『フランケンシュタイン  あるいは現代のプロメテウス』  by メアリー・シェリー

フランケンシュタイン  あるいは現代のプロメテウス
メアリー・シェリ
芹澤恵 訳
新潮文庫
平成21年1月1日 発行
令和2年10月25日  7刷

 

2025年に公開された映画『フランケンシュタイン』が面白かったという話を聞き、映画はまだみていないのだけれど、改めて原作の『フランケンシュタイン』をよんでみたくなった。読んだことがないし、実はお話もよく知らない。図書館でみつけたので、借りて読んでみた。

 

副題にある、「あるいは現代のプロメテウス」の「プロメテウス」は、天界から「火」を盗んで人間に与えた神(タイタン族)。そのことでゼウスにより罰せられ、岩山に縛られ、鷲に肝臓を貪られ続ける。悲劇の神。

 

著者のメアリー・シェリは、1797ー1851、イギリスの小説家。無神論者でアナキズムの先駆者であるウィリアム・ゴドウィンを父に、女性解放を唱えフェミニズム創始者と呼ばれるメアリー・ウルストンクラフトを母に、ロンドンで生れる。1816年、詩人のパーシー・ビッシュ・シェリーと結婚。1816年から書き始めていた『フランケンシュタイン』を1818年匿名で刊行。本作品によって、SFの創始者と呼ばれることもある。ほかの作品に『最後の人間』などがある。

って、知らなかった。そんなに古い作品だったとは・・・。日本はまだ江戸時代。。。

 

訳者の芹澤さんは、 成蹊大学文学部卒業。英米文学翻訳家。

 

裏の説明には、
”若き科学者ヴィクター・フランケンシュタインは、生命の起源に迫る研究に打ち込んでいた。ある時、ついに彼は生命の創造という神をも恐れぬ行いに手を染める。だが、創り上げた“怪物”はあまりに恐ろしい容貌をしていた。故郷へ逃亡した彼は、醜さゆえの孤独にあえぎ、彼を憎んだ“怪物”に追い詰められることになろうとは知る由もなかった――。天才女性作家が遺した伝説の名著。”
とある。

 

感想。
すご~~~い!!
こんなに、すごい作品だとは、知らなかった。
本当に、内容もさることながら、構成がすごい。ミステリーというか、SFというか、当時、どういうカテゴリーになっていたのかは知らないけれど、面白過ぎる!

フランケンシュタインは、怪物の名前ではない、ということくらいはしっていたけれど、こういう小説だったというのは、ただただ、驚嘆。面白過ぎる!!

 

翻訳もうまいのだろうけれど、本当に、読みだしたら止まらない。いつ、怪物の残忍な事件が出てくるのかと思って読んでいても、たしかに殺人事件はおこるのだけれど、それは、物語の中の数度のイベントでしかない。事件の解明に奔走した物語ではないのだ。

 

以下、ネタバレあり。

 

そもそも、物語は、「手紙」と「口述」の形をとっている。
構成の軸であり外輪となるのは、海洋探検家のロバートが、姉マーガレットに送る手紙。小説は、ロバートの手紙で始まり、ロバートの手紙で終わる。そのロバートが、流氷に閉ざされた北の海の船で出会ったのが「ヴィクター・フランケンシュタイン」。瀕死のヴィクターがロバートに話したことが第二の軸。そして、ヴィクターの話の中で、ヴィクター自身がつくった怪物がヴィクターに語った話が第三の軸。

 

北の海で瀕死の状態だったヴィクターは、氷に閉ざされていたロバートの船に救出される。ヴィクターは、自分が「生命の創造」に取りつかれ、怪物を作り出したことをロバートに語る。瀕死だったヴィクターは、ロバートに自分が作り出した恐ろしい怪物の話、そして、その怪物のせいで自分の人生が破滅を迎えたことになった話をきかせ、最後は、亡くなってしまう。

 

ヴィクターが語ったのは、自分が作り出した怪物によって、弟や友人、妻をも殺された悲劇の話、そして、その怪物を退治するために、死の覚悟でこの北の海までやってきたということ。それは、それは、、、悲惨な物語。

 

そして、ヴィクターは、なぜそういうことになったのか、怪物がヴィクターのもとへやってきて、「自分の伴侶となる怪物の女をつくれ、さもなくばお前を殺す」と脅迫されたということと、怪物がなぜそのようなことをヴィクターに求めることになったのかという、怪物がヴィクターにかたった怪物の悲しく、寂しい話。

 

怪物は、ヴィクターの実験室で誕生した。人間をしらず、社会を知らず。ヴィクターは、長年の研究の成果として、命を吹き込むことに成功したものの、自分が作り出してしまった怪物のおぞましさに、実験室を逃げ出す。もう二度と実験室に足を踏み入れたくないほど、嫌悪した。そして、ある日実験室の扉を再びひらくと、怪物の姿はそこになく、心底ほっとする。が、怪物は、死んだわけではなかった。

 

怪物は、その後、ヴィクターのいる場所へ繰り返し現れる。最初は、弟ウィリアムの殺人犯として。。。。

 

怪物は、ヴィクターに、実験室をでてからの悲しい出来事を語る。それが、物語の第三の骨子。

一人でさまよっていることの悲しさ。見ただけで人々は逃げ出し、だれも自分の友達になってくれないことへの失望。ある村の小屋に隠れ住み、隣の母屋に住む親子の様子をのぞき見しながら、人間社会には家族というものがあり、言葉というものがあるということを知る。そして、怪物は、火を使うことを覚え、蝋燭で灯りをとる生活を知り、言葉も、文字も、独学で学んだ。本も読んだ。そして、人間社会の愛憎をしる。 『プルターク英雄伝』『若きウェルテルの悩み』『失楽園』を読んで、人間の社会や人の感情をしったのだ。

これらの本が、『フランケンシュタイン』よりも前の本だったというのも、私にとっては、すごい気づき。

megureca.hatenablog.com

 

怪物の語る自然の美しさ、人間社会や家族愛への憧れ、、、とてもセツナイ。

 

怪物は、一人ぼっちの自分をつくったのは、ヴィクターお前だ、責任を持っておれの伴侶をつくれ、そしたら俺たちは人間界には二度と姿を現さずに二人でひっそり暮らす、という。怪物は、ウィリアムを殺し、その罪をフランケンシュタイン家の親しかった女性にかぶせた。女性は処刑された。怪物のせいで2人をうしなったヴィクターは、一度は拒むのだが、怪物を人間界から遠ざけるためには仕方がないと思って、一人ロンドンに戻って女をつくり始める。だが、結局、女をつくってやったところで怪物とむつまじく暮らせるかどうかもわからず、これ以上怪物を生み出すことが恐ろしくなって、再び実験室から逃げ出す。

 

自分の願いを聞いてもらえないとわかった怪物は、ヴィクターの親友を殺害。こうなっては、ヴィクターの選択肢は自分の命にかえて怪物を退治することになった。ヴィクターの心は病んでいく。父は、ヴィクターにエリザベス(子供の頃にフランケンシュタイン家にもらわれた女)と結婚することを勧める。兄と妹のように育ってきた二人は、互いを尊敬し合っており、二人は結婚を決意。が、それを察知した怪物は、ヴィクターの婚姻の日に戻ってきて殺してやる、というのだった。

