『メダリスト』を読んだ感想②【5,6巻(ノービスA予選)】
初回からの続き。
思いやらネタバレについても初回記事を参照願います。
今回は5巻からスタート。自分にとって『メダリスト』が特別な漫画となった、ノービスA予選大会編です。
ノービスA予選大会編 - すべての交錯を描かんとすること
ひとつめの大きな大会で、一気に登場キャラクターも増えます。コミック最初の見開き絵から15人ほどいるんですが、それぞれがソシャゲばりに全員キャラデザが立っていて作者の画力にビビる。
驚くことに、5巻はまるまる一冊分、主人公の滑走シーンがありません。しかも、内1話は首位争いにも絡まないであろう選手たちの描写で使いきるという、かなり思い切った配分をしている。
◇Score 18 「私のカード」 - 交錯した現在(いま)
それがScore 18です。自分が『メダリスト』について記事を書きだした理由のひとつ。物語が今後全日本、オリンピックと進んでいく中で、再登場するかも分からない選手たちに、月間連載における1話すべてを割り当てた回。
連載漫画である以上、ページ数からいって一大会における全選手の軌跡は描ききれません。ここでは4人+1人が滑走しますが、たった1話で、5人の選手たちの軌跡、舞台での全てを描き切ることは出来ません。最終盤の『呪術廻戦』のようなモノローグは苦し紛れです。
しかし、作者は可能な限り、この大会に挑むひとりひとりについて描こうと努める。漫画という表現技法の限りを尽くしてその全てに近づこうとしている。
ここでは4人の演技がパラレルで同時に描かれます。1P目、まずフィギュアスケートにある「4つのジャンプ(踏み切り方)」が描かれ、「1つのジャンプ」として飛びたちます。そして2P目、左上の描写で、前ページの「1つのジャンプの軌跡」が、コマを分けながら「3人」と、コンビネーションジャンプとした「1人」に分かれて描かれる。
なんだこの発想力……。
そして滑走者4人は、読者視点上"同時に"、着氷の瞬間を待ちます。成否が決まる刹那。ページを開く手が、その瞬間を永遠に近い形で引き延ばす。
見開き2枚も連続で貼って申し訳ないんですが、素人目にも神がかってる4Pだと思います。マンガが上手すぎて違和感なく読めるものの、時空間と視点が非常に込み入った見開きです。
同じ氷上を、あたかも4人が同時に飛び、2人が成功・失敗、2人のコーチが喝采・観客席が落胆する。これはマンガでしか説得力をもちえない表現でしょう。こんな瞬間は現実では切り出せません。
例えば「映画」なら編集によってそれらしく見せることは出来るでしょう。ですが、メイン画面がひとつ、再生の時間軸が一方向という制約があります。フライシャーや『合衆国最後の日』のようにスプリットスクリーン(画面を分割して映す技法)を利用すれば、「4人が同時に滑る」シーンは映せます、が、それと上の見開きは根本的に認知感覚が違う。マンガである『メダリスト』は、コマ単位で時空間と視点を縦横無尽に行き来しています。行き来しているのは読者の目です。その認知スピードは映画の再生速度、1倍速よりもずっと、圧倒的に速い。
"3分間"という短すぎる時間にある幾多の交錯を、フィギュアスケートのスピード感に近い読感で、"1話"という短すぎるマンガの枠に描ききっている。
そう感じさせます。
失敗してしまった選手の思考が漏れる。
「できなかった・・・」
「あんなりに練習したジャンプなのに・・・」
だけど「負けない」と続く。
「切り替えろ 切り替えろ 切り替えるんだ」
「最初のジャンプ転んだからもう点数足りないな……」「何位になっちゃうのかな」「全日本いけるのかな」「悲しくて力が抜けていく…」
「でも」
「この指先 この角度 ここの腕の振りおろし方 ワンポイントで入れたキック この表情」「1秒1秒に私の日々が詰まっている」「この1秒、この1秒も 全部雑になんてできない」
「演技中でも失敗の数で結果が大体分かってしまう」
「でもあの時間を見失いたくない」
「先生と積み上げてきた1秒たちは最後まで私が守るんだ」
本当に立派で感じ入る。前回に続いて、あまりに立派な子たちで自分が情けなくなる2。お前たちも満点だ。オレはカスだ……。
『メダリスト』と謳いつつ、表彰台に乗らない競技者・パートナー全員を可能な限り祝福せんとするのが本作です。
もちろんその全ては描けませんが、大会に臨んだすべて選手たちはみな何かしらを背負い、思いをもって滑っていると、そのことを大切に描いてるのが伝わる。その目線が大好きです。
・・・・・
そして来た。自分が推す3人のうちの2人目、八木夕凪です。
★八木夕凪、登場 - 「やんちゃだなあ」
