~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 ※2025/12/9
  アカツキとイカヅチについて記載した『メカニック設定2』を同時投稿。より詳細な解説文は、活動報告の方に載せています。冗長な文章ですが、興味のある方がいれば、そちらにも足を運んでいただけたらと思います。



『クロス・ブレイク』B

 

 

「──戦況はどうなってますか?」

 

 〝アークエンジェル〟が戦場に到達する少し前、〝アリアドネ〟のコクピッドに待機中だったマユは、通信を繋いで艦橋に尋ねていた。

 それは、それぞれ搭乗機に乗り込んでいるステラ、スティング、メーテルにも繋がっている通信だ。このとき既に、オーブで戦端が開かれていることは周知されていた。

 

〈オーブ軍は、はじめはだいぶ切り崩されていたみたいだけど、今は持ち直したようね。市街地への被害も、今のところは確認されていないわ〉

 

 マリューからの返答を聞いて、マユはほっとしていた。大勢の民間人を巻き込むような前大戦の二の舞にはなっていないということだ。話は続き、彼女は〈それと、少し云いづらいのだけれど……〉と口にする。

 

〈連合側の戦力で気をつけるべきは──私達もよく知っている──例の〝G〟部隊みたいなの〉

 

 その言葉と共に、ステラ達の手許にいくつかのデータが付随して送られてくる。

 後期GATシリーズ、Xナンバーと思しき悪人相の〝G〟が四機も捉えられた画像だ。目標まで距離が開けていることから細部まで写し出されているわけではないが、明らかに〝それ〟を踏襲した機体群が、連合陣営のフラッグシップ機として運用されていた。

 

〈おいおい、こいつは……〝レムレース〟か?〉

 

 スティングが驚く。まさか双子機が存在していたのかと、彼も知らなかったからだ。

 そいつを除く他の三機には心当たりがなかったが、四機目──ボルドーに彩られた〝亡霊〟のような機体を見、ステラの方も反応を返していた。

 

「こいつら、〝ファントムペイン〟だ」

 

 〝見えざる痛み(ファントムペイン)〟──その定義は、ロゴスの意を受けて動く特殊部隊である。

 ネオ・ロアノークがずっと以前から叛逆を企てていた事実を踏まえると、おおよそソイツらは──今度こそ正しい意味で──その定義を満たす存在であるのだろう。メーテルが〈わたし達が抜けたから、その代わりに補充された部隊ってことなのかな?〉と云うと、ステラが「きっとね」と短く返していた。

 

先代機(Xナンバー)のデータを、いま送りました。前の戦争で本艦が記録したものだけど、参考くらいにはなるでしょう?〉

〈……なんだ、この機体? こんなもん、いったい誰が操縦して〉

〈これは推測だけど、乗っているのはおそらく、強化人間なんじゃないかって思うの〉

 

 その言葉に、一同が弾かれたように顔を上げる。

 ステラも確信づいて頷く。四機とも、そうでなければ説明がつかないスペックをしていた。

 

〈強化人間!?〉

 

 その言及に対して、意外なリアクションを返したのはスティングだった。

 

〈そりゃあ──オレ達がなれなかった(・・・・・・)やつか!?〉

 

 というのも、スティングは自分が強化人間になれなかった──より強いパイロットになれなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・)──という事実を、心のどこかで悔いていたのだ。

 ──そんなオレ達を差し置いて、抜け駆けした連中がいるっていうのか!?

 しかし、そんなスティングの言葉に、強い拒否反応を投げ返したのはステラだった。そのような彼の誤解を、彼女は険しい顔で聞き咎める。彼女にしては珍しく、聞き捨てならないという態度で応じたのだ。

 

「スティング、強化人間なんて、そんないいものじゃないよ」

 

 宥める声には若干の怒りが混じっていたが、それはどちらかと云えば、そのような存在を造っているブルーコスモスに向けた怒りだ。

 ──黒髪のサングラスの男。

 ロドニアのラボを閉鎖へと追い込んだ張本人のことであるが、これが誰なのかステラは知らない。知らないが、それについては〝よくやってくれた〟と思う気持ちも、彼女の中には存在している位なのだ。

 

「あなた達は強化人間にならなかった。──でも、だから、今も健康なままでいられるの」

〈……!〉

「それに、そんなものに頼らなくたって、あなた達はちゃんと強くなれるよ」

 

 その通信を聞いていて、マユも驚いたという。なんだかんだ云って、彼女もスティング達の今後には期待しているらしい。

 そんなステラは、誤解を招かないように「あっ、強くなきゃダメだとか、そういうんじゃないからね」と直後に続け、しどろもどろだが、真摯な様子で口を動かし続けていた。

 

「だからスティングは、そのままでいいんだよ」

 

 ──強がったり、天才ぶる必要だって、どこにもない。

 その言葉に、通信先のマリューが悲しげな反応を示したのは何故だったのか。

 

〈わっ、わーったよ!〉

 

 耐え切れなくなったように、スティングが自身の言葉を訂正した。

 

〈そんなつもりじゃなかった! さっきの発言は──なんだ? その、取り消すぜ〉

「ならよかった」

〈──ていうか、なんだよ、今日はヤケにがんばってよく喋るじゃんか、なあステラ?〉

「隊長に、なったから」

 

 えっへんと胸を張るステラに、スティングはため息を返した。

 

〈……あんま慣れてねーのに、人に気ぃなんて遣うなよ。こっちまで調子狂うぜ……〉

「が、がんばったのにっ?」

〈うん! ステラお姉ちゃんはがんばってる! がんばってるよ! えらいえらい!〉

 

 ──なんだこの会話?

 と、艦橋からチャンドラの本音が聞こえてきて、耳にしたマユも思わず吹き出していた。

 マリューも苦笑していたのだが、話を続ける。

 

〈それと、もうひとつ。オーブ沖上空で戦闘しているモビルスーツの中に、こんな機影が見つかっているのよ〉

 

 言葉と同時に、またも一枚の画像が送られてくる。

 そこに写されているのは、全身を金色に彩られた、明らかに異彩を放つモビルスーツだった。

 

「……これは?」

〈分からない。データベースにも無い機体だから、私達としても判断が付かなくて〉

 

 マユが訊ね、マリューは首を横に振った。

 ──識別コードを持たない以上、通信を図って相手と接触することも不可能だ。

 ステラが端的に問う。

 

「敵なの?」

〈いいえ、それは無いでしょう。この機体は例のXナンバーと交戦しているから、明らかにオーブの味方よ〉

 

 つまり、目的は同じということか。

 その〝黄金〟は、たしかにマユも見たことのない機体だが、その獅子奮迅の戦いぶりを伺う限り、普通のパイロットが乗っているものでもなさそうだ。──いったい、どんな人が乗っているんだろう……?

 ともあれ、これについては協力者と考えて問題ないようだ。

 

〈だからあなた達は、その〝金色〟と共に協力して、あの四機を追い払うことに努めて頂戴〉

 

 それから、艦は海上へ浮上し、数多の地球軍艦艇の後方へと躍り出た。モビルスーツに発進命令が下され、モビルスーツ各機がカタパルトへと足を進めていく。

 

「────調子はどう? ステラお姉ちゃん」

 

 改めて──改めて、マユはステラに呼びかけた。

 ──黒を基調とした、地球連合(ファントムペイン)のパイロットスーツではない。

 マユも含め、ステラ達はこのとき、オーブ軍で正式採用されているパイロットスーツに身を改めていた。

 マユのものはザフトレッドと同じ鮮やかな赤色、一方でステラのそれは、前大戦時に着用していたものと同じ薄紅色だ。

 右舷ハッチのカタパルトに〝アリアドネ〟が歩を進める。それと同時に、左舷側でステラの〝クレイドル〟がカタパルトに固定された。

 

「〝クレイドル〟──乗ってみて、なにか感想とかなかった?」

〈特にない。……でも〉

「でも?」

〈──扱えそう。それだけは、なんか分かった〉

 

 シートに坐した感覚を、ステラ自身どう言語化していいか分からなかった。

 ──強いて云うなら、体が憶えている……っていうのか。

 計器類の配置、武装の種類──〝ガイア〟に乗ったことがある以上、操作系が似通っていると抱懐するのは然程不自然なことではない。

 だが、それだけでは、この郷愁感は説明がつかない……。

 

〈──行こうか〉

 

 はぐらかすように云われた一言の後、〝アークエンジェル〟の両舷のハッチが開いた。太陽の光が差し込み、青い空の下──侵攻されているオーブ本土の様子が見える。

 ──行かなくちゃ。

 孤軍奮闘。今の〝アークエンジェル〟は、いわば第三勢力みたいなものだ。だが、オーブを護る──その目的が定められている以上、マユは自身の使命を全うするだけだった。

 

「マユ・アスカ、〝アリアドネ〟──行きます!」

「ステラ・ルーシェ、〝クレイドル〟──発進する(・・・・)!」

 

 白銀の天使達が、戦場に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 背後を取られた旗艦〝スヴォーロフ〟の中、索敵担当兵が、ロロに訊ねていた。

 

「如何なさいます、艦長? あれを、海賊として認定されますか?」

「ヤツらは連合(こちら)の艦を撃ったのだぞ? ──ということは、やはりオーブの増援として判断するのが妥当ではないのか?」

 

 ロロは、自分で云っている内に違和感を抱いて、直後に「いや──」とも思考していた。

 

(オーブがコレを認めることなど、果たして有る得るのか?)