 

ヴィクターは、自分が怪物と刺し違えて共に死ねばいい、と考える。万が一、怪物を倒すことができたら、エリザベスと幸せに暮らせるはずだ。

が二人が結婚した夜、現れた怪物が殺したのは、ヴィクターではなくエリザベスだった。

 

愛する人を奪われる悲しみを、これまでかと怪物に突き付けられるヴィクター。最後は、命をかけて怪物退治にでかける。

その先で出会ったのが、冒頭にあった海洋探検家のロバート。

 

最後は、ロバートの姉への手紙で終わる。ヴィクターから、かくかくしかじか、これまでの話をきいたこと、そして、ヴィクター自身は崇高な科学者であり、自分にとっては唯一の友人と呼べる人となったこと。だが、、、ヴィクターは、舟の上で衰弱して亡くなる。

 

その時、怪物が現れる。そして、ヴィクターへの恨み言を並べ立てる。が、お前が死んだことで、自分ももう生きる望みをなくした。だから、

「おれはもうすぐ死ぬ。今、感じていることも感じなくなる。この灼熱の苦しみもきえてなくなる。おれは喜び勇んで葬送の薪の山に登り、劫火の苦しみに歓喜の声をあげるのだ。やがてその大きな焚火の火は消えて、おれの灰は風に運ばれ、海に散る。そして、おれの魂は安らかに眠るだろう。たとえものを思うことがあろうとも、もう今のようには思うまい。
さらばだ。」

 

”怪物は、船室の窓から身を躍らせ、船のそばに浮かんでいた氷の塊に跳び移りました。そしてたちまち波に運ばれて、闇の遥か奥へときえていったのです。”

と、ロバートの手紙で物語は完。

 

いやぁ、面白かった。
そして、なんて詩的で美しく、、、悲しい物語なのか。

 

怪物を怪物にしたのは、人間なのだ。見た目の醜さゆえに、恐怖を覚える人間は、怪物の話を聞こうともせずに敵と認定する。物語の中で、唯一怪物と普通の会話をするのは、隠れ住んでいた小屋の母屋にくらす盲目の男だけだ。が、男の子供達が家に帰ってきて、怪物の姿を見た途端、娘は恐怖のあまり気絶し、息子は父を怪物から守ろうと攻撃してくる。翌日には一家は母屋をすてて出て行ってしまう。そして、また一人ぼっちになった怪物。

 

セツナイ‥‥。

怪物を生み出したヴィクターだけの罪とはいえない。

 

人間社会の明暗を見尽くした怪物は、自分の死を選んで消えていく。どこへ消えたのか…。本当に死んだのか?

「哀れみ」という言葉を思う。

 

いやぁ、色々と深い。

小説としての完成度がめちゃくちゃ高い。すごい。

メアリーが、『フランケンシュタイン』を書き上げたのは20歳の時だそうだ。

 

いやぁ、まだまだ、であっていない名著といわれるものは、山のようにある。本が読めるって、幸せだ。

読書は、楽しい。

 

 

 

国内旅行 香川県 2泊3日 3日目  栗林公園

3日の朝は、快晴。外の気温は1℃となっている。。。。

megureca.hatenablog.com

 

昨日の金刀比羅宮の階段のおかげで、ふくらはぎに筋肉痛が残っている。朝から大浴場に行って、脚をほぐす。いやぁ、やっぱり、昨日の階段はすごかった。。。

 

最終日、帰りの飛行機は17:00の予定なので、あまり欲張らずに高松市内でちょっと観光しようと思っていた。ゆっくりと8:00ころに朝食会場に行って、朝カレーと温泉卵、唐揚げ、エビの天ぷら、サラダ、、、、と、がっつり朝ご飯を食べながら、作戦会議。いや、作戦一人会議。

 

フロントで空港までのバスの時刻表をいただいて、時刻表とにらめっこしていると、14:00~15:00の間のバスがないので、14:00前にバスに乗った方がいいみたい。往路はおよそ30分で市内についていたので、早めに空港についてのんびりすればいいか、と。

 

Googleマップ高松市内の地図をみていると、高松駅近くに「香川県ミュージアム」というのがあって、「空海」についての展示もあると。これは、いい!と思ったのだが、「営業時間外」・・・まだ、早いから?とおもったけど、営業時間が記載されていない。HPをみると、なんと休館中。残念。せっかく香川に来たから空海のことをもうちょっと勉強するか、と思いついたのに。。。空海はお預け。

 

ということで、予定通り、栗林公園だけ行くことにした。

ホテルに荷物を置いていくか、栗林公園まで持っていくか、迷った。ホテルから公園までは歩いて15分くらい。空港行きのバスは、公園前の方が空港に近い。公園にもコインロッカーはあるらしい。まぁ、大した荷物ではないからとおもって、チェックアウトして、荷物をもったまま公園を目指した。

 

10:30過ぎにチェックアウトして、栗林公園まであるいた。真っすぐ南下すればいいだけ。ホテルからJR高松駅に向かう時もそうだったのだけど、途中、大きな交差点は横断歩道でもなければ、歩道橋でもなく、地下道になっている。「自転車は降りて歩いてください」と書いてある。これが、なかなかの急坂で、コロコロの軽いスーツケースとはいえ、、、、坂はしんどかった。でも、車社会ということなのだろうか。あの坂は、車椅子なら恐ろしくて使えない。横断歩道がなくて地下道って、いいようだけれど、、、、バリアフリーではないな、と思った。

 

そして、ほどなく、栗林公園入口に到着。良い天気で、入り口がすがすがしい。しかも、人が少ない・・・。

f:id:Megureca:20260128115622j:image

チケット購入の手前に、お土産屋さんとロッカーがあったので、まずは、小さなスーツケースをロッカーへ。サイズ的に200円、300円のロッカーには入らなかったので、 贅沢に 400円のロッカーへ。それにしても、昭和の香りのロッカー。停電にも負けない、 アナログで 間違いないけどね。


f:id:Megureca:20260128210129j:image

 

入園料は、大人500円。 新宿御苑の入園料と一緒。でも、こっちの方が断然いいかも・・・。中は、とにかく広い。そして、綺麗。落ち葉を含めて掃除が行き届いている。なんでも、ミシュランで、訪れるべき庭園とも言われたらしい。回遊式庭園で、あちこちに池、川があるのだけれど、水も綺麗。

お掃除中のおじさんが、「おはようございます」といってくれるので、「おはようございます。」ってご挨拶。おもわず、「とってもきれいに整備されていますね。」って声をかけてしまった。おじさん嬉しそうに「毎日やりますからねぇ。ありがとうございます」って。

 

時間はたっぷりあるので、全体をゆっくりとあるいてまわった。梅の花が、すこ~し、咲き始めている。ほんのり色づいている梅園がいい感じ。

人も少ない、、、、というか、ほとんどいない。大名庭園を貸し切りしている気分になれる。f:id:Megureca:20260128210146j:image

 

