている。そうした気づきの積み重ねが、「やりたいこと」の輪郭を少しずつ浮かび上がらせてくれる。
ただ、正直なところ、書く習慣を続けるのは難しい。白紙を前にして何を書けばいいかわからない、始めてみても三日で止まってしまう。そんな経験をした人は多いだろう。だからこそ、少しだけ助けがあると続けやすくなる。毎日ひとつの問いかけが届いて、それに答えるだけでいい。そんな仕組みがあれば、「何を書こう」と悩む時間がなくなる。
わたしが開発したジャーナリングアプリ「MindAxis」は、そんな発想から生まれた。毎日テーマに沿って、思いつくままに答える。書いた内容はAIが分析して、自分でも気づかなかった思考の傾向を教えてくれる。自分と向き合う時間を日常に取り戻すための、小さなきっかけになればと思う。
最後に
「やりたいことがわからない」と悩む夜は、これからも来るかもしれない。でも、覚えておいてほしい。その「わからない」は、あなたが真剣に生きている証拠だ。どうでもいいと思っていたら、そもそも悩んだりしない。
答えは、どこか遠くにあるわけではない。あなたの日常の中に、小さな「心地いい」「楽しい」「気になる」という感覚として、すでに存在している。その声に耳を傾ける時間を、少しだけ持ってみてほしい。
今日、5分だけでいい。スマホを置いて、静かに自分と向き合ってみる。今日一日、何に心が動いたかを振り返ってみる。その小さな習慣が、いつかあなたを、あなただけの道へと導いてくれるはずだ。
答えは、あなたの中にある。
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