 

 ──いや、彼らは決して認めはしない。

 ロロにも分かってしまった。戦後における〝アークエンジェル〟の保全、潜航機能まで付けるほどのアップデート──いずれも国家予算規模の巨費を投じたと見える──に加えて、各国に向けた虚偽申告。明らかな国際協定違反であり、認めてしまえば国際社会から弾劾されるに十分すぎる罪状だ。

 そのことに何の利益もない以上、オーブはあの艦の存在について、絶対に自国の関与を認めないだろう。

 ……考えてもみれば、先の大戦でもそうだった。かの〝アークエンジェル〟は、戦争中盤で脱走艦として国を追われ、そのあとオーブはこれを一時的に匿ったと伝えられている。けれども、かの国がこれを自国の軍事力としたという公式記録はどこにも無い。つまり〝アークエンジェル〟は、連合を脱して以後、ずっと無所属・無国家の根無し草という扱いになっているのだ。いわば、公式的には。

 

「なるほど。たしかにオーブ政府が関与を認めん限り、我々はアレを『海賊』と見るしかない──か」

 

 たまたまこの場に現れた海賊が、たまたまオーブに利する動きを見せただけ?

 ──なんて馬鹿げた話かと思うが、そう理解するのが筋だった。

 オーブの〝タケミカヅチ〟の中でも、トダカがこの問題について言及している。

 

「〝クレイドル〟はまだしも、〝アリアドネ〟か……」

 

 双眼鏡で見てみるが、後発で、さらに〝カオス〟と〝ガイア〟の発進も確認されていた。

 

「また随分と、ど派手なメンツを引き連れてやってくれるものだな」

 

 まるで厄ネタのオンパレードだと、トダカは内心で吹き出しそうになる。

 所属が曖昧な〝クレイドル〟はギリギリ灰色(グレー)だったとしても、ザフトの最新鋭機──〝アリアドネ〟〝ガイア〟〝カオス〟まで持ってくるのは、流石に黒すぎる。

 相も変わらず。あのおっとりとした顔の女性艦長は、見かけに寄らず過激な手段で殴り込むのがお好きならしい。トダカは「はあ」とため息をついた後、軍人としての仕事に戻った。

 

「各員、あの艦に対しては、我々も徹頭徹尾『海賊』として対応する」

「はっ? しかし、あの艦は」

「あんな連中を領海に歓迎したら、今度はザフトと戦争になるぞ?」

 

 トダカは毅然として応じていた。

 その意味を理解し、若い士官は「は、はいっ!」と返事した。

 

「砲撃用意(ヨーイ)! ──良いか、絶対に仲間だと思うなよ!」

 

 意味深な、含みをもって発された号令。アマギをはじめとする部下達が「はっ!」と、我が意を得たりという表情で作業に取り掛かる。

 そうして〝タケミカヅチ〟から繰り出された百発にも及ぶ砲撃が、間もなく〝アークエンジェル〟への攻撃として容赦なく飛んでいった。

 しかしながら、どの砲撃も当たらない! 相手は何の動きも見せていないというのに!? やはり、伝説級の艦は違う! トダカは白々しく、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 オーブ艦隊が百発百外しの無様を晒す一方、地球軍艦隊からの百発は〝アークエンジェル〟に届いていた。正確には、届くよりも前に全てが撃ち落とされているのだが、その迎撃を行っているのは、四機のモビルスーツだ。

 唯一、大気圏内での飛行不可能な〝ガイア〟だけが、甲板に上がって迎撃に専念している。それ以外のモビルスーツは独自の航空オプションを持っているが、ステラとしても、いまどき空を飛べないモビルスーツは流石にどうかと思ってしまう。メーテルには、なんだか悪いことをした気分だ。

 

〈巨大モビルアーマー、二機接近!〉

 

 管制の声が響く。地球軍艦艇から迎撃に浮上してきた巨大MA──〝ザムザザー〟だ。

 スティングが〈なんだありゃ!?〉と声を挙げるが、マユ達にとっては、もう見た機体だ。間を置かず、ステラがぴしゃりと命じスティングを後方に下がらせる。

 それと入れ替わるように、自然な動作で〝クレイドル〟と〝アリアドネ〟が前方に躍り出た。

 

 ──やれる!

 

 今度こそ、マユは物怖じしなかった。巨大な〝ザムザザー〟の背後に隠れて、数多の〝ダガー〟や〝ウィンダム〟も駆けつけてきている。二機のモビルアーマーが二手に分かれ、これは各個に、ステラとマユが対応する。

 ──状況で云ったら、あのときと同じ!

 ガルナハン。あのときの自分は、周囲の雰囲気にも敵の性能にも圧倒されて、全く身動きが取れなかった。

 でも、今は違う。不思議と焦りも怯えも無い──心晴れやかとまでは云わないが、いつになく平静に戦える気がしていた。

 

『きみには自信がないのだろう? この先も戦場を生き抜き、そして勝ち残ってゆく自信が?』

 

 これは、仮面の男が云っていた言葉。

 云われてみれば、たしかにそうなのかも知れない。

 

(自信……自信、か)

 

 自分に欠けていたものは『それ』だったのかも知れないと、マユは今になって気付いた。ステラという、アトラという、彼女の見地からはおおよそ仰ぎ見るしかなかった天才達を間近で見続け、ひそかに憧れてきた彼女だからこそ。

 しかし、憧れは憧れであって、決して到達点そのものでは無い。マユの〝夢〟は、アトラやステラに成り代わることでは決してない。

 

 ──そっか。私は、私の〝まま〟でいいんだ。

 

 たしかに、自分は決してステラには成れないし、ステラ達の代役(かわり)に成ることもできない。これは能力的な意味ではなく、人としての存在意義(アイデンティティ)の問題だ。そもそも、人間に「代役」なんて言葉を当て嵌めて良いのか? 決められた役割を人間を演じるように、遺伝子の適性によって、人が役割によって生涯に閉じ込められるみたいに……?

 ──そんな人生、私はイヤだ!

 

「今度は負けない!」

 

 此度の勝敗は、簡単に着いていた。

 迫ってくる〝ザムザザー〟のクローを躱し、続けざま放たれたビーム砲を往なす。周囲の量産機から撃ち込まれるビームは厄介だが、だからこそ、その一機一機に飛び掛かって友軍同士の誤爆を誘った。先輩の教えに倣い、仕留められる敵から確実に仕留めていけば、敵の誇る物量が減って、結果的に大いに楽になった。

 僚機を減らされ、動揺したのか〝ザムザザー〟がしゃにむに〝ガムザートフ〟を撃ってくる。だがこれは急激な方向転換で砲撃をそらし、逆に光刃を抜き放って襲い掛かった。巨大な敵機へ格闘戦を挑むまでの、その思い切りの良さ──その神がかった果敢さ(・・・・・・・・)は、かつて〝ミーティア〟を相手に〝プロヴィデンス〟を操った男の動きと、よく似ていた。

 

「これで!」

 

 そのままの勢いで、ビームジャベリンが敵モビルアーマーの上に突き立てられる。炎がモビルアーマーの巨体を内側から膨れ上がらせ、その巨体は瞬く間に爆炎に呑まれて散った。

 

「やったっ……!」

 

 我に返った〝アリアドネ〟の許に、一方で、全てを片付けた後の〝クレイドル〟が寄ってくる。

 もう一機の〝ザムザザー〟も、既に海の底だ。だが一切の疲労もない様子で、ステラは鷹揚と〝アリアドネ〟の機体の肩に手をかけていた。

 

〈強くなったね、マユ〉

 

 ねぎらうように、ステラがそう云った。

 その一言が、マユにとっては何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 ────そんなとき、だったのだ。

 朱色の爆発が、付近の空を埋め尽くしたのは。

 

「──何?」

 

 爆炎と爆風が、一帯を薙ぎ払う。

 地球軍艦隊から発せられた誘導弾の爆発──? それまで開かれていた青の空は一瞬で閉ざされ、視界が朱炎に大きく遮られる。ステラが不審に思った、次の瞬間────

 ────〝黄金〟が、その爆炎の中から飛び出してきた。

 

〈ッ!?〉

 

 斬馬刀が、凄まじい勢いで振り下ろされる──!

