ぼくの思考 ぼくの思考
みんな何かしら持っていて何かしらで生きていればいいなと思う 自分で作り上げなくてもさ、他者の借り物でもさ、なんか生きてたら揺らぎたくなる時があるから その時に支えてくれるのは過去の行動でしかないからさ
歪んだ思考を矯正するだけでは良くならなくて、今まで出てきた感情を感情として処理することが要るんだなって思った。感情を論理的に捉えても感情はなくならなくて、評価や因果関係を何も考えずにただ私は〇〇と感じているのだなと思うだけみたいな。そのことをみんな思考を手放すって言ってるのかな→言ってた‼️
思い出みたいなエモみたいな感じではないけれど、昔の記憶のアルバムをそっと触れるくらいにする 深く深く入りすぎてしまうとそれに飲まれてしまうため でもあの時大泣きを我慢してしまった自分はそっと触れるくらいでは消えないんじゃないかとも思う 代弁して今崩れ落ちることをした方が楽になることもあると思うため簡単に1つのやり方で救われると慢心せず様々な方向から自分を癒す必要がある。
生き方も盲信は少し危なくて自分のかなり気に入っている生き方がありつつも本当にそれは適切なのかを常に考え続け更新を辞めないことは意識すべきかもしれない 成長すると目線が変わってくるから全てを更新していかないと何かを見落としてしまう でも常に変わり続けてしまうといつか道に迷ってしまう。結局全てバランス ぎちぎちに育て上げられてしまった白黒思考を緩やかなグレーも考えられるような思考へと変えてみることで少しだけ生きやすくなる可能性を模索してみる
今はちょっとだけ道に迷っている だから簡単に決めつけることを絶対にしないように 何も見落としがないようにできる限り思考を出力して全てを縫い合わせて道の予想図を作る作業。9つの時に作った道はなかなか出来が良かった そのままただその道を通るのじゃなくて道を歩いている間も考え続け段々その道から逸れていき歩いている道では成り立たなくなりそうであればまた少しずつ逸れていった要素達をかき集めて構成し直すのか? 多分そう
そもそも道に迷わないようにすることは出来ないのかと考えるが未知の世界をすたすたと歩けるものなど存在しないため迷って悩んで考えてみたいな前進をするためのくねくねの工程は必要不可欠なんだろうなと思った。これから何度も道に迷っていくことがあると思うが来たるその時のために健康な体を用意する必要があると思う 下手に思考で何かに強い執着を持っても成長とともに視点が変化していくためそれが枷になる可能性の方が高く どの考えが枷になるかならないかなんて未来よりも劣っている自分は判断できない。大事なのは体 体が弱っている時は変な思考に走りやすいためいつでも自分が思う存分に考えられるような体調や環境を常に整備してあげることが未来へのバトンのような気がする
多分他の人間が無意識のうちにやっている事を知覚できる限り全て言語化し意識的に制御するようにしているため人間のようで人間味がなくそんな自分を気味悪く思うのだろう。ただひたすらに己のことを分析し続けた結果 その力が大きくなりすぎてコントロールした方が良くなってしまったらしい おれは不器用すぎる
社会は成績しか見ない たった1個人の数字の裏の奥の現実なんてわからない それが多分ずっと続くだろうしそれが正しいのだと思う だから苦しくとも勉学に励みますよ 数字に収まるような陳腐な人間ではないけれど数字という世界においても一際輝いていたいというプライド
どこに環境を置かれてもそれとなく何かは成し遂げるだろうという底知れぬ自信はやれば出来るを常に体現してきたから出来たんだと思う
頑張ることは目的じゃなくてただの手段なのでそこを取り間違えたらいけないよ 心の中の体育会系の声がうるさくともずっとそれは意識しなきゃいけない 目的に向けての近道をずっと選び取ろうね
頭の制御機能をどれだけバカにせずに20まで生きられるかゲーム 体育会系の声に負けるな👊👊崇拝するな👊👊こちら側が管理/利用するようになろう
人生って何が有益で何が無益なのかわからないから勉強するのもゲームするのも同価値という極端な考えを一旦自分の中に生み出した
でもゲームよりも勉強をしている人と勉強よりもゲームをしている人だとどちらが社会的に大きく活躍しそうかと言われると前者である
ゲームと勉強の違いは受動的か能動的かだと思う 能動的な方が物をよく考えてより知識を得ることだけでなくそれらの知識を繋ぎ合わせて活用できるのではないだろうか
別に人生において行動の選択肢にゲームと勉強しかないことなんて無い だからどの行動が人生において無益でどの行動が有益なんだろうかとも思う なんだかこれらの行動自体には無益さも有益さも含んでいなくてその後、その行動をした人の生き様でどちらなのかが振り返った時に分かるのかもしれない
