田中甲
| 田中 甲 たなか きのえ(こう) | |
|---|---|
| 生年月日 | 1957年1月8日(69歳) |
| 出生地 |
|
| 出身校 | 立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ) |
| 前職 |
産洋不動産株式会社・社員 株式会社タナカコーポレーション・取締役 三番瀬フォーラム・監事、特別監事 政党支部「新党さきがけ千葉市川支部」代表 政党支部「民主党千葉県総支部連合会」副代表 1995年1月12日-2004年2月29日:政治団体「甲祥政研会」・代表 1999年3月29日-:政党支部「民主党千葉県第5区総支部」代表 2001年6月21日-2008年10月14日:政治団体「尊命」代表 2006年3月-2008年10月:リーダーシップ研究所・代表 2009年9月7日-2009年12月31日:政党支部「みんなの党千葉県総支部連合会」代表 2014年10月27日-2019年7月1日:政治団体「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」代表 「一般社団法人白川学館」専務理事 |
| 現職 |
2003年1月30日-:千葉フロンティア・代表 2013年12月25日-:内湾開発株式会社・代表取締役 2017年3月1日-:ミヤコ興業株式会社・代表取締役 2018年6月5日-:株式会社六甲・代表取締役 2019年7月10日-:公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会・代表理事 正中山法華経寺・総代 2022年4月22日-:第28代市川市長 社会福祉法人 南台五光福祉協会・理事長 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) (新党さきがけ→) (旧民主党→) (民主党→) (政党・尊命→) (みんなの党→) (日本維新の会→) 無所属 |
| 配偶者 |
後妻:田中(清水)真紀 先妻:田中(渡邊)三枝子(株式会社タナカコーポレーション・代表取締役) |
| 親族 |
長男:田中幸太郎(千葉県議会議員、株式会社タナカコーポレーション・取締役、株式会社六甲・取締役、株式会社フリューゲル・取締役) 祖父:田中幸之助(故人・千葉県議会議員) |
| 公式サイト | 田中 甲公式ホームページ - こう!と決めたら田中 甲 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2022年4月22日 - 現職 |
| 選挙区 |
(旧千葉4区→) 千葉5区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 1993年7月19日 - 2003年10月10日 |
| 選挙区 | 市川市選挙区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1990年3月 - 1993年 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1987年5月2日 [1] - 1990年 |
田中 甲(たなか こう、本名:きのえ、1957年(昭和32年)1月8日[2] - )は、日本の宅地建物取引業者[3]の代表取締役、政治家としての通称が「甲・こう」。千葉県市川市長(1期)。衆議院議員(3期)、千葉県議会議員、市川市議会議員などを歴任した。
市川市長となった後も、内湾開発株式会社[4]、ミヤコ興業株式会社[5]、株式会社六甲[6]、各社の代表取締役、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会[7]の代表理事[8]を兼職している。各自治体の条例に基づき公表された2024年の所得や資産は1億1991万円で県内トップと報じられ[9]ている。
2019年10月21日、浦安市倫理法人会が開催した経営者モーニングセミナー[10]では、県議会議員であった祖父が作った内湾開発で浦安市倫理法人会、浴場の経営をしていたミヤコ興業で市川市倫理法人会、六甲で行徳倫理法人会にそれぞれ加入していること、柳内光子を「第一御先祖様」と呼んでいること、7月に前出の公益財団の代表理事に就任したこと、毎年1月4日には伊勢神宮参拝をしていること、2019年1月19日に伊勢修養団の水行に柳内光子と参加したこと、県議会議員の子息を新しい会社(六甲)の役員にして給料を渡す時に話していること、経営する会社の経理をしていた女性と再婚したこと、前回の結婚を失敗したのは倫理を学んでいなかったからと明らかにしている。
2017年市川市長選挙の直前に千葉フロンティア(後掲)が発行した会報のプロフィールには、「市川エフエム放送でパーソナリティー」との記載があり、これで後妻を見初めることになった。[11]
広報いちかわ2023年3月4日号連載「市川にこうご期待」[12]には、祖父・田中幸之助(明治24年9月3日南行徳村押切生まれ、家業・屑鉄回収業、議員退任後・土建請負業、砂採取業、1969年3月4日歿・享年77歳)について、大雪の日に他界したこと、戦前は南行徳町議会議員を2期、1947年(昭和22年)、戦後初の統一地方選挙で県議会議員(東葛飾郡)となり、昭和30年まで2期務めた後、南行徳地域の区画整理組合の理事長を務め、都市整備と帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ)と交渉を進め、東西線の誘致や千葉県内の海岸線から天然ガスを発掘しようとする実業家だったと振り返り、政治家になる大きなきっかけを与えてくれたと記載している。
大腸がんで公務を離れて入院2回、約1か月半の療養
[編集]2023年3月14日午前、市広報室を通じ検査入院を発表[13]、同日午後、市川市長は千葉県内の病院に自身が検査入院しているとSNS[14]を通じて明らかにしたものの、病状については説明せず、「今しばらくの入院・加療が必要と判断された」と述べ、議会や市民らに陳謝する動画メッセージの内容と、3月6日に検査入院し、3月7日の市議会2月定例会本会議を欠席、議会運営委員会で松丸多一・副市長[15]を通じて検査入院を伝え、欠席を陳謝した後も公務に復帰せず、議会最終日の3月13日も欠席したとの経緯が報じられた。[16]
2023年3月18日号「広報いちかわ」[17]に掲載されたコラム「市川にこうご期待」[18]には、「3月6日(月)の朝、軽いふらつきで貧血状態になった私は、大事を取って健康診断を行うため大学病院に向かわせてもらいました。」、「検査の結果については、時機を見て私自身から説明をする機会を作りたい」、「食べ物を口にすることができず、24時間点滴をつけっぱなしの状態」、との記載が確認されている。