お天気がいいので、きれいな水がきれいな色で、吸い込まれそう。f:id:Megureca:20260128210212j:image

 

途中、「赤壁」と看板のたっているところがあった。地層好きな私としては、ワクワクしちゃう地層が見える。揚子江赤壁にちなんで、つけた名前らしい。
f:id:Megureca:20260128210232j:image

 

園内は、歩きやすく石畳になっている。歩きやすいけど、ピンヒールで歩くのは、無理だね。
f:id:Megureca:20260128210247j:image

 

そして、池には、たくさん橋がある。ちゃんとした橋もあれば、置石のような橋もある。「この先は足元に自信のない方は、ご遠慮ください」的な看板がある場所も。
f:id:Megureca:20260128210306j:image

 

飛び石を渡るのは、お年寄りには辛いかな…。
f:id:Megureca:20260128210317j:image

 

山と、池と、松と・・・。本当に松の木だらけ。
f:id:Megureca:20260128210343j:image

栗林公園というから、栗の木かと思えば、そうではなくて、松で有名な大名庭園。庭園になる前は、栗の木もあったらしいけれど、大名庭園にするときに多くの栗の木は切られてしまったとのこと。でも、松が本当にたくさんある。形も種類も色々あって、盆栽好きならたまらん!って感じ。華道でも松はお正月に良くいけるのだけれど、枝ぶりをみていると、これなら水盤に剣山でいけてもいいなぁ、、、、っていう枝ぶりもたくさん。

 

と、松に見とれつつも、お茶どころがあったので、思わず足が向いてしまった。なかで、800円のお抹茶とお菓子のセットをいただいた。
f:id:Megureca:20260128210412j:image

 

栗林公園で、栗饅頭。
f:id:Megureca:20260128210425j:image

 

お茶をいただいた部屋には、書が飾ってあった。上は漢詩で下に日本語訳も書かれている。何とも風流な歌だなぁ、と思ってみていたら、「題字 内閣総理大臣大平正芳 書」とあるではないか。へぇ、、、、。大平総理は、香川県出身だったんだね。
f:id:Megureca:20260128210438j:image

 

お茶をいただいたあと、目に入ったのは1本の満開の梅の木。なぜか、この一本だけは、満開になっていた。
f:id:Megureca:20260128210503j:image

 

こちらの梅園も色づき始めている。
f:id:Megureca:20260128210515j:image

それにしても、人が少ない。。。

 

時々、ベンチも置いてあるので、のんびり歩いては休憩し、気がついたら2時間以上たっていた。

 

中には、資料館のようなものもあって、「なぜ讃岐うどん」?という説明もあった。なんでも、小麦栽培、塩製造、醤油製造が盛んで、うどん県になったらしい。全国平均にくらべて、どれだけうどんを食べているか、が、数字で示されていた。(笑)。

うどん栽培、否、小麦栽培は、弥生時代から始まっていたという年表まで展示されていた。いやはや、香川県のうどん愛、すばらしい。


f:id:Megureca:20260128210527j:image

 

栗林公園が、大名庭園だったという歴史もちゃんと説明されている。平賀源内は、この庭園内で薬草栽培をしていたのだとか。へぇ。。。
f:id:Megureca:20260128210538j:image

 

さすがに、だいぶ歩いて、おまっちゃとお菓子だけではお腹が空いたので、園内の茶所でうどんをいただいた。「名物うどん」650円。
f:id:Megureca:20260128210549j:image

え~っと、なにがどう名物なのかは、さっぱりわからない。お揚げさん、干しシイタケ、かまぼこがのっていた。御出汁も美味しい。しかし、昨日の金刀比羅宮でたべたうどんもそうだけど、出汁の色は薄いけれど、塩分は結構濃い。だから、甘辛く煮たお揚げが合うのかもね。

 

14:00前には、栗林公園をあとにして、空港に向かった。空港に着いたのは、14:30。

 

まだ、飛行機迄2時間あるので、ラウンジでゆっくりするか、と思ったら、地方空港であることを忘れていた。航空会社のラウンジはなくて、ゴールドカード保持者用のラウンジがあるだけだった。「エノテカ」のゴールドカードを持っていたので、無料でラウンジに入れた。けど、こういうラウンジは、自動販売機のソフトドリンクが無料で飲めるだけ。ま、いいけどね。

 

結局、最終日は栗林公園しか行かなかったけど、のんびりできたので満足。やっぱり人口の庭園とはいえ、日本庭園は気持ちいい。いやいや、人工的にきれいにしているから庭園なんだよね。ガーデニングと庭は似て非なるもの。やっぱり、日本庭園は好きだな、と思った。近所のおばちゃんみたいな散歩の人もいたけれど、新宿御苑みたいに、年間パスポートとかあるのかな?近所だったら、買っちゃうと思う。

 

今回の旅の学びは、香川県はやっぱり「うどん県だった」ってことかな。これといって他に名物はなさそうな、、、あ、初日に屋島でたべた「あんもち雑煮」は、今日行った茶屋にもあった。香川県名物らしい。普通の?お吸い物仕立てのお雑煮を期待しているとびっくりしちゃうけど、これはこれで美味しい。しかし、あんこと白味噌をあわせるとか、うどんの出汁の塩分にしても、香川県の塩分摂取って結構高い気がした…。

 

ま、ラーメン県よりは、うどん県のほうが、健康的な響きかな。

 

帰りの飛行機は、ほぼ満席に近かった。帰りも窓側の席をとったのだけれど、なんと、窓のない席だった…。ま、ずっと本を読んでいたからいいんだけどね。定刻よりやや早く羽田空港着。香川は、意外と近かった。

 

のんびり旅はいい。

今年は、仕事ではなく、旅をしたい。

国内旅行 香川県 2泊3日 2日目 丸亀城、金刀比羅宮

2泊3日の2日目。今日は、本命の丸亀城へ。

megureca.hatenablog.com

 

ワクワクしすぎたのか、朝の5:00には、目覚めてしまった。まだ、暗い・・・。

朝から大浴場にいってあったまってから、7:00前に朝ごはん会場へ。

 

ドーミーインの朝ご飯は、まぁまぁだけど、果たして私の必須アイテムゆで卵は??残念ながら、なかった。でも、温泉卵があった。ついでに、さすが香川県!「うどん」が、かけうどんも、釜揚げうどんも、その場で作ってくれる。ついでに、うどんに必須だからか、となりでは天ぷらまであった。カレーもある。どうやら、香川県は鶏肉が有名なのか?チキンカレーもあれば、からあげも、、、、。エビの天ぷらもあれば、エビフライも…。かなり、多様なメニューが用意されていた。

並べてみると、いったい、何ご飯ナンダ?ってかんじだけど、今日は、たくさん歩く予定だし、たくさん食べておいた。

 

朝ご飯会場は、結構混んでいた。お客さん、結構いるんだね。しかし、日本語は少ない。私は中国語と韓国語の区別がつかないくらい、中国語と韓国語をよくしらないけれど、なんとなく、音は韓国語かな????けど、ひどく食べ散らかして汚いのは??少なくとも、日本人ならそんな食事の仕方はしないだろう、、、という人たちも。。。。残念なことだ。。。

 

デザートに、ヨーグルトとりんごも食べて、コーヒーをお代わりしてから朝食会場を後にした。

 

乗換案内で調べると、JR高松駅からJR丸亀駅までは、特急料金が必要な電車もあるようだけれど、かかる時間はかわらない、、、。あるいは、余計に長くかかったり。なんだかよくわからない電車の仕組み。9:04の電車に乗るつもりで、ホテルをでた。

 

電車は、JR快速サンポート南風リレー号。特急料金はかからない普通の快速らしい。4駅26分で、630円。JR高松駅までは歩いて20分とホテルに書いてあったけど、私の足なら15分足らずだった。ホテルから駅までの道は、普通に通勤と思われる人が多い。香川に来て、初めてたくさんの人を見た気がする。JR高松駅は、 昨日使った琴電瓦町駅より、シンプル。街としての中心は瓦町なのかな?