 ステラの反応は早かった。あわや自分ごと真っ二つに引き裂かれる寸前というところで、間一髪、これを機体の両前腕部のシールドで挟み込んで喰い止めていたのだ。

 

「!? お姉ちゃ──」

〈──来るな!!〉

 

 目の色を変えたステラの叫びが、マユの耳を打つ。

 ──その判断はやはり素早く、そして正しい。

 一撃。ただの一撃で、分かってしまった感触があった。

 

〈──なんだ、こいつッ!?〉

 

 ステラは困惑し、後退しながら抜き打ちに両腰部のレールガンを撃ち放つ。

 だが敵は、その即座の反撃すらも凄まじい反応を見せ、半身になって紙一重で躱す。咄嗟のことに危機感を憶え、ステラはすぐさま〝ソイツ〟から距離を取っていた。

 

「〝金色〟──!? なんで!」

 

 突き放された、マユの疑念はもっともだった。

 ブリーフィング中に説明された〝金色〟──オーブの味方だと説明されていた〝黄金〟の機体が、なぜか〝クレイドル〟めがけて突撃してきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 戦場の様子をモニターしていた、ジブリールが歓喜の声を挙げた。

 

「フフ、フハハ! ああやはりっ、勝利の女神は我々に微笑んでいる──!」

〈ジブリール……っ!?〉

 

 唐突な笑い声を受けて、コープランドは胡乱げな顔を返していた。

 現状、ジブリールが自慢していた新部隊の一角(カラミティ)は勝手に自滅して墜ちた。そんな形で一人が墜ちたということは、他の連中も同様に、そう大した品質はしていないのだろう。

 ──結局、パイロット達はそう長く持つシロモノではない(・・・・・・・・・・・・・・)

 それに加えて、軍部が虎の子として用意していた〝ザムザザー〟も、例の〝アークエンジェル〟のモビルスーツに叩き落とされた。この惨憺たる状況を見て、なぜこの男は、こうもニタついた笑みを浮かべたままでいられるのか──?

 

「ご覧ください! 〝金色〟の手が、我が軍勢を離れたのですよ!」

 

 そう云われ、コープランドもようやく理解する。

 

〈あの厄介な〝金色〟が、居なくなったのか!?〉

 

 撤退? いや、離脱したのかと、コープランドはモニターの数々に視線を巡らせた。見れば、件の機体はまるで決闘でも挑むかのような怒涛の猛撃を〝クレイドル〟に仕掛けていた。

 ──と、なれば、必然的に。

 今まで〝黄金(そいつ)〟に足止めを食らっていたXナンバーの三機は、この脅威から解放されている。どうやら件の機体は、すっかり我も忘れて〝クレイドル〟の所まですっ飛んでいったらしい。

 

〈……急になんだと云うのだ? 内輪揉めか?〉

 

 怪訝がるコープランドであるが、これが連合にとって好都合なのは確かだ。ジブリールは喜色を露わに叫んでいる。

 

「これは好機! なんだかよく分かりませんが、これでヤツらを阻む障害はなくなりました!」

 

 すでに〝カラミティ〟は失われ、しかし現存する三機は好機とばかりに、オーブ軍への攻撃を再開させている。無造作に放たれる〝レイダー〟の鉄球がM1〝アストレイ〟を圧砕し、〝フォビドゥン〟の大鎌がオーブ艦の艦橋を切り裂く。一方で〝レムレース〟の怒涛の砲撃が、次々に展開中の〝ムラサメ〟を火だるまに変えてゆく。

 果たして、あの〝黄金〟のパイロットは気付いているのだろうか? 己が戦線を放棄した影響が、どれだけオーブに、壊滅的な被害を与えて回るのかを──

 

「フフ、フハハ! これは良い──実に面白い!」

 

 ジブリールは熱狂的な目を浮かべている。さっきから映像の中で一方的に攻撃され、珍しくもがいている様子の〝クレイドル〟を、ひどく愉快げに鑑賞し続けていたのだ。

 

「傑作ではありませんか! まさか、この私が? あの〝クレイドル〟を応援する事態になるなんて、夢にも思わなかったのですから!」

 

 応援──そう、それは応援だった。まるでスポーツ観戦でもするみたいに。

 事情がどうであれ、明らかに〝クレイドル〟の存在が〝黄金〟を戦場から引き剥がしている。その機体が懸命に生き延びようとすればするほどに、〝黄金〟の注意がそちらに向き続けている──!

 

「この奇妙な決闘! どちらかが勝っても、我々は一向に構わない」

 

 むしろ雌雄が決する結末こそを、ジブリールは期待する。

 〝白銀〟と〝黄金〟──最終的に、勝利の女神がどちらに微笑んだとしても結果は同じ。それは連合にとって、忌々しい脅威がひとつ減るという結末には変わりはない。

 

「しかし、せめて、だからこそ、頑張って抵抗してもらいたいものですな? かの伝説の──白い悪魔には」

 

 まるで小動物同士の喧嘩でも慈しむように、ジブリールはモニターの向こう側──全くの安全圏から、そんな二機の戦闘模様を鑑賞し続けた。

 ──面白いモノを見せておくれよ……!

 スポーツ観戦にしたってそうではないか。一瞬で決着のついてしまう試合など、観客からすれば観戦し甲斐がない。長引けば長引くほど、拮抗すれば拮抗するほどに、それを取り巻く熱狂と狂宴は激しく燃え上がるものだ。

 そしてこの戦いは、そうなればなるほどに、彼らの預かり知らぬ所でオーブが破壊されていく計算だった。ジブリールが思い描いていた、美しきプラン通りに。

 

「さあ、存分に殺し合え!」

 

 事情も、因縁も知らない。

 ジブリールにとってそれは、自らを神と見立てた御前仕合の始まりに過ぎなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 それまで優位な形勢で掃討戦を進めていたニコルとトールの許に、藁色の死神──〝フォビドゥン〟が突っ込んできた。

 

「なんです!?」

 

 ──今までずっと〝アカツキ〟と交戦していた筈なのに!?

 この状況には、さすがのニコルも不審な声を挙げた。最初は〝アカツキ〟が撃墜されたのかと疑った位だ。

 だが違う。期待していたそのモビルスーツは、どういう訳か明後日の方向へ一直線に離脱してしまっていた。その結果、それまで危ういバランスの上で維持されていたオーブの戦列に、大きな風穴が空いたのだ。

 

〈まずいぞニコル! アイツらが自由になった! ノーマークだ!?〉

 

 トールが恐慌の思いで口にしながら、牽制のビームを〝フォビドゥン〟に射かける。だが、やはり見切られたように避けられた。

 コーディネイターとはまた別のベクトルで、高次元的な能力を発揮できる強化人間たちだ。とてもじゃないが、これを一般のオーブ兵が相手にするのは不可能だ。

 

「ここで食い止めます! これ以上の侵攻を許せば、市街地にも被害が出る!」

〈あの金ピカ、なんでっ!?〉

 

 とうに喪われたと思っていた〝クレイドル〟の参入を、トールだって感動の眼差しで見たものだ。

 アレには誰が乗っているのか──あるいは、まさか? ──と、彼らだって懐旧の思いにゆっくり浸りたい。だが生憎、今はそのような感傷に耽っている場合ではないらしい。

 

「くッ、やはり、強い!?」

 

 たかだか二機の〝ムラサメ〟では、〝フォビドゥン〟を──

 敵部隊の一角を、食い止めるので精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 戦況は目まぐるしく変化し、ふたたびオーブの劣勢に傾き始めた。

 残された〝レイダー〟と〝レムレース〟が中空を駆け、片っ端から〝ムラサメ〟隊を蹂躙していった。苦戦を強いられる黒い〝ムラサメ〟のパイロット──シン・アスカの同僚だ──から、通信回線が開かれた。

 

〈シン、何をやっている!? このままでは、本島の防衛ラインが!〉

「──うるさいッ!」

 

 警告の通信を、シンは意固地になったように怒鳴り返し、遮断した。

 ──今、それどころじゃない!