2023年3月29日、市川市は、体調を崩して3月6日に検査入院し、その後も公務を離れていた市長が4月3日公務復帰、同日、記者会見を行うと発表したことが報じられた。[19]
2023年4月3日、市川市は「急きょ加療が必要になった」旨と、市長の公務復帰を延期すると発表[20]、復帰の時期は未定、3月6日に検査入院し、その後、公務を離れていたと報じられた。[21]
2023年4月21日、市川市は、大腸ポリープの切除手術を受け、退院後、再入院、4月19日に退院した市長が公務に復帰したと発表したことが報じられた。[22]
2023年4月25日、約1カ月半公務を離れていた市長による復帰後初の記者会見を開かれ、病状についての説明として、2022年3月の市長選後の人間ドックで便潜血があり、3月5日に下血がひどく緊急入院、大腸ポリープ切除手術を受け、同26日に退院するも、4月2日に再入院、十二指腸潰瘍の治療を受け、同19日に退院、同21日から公務に復帰、最大で約11キロ体重が落ちた旨、また、この不在中に職務代理者を置かなかったと報じられた。[23]
2023年12月16日、広報いちかわ[24]「市川にこうご期待」にて癌であったことを明かしている。[25]
略歴
[編集]千葉県市川市出身。日出学園幼稚園、日出学園小学校、立教中学校、立教高等学校卒業。1980年(昭和55年)3月、立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ)、ヨット同好会ブルーウォーターセーリングクラブを設立。[26]
プロフィール集
[編集]ホームページ(koh-tanaka.com)2002年6月1日
ホームページ(tonton-aic.jp/k-tanaka)2004年10月11日
ホームページ(koh-tanaka.jp)2009年5月28日
ホームページ(koh-tanaka.jp)2019年3月19日
ホームページ(koh-tanaka.jp)2019年12月6日
政治活動履歴
[編集]フォトギャラリー
[編集]ホームページで一時期掲載されていた。[27]
市川市議会議員
[編集]1987年(昭和62年)4月、市川市議会議員に初当選。
千葉県議会議員(市川市選挙区)
[編集]1990年(平成2年)3月、千葉県議会議員の補欠選挙に初当選。警察・企業常任委員長。[26]市議・県議時代は自由民主党に所属した。ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」[28]で後に、「自民党の千葉県青年局長を30代前半で務め県内をくまなく回った。」と綴っている。
衆議院議員(新党さきがけ~旧・民主党~民主党~無所属)
[編集]新党さきがけ
[編集]1993年(平成5年)の衆議院選挙において新党さきがけ新人として千葉4区より立候補し、初当選。
甲祥政研会
[編集]1995年(平成7年)1月12日、官報(発行:1995年4月24日)に掲載された自治省告示第89号[29]によれば、自治省届出の政治団体として甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体[30])が設立されたことが確認されているが、後出の平成10年分収支報告書の要旨より前の収支報告書の要旨の公表は確認されていない。[31]
領海侵犯
[編集]1995年(平成7年)8月29日、「ムルロア環礁での核実験に強く反対する議員の会」団結式が行われ、タヒチからグリーンピースの抗議船に乗り込み、実験海域近くの公海での抗議活動に参加する[32]としていたが、9月10日、田中甲と宇佐美登は、タヒチ島出発の日本の2議員らが乗ったヨット「ラ・リボーテ」が領海侵犯したとして、フランス軍特殊部隊によって拘束された。[33]
旧・民主党
[編集]1996年(平成8年)に、旧民主党の結党に参加する。その直後に行われた衆議院選挙において、千葉5区から立候補し2期目当選、千葉県内の小選挙区における旧民主党が唯一確保した議席となった。
みなし解散
[編集]1998年(平成10年)4月1日、千葉県報 号外74号(発行:平成11年12月24日)に掲載された選挙管理委員会告示[34]によれば、田中甲後援会(代表・田中金吾~平成26年6月14日逝去の実父)ならびに、さきがけ千葉市川支部(代表・田中甲)のどちらの政治団体も❝みなし解散❞(政治資金規正法第17条第二項の規定により、政治活動(選挙運動を含む)のために寄附を受け、または支出をすることが出来ない団体となる、すなわち、平成8年分、平成9年分政治資金収支報告書がともに1998年3月31日時点で未提出)となっており、現職衆議院議員(当時)でありながら、実父が代表である政治団体の収支を届出しておらず、公表されていないことが後に確認されたが、その後も収支報告書の提出は確認されていない。
1998年(平成10年)、民主党の結成に参加する。1999年(平成11年)に行われた、2度の民主党代表選挙で、1月では松沢成文の推薦人、9月では鳩山由紀夫の推薦人となる。
民主党千葉県第5区総支部
[編集]1999年(平成11年)3月29日、千葉県報 号外74号(発行:平成11年12月24日)で確認される選挙管理委員会告示[34]によれば、民主党千葉県第5区総支部(代表・田中甲、会計責任者・久保田篤、千葉県市川市行徳駅前1-26-15~河幸第六ビル[36])が設立された。官報(発行:2000年10月19日)に掲載された自治省告示[37]によっても民主党の支部設立が確認されている。
官報(発行:1999年9月10日)に掲載された自治省告示[38]による平成10年分収支報告書の要旨の公表がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)の記載が確認されている。
事務所・本店所在地の住所表記に齟齬