勉強が社会で有益とされるのはかなり実生活へと結びつけやすいからだと思う ゲームもゲームで得たものたちをたくさん実用化していけば有益だろう
どうすれば全ての行動を実用化させられるかというと多分2つあると思う
1つ目は普段からよく考えること。受動的なコンテンツに対しても考えがあれば良いと思う。そしてそれらをできる限り何かに記録する。記録するとなんだかたまに読み返したくなって読み返す。そうしたらその考えが定着して実用化できる機会が増えるかもしれない。
2つ目がコンテンツの偏りを防ぐこと。ゲームでも学がないと元ネタを発見することができない。だからゲームとかの趣味も勉強もバランスよくするのが良い
今日1日SNSばかり見て過ごしたけれど見た内容は一つも覚えていない こういうのは酷く無益だ でも今日はこれを有益にするひとつの方法を思いついた。今日は無益ではなく休息の日とする。
生きるっていうのは自己表現をするためのものなのかもしれない というより生きるという行為をしていると自己表現をせずにはいられないのだろう 自己表現をすることがなぜ喜びに結びついているのかが本当に分からないけれどひとつひとつ小さくして考えてみる 自己表現で得られるものとしては達成感などからの自分からの承認、あくまでサブとして他者からの承認がある 自分からの承認を得た個体というのは次の物事にも挑戦しやすくなる(=人類にとっての繁栄に役立つ可能性がある)だから健全とされている という説
なんとなく構造を考えてそれに乗っとった結果、自己表現の一環として 安心と愉快を体現する人間になるためという目的を一旦置いている 愉快というのは安心の余白から生まれるから第一にすべきことは安心までの道のりで歪みを少なくすること
トラウマについて(まとめ)
大まかに受けた被害を精神的暴力、身体的暴力の2つに分けて対処をする
精神的暴力について
トラウマ体験を書き起こせられるようになるまで放置する 温度感を軸とした文章を正確に書き起こして本能的に2.3日読み返す日々が続くからそれらを阻害せず でも入り込ませすぎない対応をとる必要がある この時に脳が「いくら読んだとしても環境が危険な状態にならない」と学習していると予想している その後ぱたりと読まなくなり忘れた頃に読み返す習性があるからそれも阻害しない 結局習性を阻害せずに入り込むことを防ぐだけで良いということ
身体的暴力について
本当に分からない未知の領域 多分専門家や調べるに限る トラウマを緩和するための大事な鍵って「ここは危険ではない」という安心だと思うから 危険ではない場所に移れるまでの延命 もうそれで暫く置いておくことにしよう
期待と負荷
高校でなぜ潰れたかというと過去の己が期待をかけすぎたことによってやらなくても良い役割を自ら引き受け または半ば強制的に引き受けさせられ 断ることができなかったから ここで起きている問題は2つある 1つ目が現在の己が出来なかった事たちを全て未来に託して光り輝く希望へと脳内で昇華されていたこと 2つ目が自他の境界線が曖昧で担うべき役割の所在を正確に把握することができなかったこと 2つ目に関しては夏休みに母を練習台としてかなり線引きの練習が出来ていて改善傾向にある 1つ目をどこに落とし前をつけるか 1つ目の状況になぜ陥ったかというと考える知能が足りなくて現時点では行動不可能と判定した物事があまりにも多かったから 未来という希望に縋ることでしか生きることへの意味を感じられなかったから 等の理由がある これから先の7年間で同じような状態に至る可能性は低いと思う 高校に入学してからカウンセラーさんや保健室などの外部機関に頼る術を覚えた 友達の誰にもほぼ話したことがなかった家庭環境について狭い範囲に対して負担もかけないように少し話をしている ネットでも何も考えていない脳天気な者を演じることを少しやめた 1人で抱え込むことをしすぎない仕組みづくりがあるため未来にしか希望が持てないなんてことがこれからあるのだろうか あったらあったときにまた考えようね
安定しているときに現実的に実行出来る形まで思想を落とし込むことや考えると決めていたことについて考えるとか 安定が貴重な分、休息というより分析に比重を重く置いているかもしれない 環境が不安定な中で安定を目指すことは出来ない それは同化でしかないだろう
・トラウマの文章は目的を持った読み返しかどうかの判断基準の明確化
おそらく母は幼少期は生贄的な役割を持っていて、母の妹が期待の星だったのだと思う。貶される時などによく「長女だから〜しなさい」みたいなことを言われていたそうだから、母の中で長女=生贄、次女=優遇というイメージが結びついていたのかも。だから同じようにはさせないように、長女である姉ちゃんのことを育てた。