 シンは苛立って、一人コクピッドの中で毒づいた。撃ち、迫ってはかわされ、目前の〝クレイドル〟は、先程からずっと、こちらを弄ぶかのような回避行動を取り続けていた。

 そこに、反撃という反撃は無かった。まるで自分など〝敵ではない〟と──眼中にないとでも云わんばかりに、ひらりはらりとシンの織り成す攻撃を躱していく。

 侮られている──!? その恥辱が、シンの怒りをますます沸騰させた。

 

「逃げるなァッ!」

 

 シンは喚きながら、立て続けにビームを連射し、獲物を追い込みながら、再び急迫する。

 散らされたビームに退路を断たれた〝クレイドル〟めがけてスラスターを全開にし、電熱が迸る大太刀──〝霹靂(ハタタガミ)〟を振り下ろす!

 雷光一閃! だが、やはり〝クレイドル〟は一瞬の空隙を縫う風のように、ぬらりくらりと雷を躱し続けた。風に乗ってなおも逃げいこうとする敵の背中に、シンの頭がカッとなる。ほとんど怒りに任せ、彼は機体を突っ込ませていた。

 

「アンタがオレの家族を──マユを殺した(・・・・・・)ァ!」

 

 ──どこからか放たれた一発のビームが、空中で〝ダガー〟を貫き、墜落させたのだ。

 結果として落ちてきた鉄塊に、シンの家族は押し潰された。あの瞬間に一人残されたシンは、そうして潰された命に責を負うべき者達への復讐を誓った。それが──たぶん、きっと──鮮やかな白銀に彩られ、さも血の色すら知らなさそうな、この美しき死の天使だった。

 ──だから必ず、オレが討つ!

 地獄の夜叉が、天界の使徒へ挑みかける──

 超然としたその高みから、オレが必ず、オマエを引きずり降ろしてやる!

 

「────助けようとしたのにィィィィィィッ!」

 

 当時に抱いた強烈な殺意が蘇り、激情のままに対艦刀を振り回す。

 ──地球軍なんて、後回しでいい!

 コイツを仕留めた後で、オレが全員──そう全員、後でまとめて踏み潰してやる!

 

 

 

 

 

 

 

 加速を乗せて突っ込まれる刃を、凌ぎ切るにも限度がある。慣れない〝クレイドル〟のコクピッドの中で、ステラは苦悶の声を上げ続けていた。

 

「くぁっ……!?」

 

 電光じみた加速を避けきるので精一杯。かかるGと衝撃につんのめるステラであるが、彼女の頭は「どうして」と、いまなお混乱していた。

 ──どうしてコイツは、ここにきた?

 ──どうして私を、狂ったように狙うんだ!?

 背水の陣。まさしく目的のためなら命すら惜しまないという気迫を放散しながら、その〝金色〟は、今なおステラに迫り続けている。

 

(記憶が戻れば……! 原因だって分かるのか……っ!?)

 

 そんなステラが、咄嗟にマユを遠ざけたのは理由があって、単純に「危険すぎる」と判断したからだ。

 まるで決められた試練でも乗り越えたみたいに、たったひとりで〝ザムザザー〟を撃墜してみせたマユは、明らかに前回(ガルナハン)より腕を上げていた。

 たしかにマユは強くなった。──そんな彼女がネオと二人でコソコソやっていたのはステラも知っているし、だとすれば、強くなってくれたと評するのが正しいのか? ──でも、まだである。

 

 ──まだ、この『舞台(ステージ)』は早すぎる!

 

 マユにしても、他の二人(スティングやメーテル)にしても同じ。

 だからこそ、ステラは戦場を移したのだ。これまでは逃げに徹し、敢えてオノゴロから離れた海域まで、眼前の〝金色〟を誘き寄せた。

 ──一対多数(いちたいたすう)の戦闘になれば、なまじ乱戦になって、負傷者が増える場合があった。

 であるなら、このように一騎打ちの仕合形式を演出してしまった方が安全に戦える。そうすれば、相討ちにならない限りは犠牲の数は一人で収まってくれる。そしてその犠牲とは、当然にステラのことでは無いのだから──

 

「私が、オマエを墜とす(・・・)から」

 

 少なくとも、ステラは眼前の〝強敵〟──そう認めてやる──に勝つつもりでいたのだ。事情なんて知らないし、ここまで恨まれることに心当たりもなかったが、相手から勝負を挑んできた以上、ステラは勿論手加減などしない。

 売られた喧嘩なら買ってやる。でも、その果てに犠牲になるのは、先に仕掛けてきたコイツの方だ。

 

「ジャマをするなら誰だろうと、私はァ──ッ!」

 

 ──容赦はしない!

 誘い込みに成功した、次の瞬間、ステラの機体が初めて反攻の構えを見せた。両前腕部からビームジャベリンを発心させ、我流と呼ぶべき二刀剣術のスタイルに及んだのだ。

 ──上等だ!

 まるで相手からも、そのような返事が聞こえたような気配がした。敵機の方は巨大な長刀を振り上げ、これまでと同じ勢いで、追い落としに突っ込んでくる。

 

 ────いつの間にか、両機は閃光のように交錯していた。

 

 金と銀。異なる輝きの閃光が打ち合っては光刃を躱し合い、その圧倒的機動による空中戦は、余人の目には捉えきれないほど凄まじいものになっていった。

 因果は巡り巡って、少年と少女を、互いに殺し合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなっ、ステラお姉ちゃん──!?」

 

 置き去りにされた戦場の中、マユが悲痛な叫びを上げる。

 なぜだろうか、云い知れぬ不安──奇妙としか表現しようのない胸騒ぎが、このときのマユの体を支配していた。原因は分からない……だが、あの決闘の勝敗がどちらに転ぶにしても、マユにとっては取り返しの付かない結末にしかならない予感がしたのだ。

 

「どういうことなの! あの機体が、なぜ!?」

 

 マリューが疑念の声を上げ、マユも同じことを懐疑している。

 さっきまで連合と戦っていたらしい救国のモビルスーツが、なぜ唐突に〝クレイドル〟を目の仇にし出したのか? 思い悩んでいるとき、チャンドラの報告は続いた。

 

「オノゴロ島の戦線が瓦解していきます! このままでは、防衛ラインも突破されます!」

「──! Xナンバーね……!?」

 

 野放しにされた悪魔達が、各戦線で破壊と蹂躙を繰り返しているに違いない。

 報告を聞き、マリューはくっと歯噛みする。已むを得ない──と、即座に決断を下した。

 

「〝アークエンジェル〟前進! 敵艦隊の戦列を中央突破し、〝カオス〟、〝ガイア〟を上陸させます!」

「マリューさん!?」

「今は少しでも、あの部隊を抑えられる戦力が必要だわ!」

 

 ──そうでなければ、オーブは負ける!

 空を飛べる〝カオス〟は兎も角、この位置(外洋上)から〝ガイア〟を上陸させる手立てはない。である以上、艦ごと運んで上陸させるしかない。

 これらの二機を派兵し、残された〝レイダー〟と〝レムレース〟の各個撃破に当てようとしているのだ。マリューはなけなしに続ける。

 

「アスカ機は〝クレイドル〟の援護を──」

〈──いや!〉

 

 ステラが声を遮る。

 たしかに英断だった。だが同時に、やや見誤りがあると──会話を聞いていたステラが、その先を引き取って通信を割ったのだ。

 

〈ここはいい、マユも行って!〉

 

 マユは弾かれたように顔を上げ、その真意を窺った。

 

「えっ……!?」

 

 だが、ステラには判っていた。スティングとメーテルには、強化人間と各個にやり合えるだけの〝力〟は無い──今は、まだ。

 ──前者(スティング)はまだ発展途上だし、後者(メーテル)はモビルスーツが悪すぎる。

 崩れがかったオーブの戦線を維持するためには、それらに加えて万能を示せる〝アリアドネ〟の──マユの力が必要だ。それは先の活躍を見た、ステラからマユへの信頼だった。

 

「でも、それじゃあステラお姉ちゃんは!?」

〈私は、こんなヤツに負けない──〉

 

 そうは云うものの、マユはさっきから戦闘の様子に空恐ろしいものを感じていたという。

 ──縦横無尽に飛び回り、全方位から次々に襲い掛かる〝黄金〟のモビルスーツ。

 そのような猛攻に対して、ステラは防戦一方になっているように見え、恐慌に近い危惧がマユの胃を締め付ける。

 

(そもそも〝クレイドル〟だって、地球じゃマトモな性能を発揮できる機体じゃないんだ……!)