そして、電車はやはり2両編成だった。

運転席の後ろには、バスの料金表のように運賃が表示されていて、「車内で切符の販売はありません」という放送が‥‥。最近までは車内販売していたのだろうか?

外の気温は、3℃。さむい・・・。電車のドアは、ボタン式になっていた。

電車はガラガラに近い状態で予定通り9:30に丸亀駅に到着。駅前は閑散としている。商店街らしきものはあるけれど、空いているお店はない。まだ、早いから?丸亀城にむかって歩く。

 

なんというか、人っ子一人いないって、こういう感じ?小道を城方面にあるいて、大通りにでたところで、ど~んと、丸亀城登場!

 

あそこまで、登るのかとおもうと、ちょっとまじか?!って気はするけれど、大手門からお城へ。まぁ、立派な石垣が次々と現れる。

 

門も立派。

門を通り過ぎると、いよいよ坂の始まり。さて、どれくらい登るのか…。

石垣に見とれつつ、登る、登る、登る。

だんだんと、景色が開けてくる。

そして とうとう見えてきた天守閣!

唐破風が見えてきた。

そして、正面から横に回ると、 千鳥破風。

天守閣があるのは、もちろん、一番高い所なので、素晴らしい見晴らし。

 

入場料400円で、現存天守閣・丸亀城に入ってきた。中は、ほんと、、、なんにもない。ちっちゃい・・・。可愛い。

 

丸亀城のHPには、

「標高約66mの亀山に築かれた平山城で、別名亀山城と呼ばれています。本丸・二の丸・三の丸・帯曲輪・山下曲輪があり、東西約540m・南北約460mのうち内堀内の204,756平方メートルが史跡範囲です。「石の城」と形容されるその名のとおり、丸亀城は石垣の名城として全国的に有名です。大手門から見上げる天守は威厳に満ち、夕暮れの天守は優しさをまとって、心を和ませます。400年の時を経た今日でも決して色あせることなく、自然と調和した独自の様式美をはっきり現在に残しています。(公財)日本城郭協会が選定した「日本100名城」にも選ばれ、花見や散歩など市民の憩いの場として親しまれています。」って。

丸亀城について - 丸亀城 - 丸亀市公式ホームページ

 

中は、シンプルに、木が美しい。そして、めっちゃ急な階段。

三階建てなので、すぐに上まで登れちゃう。この階段は松本城よりも急な気がする。

なかは、ほぼ、貸し切り状態で堪能できた。

他に何があるわけでもないから、よっぽどの城好きじゃないとこないのかな。

 

だんだんと晴れてきて、青空の下の丸亀城もパチリ。

シンプルに、美しい。

 

そして、再び石垣をみとれながら、降りていった。

予定より、あっという間に、見終わってしまった丸亀城。まぁ、とりあえず駅にむかってみるか?と、ひとけのない道を駅に帰っていった。

 

11:00過ぎの各駅停車の電車に乗って、琴平までいくつもりだったけれど、駅についてみたら、10:43の特急高知行きがあった。特急料金が必要だけど、とりあえず中で払えばいいや、と思って、そのまま飛び乗った。指定席2両、自由席1両。自由席に座って車掌さんが来るのをまったけど、、、、来なかった・・・。そのうちに琴平についてしまった。。。

 

いや、無賃乗車しようとしたわけじゃないよ。だけど、、、特急料金払い損ねちゃった・・・。乗車賃はちゃんと払いました…。そして、予定よりだいぶ早く、11:00には琴平に到着。

さて、琴平といえば!金刀比羅宮さんです。

「こんぴらふねふね おいてにほをかけて シュラシュシュ」

 

金刀比羅宮

金刀比羅宮は、親しみをこめて“こんぴらさん”と呼ばれています。当宮は海の守り神であり、その他にも、薬・医療・商売などの御利益もあります。
神道多神教であり、古代日本神話にルーツを持ち、自然への愛、家族の大切さを説いています。
江戸時代〔1603~1867年〕、社寺参詣が庶民に許可された唯一の旅だった頃、人々は“こんぴらさんへの参拝”を夢見ていました。今日でも日本全国から“こんぴらさん”を目指して、多くのご参拝をいただいております。
当宮は、香川県琴平町象頭山(象に似た形の山)の東斜面の高い位置にあり、785段の石段を登って御本宮に至ります。
その参道途中には、色々な神様をお祀りした小さな神社が多数あります。

 

と、今日はたくさんあるくぞぉと思って、JR琴平駅から、琴電琴平駅を経由して、参道へ。途中、途中、参道への案内板があるので、迷子になることはない。ついでに、象頭山をめざせばいいのだ。象頭山?!どっかできいたことあるぞ?そう、ブッダだ!

megureca.hatenablog.com

宮なので、ブッダとは関係ないだろうけれど、ひとは、こういう形の山を象頭山とよびたくなるのかね。

そして、参道へ。太宰府天満宮の参道のように、両脇にお店が並ぶ。お買い物も楽しめる。けど、大宰府と違うのは、なんせ、階段、階段、階段、、、、。

途中、振り向いてみると、おぉ、こんなに登ったのか、、、、と。

途中、休憩しないととてもでないけど、たどり着けそうにない位、階段、階段、階段、、、。

神の使いのである、神馬がいるところで、いったん休憩。

お馬さん、君はいった、どこからやってきたんだい?まさか、階段上ってきたんじゃないよね。。。。

そして、更に登り、これが本殿?とおもったら、まだまだ続きがあり、、、。

もう、結構、汗かくくらい、体が温まっている。いったん、休憩してダウンコードぬいでバックパックにつめて、さらに、階段を登り続ける。

この階段をのぼりきったところで、ようやく本殿。

高いだけに、景色も良い。

ちょっと曇ってきちゃったけど、歩き続けているのでセーター一枚でちょうどいい位。

 

そして、ふと、「奥宮」という看板が目に入ってしまった。なんだ、もっと奥もあるのか?なんとなく呼ばれている気がして、、、、さらに、登ってしまった。登り始めたら、もう、引き返せない。。。途中、すれ違った親子連れが、「降りるだけでも30分かかっている」と言っている会話が耳にはいったのだけれど、、、引き返せない。なにか行かなきゃいけないような気がして、更に登った。登った。登った。

