AIによる補足解説:自由主義が日本社会と噛み合いにくい理由について
本増田で描かれている違和感は、家族関係や恋愛の問題にとどまらず、より広く「自由主義的な人間観」と「日本社会が前提としてきた人間観」の齟齬を示している。
・個人
・契約
・権利
・自己責任
ここで想定される「個人」とは、社会や関係性に先立って存在し、自らの欲望や選好を明確に持ち、それを言語化し、他者との摩擦や誤解を一定のコストとして引き受けられる主体である。
日本的な主体は、関係の中で立ち上がり、他者の視線や感情を内在化しながら振る舞う存在であり、欲望や感情を即座に外部化することよりも、場の調和や文脈の維持を優先する傾向が強い。
むしろ、日本社会は「自由を直接表明しない技術」を高度に発達させてきた社会である。
本音と建前、空気を読む、察する、匂わせるといった文化は、自由を抑圧するためではなく、関係を壊さずに欲望や意志を流通させるための装置として機能してきた。
しかし、近代以降、自由主義が制度として輸入される際、その背後にある人間観までは十分に翻訳されなかった。
その結果、日本社会では
といった誤作動が頻発することになる。
本増田における「父親と彼氏の話題が重なることへの拒否感」は、この誤作動の極めてミクロな表出である。
自由主義的には、成人した個人の恋愛や性的関係は、完全に私的な自己決定事項であり、他者の視線や感情から独立してよいはずだ。
しかし日本的感覚においては、父という存在は依然として「公的・管理的な視線」を帯びており、そこに私的な身体性が重なること自体が強い違和感を生む。
重要なのは、これを「日本は遅れている」「自由主義を理解していない」と単純化しないことである。
自由主義は、関係から切り離された個人を出発点とする思想である。
一方、日本社会は、関係の中で個人が形づくられることを前提に秩序を築いてきた。
この前提の違いを無視したまま制度や規範だけを導入すれば、個人は常に「自由であれ」と求められながら、同時に「空気を読め」と要請されるという二重拘束に置かれる。
本増田は、一見すると「父親と彼氏の話題が気まずい」という個人的感情の吐露に見えるが、実際には、日本社会における〈性・恋愛・家族・公私〉の配置が生む構造的な違和感を、きわめて正確に捉えている。
問題となっているのは、「父という公的・保護的な視線」と、「恋人という私的・身体的な関係」が、同一の文脈上で接触してしまうことへの拒否感である。
日本社会では歴史的に、恋愛や性は強く私的領域へと押し込められてきた。
とりわけ女性の恋愛は、家族秩序や保護の論理と結びつけられ、「語られないもの」「表に出さないもの」として管理されてきた側面がある。
その結果、当事者にとっては自然で日常的な関係であっても、それが父親の言語空間に乗った瞬間、説明不能な居心地の悪さが生じる。
筆者が「母親とは話せるが、父親とは無理だ」と感じる点も重要である。
これは個人的な好き嫌いではなく、「同じ身体性を通過してきた側」と「管理・保護の視線を向ける側」という非対称性によるものと考えられる。
母親との間には暗黙の共犯関係が成立する一方、父親との間では視線の力学が反転しないため、この違和感は解消されない。
本増田が優れているのは、この感情を「おかしい」「未熟だ」と整理せず、また道徳的に否定も肯定もしないまま、そのまま言語化している点にある。
この「説明できないが確かに存在する感覚」こそが、日本人が長く恋愛や性を隠すものとして扱ってきた文化的背景を、個人の実感レベルで示している。
図々しいにも程がある
そもそも獣医っていうのはペットを治すおちごと💕をするためにあるんじゃなくて、日本国民の食と健康を守るためにあるんだよ
今の獣医業界は医者でいうところのキラキラ直美が当たり前に過半数を占めるようになった世界で、正直もう崩壊済み、外科医のいない秋田県みたいな