 

 マユにとって、たしかに〝クレイドル〟はさまざまな憧れの詰まったモビルスーツだ。だが士官学校(アカデミー)で兵装工学を修め、純粋に『兵器』として見ることができる今なら、また別の視点で見えてくるものもある。

 それは、ドラグーン搭載機らしい弱点だった。最大の攻撃兵装である〝エンドラム・アルマドーラ〟を重力によって封印されてしまう〝クレイドル〟は、やはり、戦場が宇宙でなければ十全の性能を発揮できない。その機体は、云ってしまえば地球にいるだけで片翼を捥がれたような状態に陥るのであって、旧式であるが故の運用上の制約というのは案外に多いのだ。

 だいたい、今のステラ自身、ほんのついさっき乗り込んだような機体ではないか? そうまでして、彼女が一騎討ちにこだわり続ける理由があるのか──マユには分からない。

 

「私たち四人がかりで、〝ソイツ〟を抑えてからオーブに向かうんじゃダメなの!?」

〈──!? それはダメ!〉

 

 ステラは即答する。

 ──コイツは普通じゃない!

 だからきっと、一対四程度の人数差なら(・・・・・・・・・・・)平気で覆してしまう(・・・・・・・・・)

 

〈だから、行って!〉

 

 何も懸念することはないと、ステラは云った。その声音からは決死の思いが伝わってくる。

 マリューはそれを汲み取って、厳粛な思いで云った。

 

〈分かりました。──その言葉、信じます!〉

 

 ステラがなぜ一騎打ちを選択したのか。舌足らずな彼女は遂に何も釈明しなかったわけであるが、マリューには何となく理解できていた。

 ──あの〝黄金〟の相手は、ステラでなければ無理だ。

 スティング、メーテル、マユを交えての乱戦になれば、加勢に入った三人とも無傷(タダ)では済まない。一対多数の物量戦に持ち込んでどうにかできる相手ではないと、彼女は直感的に理解したからそうしたのだ。

 

「マリューさん!」

 

 決定に、マユが抗議の声を返す。

 だが、マリューはその憤怒を真っ向から受けて云った。

 

〈いま行かなければ、オーブは敗れます! また!〉

「っ……!」

〈だから、あなたも信じてあげて〉

 

 マユは決断を迫られる。

 そのときに出した、彼女の答えは──ああ、やはり最初から決まっていた。

 いや、変えることなど許されなかった。

 

「……わかりました」

 

 今の自分にできることは、ステラを助けることではないと、マユも心の裡では理解してしまっていた。

 嗚呼、たしかにそれも一つの殊勝な選択に違いない。けれども、仮に今の自分がステラの援護に向かったところで、あの〝黄金〟に太刀打ちできるとは到底思えないのだ。

 上には上がいるものだ。マユはその理を、痛いほどに弁えていた。

 転進した〝アークエンジェル〟が連合軍艦隊の真っただ中を強行突破していく。〝ガイア〟と〝カオス〟が露払いを行い、そんな二機に追いつくためにも、マユは機体を空域から反転させた。翼を広げ、その羽根ごしに言い残すように伝えたのだ。

 

「また後でね、ステラお姉ちゃん!」

 

 〝アリアドネ〟がオノゴロへ向かう。

 後に合流できることを強く信じながら、マユはその戦場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 思いを前方に向け、翼を広げた〝アリアドネ〟が、水上艦隊を護衛する〝ウィンダム〟や〝ダガー〟群に立ち向かっていく。

 

「はあぁぁっ!」

 

 四方にビームを撃ちかけ、勢いに乗って〝アークエンジェル〟が邁進してゆく。

 後方で〝カオス〟がモビルアーマー形態に変形し、数々の砲門を開く。混沌の使者らしく、ビームライフル、兵装ポッドのビーム砲にシールドの機関砲など、幾多の火線が地球軍機を薙ぎ払った。

 一方の〝ガイア〟も、オノゴロの湾岸に迫ったタイミングで変形し、艦上から飛び降りた。その足裏で大地を踏みしめた四足獣は、血肉を求める餓狼のように疾走して駆け、周囲の陸戦部隊を撃滅していく。

 一度は敵陣営に渡ったと思われたその機体群が、今はまた僚機となっていることに、マユは不思議な感覚に陥った。だが、ここに至っては心強い存在だ。

 

「オーブが!」

 

 湾岸上に辿り着き、マユは上空からオーブの惨状を目の当たりにした。

 すでに軍港は潰され、山々の木々も焦げ落ちている。撃墜されたモビルスーツの残骸か、人の形をした鋼鉄片が各所に墜落しており、その光景がマユの体験した地獄の日を思い起こさせた。

 ──よくも私の故郷を!

 そうしてマユは、不埒な侵略者達に敵意を向けた。視線の先で戦闘行為を繰り返す〝ウィンダム〟に飛び掛かる。斯くして敵機を倒して回り、辿り着いた場所にボルドーの悪魔──〝ダイモス・レムレース〟が見えた。

 

「〝レムレース〟! あれは私が!」

 

 ──アイツだけは、抑えなくてはいけない!

 白銀の天使の妹機が、暗黒の亡霊の弟機に向かっていった。

 

「おいおい!」

 

 スティングが制止の声を上げたが無駄だった。

 

「ったく、しょうがねぇな!」

 

 悪態をつくスティングだが、やることは明確だ。

 『オーブを護れ』──それがステラの命令だ。そして、そんなステラを信じて戦うのが、ネオからの指令でもある。初めは敵対していたマユ・アスカとの共同戦線も、それでこそ認めたものだ。

 

「仕方ねぇ! オイ、オレ達はこっちだ!」

 

 地上のメーテルに向け、スティングが乱暴に声を発した──次の瞬間だった。

 コクピッド内に警報が鳴り響き、スティングの耳を打つ。凄まじい赤色のビーム砲が空間を薙ぎ払い、慌てて回避運動を取ったスティングであるが、ビームは〝カオス〟のすれすれを掠めていた。

 

「クッ!?」

 

 肝を冷やしながら、砲撃の飛んできた方へ目を遣る。人面鳥を思わせる黒い機影──〝レイダー〟がこちらに向かって飛来していたのだ。まるで新しい獲物でも見つけたように。

 

「なんだってんだよ、オマエもッ!」

 

 スティングは機体を変形させ、風のように加速させた。

 だが、敵機も追いすがるようにスピードを上げた。有ろうことか〝カオス〟を追い抜くほどの凄まじい加速──いったい、パイロットはどんな神経をしているのだ? ──を仕掛けると、スティングを追い抜いた先で、今度は突如モビルスーツ形態に変形してきた。

 そこから急制動を掛け、逆にこちらに襲い掛かってきたのだ。スティングは凝然と目をむく。

 

「コイツ!?」

 

 そのような動きを、普通の人間が行えば内臓だって潰れてしまう!

 ──なのに、コイツらはそれでも平気なのか!?

 スティングはこのとき、生まれて初めて『強化人間』とやらの異常(イレギュラー)さを目の当たりにした。強いだとか、素早いとか、そんな単純な次元の話ではないのだ。その動き、気配、思考の全てが、まったくもってイカれて(・・・・)やがる──

 

(オレは、こんな連中になりたがっていたのか……!?)

 

 理解したところで遅かった。〝レイダー〟はすでに口元の砲口(ツォーン)を臨界させており、虚を突かれたスティングに、これを避ける手立てはない。

 強さの土俵で、明確に自身よりも〝上〟を往かれ、スティングは己の敗北を悟った。

 完敗だった。しかし、不思議と悔しさは感じなかった。眼前のソイツなど、所詮は無法な手段(ドーピング)で強く〝されている〟に過ぎないのだから──仮に負けたとしても、あの世で言い訳つくのではないか? そう思って死ねることが、彼にとってはせめてもの救いだったのだ。

 

〈スティング!〉

 

 そのとき、メーテルの叫びが耳を打つ。あわやという所で〝ガイア〟の跳ね上げたビーム突撃銃が、このとき〝レイダー〟を阻んだのだ。

 牽制を受けた〝レイダー〟の口部があらぬ方角を向き、弾道はスティングの脇を過ぎて終わった。

 

「メーテルか!?」

 

 ──まさか、このオレが『落ちこぼれ』に助けられるなんて!