 

金刀比羅さんは、まるで、登山のようだ・・・。道はしっかり舗装されているし、階段も整備されてはいるんだけれど、、、。でも、登っていくと、神話の神様の神社があったり、 菅原道真の神社があったり、、、、あぁ、、、、気持ちい・・・・。

そして、とうとう、奥宮までたどり着いた。本殿からさらに30分はかかっている。

でも、天狗の宮らしく、なんだか、何とも言えない雰囲気。小さいけれど、息をのむというか・・・。あぁ、登ってきてよかった。

岩には天狗が・・・。

天狗御守は、ここでしか買えないらしいので、1500円。買っておいた。なんか、強くなれそうな気がする‥‥。

 

帰り道は、もう、膝がかくかく笑いそうなくらい、脚が疲れていた。それでも、自分の脚で降りる以外の選択肢はなく、お腹もすいてきたので、飴ちゃんをほおばりながら、まずは、本殿まで降りていった。小汗もかいて、飲み物必須。ホテルの小さな水のペットボトルと、500mlのマイボトルを持っていてよかった。山登り装備が必要だったな、って感じ。

 

最初に駅に着いたのは、11:00。歩き続けて、気がついたら13:00。お腹空いた。

そして、たくさん歩いて、登って、お腹が空いたら「うどん」が食べたくなる気がした。がっつり定食という気分でもないのだ。お腹空いたけど、私にしてはめずらしく炭水化物を欲している。

参道の途中にあった、うどんやさんで「かけうどん (普通サイズ)」にお揚げさんと、鳥天をつけて、700円。かっちかっちの天ぷらの衣の鳥天だったけれど、かけうどんにいれれば、おつゆをすってふわっふわ。

 

なんてことないうどんだけれど、美味しかったぁ。。。歩いた後で、塩分も欲していたのか、おつゆ迄完食。お遍路さんなんかしていると、うどんくらいがちょうどいいのかもね。

 

金刀比羅さんも、大満足。満喫。もう、歩きたくないぐらい、既に脚が疲れている。

琴電琴平から各駅停車の電車で、1時間かけて琴電瓦町まで帰ってきた。

 

瓦町駅についたのは、15:00過ぎ。ホテルに帰って、大浴場へ・・・・。

お風呂上りのアイスもいただいておいた。

 

いやぁ、、、満喫。

なんと、22,000歩歩いていた。

 

お風呂の後、部屋でコーヒーを飲みながら、一休み。しょっぱいものを欲している。昨日、コンビニでかっておいたチップスターがおいしいのなんの。

 

夜寝る前に、もう一度お風呂に入るつもりだったけれど、寝入ってしまった。

いやぁ、よく歩いた一日だった、

この旅の目的は、果たした感じ。

 

明日は、ゆっくりチェックアウトして、栗林公園かな‥‥。

 

国内旅行 香川県 2泊3日 1日目

2026年、最初の国内旅行は、長年懸案事項だった「丸亀城」の石垣を見に行くことにした。もちろん、天守閣も。

 

12城ある現存天守閣の一つである、丸亀城。12城は、姫路城・松本城彦根城松江城犬山城の「国宝5城」に加え、弘前城丸岡城備中松山城丸亀城松山城宇和島城高知城

 

20代で一人旅をするようになって、ほとんど回ってきた。2025年には、備中松山城も登った。

megureca.hatenablog.com

すでに、記憶の彼方になってしまっているお城もあるけれど、あとは、丸亀城丸岡城だけだったのだ。

 

思いついたのは、2週間ほど前。予定変更があって、3日間が丸っと空いた。これは、どこかにいかねば。予定をしなければ、また、他の予定が入ってしまう…。そして、丸岡城や、福井の「年縞博物館」も行きたい候補ではあるけれど、1月の大雪。。。ということで、四国を選択。

 

飛行機を予約しようと思ったら、なんと、もうすぐ切れるマイルもたまっているではないか。羽田~高松の往復をマイルで取った。あまり、子細な計画をするつもりもないので、とりあえず2泊3日にしてみた。2024年のお正月に行くつもりだった香川県能登半島地震で、一緒に行く予定だった友人が仕事でいけなくなったのでキャンセルした。その時に計画していた、丸亀城と、金刀比羅宮にはいってみよう。あとは、全国通訳案内士の試験勉強で必ずでてきた栗林公園。まぁ、、、この1月に行っても、お花はさいていないだろうけれど、、、。あとは、三味線で演奏したことがある「屋島」の舞台、屋島源平合戦の舞台となった屋島香川県るるぶとかみても、うどんしかのっていない。。。ってくらい、うどん推しらしい。まぁね。。。

 

のんびりと、11:20羽田発の飛行機を予約。早めに空港について、コーヒーを飲んでいたら、あら、目の前に富士山じゃない。そうか、だいたい、ラウンジにいても本を読んでしまうからあまり景色を見ることはなくて、こんな方向に富士山だったか、、、と。おもわずパチリ‥‥。

飛行機は、満席ではないけれど、結構混んでいた。中央通路で左右3席ずつの小さめの飛行機だからね。普段は、めったに窓側の席を予約することはないのだけれど、なんとなく、今回は、窓側の席にしてみた。富士山がみえるかなぁ、と思ったのだ。が、飛行機は結構内陸を飛んだようで、富士山は見えなかった。かわりに、雪をまとった美しい日本アルプス?が見えた。ついでに、係りの人がアナログに手で荷物を飛行機に運んでいる姿が、、、。コンテナの扉が開いた瞬間、中からスーツケースが飛び出して、さかさまに地面に落下する現場を目撃してしまった‥‥。そうか、こうして、スーツケースというのは壊れていくのか、、、、と。。。。私の荷物じゃないけど、あっ!って思わず声が出そうな場面だった・・・。

出発が少し遅れて、高松空港に到着したのは12:50。トイレに寄ってから、とりあえず市内に向かうバスに乗った。ちょうど、13:00出発位のバスだった。高松空港は、こじんまりしているので、着陸してから10分後にはバスに乗っていた。

 

気温5℃。外は、寒い…。



バスの中で、1日目の予定を検討し始めた。やっぱり、今日は屋島に行ってみよう。

 

ということで、高松駅まで行く手前、13:30頃、琴電の瓦町でおりて電車に乗り換えることに。ホテルは、瓦町から徒歩圏なので、瓦町の駅のコインロッカーに重い荷物を預けて、13:40発の琴電志度行きに飛び乗った。なんと、2両のちっちゃい電車。屋島のこともちゃんと調べていなかったので、琴電のなかで屋島についてからのことを調べていたら、山上までシャトルバスがあるらしい。1時間に1本もないようなシャトルバスだけれど、ちょうど、14:01発っていうのがあるらしい。