ペット獣医が都会でキラキラ自己実現をしている間に、本来「求められていた」大動物獣医や公務員獣医が田舎の激務で死にかけてる
ペット獣医と直美の違いはペット獣医だったとしても儲からないし激務だということ
それでも華がない食品系やシビアな家畜系はヤダヤダってことで(特に私立)今日も崩壊が続いている
と生成AI派は言うが、仮に生成AIと人間の学習が同じだったとしても、人間は学習して得た能力の複製は出来ないから
「生成AIは学習して得た能力を容易に大量複製し、不特定多数に配布出来るので無断学習禁止。人間の場合は学習により得た能力の複製も配布出来ず、当人一代限りの物であることを持って例外とする。」
という理屈なら生成AIの無断学習はNGだけど、人間は学習はOKという理屈は成り立つと思う。
活版印刷技術が登場し、著作物の大量複製が可能になったことで「著作権」が生まれたように、生成AIが登場し、能力の大量複製が可能になったことで、
特定の分野に関して「能力を勝手に複製されない権利」といったものが必要になるのではないかと思う。
生成AIの無断学習を禁止したいなら、生成AIと人間の学習が同じかどうかを争っても水掛け論になるだけだし、こっちの路線で行った方が良いと思う。
結婚したくない子供生みたくない苦労したくないって女性には、支援という名の無駄金垂れ流しをするより、そのまま当人の自由な意思を尊重してその遺伝子を絶やしてもらったほうが、長い目で見て社会のためになると思う
自分は何一つ努力したくないけど、自分の力不足から生じる不満は他人に責任があることにしたい……そんな傾向を持つ人はできるだけ少ないに越したことはない。そんな人達の要求に答え続けて、現実に社会はよくなったか? 子供は増えたか? ただの浪費にしかなっていない実状を無視していたら何も改善しない。ただ社会が食いつぶされるだけだ
それは昔からだというほかない
ただ、あれほど時間や体力を削ってまで政治家になりたい気持ちは全くわからない
ニュース探そうと思って検索したら今回の逮捕とほぼ同じ内容のニュースがヒットした。
病院も全く同じ。
本当に何で死産で病院に相談したら逮捕の流れが繰り返されてるのか謎だわ。
池袋で母子を轢き殺した飯塚幸三は逮捕されなかったのに何で死産は何度も逮捕を。
2020年、死産した赤ちゃんを東京自宅マンションに遺棄したとして20代女性が逮捕
しかし、女性は死産後すぐに「身寄りもなく、身分証も保険証もない。どうすればいいか」と熊本の病院に相談していた
記者会見でこう話したのは、『こうのとりのゆりかご』いわゆる赤ちゃんポストを運営している熊本市の慈恵病院の蓮田健院長です。
兵庫県警は27日、自宅のクローゼットに赤ちゃんの遺体を遺棄したとして、神戸市に住む24歳の母親を死体遺棄の疑いで逮捕しました。
この発覚のきっかけは、母親が出産翌日、慈恵病院へメールを送ったことだといいます。
■件名:助けてください
「事情があり誰にも頼ることができません。昨日朝有り得ない程の痛みが来てしまい、救急車を呼ぼうと思ったのですが、その前に自宅のお風呂場で生まれてしまいました。しかし泣くこともなく既に赤ちゃんが息をしていなく…もしかして私は逮捕されてしまうのでは?とパニックになって…そしてこちらの病院さんの存在を知りました」(メール本文より)
母親と直接電話した院長は、「24日午前10時ごろに自宅で出産したとのこと。赤ちゃんは出産してすぐ皮膚が蒼白く、動きもせず、亡くなったことを悟り、赤ちゃんの首にはへその緒がまかれていたと言っていた」とし、当時の様子は「(母親は)私どうしたらいいんでしょうと落ち着かない様子だった」と振り返ります。
歌詞がってわけじゃないけど、川谷絵音featさとうもかの『点と線』の「すれ違う前に気付けない 僕ら半信半疑の無双中 棘の抜き差しをされてる途中に泣く小さい声は届かないや」って歌い出し気持ちいい
オチンチンの味しらなそう