[編集]2000年(平成12年)6月25日、民主党の公認として衆議院議員選挙で3期目の当選[39]をした。この当時から、事務所の住所を「千葉県市川市行徳駅前1-26-15」[40]としながら、実際の事務所の場所は、現在の六甲ビル[41](従前:こう!と決めたらパーキング)[42]所在地「千葉県市川市行徳駅前1-26-12」であり、明らかにサイズ制限(公職選挙法 第143条[43]文書図画の掲示第17項)[44]を大きく超えた政治団体事務所立札が設置され、「田中甲事務所」、「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」などの表記が確認されている。なお、行徳駅前1-26-15は「河幸第六ビル」[36]であり、株式会社六甲[6]の本店所在地[45]として登記されている。その5階は、「有限会社井田経営事務所」(代表者:井田利明~政治団体「TEAM市川プライド」代表者[46])の本店所在地[47]として登記がなされているが、外観上は、同地に本店所在地が登記された「株式会社大翔」[48][49]❝人材トータルアウトソーシング❞との表示[50]がされているのみで、前2社の表示は見られない。
官報(発行:2000年9月8日)に掲載された自治省告示[51]による平成11年分収支報告書の要旨の公表がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)の記載が確認されている。
2000年12月4日から2001年1月19日にかけて、民主党の国民運動委員会の委員長として、政権奪取運動委員会に組織の名称変更[52]を行い、若手議員たちが全国47都道府県をまわるキャンペーン「2001政権奪取大作戦おかしなことなくし隊」[54]を率いており、12月26日には、水行を行った。[55]
2001年(平成13年)3月22日、労働組合の支援を受ける姿勢への不満から離党届を提出し、3月27日、離党に関しての記者会見を行った。4月3日、民主党で決定した処分が「除籍」となり、再度記者会見を行った。[57]ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」では、千葉県知事選に関し、「自治労という組織にキモを握られている候補者では公務員の削減も外郭団体の整理も難しい。そして、それが分かっているのに有権者に推薦することは出来ない。 」と綴っている。[56]
2001年(平成13年)6月21日、政党・尊命を設立、自らが代表となり記者会見[58]を行い、総務省に届出の政治団体として「尊命」が設立された。なお、代表、会計責任者、主たる事務所の所在地の届出は、民主党千葉県第5区総支部と同一であった。[59]
2001年(平成13年)8月1日、民主党千葉県第5区総支部が解散されたことが、官報(発行:2002年3月26日)に掲載された総務省告示[60]により確認されている。
官報(発行:2001年9月14日)に掲載された自治省告示による平成12年分収支報告書の要旨の公表[61]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)の記載が確認されている。
官報(発行:2002年9月13日)に掲載された自治省告示による平成13年分収支報告書の要旨の公表[62]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)ならびに尊命の記載が確認されている。
千葉フロンティア
[編集]2003年(平成15年)1月30日、千葉県選挙管理委員会に届出の政治団体として、「千葉フロンティア」(代表・田中甲、会計責任者・佐伯武志)の設立[63]がなされた。日本政策フロンティア・小田全宏代表により打ち上げられた「しがらみ一掃・地域主権プロジェクト」の趣旨に賛同し、以下のメンバーにて「千葉フロンティア」を結成の記者会見を行った。出席者は、田中甲、佐藤浩[57][64][65](元・田中甲秘書、船橋市議会議員)、岸秀一[66](県議選市川選挙区公認予定候補者)、峯崎太一[67](市川市議会議員)、久保田篤(元・田中甲秘書、浦安市議選公認予定候補者)、鈴木和美[68](船橋市議選公認予定候補者)であった。しがらみを持たない政治活動へ向けてフロンティアは業界団体、労働組合、宗教法人等の推薦を受けず、市民参加によるボランティアの戦いを宣言するというものであったが、統一選挙での久保田の出馬は確認されず、当選したのは鈴木のみであった。
マニフェスト(千葉フロンティア)
[編集]ホームページ上に、「~新世紀日本の創造~」と題して、千葉フロンティアのマニフェストが掲載されていることが確認出来る。[69]その見出しは、以下の通りである。
1.日本が直面する7つの危機 ~ 第一 国家破産の危機、第二 経済の失速、第三 治安の悪化(人心の荒廃と犯罪激増の危機)、第四 戦争への危惧、第五 (年金医療問題による)生活の不安、第六 教育の荒廃、第七 環境の破壊[69])
2.「官僚主導中央集権構造」から「責任ある市民主導政治」への大転換を
3.「新日本・フロンティアプロジェクト」 ~ (プロジェクト1)「新国民憲法の制定(3年以内)と日本国家理念の確立」、(プロジェクト2)「自立した市民による地域主権社会(道州制・州府制)の実現」(5年以内)、(プロジェクト3)「国民全員参加による<自立共生教育>の実現」、(プロジェクト4)「未来フロンティア産業(ナノテクノロジー・バイオ・環境エネルギー・ヒトゲノム等)持続可能経済推進による世界への貢献」、(プロジェクト5)「日本版首相公選制の実現と国民投票法の制定」、(プロジェクト6)「市民主権税制の確立」、(プロジェクト7)「80歳以上完全国家保障制度の実施」、(プロジェクト8)「官制経済体制の改革[69]」
4.「日本再生のための25のプログラム」 ~ (プログラム1)「既得権益と闘う国民政権をつくる」、(プログラム2)「すべての特殊法人の廃止」、(プログラム3)「特殊法人の具体的改革」、(プログラム4)「日本道路公団の借金は20年で消却する」、(プログラム5)「公団のファミリー企業から資産を回収する」、(プログラム6)「都市基盤整備公団などは、民営化ではなく解体する」、(プログラム7)「住宅ローン証券化で公庫を保証機関にする」、(プログラム8)「政府系の公益法人と認可法人を即時廃止する」、(プログラム9)「地方公社と第三セクターを清算・整理する」、(プログラム10)「真の公益法人を支える税制をつくる」、(プログラム11)「200万人が失職するが600万人の職が生まれる」、(プログラム12)「特別会計、財政投融資、補助金を原則廃止する」、(プログラム13)「『開発』、『整備』、『事業』法を撤廃する」、(プログラム14)「公共事業長期計画を廃止する」、(プログラム15)「新しい民間の公共事業勃興策を打ち出す」、(プログラム16)「政治農業をやめ、産む農業をとりもどす」、(プログラム17)「徹底した地方分権を断行する」、(プログラム18)「5年で予算規模を2分の1に縮小する」、(プログラム19)「国債の新規発行をゼロにする」、(プログラム20)「一大失業状況への適切な対処を行う」、(プログラム21)「20兆円を社会保障、10兆円を環境保全に追加する」、(プログラム22)「改革の成果を国民に還元する」、(プログラム23)「『公務分限法』を制定する」、(プログラム24)「行政監察を徹底し、会計検査院を強化する」、(プログラム25)「天下り禁止法を急いで定める[69]」