13:57に琴電屋島駅に到着、無人駅だけれど、交通系ICカードをピッてする機械が設置してある。江ノ電みたい。

で、降りてみたけど・・・。何もない・・・。

実は、羽田で飛行機に乗る前にサンドイッチをつまんだだけで、お腹空いてるんだけど・・・・。コンビニなんてものもないし・・・・。しかも、本当にシャトルバスなんか来るのだろうか。一応、看板は出ている。

まぁ、急いでも仕方がないので、しばし駅前で、このまま歩いてみるか、バスをまってみるか思案。っていうほどの時間もなく、ほどなくシャトルバス登場。一律料金大人200円。乗客は、私含めて3人。10分ほどで屋島山頂についた。

戻りのバスは、14:30、その次が15:42。さすがに、折角来たのだから、、、15:42のバスに乗って帰ればいいともって、屋島寺を散策。

 

屋島寺

南面山 千光院 屋島寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会

屋島高松市の東、標高293メートルの火山台地の半島で、那須与一の扇の的や義経の弓流しなどで有名な源平合戦の古戦場の史蹟で知られる。屋島寺はその南嶺にある。屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられる。鑑真和上は唐の学僧で、朝廷からの要請をうけ5度にわたって出航したが、暴風や難破で失明、天平勝宝5年(753)に苦難のすえ鹿児島に漂着した。翌年、東大寺に船で向かう途次、屋島の沖で山頂から立ちのぼる瑞光を感得され、屋島の北嶺に登った。そこに普賢堂を建てて、持参していた普賢菩薩像を安置し、経典を納めて創建されたという。のち和上の弟子で東大寺戒壇院の恵雲律師が堂塔を建立して精舎を構え、「屋島寺」と称し初代住職になった。

弘仁6年(815)、弘法大師嵯峨天皇(在位809〜23)の勅願を受けて屋島寺を訪ね、北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、また十一面千手観音像を彫造し、本尊として安置した。以後、大師は屋島寺の中興開山の祖として仰がれている。屋島寺はまた、山岳仏教霊場としても隆盛し、天暦年間(947〜57)には明達律師が訪ねて四天王像を奉納された。現在の本尊・十一面千手観音坐像はこのころに造られており、国指定重要文化財になっている。やはり国指定重要文化財の本堂は鎌倉時代に造営されているが、寺運は戦乱によって衰退する。だが、国主・生駒氏の寺領寄進や、歴代藩主の援助により相次いで修築され、鎌倉・江戸時代の風格を現代に伝えている

 

なかなか立派なお寺だった。門が何か所もあるのだが、どこにもちゃんと仁王像もいて、貫禄がある。

残念ながら、本尊・十一面千手観音坐像は、見られなかった。





お寺を抜けて、展望台へ。瀬戸内海の島々が見渡せる。なかなかの絶景。。。


展望台のある場所に、カフェがあったので軽いランチくらいはあるか、、とおもったのだけれど、「本日は仕込みの関係でランチメニューは提供できません」と貼り紙が・・・。けど、いいかげんお腹が空いている。まぁ、糖分でも摂取できればいいか、と思って入ってみた。ガラス張りで、なかから外が見渡せて、とても気持ちい。ウエイトレスに聞いてみると、ピザはできないけれど、「あんもち雑煮」はあるとのこと。なに?餡餅?雑煮?あぁ、西の方では一般的という、白みそ仕立ての雑煮か、、、まぁ、うどん県だけど、餅もありか。。。ということで、「あんもち雑煮」をいただいた。

空腹だっただけに、甘くてしょっぱい白みそは、なかなか美味しかった。タンパク質不足だけど…。

 

身体も温まったので、もう少し散策してみることに。ガイドブックにあって、ちょっと気になっていた「屋嶋城跡」に行ってみた。残っているのは、石垣の城壁なのだけれど、門だったというところが発見されて、幻といわれていた屋島城の存在が確認されたのだそうだ。

 

そもそも、屋島は、約1400万年前の火山活動で流出した溶岩が作り出した、平坦な頂上と急峻な崖を持つ「メサ」と呼ばれる台地地形で、高台から眼下すぐに海が見える地形になっている。ここに城があっても、海からもそう簡単には攻めてこれなかっただろうな、、、というところ。眺めがすごかった。

 

こんなものを何百年も前の人々が、人力で作ったのかと思うと、、、すごいなぁ・・・。

いやいや、屋嶋城跡のHPによれば、667年大和朝廷が唐と新羅の侵攻に備え、対馬・九州から瀬戸内海沿岸にかけて築いた朝鮮式の山城の一つ、ということ。1300年以上前じゃないか。。。瀬戸内海は、海賊のメッカだったわけだもんね。

 

屋嶋城跡まで足を延ばした後、屋島寺にもどって、予定した15:42発のバスに乗って琴電屋島駅まで帰ってきた。バスは、電車と接続しているようで、数分の待ち時間で瓦町行きの電車がやってきた。

それにしても、ものすごく懐かしい感じの切符販売機・・・。

無計画だった割りには、かなりいい時間配分で一日目の観光ができた。

 

今回のホテルは、大浴場付きのドーミーイン。天然温泉 玉藻の湯 ドーミーイン高松中央公園前。2泊、朝食付き、ダブルルームのシングル使用で、 25,020円。飛行機代がマイルですんだから、もっと贅沢してもよかったのだけど…。

 

公式サイトから予約したので、QRコードをかざしてチェックイン完了。いろいろ、べんりになったねぇ。

 

少し部屋で休んでから、夜ご飯こそちゃんとタンパク質たべるぞ!と、町にでてみた。アーケードの大きな商店街がある。瓦町駅もそれなりに大きかったから、到着したときにはあまり食べ物屋さんはみかけなかったのだけれど、何かはあるだろう、とおもって、アーケードを歩いたのだけれど、、、、ない、、、ラーメンか、餃子か、、、ココイチカレー、、、サイゼリアマクドナルド、、、、いったい、ここの人たちは外食、、、しないのか??あとは、焼き鳥屋さんか焼肉。しかも、趙格安焼き鳥チェーン店みたいのしかない・・・。サイゼリアも、あんまりだし、、、。いや、サイゼリアは間違いないからいいけど、そんなのはどこでも食べられる。もうちょっと、香川県っぽいものはないのか???

 

そして、たどり着いたのは、やっぱり焼き鳥屋さん。キリン生ビール、豆腐サラダハーフ、地鶏炙り焼き、つくね、うずら、、、しめて2080円でした。。。。

 


明日が本番、丸亀城に行くぞぉ!