母は「自分の意見」として他者に伝えることが苦手で、よく誰のことを指しているかわからない「みんな」という言葉や父などを使う傾向がある。だから、子育てをしていく上で何か指標が必要だったのかも。姉ちゃんや私をそれぞれで比べることで、分断して支配下に起きやすくしたり「自分の意見」として伝えることを回避したりしていたのかもしれない。
母は予測可能なものが好きだ。決まった曲順のアルバムが好きだし、同じ人が書く小説や曲が好きだ。人々が母に見せている面だけを信じる傾向があって、もしかするとこういう人なのかもしれないと思うことが少ない。でも予測は母の中では出来ているつもりで、父に指摘された時には図星からか怒って有耶無耶にした。そこから姉と私を見てみると、姉はかなり母を内面化しているから母にとって姉の動きは予測可能だ。姉がなぜ内面化しているかわかるかというと母と進路の話になった時に「母が全て正しいから反論する余地がない」と言っていたからだ。私から見ると反論の余地はあったから、多分姉は母の意を中心に考えすぎていて視野が狭くなっている。
姉と違って私は昔から予測不可能な人間だったらしい。多分母似とか父似とかいうものもあって私は父に内面は少し似ている。母は予測不可能なものに対して快く思っていなくて、実際に私は「予測不可能だから怖いと思うでしょ?だから…なんちゃらかんちゃら(なんか衝撃的すぎて覚えてない。多分加害したことに対する自分の正当性を主張しようとしていた)」と言われた。だから母の中では私は怖いもの・間違っているもので、姉は手に取れるもの・正しいものなんだ。
私視点だと姉は比較の上位にされることが多かった。成績や外見などの外面は堂々とした比較が暗黙の了解でタブーとされていると思っていたが母は私に対して堂々とばちばち私⤴️の姉⤵️をしてきたため、姉はそこは堂々としたものを見ていなくても感じ取っているだろうと思う。それに比べて内面の比較はかなり堂々とされていて、たくさんの姉⤴️私⤵️を受けた。堂々としているものでかなり優遇を受けていた姉は、多分母のことをそこまで嫌いになりきれない。だから、私が姉のために母に全く姉の情報を渡さないのに対して姉はぽろりと私の情報を母に言ってしまうのだと思う。だから1番帰属意識が低いのが私で、母を中心に家庭を見た時に1番孤立しているのも私。
母のことを恐れる必要が無くなるのは4年後かもしれません。でも恐れるって感情で、思考で制御できる代物じゃない。ゆきは今かなり母のことを恐れていて、母の存在自体がトラウマのようなものだと思っている。だから、トラウマと同じ対処を取りたい。まず離れる。次に何度も何度もしてきた言語化を大人になってもする。カウンセリングにも通い続ける。今はトラウマに対してゆきは全く知識がなく、己で編み出してきた方法でしか治療をしていない。だから精神科やカウンセリングという医療の力を大人になってから存分に使いたい。トラウマはわからない。下手に扱うと追体験になるだけだから、何度もそれをしてきたから慎重に、でも少しずつ直したい。続ける。
自分を許すという感覚が分からないから、日々の生活を淡々と積み上げることしか思い浮かばない。何に対して罪を持っているのかもわからない。だから日々を積み上げて、ふと振り返った時に案外してきたことって悪くないなって力が抜けてる笑えるくらいに積み上げる。力を込めて日々を積み上げるのじゃなくて、己の許容範囲の成長と共に出来ることを増やしていきたい。繋がれた鎖の長さが段々と長くなって動ける範囲が増えるイメージ。でも動ける範囲が増えたからって絶対その範囲内を動き回らないといけないなんてルールはないでしょう?なんか、そんな感じ。
ゆきはゆきという概念が入った体しか持ち合わせていません。(乖離はしておらず、ほんとにそう思ってる)そして、カスタム出来るのもゆきという体だけで他者に革新的な何かを求めるのは間違っている。恐怖も許可も自由も全部自分が納得したら例えそれが実は恐怖から解放されなくても、自分を許すことができなくても、本当の自由を得てなくてもゆきの実感が全ての価値。だから納得した答えを探し続けて、その方向に向かうことを続ける。それが微細な方向の変化があったって変わらない。続けていくのみ。永遠に来ないという未来が想像出来ないけれど、その続けるという過程にも楽しみを見出す能力があるから大丈夫です。ゆきはなんだか自信がある。自分の人生が散々だった!って言わない自信。
頑張るなと言われても壊れても頑張らせてくれよと思った それで己が強いのだ、とも思った けどそれって頑張る方向や加減を調節出来ていないただの脳筋でしかなく、より良くしようとする思考を放棄しているだけだった 自己破壊に進むことを強さと捉えるべきではない 誇りでもなんでもないよそれは
不器用だから、たくさんまちがえる
まちがえてもやめないようにする、 続ける 頑張るとか頑張らないとかはもうなんかわかんなくなっちゃったけどやめないことだけは決めてる