 唖然とするスティングを尻目に、先の横槍に腹を立てたかのように〝レイダー〟は標的を変えている。怒ったように、地上の〝ガイア〟めがけて急降下を始めていたのだ。

 機体特性から云えば当然なのだが、そこから〝ガイア〟は一方的な〝レイダー〟の射撃に晒された。猛禽が狼をつけ狙うような構図であり──狼の方が反撃という反撃は行わないのは、単純に行えないからだ。究極的に陸戦を視野に入れた〝ガイア〟は、云ってしまえば空を飛ぶ敵への攻撃オプションをマトモに持っていない。

 

「────!」

 

 しかしながら、それでもメーテルは的確な対応を続け、撃ち込まれる火線を悉く躱したという。勝てはせずとも、負けない戦法。相手が隙を見せた瞬間には即座に喰らい付くという、狼の姿勢も崩してはいなかった。

 ──モビルスーツさえ違っていれば、本当にどうなってたか分からないもんだ……!?

 そう思わせるくらいの張り合いを見せつけられ、スティングの認識も大いに変わる。今まで彼女の実力も知らず、勝手に見下していた自分が恥ずかしかった。

 

「メーテル、おまえっ……!?」

〈ちょっと、ちょっとマズいかも!〉

 

 それでも限界が迫っていた。当惑していたスティングの耳に、メーテルの悲鳴が聞こえてきたのだ。

 だからこそスティングは、はっと気を持ち直して云った。

 

「──! すまねぇ、援護するぜ、メーテル!」

 

 空を駆けられる〝カオス〟が、改めて〝ガイア〟の援護に入った。

 胸部〝カリドゥス〟ビーム砲を放射し、横合いからの高エネルギー輻射によって〝レイダー〟が牽制される。大きく態勢を崩した敵機に、今度は追撃を免れた〝ガイア〟が地上から狙撃を叩き込んでいる。ぎりぎりで防がれたが──それでも、確実に有効な連携だった。

 

(なんだよ、ちくしょうっ!)

 

 ロドニアのラボに一緒に居た時から、メーテルはグズで、どんくさい落ちこぼれだと思っていた。

 でも、実際の彼女はそうではなかったのだ。良くも悪くも、彼女は周囲の環境に合わせることが得意なのか? そんな彼女は放っておいても、スティングの攻撃にまで勝手に呼吸を合わせてくれる──

 ──アイツがオレを、戦いやすくサポートしてくれる!

 ──意識しなければ、気付かないほどに!

 スティングは悔恨する。この戦いが終わって〝アークエンジェル〟に帰ったら、メーテルに今までのことを謝ろうと思う。そして、そのような時間を持つためには、まずは〝コイツ〟を仕留めなくてはいけない。二人で。

 

「なにが言い訳が効く(・・・・・・)だ!? 我ながら、情けねぇ……っ」

 

 たとえ相性が悪くとも、メーテルは〝ガイア〟でも、この強敵と戦い続けた。

 ──なのに自分は、勝手に逃げて諦めて、あまつさえ己の敗北を受け容れてしまった。

 これほどの失点があるだろうか。この汚点だけは、絶対に拭い去って返さなければいけなかった。

 

「ああ、モビルスーツの性能で強さが決まるわけじゃねェ!」

 

 己の退路を断つかの如く、スティングは叫んだ。

 

「オマエは、オレたちで倒す!」

 

 決意を新たに、彼らはふたたび二機で連携し〝レイダー〟を追い込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 霞と波しぶきの向こう、海面を蹴るようにして、鬼相を浮かべた〝イカヅチ〟が迫る。ステラはビームサーベルを抜き放ちながら、機体ごとすれ違いざまに斬撃を交わした。

 

「…………っ!?」

 

 と、そのとき彼女が設定した戦場に、迷い込むように〝ウィンダム〟の部隊が通りがかってくる。〝金〟と〝銀〟の間に割り込んで、ビーム斉射を射かけてくるソレらであるが、ステラから見れば邪魔でしかない。

 ソレらを目標として、〝クレイドル〟は両腕から鮮やかな同時射撃を行っていた。両腕にラッチした、ドラグーン・シールドによるビーム(キャノン)だ。

 ステラは奇妙がっていた。既に手足のように、このモビルスーツを扱えてしまっている自分に対して。

 

(この機体(モビルスーツ)を……私は知っている?)

 

 ステラの抱いたそんな感想は、偶然なのか、必然なのか──

 この〝クレイドル〟は、前大戦のおり〝プラント〟で製造されたワンオフ機の修繕機だと云う。歴とした旧式のモビルスーツだが、その基本性能は最新鋭機を凌駕している。それもこれも、現在は軍事利用を禁止されているNジャマーキャンセラーを動力に用いているためだ。

 だが、それにしたって若干の扱い辛さのようなものを憶えてしまうのは、やはり旧式の弊害か? 後付けされたドラグーン兵装のせいで一部の武装(ロング・ビーム・ライフル)に使用制限が掛かっている点も、やはりステラとしては気に入らない。

 少なくとも、快適さの面で云えば専用開発機(フォボス・レムレース)とは差があって、決して扱い易い機体では無かった。ただ、それにしたって扱い慣れた機種なのは救いでもあった。

 

 ──邪魔をするな!

 

 そうしてステラの〝クレイドル〟が撃ち放ったビームが、介入してきた〝ウィンダム〟を次々に撃ち抜いてゆく。

 ──さながら〝王〟の前を横切った平民。

 それらに命の保障などないように、連合のパイロット達は、云ってしまえば足を運ぶ先を誤ってしまっただけなのだろう。立ち入るべき場所と、踏み込むタイミングを誤ってしまったばっかりに、彼らはみずからで死の境界線を越えてしまった。まるであの日の、シンの家族と同じように。

 

「そうだよなァ、アンタは、そうでなくっちゃなァ──ッ!」

 

 その破壊神のごとき戦いぶりを目の当たりにして、シンは恐々と叫んでいる。

 ──その圧倒的な〝強さ〟こそ、オレが焦がれ、挑みたかったものだ!

 憧れ、妬み、燃え上がる恋心のように焦がれた強さだ。挑戦的に、シンはなおも躍りかかる。

 

「アンタの強さなら、よく知ってる! オレが、他の誰よりもっ!」

 

 怒りに任せた突貫──その速度は、ステラですら正確に読み切れない。その攻撃は時を追うごとに凄まじくなっていき、いつしかステラは完全に、相手の〝黄金〟の攻撃に翻弄されるがままになっていっていた。

 

「ウアアッ!」

 

 シンが獣のような叫びを上げる。次の瞬間には〝イカヅチ〟は大太刀をはじめ、全ての武器を納めて佩用している。

 と、今度は素手の状態から、空手の型のような百烈拳を繰り出した。

 より正確に云えば、張り手の乱打だ。その場では届くはずもないマシンガン張り手(パンチ)だが、この動きに連動し、光雷球〝万雷〟が掌底から勢いよく撃ち出される。掌から無数の光弾が乱射され、さながらガトリング砲のように〝クレイドル〟を追尾した。

 ──なんて戦い方をするんだ……!?

 ステラはぎょっとしながらも、二挺の盾にビームシールドを展開し、飛来する〝万雷〟を受け流す。

 しかしそれだけでは終わらず、適当にばら撒かれた光雷球は、着水と同時に迸って海面を叩き割った。水飛沫が随所に吹き上がり、水柱が〝クレイドル〟を取り囲む。陽光が燦々と反射され、この水の檻に囚われたステラの視界を狂わせた。

 

(視界が──!?)

 

 まずい、と、ステラは口内に云った。水飛沫のせいで〝黄金〟が見えない──見失った!

 ステラは咄嗟に機体を急上昇させる。水柱よりも高い位置へ逃れようとし、それすら見透かしていたように、今度は〝黄金〟が高さを合わせて突撃してきていた──今度は背後から!

 ──いつの間に!?

 振り向きながら対応するステラだが、すでに遅い。抜き直された斬馬刀による袈裟斬りが、左腕側の防盾をビームシールドの上から叩き斬る!