官報(発行:2003年9月12日)に掲載された自治省告示による平成14年分収支報告書の要旨の公表[70]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)ならびに尊命の記載が確認されている。
2003年(平成15年)の衆議院選挙で再選を目指したが、古巣である民主党が擁立した村越祐民や自民党候補にも大差で敗れ、落選した。[71]ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」で後に、「振り返れば総選挙が行われた2003年の秋に近づいているのに、マニフェストづくりに没頭しているようでは選挙の準備もままならない。ましてやマニフェストを基に同士と共に新党を立ち上げようと言う考えには無理があった。しかし、せめて政党に所属せずに戦おうとしている全国の候補者に役割の共有と選挙後の連携の呼びかけを、マニフェストの発表と同時に記者会見会場で行った。」と綴っている。[28]
落選後、不出馬・浪人期間・市川市長選挙出馬まで(2003年11月9日~2017年11月)
[編集]2004年(平成16年)2月29日、官報(発行:2004年8月25日)に掲載された総務省告示[72]によれば、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)は政治団体の解散および資金管理団体の指定の取消し等の届出がなされたことが確認されている。また、官報(発行:2004年9月10日)に掲載官報された総務省告示[73]によれば、平成15年分収支報告書の要旨が記載され、(発行:2004年12月22日)に掲載された総務省告示[74]によれば、平成16年分収支報告書の要旨が記載され、その内容からも同団体が解散されたことが確認されている。これにより、田中甲が代表を務める政治団体は、総務省届出の「尊命」と千葉県選挙管理委員会届出の「千葉フロンティア」となったが、これらの団体に資金管理団体の指定は確認されていない。
ホームページのドメインを「koh-tanaka.com」[75]から「kohto-kimetara.net」に変更しリニューアル、以前より利用していたCGIBOY日記帳[76]「日記のススメ」で始めた「甲子一新」との名称はそのままにホームページ上に転載、2004年4月20日、初めての書き込みを行ったこと、4月28日、従来から外見的には❝主たる事務所❞であった場所(行徳駅前1-26-12)に新事務所を建築したことを明らかにしている。[77]
官報(発行:2004年9月10日)に掲載された総務省告示による平成15年分収支報告書の要旨の公表[73]、官報(発行:2005年9月30日)に掲載された総務省告示[78]による平成16年分収支報告書の要旨の公表がなされ、尊命の記載が確認されている。
2005年3月7日、1週間後に投開票が迫る千葉県知事選挙についてホームページ上で、「県民の期待は新しい千葉県を業界・団体また労働組合に依存することのない堂本氏に託すという全国から注目される画期的な結果をだすことになった」、「しかし、しかしである!! その期待を堂本氏は裏切ってしまったのだ。」、「県民の期待は新しい千葉県を業界・団体また労働組合に依存することのない堂本氏に託すという全国から注目される画期的な結果をだすことになった」、「反現職で森田氏の応援をおこなう姿を見せているが、その方が民主党よりスジが通っている」などと意見表明した。[79]
2005年(平成17年)の衆議院選挙について、8月30日、ホームページ上のページ「臥薪嘗胆」の中で、「熟慮の結果この度の解散総選挙への立候補を見送ることといたしました。」と記載して、立候補しなかった。[80][81]
ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」には、「2005年のアメリカ留学中に、日本での政治活動を振り返り書き綴ったものです。」と記載されており、記名の日付が2005年6月2日となっている。[28]「46歳で議員活動を離れ、ワシントンD.CのLeadership Instituteに留学。」とプロフィールに記載されていることが確認されている。[82]その後、「リーダーシップ研究所」を設立[83][84]し、代表[85]・講師[86]を務め、2006年4月23日[87]~2006年6月4日に計7回の講義[88]と2006年7月7日~2006年7月10日に4日間の集中講義[89]が行われ、2008年10月18日の投稿[90]以降の更新がなく、ホームページは閉鎖[91]されている。
官報(発行:2006年9月8日)に掲載された総務省告示[92]による平成17年分収支報告書の要旨の公表、官報(発行:2007年9月14日)に掲載された総務省告示[93]による平成18年分収支報告書の要旨の公表、官報(発行:2008年9月12日)に掲載された総務省告示[94]による平成19年分収支報告書の要旨の公表がなされ、尊命の記載が確認されているが、官報(発行:2008年12月16日)に掲載された総務省告示によれば、2008年(平成20年)10月14日に「尊命」の政治団体の解散の届出がなされたことが確認されており、官報(発行:2008年12月19日)に掲載された総務省告示[95]により、平成20年分収支報告書の要旨の記載がされ、その内容からも同団体が解散されたことが確認されている。これにより、田中甲が代表を務める政治団体は、千葉県選挙管理委員会届出の「千葉フロンティア」のみとなり、同団体は、2007年(平成19年)12月の政治資金規正法改正による「国会議員関係団体(第1号)」[96]になった。
2009年(平成21年)1月6日、次期衆議院選挙に、千葉5区から無所属として立候補することを表明。その後、7月政治団体・日本の夜明け[97]への合流を表明し、同団体を母体とするみんなの党を渡辺喜美らと結党。同党公認で、9月7日にはみんなの党千葉県総支部連合会(代表・田中甲、会計責任者・石崎英幸[98][99]~元・田中甲秘書のちに市川市議会議員[100][101])を設立し、千葉5区より立候補、「みんなの党」ブームの風は吹かず、またしても小選挙区では民主党、自民党の候補に大差で敗れ、[102]重複立候補した南関東ブロックでの復活当選ならず[103][53]、落選し、同総支部連合会は12月31日解散された。