お風呂に入って、早く寝よう。。。

『夜のあいだに』 by  テリー・ファン&エリック・ファン

夜のあいだに
テリー・ファン&エリック・ファン 作
原田勝 訳
ゴブリン書房 
2019年6月 初版発行
The NIGHT GARDENER

 

「大人も読みたいこどもの本 200」(BRUTUS Casa 2025年8月)で、21世紀の名作絵本として紹介されていた絵本。

図書館で借りて読んでみた。

 

原作のタイトルは、「夜の庭師」。表紙は、フクロウの形に剪定された木。

 

作のテリー・ファン&エリック・ファンは、 ともに カナダ・トロントオンタリオ・カレッジ・オブ・アート・デザインで学ぶ。インクや鉛筆などによる伝統的な技法と、デジタル技術を掛け合わせた美しいイラストレーションで注目されている。本書がファン 兄弟としての初めての絵本。
なんと、ふたりは、兄弟らしい。

 

訳者の原田さんは、1957年生まれ。 東京外語大学卒業。 会社勤務を経て 英語圏の児童書・YA作品の翻訳家に。
YA??ヤングアダルトの略号らしい。

 

表紙を開くと、袖には、
お家の窓から寂し気な表情で外をみつめる少年の姿。
そして、
” ようこそ グリムロック通りへ!
さあ、これから この通りに不思議なことが起こります。
 そして気がつけば、町も、人も・・・・。”

 

木と小鳥が並んだ壁紙のような鉛筆画。かわいい。
中表紙には、「グリムロック通り」の看板がある住宅街の様子。お家のまえの歩道は、買い物手押し車を押す女性の後姿や、買い物袋を提げたおじさん。コートのポケットに手を突っ込んで、帽子で顔が見えないくらい前かがみにあるく、アタッシュケースを片手にあるくおじさん。こどもを抱いて、歩道の電信柱をさけて車道をあるく女性。路駐の車。転がる空き缶。そして、梯子と敷物を抱えて、ステッキをついて歩く男の後姿…。ごく日常のような、町のある日の風景。でも、活気があるという感じではない。空は曇り、、、かな。

 

次のページでは、梯子を抱えていた男の人の正面の姿。口ひげをはやしたおじいさん。空に月がのぼると、たくさんの剪定ばさみを敷物に広げ始める。

 

物語は、
”ウィリアム(まどからのぞいていた男の子)がまどの外をみると、通りに町の人たちがあつまっていました。いそいできがえて、階段をかけおり、おもてへどびだしていくと・・・”
とはじまる。

 

そして、ページをめくると、白黒のお家の絵の横に、おおきな緑色のフクロウの形の木。人々が集まって、見上げている。

それから、毎日、朝になると木が動物の形に変身している。

 

大きなネコ。
ウサギ。
インコ。

そして、絵本のなかにだんだんと色が増えていく。

 

たのしそうなゾウ。

それまでで一番大きな傑作! それは、二本の木を使った龍の姿。
人々が、龍の上に登ったり、ぶら下がったりして楽しそう。
大人も子供も、豚もにわとりも、犬も猫も、木のもとへやってくる。

 

そして、ある日、日が暮れてそろそろ帰ろうとおもっていたウィリアムは、みしらぬおじさんを見かける。追いかけていくと、振り返った男の人はいいました。

「公園には、たくさんの木がある。手をかしてもらえるかな?」
それから、ウィリアムと男の人は明るい満月の下で、夜がふけるまで働きました。

眠ってしまったウィリアムを男の人は優しく抱きかかえます。

 

目をさましたウィリアムの耳に、楽しそうな親子の声が聞こえてきます。
そして、足元には、あの、真夜中の庭師からの贈り物が・・・。
剪定ばさみに「ウィリアムへ」とメモがついておかれていました。

 

公園は、クジラ、キリン、ダチョウ、、、
たくさんの人が楽しみました。

やがて、木の葉は色づき‥‥。
すっかり、紅葉した樹木。

やがて、葉は全て散って、雪景色。
もう、あの庭師がグリムロック通りにいたことを示すものは何もなくなりました。

でも、まえと同じではありませんでした。
春、町はカラフル彩られ、人々は楽しそうに暮らしている。
そして、ウィリアムも。

おしまい。

 

最後は、ウィリアムがひとりで剪定している姿。緑のトーンの中、月あかりが美しい。

一体、どれだけたくさんの葉っぱを描いたのだろう。こんな風に剪定された樹木があったら、町は明るくなるだろうな、と思う。そして、秋になって、冬になって、葉が散ってしまっても、また緑の葉が芽吹いて、また新しい動物たちを誕生させることができるようになったウィリアム。これからも、町の人たちが楽しくなる公園をつくっていくのでしょう。

ハサミで、町に明るさを取り戻す物語、かな。

 

最初の単色の寂し気な絵が、だんだんとカラフルになり、秋になり、冬になり、、、そして、また緑の季節になっていく感じが、なんとも、、、しんみり。月夜の美しさ。寂しいような、朝には楽しみが待っているというワクワク感があるような。

 

なんか、素敵だけれど、ちょっと寂しい感じ。兄弟の作だというのが、なお、ちょっと不思議な寂しさを感じてしまう。二人の作品の、もっと明るいものを読んでみたい気がする。

 

お家の近くの公園の木々が、こんなふうに動物の形になったら、楽しいだろうな。

 

 

『大雪』 by ゼリーナ・ヘンツ、アロイス・カリジェ

大雪
ゼリーナ・ヘンツ 文
アロイス・カリジェ 絵
生野幸吉 訳
岩波書店
2018年11月22日 第1刷発行
* 本書は『大雪』(1965年、岩波書店)を改版したものです。新版の刊行にあたり、スイス版の原書の色味を再現し、サイズを若干小さくしました。

 

岩波書店の絵本として、ネットで紹介されていた本。図書館で借りて読んでみた。

 

裏には、
” ふりしきる雪のなか、ふもとの村までおつかいに行ったフルリーナが
なかなか帰ってきません。
兄のウルスリは心配して、妹を探しに出かけます。

国際アンデルセン受賞のスイスの画家カリジェの美しい絵本。”
とある。

横長横開きの絵本。
表紙には、妹フルリーナをおんぶして、スキー雪の中を走る兄ウルスリ。背景の雪山は、アルプス山脈か?柵の向こうにうさぎ。鉛筆と水彩かアクリルか?
中表紙の白黒の絵も、やわらかな輪郭が優しい絵。

 

ゼリーナ・ヘンツは、 1910ー2000、スイスの詩人。 幼稚園教諭を経て 子供の本や詩を書くようになる。カリジェとの共作に『ウルスリーのすず』(1945)、『 フルリーナと山の鳥』(1952)がある。 1940年、 ヘンツは自分の物語の絵をカリ ジェに依頼した。 物語の舞台となった村 グアルダ に住む ヘンツのもとに、 カリジェが数年かけて通い 絵本が誕生した。

 

アロイス・カリジェは、1902ー1985、スイスの画家。絵本作家。子供の本や油絵、リトグラフなど、アルプスの自然や人々を描くことを愛した。故郷の村トゥルンには、カリジェによる壁画が多く残っている。

 

訳者の生野幸吉は、1924ー1991、 東京生まれ。ドイツ文学者、詩人、小説家。 1966年『生野幸吉詩集』 で高村光太郎賞受賞。 グリム『赤ずきん』、 ルイス・キャロル不思議の国のアリス』、『リルケ詩集』など訳書多数。

なかなか、古典的な絵本らしい。


外は粉雪の降る冬の山の小さな村。ウルスリは、家畜の小屋で子牛や子ヤギ、子羊の世話をしている。動物たちの世話が終わると、家族がまつ温かいお家の中へ。

あしたは、子供たちのそり大会。それに備えて、そりを色とりどりにかざったり、塗り直したり、艶出ししたり。みんなでそりを競います。ウルスリは、妹のフルリーナにとなり村の糸屋にいって、毛糸のふさを手に入れてくるように言います。

「道はとおいわ、それにさむいわ」というフルリーナだったけれど、そりのかざりが大事なウルスリは、フルリーナを村まで出かけさせます。

 

なんだ、お兄ちゃん、あまり妹思いじゃない・・・。
顔を手で覆って、ないているフルリーナ。
これは、兄妹いじめの話か?!?!

