「東急が街を開発」→「東急ストアが撤退、やがてモールごと売却」…チバリーヒルズの街にある「廃墟モール」あえなく衰退の背景
ガラガラで人がいない。空き区画だらけ。BGMだけが虚しく響いている――。日本各地に、そんな「廃墟モール」が存在する。 かつて繁栄した商業施設は、なぜ廃墟になってしまったのか? 理由を探ると、7つの要因が見えてきた――この連載では、大手ショッピングモール会社での勤務歴を持ち、プライベートでも500以上のモールを巡ったライターの坪川うたさんが現地を実際に訪れてリポート。廃墟モールが生まれる理由をひもといていく。 【画像19枚】なぜこれで人が来ると思った…「駐車場が狭い」「屋根がなく雨の日は行く気が失せる」廃墟モールの実態
前編では、千葉市のニュータウンあすみが丘にあり、廃墟化が進む「あすみが丘バーズモール」の現状をリポートした。そして廃墟モールが誕生する7つの要因のうち、①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、④動線の設計ミス、⑦核テナントの撤退が当てはまると分析した。特に核テナントの撤退が引き金となっている。 後編では、同様にニュータウンに存在し、核が撤退したものの廃墟化を免れている事例と比較する。 ■東急ストアが撤退、衰退した「あすみが丘バーズモール」
「あすみが丘バーズモール」はバブル真っ只中の1989(平成1)年、東急不動産が手がけたモールだ。同社が開発したニュータウン「あすみが丘」のあるJR土気駅前に位置している。 【画像19枚】なぜこれで人が来ると思った…「駐車場が狭い」「屋根がなく雨の日は行く気が失せる」廃墟モールの実態 屋外型のオープンモールで、開業当初はスーパーの東急ストアをはじめ生活に便利な約30店舗が出店し賑わっていた。しかし、1991(平成3)年にバブルが崩壊すると、あすみが丘の高級住宅街の人気は下落していく。
2000(平成12)年、「あすみが丘バーズモール」から車5分の距離に、大きな駐車場を備えた屋内型の競合施設「あすみが丘ブランニューモール」がオープンした。 2011(平成23)年に東急ストアが撤退。核テナントを失った「あすみが丘バーズモール」は衰退していった。空き区画が目立ち、廃墟化が進行している。 同じように千葉県のニュータウンにつくられ、核を失ったモールがある。ユーカリが丘にある「スカイプラザ・モール」と「ユーカリプラザ」だ。
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