2012年(平成24年)の衆議院選挙には、日本維新の会公認で比例南関東ブロックからのみ立候補したが落選した。[104][53]
戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会
[編集]官報(発行:2015年2月26日)[105]に掲載された総務省告示によれば、2014年(平成26年)10月27日に総務省届出の政治団体として「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」(代表者・田中甲、会計責任者・大野忠治、主たる事務所の所在地・千葉県市川市行徳駅前一-26-15)の設立の届出が、官報(発行:2019年12月27日)に掲載された総務省告示[106]によれば、2019年(令和元年)7月1日に解散の届出がされたことが確認されている。
官報に掲載された総務省告示[107][108][109][110][111][112]によれば、平成26年分、平成27年分(平成28年10月17日提出)、平成28年分(平成29年9月4日提出)、平成29年分(平成30年9月14日提出)、平成30年分、令和元年解散分(令和元年7月8日提出)の収支報告書の要旨が公表されていることが確認されている。
2013年8月30日に開設されたホームページ[113]には、以下の記載がある。
- 目的 ~ 人々が、心身共に何ものにも支配されない自由な魂を持ち、平和のうちに幸福に生きていける社会を創るため、各分野で活動している人々の力を結集し、国民全体に運動を広め、現実に日本を改革していくことを目的とする。
- 活動内容 ~ (1) ホームページや会報、メールマガジン、出版物等の発行及び講演会・勉強会を通して本会の理念・政策を広く伝え、世論を喚起し、国民的議論を深め、共鳴する人々を増やす。(2) 各分野で活動する団体や個人と連携・協力し、共通する理念の下に統一した具体的な政策を作成してその実現に向けて行動する。(3) 地方議員、首長、国会議員等を、本会の会員が目指す場合、支援・協力する。
- 世話人として、田中甲(代表世話人)、佐々木重人、樋口明子、丸山 弘志、草場隆好、大野忠治の6名の記載がある。
- 私たちが目指す社会 ◆基本構想―いちばん大切なこと―[114]
政治団体設立の届出以前の活動として、2013年11月30日に小冊子『誰もが「自分の人生」を歩める-ベーシック・インカムというしくみ-』を出版[115]、2014年4月28日にYoutubeアカウント(@tocreatesociety)が登録され、2014年5月2日15:00~憲法記念館において「市民がつくる憲法草案」[116]を発表した記者会見の動画[117]が確認されており、設立の届出以降には、2015年8月7日東京八重洲ホールの会議室で、藤田幸久を迎えての勉強会「平和日本の正念場!」を開催(参加者34名)、2017年2月17日参議院議員会館で講演会「持続可能な社会を実現する~偏在から遍在へ~」を代表世話人と世話人の大野忠治(あまねく研究所代表)が開催(参加者63名)[118]するなどした。同名の講演会は、「次代をひらく三つの鍵」実行委員会(代表・田中甲、大野忠治、丸山弘志)が主催し、出馬した市川市長選直後の2017年12月2日、TKP東京駅大手町カンファレンスセンターホール22Gにおいて、「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」ではなく、千葉フロンティア、あまねく研究所等の共催で開催されたことが確認されている。[119]
2016年にホームページ(koh-tanaka.jp)[120]に「お知らせ」と題して、「長い間度無沙汰してしまいましたが、私はお陰さまで元気に日々を過ごしております。しかし、二年前の6月。父 田中金吾が他界致しましたことを最初にお伝えしなければなりません。」と近況を記し、「3年前から私は、同志とある会を立ち上げ活動を始めました。その会の名称は「 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」というものです。」として、2012年衆議院選挙での落選後の活動について明らかにした。
市川市長選挙出馬以降
[編集]2017年(平成29年)10月25日、任期満了に伴う市川市長選挙に立候補する意向を表明。[121]国際大学の誘致などを公約[122]に掲げ[123]、同年11月26日投開票の選挙に出馬した。開票の結果、田中や上述の村越を含む候補者5人全員が法定得票数を満たさず、再選挙が決まった(田中の得票数は5人中3番目)[124]。ホームページには新着情報、市川市長選挙特集と題したページを作成、千葉フロンティア(政治資金規正法の国会議員関係団体1号)の会報として2017年10月27日号、2017年11月3日号、同11月17日号の3種類と選挙公報が掲載された。[11]この会報には、左右対称の漢字氏名であることをキャッチコピーに「市政に左右なし、市川市田中甲」と記載したもの他、「こう!と決めたら48万市民と共に」、「48万市民と共に市政に左右なし!」との記載がなされたものがあり、同名の政治団体の設立の届出が千葉県選挙管理委員会に提出[125][126]されたものの、どちらの団体も代表・丸山弘志、会計責任者・大野忠治、主たる事務所の所在地・千葉県市川市行徳駅前1-26-15であり、後者が市長選挙の確認団体となった。(公職選挙法 第201条の9 第2項および 第3項 ~第201条の6第2項の規定・氏名類推事項禁止の準用)[127]
田中は「次の可能性を十分感じさせる得票だ」と述べ、再選挙に挑む考えを表明した[128]。2018年3月14日、自民党への復党願とともに推薦依頼文を党市川市支部に提出した[129]。田中および前回推薦した坂下茂樹から推薦願を受けた自民党県連は「自主投票」と決めるも、自民党市川市支部は坂下への推薦を決定した[130]。再選挙は2018年4月22日投票で行われ、前回候補者のうち田中、坂下、村越の3人による争いとなったが[131]、村越が当選し、田中は落選、次点に終わった。
2020年8月、2022年春に行われる市川市長選挙に立候補の意向を示した[132]。