 

「あうっ!?」

 

 衝撃に吹っ飛ばされた〝クレイドル〟だが、それでも海面ぎりぎりで態勢を立て直している。海中に没する前に、バインダーからはね上げた翼部レールガン〝リノセロス〟を応射した。

 だが、苦し紛れの反撃だ。それによって距離を作ろうとしたステラだが、このとき〝イカヅチ〟はぴたりと〝クレイドル〟に追いすがっている。

 

「逃がさないと、云ったろうっ!」

 

 シンは叫ぶ。またも斬馬刀による回転剣舞が繰り出され、あまりの勢いに、刀身を受けたもう一方の防盾まで砕かれた。

 

「うぅッ!」

 

 ステラは躊躇わなかった。バラバラになった盾身を一瞬で海に投げ捨て、機体をぐるりと捻って一回転させた。

 両腰にマウントしていたライフルを切り離(リジェクト)し、ふわりと浮いた銃身を空中で掴み取る。ビームによる一斉掃射で、ぎりぎりのところで敵機を牽制した。

 

「こんな……! こいつ──っ!?」

 

 ステラはこのとき、相手のパイロット・センスに愕然としていた。

 使えるものは何でも使う対応力。戦法どころか、兵装すらも独自に編み出してしまう柔軟な発想力──さらに付け加えて云うならば、パイロットの勤勉さも大したものではないか。

 実のところ、シンはこの二年で〝クレイドル〟の動きの癖や、パイロットの戦い方を徹底して研究していた。映像記憶等の残されたデータからシミュレーション・プログラムを完成させ、対〝クレイドル〟戦において「ほぼ万全」と云えるレベルまで対策を練り続けてきたのだ。それもこれも、終戦を経て『伝説』とまで謳われた、超然的存在に打ち勝つために。

 

「やっと見つけた──。やっと、捕まえたんだ……っ!」

 

 賛嘆の響きを持った独白が、シンの口からは零れ落ちている。

 ──あの日。

 どれだけ叫んでも、腕を伸ばしても、シンの手は決して〝クレイドル〟に届かなかった。

 ──でも、今は違う。

 あの日から二年。はるか『高み』に在ったはずの存在に、今ならば手も届く──!

 

「オレは、アンタの強さまで追いついた(・・・・・)

 

 そう、たったの二年で、シンはこの『舞台(ステージ)』に辿り着いたのだ。師を仰ぎ。

 ──すべては、家族の仇を取るために。

 シンは確信と共に、激情を吐き出し続ける。

 

「今のオレなら、アンタとも戦える! オレの刃は、アンタにも届く!」

 

 いきり立つシンの目前で、盾を失った〝クレイドル〟が漸く二挺のライフルを連結させ、高出力のロング・ビームライフルを撃ち放つ。対するシンは背嚢にマウントした井筒をはね上げ、同じく高エネルギーのビームランチャーをぶっ放した。異なる光条が同一射線で激突し、エネルギーが対消滅を起こして、爆光と共に弾け飛ぶ。

 威力は互角──! そして、パイロット自身の反応速度や操縦技量でもすでに並んでいた。

 ──その事実が、分かっただけでも満足か?

 ──いや、違う!

 互角では意味が無いのだ。少年は力をもって、コレを越えなければならない──彼の求める強さの土俵で上回り、完璧に葬り去らなければならない!

 このときのシンが求めるのは、より完璧な勝利だけだ。あの日の悪夢に魘されながら、それでもシンは、この日が来るのを夢に待ち続けた! だからこそ──

 

「アンタはオレが討つんだ! 今日、ここでェッ!!」

 

 叫びながら、シンは機体をさらに加速させた。追い立てられ、完全につんのめる〝クレイドル〟に、容赦なく迫り続けた。

 

 

 

 

 

 

「ステラお姉ちゃん──っ!?」

 

 戦闘中、マユは何かを感じて頭を上げた。やっぱり──という感覚と共に。

 斬りかかってきた〝レムレース〟を押し返し、離れ際に〝アリアドネ〟がテレスコピックバレル砲を放つ。焦燥のようなものに突き動かされて、マユは自分達がやってきた方角に目を戻していた。

 うまく説明できないが、とてつもなくまずいことが起こっている──そんな気がしたのだ。

 

「よそ見してンじゃねぇよ、コラァ!」

 

 アウルが叫びながら胸部〝スキュラ〟を放つ。すんでのところでシールドで防ぎきるマユであったが、その心は、ここではない別の戦闘に向いている。

 ──お姉ちゃんが危ない!?

 確信のような予感がする。だが、駆けつけようにも目の前の強敵がそれを許さなかった。この敵を放置して離脱するという行動が、オーブにとって致命的な痛手となることを、マユも理解していた。

 

「私がここで離れたら、あなたはオーブを破壊して回るんでしょう!?」

 

 マユは名前も知らない──嗚呼、少なくともその筈だ──強化人間に呼びかける。通信が繋がっていなくとも関係ない、これは彼女の心からの叫びであり、毒づきでしかなかったのだ。

 

「だから私は、あなたを倒さなきゃいけない!」

 

 マユの〝アリアドネ〟が、更なる加速を掛ける。

 発心させたビームジャベリンで再度切り結ぶが、これという決定打も与えられないまま、二機の戦闘はそのまま長期戦へともつれ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 息つく間もなく連射されるビームが、ステラの先を読むかのように吸い付いてくる。シールドを失ったステラには回避という選択しか既に許されておらず、だが、それにしたって限度というものはあるものだ。

 〝イカヅチ〟の両肩からビームブーメランが投げ込まれ、これをステラがサーベルで弾き飛ばした直後、敵はすぐさまビームランチャーを放ってきた。態勢は崩れており、ステラはひゅっと息を呑む。

 と、最後の綱に頼るように、ステラは無意識的に光波防御帯のスイッチに手を伸ばしていた。

 次の瞬間、リフレクターから翡翠色の光波粒子が放散される。ビームの幕が機体全周に形成され、その兵装は実弾・ビームを問わず、堅牢な防御性を発揮する〝アリュミューレ・リュミエール〟だ。この兵装こそ〝クレイドル〟の真骨頂であり、核動力から生み出される膨大なエネルギーの最大の使い道でもあった。

 

「──! この瞬間を待っていたんだ!」

 

 切り札を切られた! ──そんなときになって、シンは会心の笑みを浮かべ返す。

 次の瞬間、彼もまた切り札として最後まで秘していた〝マガノイクタチ〟を起動させた。機体背部〝ハバキリ〟ストライカーに内蔵された特殊兵装であり、押し開かれた金色の翼から、得体の知れない轟音が響き渡る。

 

「────!?」

 

 次の瞬間だった。ステラの鼻先で、間違いなく展開したはずの光波防御帯が掻き消されたのは。

 翡翠色のビーム状の幕が溶け出し、光波粒子が散らばって散逸する。と、光波粒子はまるで宿主を違えたかのように、ステラの目の前で〝黄金〟に吸収されていった。

 ──来い!

 シンは心の裡で叫ぶ。その〝イカヅチ〟のコクピッドの中、既に半分以下まで減っていたパワーゲージがみるみる回復してゆく。

 有り得ない。よもや〝クレイドル〟の動力を奪い取ったとでも云うのか? ──それだけに留まらず、励起によって荷電圧が臨界に達した〝イカヅチ〟は、関節を含めた全身が、さらに硬質な黄金色に輝き始めた。

 

「なっ、なにっ!?」

 

 それは、サハク家によって導入された特殊機構だった。元々はアスハ家が〝アカツキ〟に張り巡らせていた『ヤタノカガミ』特殊装甲材を応用したものであるが、原理としては『デュートリオンビーム送電システム』が近いだろうか……?