 

フルリーナは、隣村の糸屋までいって、毛糸のふさをつくってくれませんか?と店のお婆さんにお願いしました。お婆さんは、快く引き受けてくれたものの、その間にフルリーナには店の床掃除をさせます。床がピカピカになり、ふさも出来上がりました。

そして、ふさをもって家へ帰る途中、フルリーナは大雪で前がみえなくなってしまいました。でも、いつも動物たちがあつまる「あらしの木」にたどり着きました。風や雪から動物たちを守ってくれるモミの木です。そのとき、まっくらな真っ黒な風がざぁとふき、ごうごう、めりめり音をたて、だしぬけにまわりは夜になりました。

 

帰ってこないフルリーナを心配したウルスリは、探しにでかけます。
どうしよう、どうしよう。
ウルスリは、妹の名前を叫びます。
「毛糸のふさなんかのために、あの子を村にやるんじゃなかった…」

 

木の幹がいくつも倒れ、枝が雪から付きでたあたりに、長い系とのしっぽをみつけてぎょっとしました。

その糸を手繰っていくと、よわよわしいフルリーナの声が聞こえます。


ウルスリは、雪を掘り返して、
「フルリーナ、すぐたすけてやるよ!」

 

無事にフルリーナは、ウルスリの手を掴み、助かりました。
あたりを見回すと、「あらしの木」の姿はなく、折れた枝や、はだかの大枝ばかり。

 

「助かったのは、この木のおかげだよ。
そのうちにあたらしい木を植えましょう」

 

疲れ果てたフルリーナを背負って、ウルスリはお家に帰り、二人はだまったまま仕事にかかります。

 

そり大会の日、二人のそりは、すてきな毛糸のふさもついていて、あらしの木の枝がついていました。みごとなそりの行列です。行列は、二人のお家の前でおわります。こどもたちはみんな、おどったり、すわったり。お菓子のお皿がならんでます。お母さんがあつあつのチョコレートを出してくれました。

 

冬がおわると、そりは納屋にしまわれます。
小鳥は海をわたってきて、おなじみの「あらしの木」がなくなってしまって、途方にくれています。

ふたりは、若い木を掘ってきて、植えてやりました。
この若い木も、りっぱにそだつことでしょう。

 

おしまい。

 

なんか、ほんわり。
最後の植樹のシーンには、たくさんの動物たちが二人の様子を見守っている。
ちょっと、ヘタウマ系な感じのほんわかした絵が、スイスの雪や、春の芽吹きを優しく描き出している。雪の中、妹を一人で村に行かせるなんて、、、でも、結局兄は妹を探しに雪の中へ飛び出していく。いったい、いくつくらいの兄妹なのだろう。。。一人で動物の世話をできるくらいの兄だから、10代真ん中くらいかな?

 

スイスの雪の世界と、春をむかえた緑の世界と。

行くなら、春から夏のスイスにいってみたいな…。

大雪の日はお家でまったりしていたい。

 

 

『あさになったので まどをあけますよ』  by 荒井良二

あさになったので まどをあけますよ
荒井良二
偕成社
2011年12月 1刷
2012年4月 4刷
産経児童出版文化賞大賞、 日本図書館協会選定

 

「大人も読みたいこどもの本 200」(BRUTUS Casa 2025年8月)で、21世紀の名作絵本として紹介されていた絵本。

 

なんとあかるく、美しい色彩の表紙でしょう。しかも、お花に、蜜蜂まで飛んでいる。

 

 著者の荒井さんは、1956年、山形県生まれ。『ルフランルフラン』により日本絵本賞を、『たいようオルガン』によりJBBY賞を受賞するほか、ボローニャ国際児童図書展特別賞、小学館児童出版文化賞講談社出版文化賞絵本賞など受賞多数。2005年には日本人として初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞。主な絵本に『バスにのって』『スースーとネルネル』『はっぴぃさん』『きょうというひ』『えほんのこども』『うちゅうたまご』『モケモケ』などがあり、その他に作品集『metaめた』、マンガ『ホソミチくん』なども刊行している。

 

表紙にあるタイトルと同じフォントで、本文の中のものがたりも書かれている。物語と言っても、文字にしてあるのは、

「あさになったので まどをあけますよ」
というページがあって、次をめくると、
「やまは やっぱり そこにいて
 きは やっぱり ここにいる。
 だから ぼくは ここがすき。」

という風に、次々と、ことなる風景のまどが開けられていく。

 

山の風景。
町の風景。
川の風景。
雨の風景。
海の風景。

街と、自然と、人と、自然と、、、、。

 

そうだ、朝になるとまたいつもの見慣れた風景が、いつものように新しく始まる。
なんというか、気持ち新たに、一日を始めればいいんだよね、って思いたくなる絵本。

 

出版社のHPには、
”新しい1日をむかえるために窓をあける子どもたち。なにげない日々の繰り返し、その中にこそある生きることの喜びを描いた絵本。”
とあった。

 

うん、そうだね。

そして、「編集者より」という項には、

”2011年は、わたしたち1人1人にとって忘れられない年になりました。日々を暮らしていくということについて、多くの方があらためてさまざまな思いをめぐらせたのではないでしょうか。この夏、荒井良二さんは、被災地の方々と一緒に取り組むワークショップのために、東北地方沿岸部の町を訪ねる旅を繰り返しました。そして、思いをこめて1冊の絵本を描き上げました。美しい絵本です。この絵本の美しさにこめられたポジティブな力がどうぞ読者のみなさんに届きますように。”

とあった。

そうか、この懐かしいような風景は、東北の風景だったんだ。

高台から見下ろした川、海‥‥。

最後のページは、カーテンのかかる窓枠越しに、静かな海と遠くに見える海岸の街並み。

 

あぁ、そうか。。。
そうだった。

 

2011年も、もう15年前。時のたつのは早い。
あれから何回、朝の窓をあけたのだろう。15年の間には、私は引っ越しもした。窓から見える景色は、変わった。そして、今の場所に住み始めてからも、家の周りのビルは建て替わり、その景色も変わった。

 

朝起きて、窓を開けたら、自然の景色が目に入るところに、いつか住みたい。 海の見える家か、山の見える家か、川の見える家か、、、、。

 

こんなに穏やかな海が、人の命をのみこんだこともあったんだな、、、と、2011.3.11を思い出す。幸せボケ、平和ボケできるのはよいことだけれど、日本に住んでいるからには、自然災害の備えもしないとね…。

 

今週の東北、北陸の大雪も、大事に至りませんように‥‥。

 

自然には、かなわない。

そして、人間も、自然の一部‥‥。