2022年3月27日に行われた市長選挙に、保守系の一部市議、自民党や日本維新の会の国会議員らの支援を受けて立候補。立憲民主党所属の元県議(翌年の県議選で県議に返り咲き)で同党の支援を受けた守屋貴子、現職の村越、元市議の片岡恭子ら5候補を斥け、初当選を果たした[133]。選挙結果は以下の通り。村越は得票率が有効投票総数の10%に満たず、現職ながら供託金を没収された[134]。 ※当日有権者数:400,508人 最終投票率:38.75%(前回比:+4.78pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 田中甲 | 65 | 無所属 | 新 | 65,567票 | 42.89% | |
| 守屋貴子 | 54 | 無所属 | 新 | 46,253票 | 30.25% | |
| 村越祐民 | 48 | 無所属 | 現 | 15,159票 | 9.92% | |
| 片岡恭子 | 43 | 無所属 | 新 | 14,395票 | 9.42% | |
| 吉野一郎 | 68 | 無所属 | 新 | 6,637票 | 4.34% | |
| 市川まみ | 49 | 無所属 | 新 | 4,867票 | 3.18% |
政策
[編集]- 1999年(平成11年)、日本の戦争責任資料センター代表の荒井信一が主催する「恒久平和調査局設置を求める院内集会」に参加。自由民主党は責任や賠償から逃れたいために、歴史の事実を明らかにすることに反対している、と述べた[135]。
- 2022年8月、同年執行の市川市長選挙で田中が公約に掲げていた市川市の小中学校給食費全額無償化を実施すると発表[136][137]した。田中は「物価高による家計のひっ迫を救済する一面もあり、子どもの成長に必要な充実した食の環境を整えたい」[138]と述べた。
- 2023年2月8日、田中は村越前市長時代の2021年11月にオープンした「市本」(いちぼん)という文化施設について、2023年3月末をもって廃止することを明らかにした。民間委託し運営していた「市本」にかかる費用は年間およそ3000万円なのに対し、施設の利用者は1日あたり20人前後にとどまっており、田中は開設からわずか1年4か月で廃止を決めた理由について費用対効果や予算の優先順位を挙げた。市民やSNSユーザーからは田中の方針に理解を示す声もあった一方、市内在住の作家の石川智健らが反対を表明するなど議論を呼んだ[139]。
- 選択的夫婦別姓制度を推進[140]。
疑惑・「千葉フロンティア」会計責任者の名義を無断使用
[編集]- 2025年9月29日、NEWSポストセブンが、前編「【ダミー出馬疑惑】田中甲・市川市長、選挙でライバル女性候補潰しのために“ダミー”の対立女性候補を“レンタル”で擁立した疑惑浮上 当の女性は「頼まれて出馬したのか」に「イエス」と回答」[123]および後編「田中甲・市川市長、政治資金報告書の会計責任者に“勝手に元秘書の名義を使った”疑惑 元秘書は「全く知らない」、市長は「連絡を取っていますよ。私は」と証言に食い違い」[124]との表題で、週刊ポスト2025年10月10日号掲載記事の内容を報じた。前編記事では、市長がライバルの票を削るために費用丸抱えでダミーの対立候補をレンタルするなど前代未聞だろう、当時の市長選報道は、全候補者が紹介される記事でも、A子さんだけが「取材・撮影に応じなかった」という旨の不自然な記載で疑惑は深まるばかりとの内容で、後編記事は、田中が代表を務める政治団体「千葉フロンティア」が千葉県選管に提出した政治資金収支報告書(令和3~5年分)には、会計責任者として元秘書B氏の名前があり、添付された「この報告書は、政治資金規正法に従って作成したものであって、真実に相違ありません」という宣誓書にもB氏の名前と捺印[128][129][130]があるものの、記者が四国に住むB氏を訪ねると、当人は「全く知らない」、「20年近く田中氏とは連絡も取っていません。現在は千葉フロンティアとは全く関係ありません。(現在も会計責任者になっていることは)全く知りませんでした」と証言したとの内容である。
- 脚注の各収支報告書[128][129][130]の表紙に記載された問合せ先は、担当者として後妻と同一の氏名があり、田中甲が代表取締役(現職)である法人の電話番号[141]である。
疑惑・ダミー候補「市川まみ」擁立の二馬力選挙費用として計2208万円支払い
[編集]- 2025年12月10日、文春オンラインは、「【元秘書が衝撃告発】「私は市川市長選で“ダミー対立候補”を演じました」田中甲・現市長が選挙費用2200万円を支出…公選法違反の疑い」との表題で、週刊文春電子版の有料記事の概要を報じた。[132]市川まみ氏の出馬の背景を知る人物の爆弾証言は、田中の元秘書で市川まみを演じていた本人によるものであり、元秘書が実名顔出しで語った”実行役”としての活動内容に加えて“指示役”だった田中選対幹部のA氏、A氏と並ぶ側近の一人だったB氏が明かした田中の指示内容であり、市長選当選を目指す田中がライバル視していた女性対立候補の票を少しでも減らすため、別の女性候補を“ダミー”として擁立しようとしていたこと、そして、田中が約2200万円もの金額を、この“ダミー候補作戦”に投じ、その中から元秘書をはじめ関係者へ謝礼が支払われていたこと、「2000万渡したじゃん」田中甲・市川市長の“二馬力選挙”告白音声として、「できればそれやってよって言ったのは事実」の証拠音声、田中が支払った2200万円の振り込み記録や領収書などについて、週刊文春電子版で公開し、詳報している。[135]
- 2025年12月20日東京新聞デジタルには、「市川まみはダミー候補だった」 3年前の市川市長選挙、女性が会見「田中甲市長の陣営が擁立」との表題[142]で、2022年3月の千葉県・市川市長選で、「市川まみ候補」だったとする女性が19日、市内で記者会見を開き、「名前や経歴を偽り、候補になりすましたダミー候補」になって市選挙管理委員会に届け出たことを市内在住の無職、中谷圭子さん(57)が明らかにしたことを報じた。中谷さんは、当時、この候補者が田中甲市長陣営の求めで出馬したと証言し、「市民や他の候補者に申し訳ない。田中市長は説明責任を果たしてほしい」と話した。SNS・Xでは、ダミー候補の市川まみの全て、情報解禁になりましたので本人が話しますとの表題のアカウント[143]で、謝罪と真実公表の活動を展開している。
- 2026年1月14日東京新聞デジタルには、選挙に「ダミー候補擁立」疑惑、田中甲・市川市長が関与を重ねて否定 出馬女性の主張に「事実ではありません」との表題[144]で、2022年3月の市川市長選を巡り、前出の女性が昨年12月に記者会見したことについて、田中市長は13日の記者会見で改めて関与を否定する内容、「女性候補に、直接または間接を問わず出馬を依頼した事実はない」と述べ、再選を目指して出馬する今年(2026年)4月の市長選に向けた「妨害工作」との見方を示したことを報じた。
