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『新しい経済のつくり方: 「人間中心」の日本型資本主義へ』(D・ヒュー・ウィッタカー)

2025年、私はオックスフォード大学の社会経済学者であるD・ヒュー・ウィッタカー先生と二度お会いする機会を得た。これからの経済社会や企業経営について語る中で、先生が

経済と企業経営は、取引そのものを対象するのでなく、「愛」で捉え直すことでもっと幸せになれる。

と語っていたのが深く記憶に残っている。

本書は、そんなウィッタカー先生が「これからの日本の経済や社会を、どんな考え方でつくり直すのか」という大きな問いに挑む書である。とても厚く、難解そうなテーマではあるが、超訳すれば「日本は、アメリカとも中国とも異なるやり方で、もう一度元気になれるのではないか」という内容でもある。

そのため、社会人のみならず学生の視点から読んでも、就職・仕事・地域・DX・環境など、これからのキャリアを考えるうえで多くの示唆を得られる本である。

書籍概要

ウィッタカー先生は、日本企業や日本経済を長年研究してきた社会科学者である。「失われた30年」と呼ばれる日本経済に対し、彼は「日本はもうダメだ」という“失敗の物語”としてではなく、「課題が多いからこそ、新しいモデルをつくれる国である」という見方を示す。

本書の中心にあるキーワードは「人間中心」と「日本型資本主義」である。近年よく耳にする「デジタル(DX)」「グリーン(GX)」「Society 5.0」「社会的投資(人への投資を重視する国のあり方)」といった言葉を切り離さず、「人を真ん中に据えた経済」を構成する要素として再構成していく。

成長のために人を使い捨てるのではなく、「人が能力を発揮できるよう社会を設計し直す」。その視点から日本の現在と未来を考えようというのが、本書の大きな流れである。

岸田政権の「新しい資本主義」と「新しい経済」の違い

かつてニュースなどで「新しい資本主義」という言葉を耳にしたことを覚えているだろうか。

時は岸田政権期。「成長と分配の好循環」「人への投資」などを掲げた政策が「新しい資本主義」であった。具体的には、賃上げの促進やスタートアップ支援、DX・GXへの投資などが中心であり、それまでの経済環境を維持したまま「成長戦略の延長線上の政策パッケージ」という性格が強かった。

これらの施策自体は極めて重要であるが、「資本主義そのものをどう変えるのか」という、すでに限界を迎えつつある資本主義像の更新には踏み込めておらず、レトリックの域を超えていないという批判も多く見られた。

一方、ウィッタカー先生の提唱する「新しい経済」は、単なる政策メニューではなく、社会の基盤そのものを問い直すものである。

  • そもそも日本社会を動かしている価値観(精神)は何か

  • それぞれの良さと限界は何か

  • それらをどう組み合わせれば「人間中心」の経済になるのか

つまり、現行の経済政策ではなく、「日本という国をどのような設計図でつくり直すか」を問う議論になっている点が大きな違いである。

本書における論点の整理

本書の議論は専門的ではあるが、概ね次の流れで読むと理解しやすい。

【論点①】日本経済の現在地とこれからのシナリオ

バブル崩壊以降の日本を「失敗の30年」と切り捨てるのではなく、「様々な制度を調整し続けてきた30年」として読み直す。これから日本が「復活する道」と「停滞する道」の両方の可能性を持つことも示される。

【論点②】DX・GXと産業構造の変化

DXやGXは、単なるIT導入や環境対策にとどまらない。都市構造やエネルギー利用、企業のビジネスモデル、私たちの働き方や暮らし方を含め、社会そのものを変える「Society5.0」実現の鍵として位置づけられている。

【論点③】社会的投資国家と人への投資

「お金を配る福祉」だけでなく、教育・リスキリング・子育て支援・ケアへの投資を通じて、人が力を発揮できるようにする「社会的投資国家」という考え方を紹介する。ここには大学教育や学び直しも含まれる。

【論点④】企業・ガバナンス・ESGの再解釈

コーポレートガバナンス改革やESG投資を、「株主のため」だけではなく、「人材育成・イノベーション・地域社会との関係」を再構築する枠組みとして捉え直す。日本企業の「長期志向」や「企業共同体」といった特徴も、弱点ではなく新たな強みとして活かせるのではないかという視点である。

【論点⑤】三つの資本主義の精神とコントロールされた不均衡

本書のクライマックスはここにある。最後に、「市場主義」「新開発国家型(国家主導)」「コミュニティ型」という三つの精神が日本の中でどのように共存し得るかが論じられる。その打開策が「コントロールされた不均衡」である。