 ──ヤタノカガミに用いられた、特別なエネルギー回折格子層の応用。

 〝マガノイクタチ〟で放電させた敵機の荷電粒子に、プラズマ臨界制御導体を盛り込んだヤタノカガミ鏡面装甲への自発的な接地を促す。これにより〝イカヅチ〟は戦闘中でありながら、敵機から放散させた電荷エネルギーを自機に転化する『再充電』を実現していた。それは、母艦すらも必要としない補給システムなのだ。

 ──その際、機体が黄金化して輝いて見えるのは、単に視覚上の変異に過ぎない。

 しかしながら、このとき〝クレイドル〟から奪取した光波粒子は、まさしく格別なエネルギーに違いなかった。無尽蔵に生み出される『核の火』を餌として、このときの〝イカヅチ〟は核動力機にも匹敵する──いや、それすらも超越するパワーとスピード、スペックを獲得するに至ったのだから。

 

「ハアァァァァーーッ!」

 

 過励起となったエネルギーが、それまでの〝イカヅチ〟をさらに強化させた『電荷形態』へと変貌させる。

 強すぎる〝黄金〟の輝き! 烈しすぎる荷電粒子が、対艦刀〝ハタタガミ〟から迸った。

 光の翼が形成され、次の瞬間、すでに長大だった対艦刀は刃渡りをさらに伸長させ、超大なビームブレイドへと化けていた。そこから繰り出される光の刃は、それ自体が鞭(ビームウィップ)のように空気を灼いて伸びる凶器となる──!

 

「────!?」

 

 横薙ぎにぶん回すような巨大な斬撃が、空域に光の弧を描く。あまりの出し抜けの攻撃に、流石のステラも対応できなかった。

 

「うあっ……!?」

 

 機体を急上昇させて一閃は躱した。が、その鞭の熱量は凄まじく、ほんの少し掠めただけだけで〝クレイドル〟の両足を溶かしてしまった。それほどに強烈な一撃──?

 ──いけない!

 体勢を崩し、目を見開くステラの視界に、ふたたび〝イカヅチ〟が迫ってくる。咄嗟に両腕のサーベルを振るったが、気付いたときにはそちらも跳ね上げられ、半ばから斬り飛ばされていた。

 

「──いや(・・)っ……!」

 

 ──やめて!

 その一瞬、まるで幼子のように無垢な人格が霊障の奥底から自我を覗かせた。

 すみれ色の円らな眸、それは彷徨うように、まるで子どもが祈るみたいに、眼前で刃を振りかぶる〝黄金〟の機体を見守った──いや、見届けることしか出来なかった。

 

 ────次の瞬間、突き立てられた刃が〝クレイドル〟の装甲を貫いた。

 

 光刃は一気に、そのまま機体の肩から腰までを、容赦なく斬り下げる。

 ワーニングランプがけたたましく鳴動し、体を襲った凄まじい衝撃のあと、無意識──そう無意識的に、少女の自我は乗り尽した(・・・・・)機体のコクピッドのただ一点、原子炉閉鎖ボタンに手を伸ばしていた。

 意識全体が暗闇に連れ去られてゆく。少女の意識は、それきり闇の中に堕とされてゆく。

 周囲は一転して、巨大な閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 まばゆい閃光が瞬き、目の前から〝クレイドル〟が消えた。その機体が海に飲まれてしばらく、海中で爆発が巻き起こり、海面を大きく吹き上がらせた。

 一拍置いて、天から雨が降りそそいだ。

 爆圧に弾かれた海水だ。返り血のようなオイルに塗れた〝イカヅチ〟を洗い流し、破壊の余韻の中で、シンは茫然と立ちすくんでいた。

 

「……く……ッ、は、はは……っ」

 

 喉からこぼれた笑いは、もはや笑いと呼べるものではなかった。それは歓喜とも、虚無ともつかない、魂のどこが震えているのか自分でも分からない、ひどく乾いた音だった。

 その声は震え、表情には涙も滲んでいる。

 

「やっ……た! やったよ、父さん……母さん……っ!」

 

 発する言葉の内容とは裏腹に、その表情は喜んではいなかった。復讐を果たし、しかし、これで何かが返ってくるわけではないのだと──もしかすれば、彼はこのときに理解してしまったのか? 心の虚しさを誤魔化すように、それでも少年は乾いた笑みを漏らし続けた。そうすることしか、出来なかった。

 

「これで──! これで、喜んでくれるだろ……? なあ、マユ……っ!?」

 

 震える声は、あまりにも痛々しく、後ろを向いていた。二年前に置き去りにされた心は、過去ばかりに囚われて、露ほども未来を見据えてはいなかった。

 シンは知らない──嗚呼、知らないのだ。

 あの〝白銀〟の向こう側に、誰が乗っていたのかを──。

 

 

 

 

 

 

「あ……、あぁ……っ……!」

 

 閃光が世界を覆った後、マユには戦場のすべてが止まったかのように見えた。レーダーから不穏な報せが通知され、マユはハッとして視線を戻したのだ。

 

「うそだ……っ、嘘……だよね……!?」

 

 晴れ渡る空の下、不穏な煙がたゆたう空域がある。風がそっとこれを払い、そこに現れたのは一機のモビルスーツ──かの〝黄金〟だけだった。

 〝アリアドネ〟の中で、マユは愕然とした。

 急くようにモニターを拡大し〝白銀〟を求めても、代わりに見つかるのは、海上に散らばった大量の破片だった。その光景は、マユの心臓を直接掴んで捻じ切るように残酷だった。

 

「嘘だ……いやだよ……! ステラお姉ちゃん──っ!?」

 

 震える声が、完全に悲鳴へと変わる。

 その瞬間、マユの幻想は破られた。

 〝クレイドル〟は──ステラは負けたのだ。

 あの〝黄金〟に間違いなく、完膚無きまでに。

 

「──嘘だああああああっ!!?」

 

 絶叫が、戦場に響き渡る。

 ──『伝説』は破られた。

 名も無き新星。今はまだ、名も知られぬ少年の手によって。

 

 

 

 

 

 

 地獄から現れた〝鬼〟が、この世界を闊歩する。

 

 ──結論から云えば、少年は有言実行を果たしたのだろう。

 

 期せずして再充電を果たした〝イカヅチ〟により、連合軍艦隊はこの後、甚大な被害を受けて廻る破目になった。件の決闘の後、そのモビルスーツは各地で奮闘するオーブ戦線へ次々に乱入し、たった一人で戦況を覆していった。

 それは疑いなく、オーブの征服を目論んでいたロード・ジブリール氏の当初の想定を絶する内容的戦果だった。氏がオーブに派遣した艦隊のうち、空母二隻を含む戦艦六隻が、わずか一刻の間に〝そいつ〟の対艦刀に叩っ斬られて沈んだ。単純な数だけで云えば、それはジブラルタルの悲劇ともよく似ていた。

 

 同じことを、指揮官のロロも考えたのだろう。旗艦〝スヴォーロフ〟から信号弾が打ち出され、連合艦隊は最終決定として、此度もまたオーブから『撤退』という判断を下す。

 ────戦いは終結した。

 結果的に犠牲になった者の数と、その損害は計り知れないものになった。戦闘中に乱入してきた〝イカヅチ〟に対し、各個に応じた〝フォビドゥン〟と〝レイダー〟は順々に撃破され、〝レムレース〟は交戦直後に両腕を跳ね飛ばされ、被弾を理由に撤退──危ういところで逃亡に成功したらしい。いずれにせよ、彼らは鬼神を前に手も足も出なかったわけだ。

 

「──だから、と、云うわけではないが」

 

 敗走していく連合軍艦隊の見届けながら、やりきれない思いを抱え、トダカが今回の一件を締め括る。

 ──この一連の激闘の中で、ひとつだけ判ったことがある。

 それは、既に〝時代は変わった〟ということだ。

 先の大戦で揃って名を挙げたモビルスーツ群は、しかしながら、その悉くが今回は叩き潰された。移ろう時代の波に淘汰され、古い伝説は〝用済み〟になったのか──無名の士が不遜にも、これらの栄えある看板に泥を塗って回ったのだ。

 さながら、全ての戦いを制した己こそが〝次代の覇者である〟──そう豪語するかのように。

 

 ──だからその『犠牲』の中に、モビルスーツがひとつ増えたところで、何ら不思議なことではないのだ。

 

 物事を、真に公平に見ようとするならば──

 ──嗚呼、コレは本当に、特別取り立てて騒ぐ必要も無い事柄だった。

 終戦の立役者として、どれほど〝クレイドル〟が持ち上げられ、巷で伝説化されていようとも──

 

「英雄は、勝ち続けてこそ英雄なのだ……」

 

 トダカは深いため息のあと、ひとりでに天を仰いだ。

 あまつさえ敗北した落伍者の話を、いったい、誰らが誇らしげに語るだろう。堕天してしまった天使の瑣談を、誰らが伝説とするだろう──?

 だからこそ、〝クレイドル〟が討たれ、翼をもがれて海に堕ちたこの結末などは──正しく特筆にも値しない、そこら中で巻き起こった破滅のひとつでしか無かったのだ。

 

 

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