- 2025年12月12日に登録されたYoutubeアカウント「市川まみチャンネル(@市川まみチャンネル)」[145]では、前出の文春オンラインで報じられた記事とともに公開された告白音声と同一と思われる音源を利用した動画[146]、編集動画[147]を公開している。
疑惑・“未来の政敵”と見なした実の息子を潰さんと、側近にハニートラップを依頼
[編集]- 2025年12月28日Asagei+plusには、『自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(1)「あいつは必ず引っかかる」』[148]、『自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(2)合コンでボディタッチ』[149]、『自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(3)議会紛糾「ハニトラ市長!」』[150]との表題で、週刊アサヒ芸能 2026年 1/1・8号[151]の掲載記事の内容を報じた。50枚以上の写真に写る四十男の素性を自民党関係者が明かしたとし、自民党に所属する千葉県議会議員の田中幸太郎(実子)で、結婚して子供もいること、不貞行為であり、一緒に写る相手の女性は、撮影されていることは了承済みで、ある人物からのミッションを受けてハニートラップを仕掛けたこと、ラブホに連れ込んだ幸太郎は自分がハメられているとは思いもしなかっただろうとの見解、2024年年明け早々に実子の妻の実家に怪文書が送られたとの趣旨のコメント、市川市議会関係者の証言として、ある人物とは現・市川市長であり、地元の有力者に依頼して撮影させたこと、実子が度々金を無心することに立腹していること、実子が自らの市長の座を狙っているとの疑いの目を向けていること、『あいつは俺の子だから必ず引っかかる』との市長の発言を明らかにするコメントを、さらに、2023年8月23日にハニトラ作戦が決行されたこと、作戦の関係者の証言として、市長が実際に用意した作戦資金は200万円のうち、千葉県匝瑳市議が100万円中抜きしたこと、相手の女性はデートクラブ嬢で報酬が数万円であったこと、2025年12月11日に市川市議会12月定例会で小泉文人市議が件の写真を提示した上でそこに写る人物が市長の実子であるとして市長に質問したこと[152]、また、記者が、実子に歌舞伎町で女性とラブホに入ったか問うと「それはちょっと回答を控えさせてください」、父の潔白を信じて疑わない様子であったこと、市長は「そのような依頼をした事実はありません」と回答した一方で、前出の地元有力者は「市長からハニトラの依頼を受けたのは確か」と回答したことを報じた。
市川市議会での市長答弁
[編集]2025年(令和7年)12月定例会
[編集]- 2026年1月24日現在、市川市ホームページには、該当の会議録の掲載が確認されない[153]ものの、Youtubeの市川市議会チャンネル[154]で閲覧できる状況である。
- 2025年12月11日市川市議会12月定例会一般質問で小泉文人市議による質問に対する答弁についてはYoutubeで確認されるが、質問が終わったと思われた後にも、議長の指名で市長が発言する様子が中継では公開されたにもかかわらず、Youtubeにアップロードされた動画は編集され、「1億円を要求したのはあなた自身じゃないか。」との発言は確認されない[155]ため、会議録の公表が待たれるところである。
2025年(令和7年)9月定例会
[編集]- 2025年(令和7年)9月定例会の8日目、9月29日の一般質問[156][157]をする小泉文人議員は、「お待たせいたしました。いや、お待たせし過ぎたのかもしれません。」という、伝説のAV監督・村西とおるの半生を描いた『全裸監督』の一節[158]を引用した言葉皮切りにして、市長の政治姿勢についての質問、「市長の市長選挙時の公営掲示板のポスターや選挙公報、印紙を貼った選挙公報ビラに、「お約束」として、「悪いことはしません 田中甲」とあるが、これは公約なのか」と聞いたことに対し、「そのお答えを申し上げるには1分半ぐらい時間をいただきますが、2017年に市長選挙に立候補した私は、落選をいたしました。しかし、その選挙では法定得票数を取る候補者がおりませんで、2018年の4月に再選挙を行うことになりました。そのときに、同じく前年の市長選挙に立候補されていた小泉さんが、私の選挙の協力をしてくださると申し出てくださったことに対して心から感謝をしております。私が政治、公職から離れている期間が長く、時流や、あるいは事態に対して適切に対応することが十分にできていない、そんな中で、私では発想できない様々なことを御助言してくださった、そんな時期がございました。その中の一つが、悪いことはしませんと、この言葉でいこうと言ってくださったのは小泉さん自身でありますし、この点に関しては、私はそうだねと、悪いことをしない、あるいはさせないと、そういう新しい市政を一緒につくりましょうということで行ったことを覚えております。お答えになりますが、この悪いことはさせないと、悪いことはしないと、しませんという言葉は、私の政治姿勢を表しているものとしてポスターに書かせていただきました。」と答弁した。
- 同日、小泉議員は、前出の2025年9月29日、NEWSポストセブンが報じた『「田中甲・市川市長、政治資金報告書の会計責任者に“勝手に元秘書の名義を使った”疑惑 元秘書は「全く知らない」、市長は「連絡を取っていますよ。私は」と証言に食い違い』との表題[124]で、週刊ポスト2025年10月10日号掲載記事の内容について読み上げた上で、『記事のとおりだとすると、20年以上連絡を取っていないので、この3年分の虚偽記載ということではなくて、20年以上、誤ってなのか虚偽なのか記載があったということだと思います。そこで、市長にお伺いをいたします。秘書課とやり取りをしている方は私設秘書ということでよろしいでしょうか。また、記事で市長のコメントは、「連絡を取っていますよ。私は」となっていた質問状に、B氏は押印してもよいと確認を経ておりますとなっていますが、団体の代表である市長はどのように連絡を取られたのでしょうか。電話かメールか、市長、お答えください。また、その方、四国というふうになっていますけれども、市長はB氏の御住所は当然知っているのか。まず、そこまでお答えください。』と質したのに対し、「名誉のために申し上げますが、私の元国会時代の公設秘書、佐伯君は今、愛媛県におります。愛媛に帰ってサラリーマンをしていますが、私の国会生活の中で最もと言っていいほど、信頼の持てる男で、その人間関係というのは常に変わることはありません。佐伯君にどうしたんだと連絡を取ってみますと、オガワさんという方から、まず、連絡は取っているのか、あるいは最終的に収支報告の責任者であるという問いただしではなくて、田中とは会っているのか、そのようなことを先に聞かれたので、御迷惑をかけるといけないと思って、私は今、田中の活動を語れるような立場ではないという思いの中から、連絡を取って現在の状況を知っているというわけではありませんと、そういう答え方をしたんですが、後になって収支報告のことで確認を取られたので、そのことについては、佐伯の印鑑で捺印してもよいという気持ちを常に持って対応しておりますと、こういう私と佐伯元秘書との関係でありまして、今勝手に使用したのか、あるいはこれが法的に違法なものになるのかということについては当たらない[159]ということを申し上げておきたいと思います。」と答弁した。[156]
