「東急が街を開発」→「東急ストアが撤退、やがてモールごと売却」…チバリーヒルズの街にある「廃墟モール」あえなく衰退の背景
だが、「スカイプラザ・モール」に新たな核テナントとして出店したスーパーのオーケーは平日でも活気があり、その他の店舗にも買い物客の姿がある。「スカイプラザ・モール」「ユーカリプラザ」が核を失ったあとも廃墟化せず踏みとどまっているのは、新たな核テナントであるオーケーの集客力が一因だろう。 加えて、ユーカリが丘の街を開発している山万が施設の運営を担い、店舗や用途を変え、住民にとって便利なモールとして存続させようとする姿勢が感じられる。
一方、「あすみが丘バーズモール」は2011(平成23)年に東急ストアが撤退したあとドラッグストアのドラッグセイムスが入ったものの、他区画は空きが目立つ。 2008(平成20)年に東急不動産は、「あすみが丘バーズモール」を他企業へ売却。その後、2015(平成27)年に現在の所有者へ再度売却されている。 「あすみが丘バーズモール」は東急不動産が開発し、グループ会社の東急コミュニティーが運営を担い、東急ストアが核テナントであったが、所有者も運営も核テナントも変わった。東急グループは「あすみが丘バーズモール」を手放したのである。
■両者を分けたのは核テナントと街づくりへの姿勢 廃墟化が進む「あすみが丘バーズモール」と、廃墟化を免れている「ユーカリプラザ」「スカイプラザ・モール」。両者を分けたのは、後継の核テナントと、開発・運営するデベロッパーの街づくりへの姿勢だった。 モールにとって、集客力や売上の大部分を占める核テナントの有無や強さは生命線である。そしてモールの存続は、開発・運営会社によっても左右されるのである。 土気駅前は一定の人流があり、決して駅前が廃れているわけではない。「あすみが丘バーズモール」にも人の姿はあり、モール内の広場でイベントが開催されることもある。
「あすみが丘バーズモール」は、バブル期に開発された街を象徴する貴重なモールだ。廃墟化に歯止めをかけ、次世代へ引き継がれていくことを祈りたい。 【もっと詳しく読む】「ビニールで目隠し」「階段には“立入禁止”の張り紙も」…バブル期に生まれた「千葉の廃墟モール」大失敗の要因 ■前編で紹介している画像はこちら
坪川 うた :ライター・ショッピングセンター偏愛家
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