本当はずっとさみしかった。
東京在住の女性S様から「父親がもうすぐ亡くなりそうで混乱している。介護施設で仕事をしているから、元気だった人がある日突然亡くなる場面をたくさん見た。わかっていたはずなのに、自分の身に降りかかると混乱するから話を聞いて欲しい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。S様の父親が入院中の病院に行き、水を飲みながらロビーで話した。病院には、漂白された臭いが漂っていた。死の気配を打ち消すための消毒が、なまなましく、死を浮き彫りにしていた。
S様は言った。延命処置をするかどうか家族の意向を優先するという話が出た夜に、私は「ああ、父と分かり合えなかった・・・」と言う想いが出て来た。ずっと、私は、なんで私はいつも、ずっと家族の心配をしていないといけないんだ、なんで私はずっと家族に振り回されていないといけないんだ、私がずっとこんなに長く生きずらいのも何かいつもどこか苦しいのも家族が悪いんだ、生まれ育った家庭環境によってこうなっているんだって、一時期心理カウンセリングに通った時期もありました。母はすでに他界しているのですが、父に対して不平不満の手紙を送りつけたこともありました。でも、そうじゃない感情があるから、うまく言葉では説明しきれないですけど、苦しくなります。父の心が苦しそうだと、私も苦しい。少しでも安心したり嬉しそうだと、私も嬉しい。
S様は言った。父に対して、家族と言えど余計なお世話なのかもしれませんが、どうにかこうにか心が元気になって欲しくて、おせっかいを焼いてしまうんです。なんかもう、自分の本能なのか、条件反射で幸せに生きて欲しいって思うんです。「過去に病院の先生がどうしてくれなかったとか治療がどうだったとか今言ってもしかたない。むしろ、今周りにいる家族や医療者、みんながパパの最善のために、最善を尽くしてくれているの。頑張ってくれている。それを信じて欲しい」と、父に対して一生懸命力説している自分は、もっともらしいことを言っているようで、ほんとはそれは自分自身に対して言いたいことなんだなって。今回、ご連絡をさせていただいたのは「私の生命力を爆上げしたいから」と思っているからです。
S様は怒っているように見えた。怒らないようにしているが、怒りがカラダから滲み出していた。怒りは不快な感覚だから、感じないように自分の心を麻痺らせて「まあいいか」と平気な振りをして、その場しのぎの対応をして来た雰囲気を纏っていた。怒りの奥にはさみしさがある。S様は、全身でさみしいと言っているように見えた。溜め込まれたさみしさは憎しみに変わり、呪いに変わり、呪いながら相手の帰りを待つ呪いの港になっているように見えた。S様のカラダの中に、さみしさの化け物を感じた。呪いの港に帰りたい男はいない。呪いを解くには、どうすればいいのか。
呪いの港の対義語は『祝福の門出』だと思った。色々なことを曖昧にして来たツケが、今、来ているだけだと思った。呪いの港になるのではなく、祝福の門出をする。心残りを一つずつ片付ける。死に支度を終わらせる。S様は「いて欲しい時にいてくれなかった」と過去の父親を責めた。感謝をすると奴隷になる。優しいとか誠実だとかお金を稼いでくれたとか、本質的じゃない。本当に欲しいものはそれじゃない。憎しみや恨みや悲しみは、本当に欲しいものを欲しい時に取りに行かなかったツケとして、時空を超えて帰ってくる。甘えたい時に甘えられなかったと言うのは嘘だ。甘えられなかったと言うことで、父親のことを憎み続けることで、父親に甘え続けているだけだ。父だけではない。S様にとっても、旅立ちの時だ。死ぬ前じゃ遅過ぎる。死んだ後では遅過ぎる。ケリをつけるのだ。生きている間に。元気な間に。
おおまかな予定
1月31日(土)東京都中央区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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