「東急が街を開発」→「東急ストアが撤退、やがてモールごと売却」…チバリーヒルズの街にある「廃墟モール」あえなく衰退の背景
■サティが消えた「スカイプラザ・モール」「ユーカリプラザ」 「スカイプラザ・モール」と「ユーカリプラザ」は、デベロッパーの山万によって1971(昭和46)年から開発されたニュータウン「ユーカリが丘」の駅前にあるモールである。 ■ユーカリが丘とはどんな街か ユーカリが丘は、ニュータウンの中でも成功した街と言われている。その秘訣は、住民が一気に高齢化しないよう徐々に開発・住宅供給を進めていることだ。街を歩いていると、高齢者も子育て世代も小中高生も満遍なく見かける。
山万は自社グループで新交通システム「山万ユーカリが丘線」を敷設したり、子育て施設や福祉施設を整えたりと、開発して終わりではない未来を見据えた街づくりをしている。 ユーカリが丘駅前にて、1992(平成4)年に「ユーカリが丘サティ」、1999(平成11)年に「ユーカリが丘サティ2番街」がオープンした。両施設の核店舗は、ニチイの百貨店業態であるサティであった。 しかし2001(平成13)年、ニチイから社名を変えたマイカルが経営破綻。それに伴い、「ユーカリが丘サティ2番街」 は2003(平成15)年、「ユーカリプラザ」に名称を変更し再スタートを切ることになる。
「ユーカリが丘サティ」はサティとして営業を続けたのち、2011(平成23)年に「イオンユーカリが丘店」へ改称した。そして2016(平成28)年、徒歩圏内に新設された競合施設「イオンタウンユーカリが丘」に移転した。 「ユーカリが丘サティ→イオンユーカリが丘店」の跡地は、2017(平成29)年に「スカイプラザ・モール」としてリニューアルオープンした。 ■集客力を持つ核テナントと街への責任 サティ、イオンと2度も核を失った「スカイプラザ・モール」「ユーカリプラザ」は空き区画がいくつか目に入り、全盛期の賑わいには及ばない状態だ。一部は目的のある人しか訪れないサービス店舗や佐倉市のシェアオフィス、市役所の出張所、トランクルームになっており、モールとしての賑わいは縮小している。
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