2026/01/30(金) 19:41 0 35
二次予選が終わり、取材ゾーンは重苦しい空気に包まれていた。絶好の展開を活かせず、古性優作が勝ち切れなかったからだ。すぐに、声を掛けられる雰囲気ではない。ただ、こちらが適切な受け答えを用意していれば、きちんと取材に応じてくれる。それが古性優作という選手の人間性だ。
時間が過ぎ、準決勝のメンバーの発表を受け、検車場で村上博幸との会話を終えたあと、古性は我々の前に姿を現した。
「誰が考えても、やらないといけない競輪がある。後ろで博幸さんと6番(橋本凌汰)が併走しているのも見えたし、1番(金子幸央)の捲りも見えた。あれで併せ切れなかった。脚力が足りない」
過去のレースで古性は、残せない選手も残している。ちょっとした感覚のズレがあるのかもしれない。
古性が言う"誰が考えてもやらないといけない競輪"とは、早めに踏み込み、村上博幸とワンツーを決める走りのことだ。ファンもそれを支持しており、2車単の配当は150円だった。
中西大も先行選手として"漢"の走りをする選手。その覚悟を踏まえての先行勝負だった。選手であれば、少しでも前を残したいと思うのは当然だし、すべてのケースで番手捲りを肯定している訳ではない。ただ、競輪は「勝つ時は勝たなければならない」競技でもある。
古性自身も、こう語る。「(僕らが公営競技の選手でなく)スポーツだったら、自分がやりたいレースをやればいい。でも、そうはいかない」
競輪界の最高峰に立つ選手としての自覚。その裏にある葛藤。今の立場だからこそ出てくる言葉だった。そして、その言葉はファンへのメッセージでもある。
現在の競輪は、世相の気質を反映してか、1着を取ることよりも仲間を庇う走りが主流になっている。これは今に始まった話ではなく、平原康多の時代から指摘され続けてきた永遠のテーマでもある。その難しさを、古性優作は誰よりも理解している。
大企業も政治も同じだが、トップの意識が間違っていなければ、組織は安泰だ。競輪界もまた然り。そのことを、古性優作の言葉が静かに示していた。(町田洋一)