三つの資本主義の精神と「コントロールされた不均衡」

ウィッタカー先生による三つの日本資本主義の精神と「コントロールされた不均衡」を要約すると、以下の通りである。

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D・ヒュー・ウィッタカー『新しい経済のつくり方: 「人間中心」の日本型資本主義へ』を基に作成

まず三つの精神を、それぞれの理想と限界で整理する。

三つの精神の理想と限界

  1. 市場主義とは、競争と価格メカニズムによって資源が効率的に配分され、企業家精神とイノベーションが促される経済を理想とする。岸田政権の「新しい資本主義」は、市場主義的な枠組みの上に立っている。
    一方で、自然環境や地域性といった「市場の外」にある要素が軽視されやすく、格差や雇用不安、景気の乱高下などの問題を招きやすい。

  2. 新開発国家型(国家主導)とは、国家が描く戦略産業への大胆な投資を中心とするものである。岸田政権の政策そのものと言える。民間ではリスクが大きすぎる分野も官民連携で進められるため、戦略実行の可能性が高い点が理想である。
    しかし、官僚主義や政治的配分、非効率な事業の温存などのリスクを抱え、また国家目標が優先され過ぎると多様性や個人の自由が犠牲になる可能性がある。

  3. コミュニティ型とは、地域や企業、家族、NPOなどの強いつながりを基盤とし、相互扶助と信頼を中核とするものである。取引よりも長期的な関係性を重んじ、人々に「居場所」と「安心感」をもたらすことを理想とする。
    一方で、内向きになりやすく、新しい人材やアイデアの多様性を受け入れにくく、若者・女性・外国人などが排除されやすい傾向がある。

これら三つの精神は「どれか一つを選べば解決する」というものではなく、それぞれに魅力的な理想と危険な副作用を併せ持っている点が重要である。

「コントロールされた不均衡」と「人間中心」

では、三つの精神がぶつかり合う日本は、どうすればよいのか。ウィッタカー先生の答えは、「きれいに一本化しようとしないこと」である。

  • 市場主義だけを徹底すると、格差や不安定さが広がる。

  • 国家主導だけを強めると、官僚的で窮屈な社会になる。

  • コミュニティだけを守ると、閉鎖的で変化しない社会になる。

だからこそ三つは、少しずつずれたまま共存しているほうがいい。
ただし、放っておくとどこかが暴走するので、

  • 法律や制度

  • 税・社会保障

  • 教育やガバナンス

といった仕組みを通じて、「行き過ぎを抑えながら不均衡を保つ」ことが求められる。これが「コントロールされた不均衡」である。

その際に中央に据えるべき判断基準が「人間中心」である。

  • 人の暮らしの質(ウェルビーイング)はどうか。

  • 学び、働き、やり直す機会が開かれているか。

  • 弱い立場の人が切り捨てられていないか。

成長率や株価だけでなく、こうした観点から「どの精神に、どの程度寄せるか」を考える。これこそが、ウィッタカー先生の描く「新しい経済」の理想像である。

私たちへの示唆

これまでのメッセージを自分ごととして捉え直すと、いくつかの要点が浮かび上がる。

  1. DX/GXの「人間中心」的な意味づけ
    DXやGXを、「企業の効率化」「新しいビジネスチャンス」とだけ捉えるのではなく、「人の学び方・働き方・暮らし方をどう変えるのか」という視点で考えること。

  2. 三つの精神を視座として使う
    政策や企業の取り組みを見るときに、「これは市場の論理か? 国家の論理か? コミュニティの論理か? それぞれの限界は?」とそれぞれの視座で問い直すこと。

  3. 完璧なモデルより、“現実と付き合う力”
    「これからは◯◯主義が正しい」と言い切らず、この"ごちゃごちゃ"を理解し、「どうすればコントロールされた不均衡になり得るか」を考えること。

  4. 教育・学びへの応用
    リスキリングや教育の正当性を支える枠組みとして、「市場・国家・コミュニティ」「人間中心でウェルビーイング」という視点を組み込むこと。

「日本の未来」や「資本主義」といった言葉は大きすぎて、どこか自分とは遠いものに感じられるかもしれない。しかし、ウィッタカー先生の議論をたどると、それは「自分がこれから生きていく社会をどのようなバランスでつくっていきたいか」という、極めて身近な問いであると分かる。

そういう意味で本書は、経済書というよりも「これからの社会デザインの書」として読むことで、すべての人にとって刺激的な一冊となるだろう。


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