選挙で投票すると、さまざまな店でサービスが受けられる「選挙割」が各地で広がりを見せている。2012年に始まり、昨年夏の参院選では参加店舗が過去最多を記録した。
だが、今回の衆院選は、解散から投開票までが16日間と短く、準備期間が十分にない。異例の短期決戦で、選挙割はどうなるのか。
「時間がないが、とにかくやるしかない」
一般社団法人「選挙割協会」(東京)の代表理事、佐藤章太郎さん(52)は焦りを募らせている。
12年の衆院選から、選挙割の取り組みを展開してきた。自治体が発行する「投票済み証」や、投票所の看板を撮った写真を店頭で見せると、商品やサービスが割り引きされる仕組みだ。
趣旨に賛同した店舗や企業が割引を行い、協会はPR用のポスターやビラを配る。金銭のやり取りはなく、割引分は店側が負担する。
全国で2600店が参加
お得感が人気を集め、17年衆院選で約730店だった参加店舗は年々増加。25年7月の参院選では、過去最多の約2600店になった。
飲食店での割引や家電量販店によるポイント還元のほか、テーマパークの割引、サッカーJリーグの試合への招待など、サービスの種類も多様化している。
佐藤さんは「最初はお得な割引が投票のきっかけでも、投票行動は徐々に成熟していくのではと考えた。正論だけを言っていても、有権者には響かない」と活動を始めた狙いを語る。
通常の国政選挙では1カ月ほど準備期間があり、学生ボランティアらが店舗への依頼に回る。
今回は2週間ほどしかないが、選挙日程が報じられてからすぐ動き始め、昨夏の参院選と同規模を目指している。
「投票の自由」侵害懸念も
ただ、選挙割は不用意に行うと法令に触れる恐れもあるという。投票の自由への侵害や利益誘導につながりかねないと懸念されるからだ。
公職選挙法の221条は、候補者が当選する目的で有権者に財産上の利益を与えることや、利害関係を利用した誘導を禁じている。
協会は活動を始める前に、選挙事務に精通した自治体職員や弁護士らに助言を求め、公選法に抵触しないよう独自のルールも定めた。
ルールでは、候補者の3親等以内の親族が運営している店舗や、候補者の後援会役員が関わる店舗、特定候補者のポスターを掲示している店の参加を禁じた。
参加店舗にも、交流サイト(SNS)やホームページでの政策的な主張や、特定候補への投票の呼び掛けをしないよう求めている。
「選挙を通じてもうけるのは公益性に反する」として、協会の運営も利益が出ないよう調整している。中立性を保つため、企業からの寄付も断る徹底ぶりだ。
そのため、ポスターやビラの印刷代や送付代、学生の活動費など、選挙ごとに100万円以上かかる費用は、佐藤さんが自費でまかなっている。
本業が予備校講師の佐藤さんは「夏季講習代がそのまま飛んでいく」と苦笑しつつ、「お金に頼って取り組みを広げることは良くない。営利性は徹底的に排除しないといけない」と強調する。
発行を取りやめる自治体も
選挙割や投票済み証について、自治体はどう考えているのか。
総務省によると、投票済み証を発行している自治体は全体の6割ほどにとどまっている。
投票済み証の発行について公選法には規定がなく、休暇を取って投票した場合に会社側へ提出することなどを想定し、自治体の裁量で配っている。
発行していない自治体は、公選法上の規定がないことに加え、投票に行かなかったことを理由に不利益が生じてはいけない▽利益誘導や買収に利用される恐れがある▽投票したかどうかという広い意味での「投票の秘密」に触れる――などを理由に挙げている。
西日本のある自治体の担当者は「以前は発行していたが、家族の証明書も求めるなど利益誘導が疑われるケースがあり、発行をやめた。買収や利益誘導につながりかねず、慎重に対応している」と打ち明ける。
「サービスが過剰にならない配慮を」
公選法に詳しい一橋大大学院の只野雅人教授(憲法学)は「投票済み証の利用は投票の秘密を害さないことが大前提だ。選挙割は投票の意義をアピールする意味では公益性があるが、あまりに割引率が大きかったり、射幸性があったりすると目的からずれてくる」と指摘し、「割引はあくまでも付随的なもので、サービスが過剰になっていないか配慮する必要がある」と語る。【五十嵐隆浩】