超クールに登場→ひとり人形遊びで心を静めているギャップ→熱い演技と、誰もが好きになる(あざとい)くらいの登場をする、物語的には本大会のボスたる存在。自分はこのキャラが一番好きです(告白)。まず見た目や性格が単純に好きなんですが、何よりも「物語上の立ち位置」が個人的な琴線にふれまくる。
本編上のラスボスである光に対して、この時点で彼女は明確に"No.2"※であり、しかも順位以上の圧倒的差がある。それでも彼女は光を追いかけ、自らが理想とする鴗鳥慎一郎の滑走を目指し、クラブの威信を背負い込んで、滑走に向かう。
まず1コマ目、空で人形遊びを反復するさりげない描写の「こども」解像度が高すぎて怖い。彼女の表情は映さないが、ゆえに内心の緊張、それに負けんとする強い気持ちが伝わってくる。滑走前の静から、音楽が鳴っての躍動。戦いの舞台も大きくなり、作者も滑走シーンの描写・演出に遠慮がなくなってきた。この辺りの躍動感をアニメで一体どう表現しうるのか、本当に難しいと想像しています。
彼女は自身の意地でもって、プログラム予定にない3ルッツ + 3ループを跳ぶ。
「私が本当に欲しいのは信じてくれる優しさじゃない」
「欲しいのは 振り向かせる強さだ!」
カッコよすぎる。し、共感できすぎる。
「あなたは追い抜かれる無力感を知らない」
「その差を埋める悲しさを知らない」
「その痛みを知らない人を 金メダリストになんかさせない!」
熱い、熱すぎる。
滑走を終え、コーチである鴗鳥慎一郎が、「予定構成の約束でしたよ」と現れる。悔いるような顔で八木夕凪が「ごめんなさい……」と告げたところ、コーチが「それだけです。」と遮る。
フっと笑顔を見せてこう告げる。
ここ100億万点。
八木夕凪の赤面ではなく(かわいいけど)。
慎一郎"先生"の応対が。
同じ選手としてその意気を心から理解し、かつ圧倒的な包容力でもって受け止めながら、祝福に近い形で、自身の共犯者のように微笑んでくれている。それが「やんちゃだなぁ」(早口)。
最上の言葉。MGS3の「いいセンスだ」でオセロットの人生が決まったやりとりと同じレベル。『メダリスト』の本筋にはあんま関係ないんだけどマイベストシーン。
オレの人生でも、あの時この言葉を言ってほしかった気がする(存在しない記憶)。夜鷹純はマジでもっと慎一郎先生の存在に全身全霊で感謝し負担をかけるな
◇人生が交錯する場としての大会
話は前後するが、司と加護さんのやりとりも大好きです。「司くんのお仕事を見にきたんだよ」から始まる言葉。折々に人生が滲んでいく描き方。
「・・・ありがとうございます」
「俺は今日コーチとして最善を尽くします」
「・・・俺の仕事は目に見えませんがいのりさんの演技が全てです」
「いつも俺にしてくれているように・・・いのりさんの滑走を見守っていてください」
「うん、了解」
なんて素敵な会話だろう。大人同士の会話も良いなんてズルい。
先の滑走者たちといい、各々の人生が、それぞれのタイミングで交錯して現在(いま)の大会がある、その時間をいっぱいいっぱい真摯に描いている。
本大会をとおして、加護さんがフィギュアスケートという競技を、いのりと司の演技を、応援する者としてこう統括します。
「誰にも選ばれなかった司くんの過去が、いのりちゃんの個性になったのか」
「ふふふ……やるじゃんねぇ。」
「司くんが夢中になった理由が分かったよ」
「美しさや芸術性だけじゃない できたかできなかったかだけじゃない」
「フィギュアスケートは奇跡を見守るスポーツなんだ」
あらためて素晴らしい章(大会)だと思います。
いのりの滑走、大会結果を受けての選手・コーチたちの言葉……など、取り上げきれないくらい良いシーンがありますが、あとは読み返してもらって。
自分の中でこの漫画が特別になった瞬間というか、とても好きな章です。
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あと余談だが、申川りんなに雉多輝也コーチが花束渡して「お前が当然全日本ノービス進むって信じてるけど まずは1番滑走のお勤めご苦労 姫」と花束を渡す、突然の少女漫画みたいなシーンも好きです。良いコンビ。外伝でこのコンビをもっと描いてくれないか。
オリンピックを目指す、本格的な勝負が始まった。
いったんここで記事を区切りましょう。
次回は、幕間からのノービス全日本編。
おそらく物語全体でも屈指の人気を誇るだろうところです。
【関連作】
スポーツ描写における金字塔のひとつ。インターネットでは後年の「投身がおかしいキャラたち」が取り上げられがちですが、小学生編終盤、特に明和との決勝戦(上のデジタル版だと6, 7巻)は本当にスピード感もコマ割りもクソヤバいです。圧倒的な迫力がある。『メダリスト』とは人間描写の角度が(時代的にも)あまりに違い過ぎますが、描写力として並べたい。
(続)
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