※政治資金規正法についての解説:収支報告書に承諾の上で捺印して提出すれば違法の虞があることは明らかで、少なくとも、会計責任者と意思を通じて収支したものは、7日に1回、もしくは5万円以上の支出をする度に要件を満たす明細書(領収証)を会計責任者に提出することは避けられず、捺印の許諾だけで、法で定めた以下の義務を怠る会計責任者は、罰則のある違反を犯していることになる。さらに、政治資金規正法第25条第2項には「政治団体の代表者が当該政治団体の会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたときは、五十万円以下の罰金に処する。」と規定されており、市長の見解は知見を欠くものである。[160]
(会計帳簿の備付け及び記載)第九条 政治団体の会計責任者(会計責任者に事故があり、又は会計責任者が欠けた場合にあつては、その職務を行うべき者。第十五条を除き、以下同じ。)(会計帳簿の記載に係る部分に限り、会計責任者の職務を補佐する者を含む。)は、会計帳簿を備え、これに当該政治団体に係る次に掲げる事項を記載しなければならない。(中略) 2 前項の会計帳簿の種類、様式及び記載要領は、総務省令で定める。
(会計責任者に対する明細書の提出)第十条 政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために寄附を受け、又は支出をした者は、寄附を受け又は支出をした日から七日以内に、寄附をした者の氏名、住所及び職業並びに当該寄附の金額及び年月日又は支出を受けた者の氏名及び住所並びに当該支出の目的、金額及び年月日を記載した明細書を会計責任者に提出しなければならない。ただし、会計責任者の請求があるときは、直ちにこれを提出しなければならない。
(会計責任者等が支出をする場合の手続)第十一条 2 政治団体の代表者又は会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために一件五万円以上の支出をした者は、領収書等(振込みの方法により支出したときにあつては、金融機関が作成した振込みの明細書であつて当該支出の金額及び年月日を記載したもの(以下「振込明細書」という。))を直ちに会計責任者に送付しなければならない。
第二十四条 次の各号のいずれかに該当する者(会社、政治団体その他の団体(以下この章において「団体」という。)にあつては、その役職員又は構成員として当該違反行為をした者)は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第九条の規定に違反して会計帳簿を備えず、又は同条、第十八条第三項若しくは第十九条の四の規定に違反して第九条第一項の会計帳簿に記載すべき事項の記載をせず、若しくはこれに虚偽の記入をした者
二 第十条の規定に違反して明細書の提出をせず、又はこれに記載すべき事項の記載をせず、若しくはこれに虚偽の記入をした者
三 第十一条の規定に違反して領収書等を徴せず、若しくはこれを送付せず、又はこれに虚偽の記入をした者
(報告書の提出)第十二条 政治団体の会計責任者(報告書の記載に係る部分に限り、会計責任者の職務を補佐する者を含む。)は、毎年十二月三十一日現在で、当該政治団体に係るその年における収入、支出その他の事項で次に掲げるもの(これらの事項がないときは、その旨)を記載した報告書を、その日の翌日から三月以内(その間に衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の公示の日から選挙の期日までの期間がかかる場合(第二十条第一項において「報告書の提出期限が延長される場合」という。)には、四月以内)に、第六条第一項各号の区分に応じ当該各号に掲げる都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければならない。
第二十五条 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。
一 第十二条又は第十七条の規定に違反して報告書又はこれに併せて提出すべき書面の提出をしなかつた者 一の二(略)
二 第十二条、第十七条、第十八条第四項又は第十九条の五の規定に違反して第十二条第一項若しくは第十七条第一項の報告書又はこれに併せて提出すべき書面に記載すべき事項の記載をしなかつた者
三 第十二条第一項若しくは第十七条第一項の報告書又はこれに併せて提出すべき書面に虚偽の記入をした者
2 前項の場合(第十七条の規定に係る違反の場合を除く。)において、政治団体の代表者が当該政治団体の会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたときは、五十万円以下の罰金に処する。
- 同日、小泉議員は、「今まで市長夫人が公用車に乗車したことはあるのか。」と問うと、市長に代わり市長公室長は「公用車は公務のために使用するものであり、原則として市長夫人が同乗することはございません。ただし、行事の主催者から市長御夫妻に招待を受けている場合など、公務の性格や合理性を踏まえて同乗することはございます。また、今私が承知している範囲では、8月にローゼンハイムへ訪問した際に送迎を行った、この1回のみです。」と答弁した。[156]
- 同日、小泉議員は、「市長の代理として出席されている方、もしくは秘書、事務員、事務局長なる方はどこから報酬が出ているのか。市長の給与からなのか、もしくはどこかの法人からなのか、お答えいただけますでしょうか。」、「秘書、事務員の給与はどこから、誰が払っているのか、また完全ボランティアなのか、お答えください。」と問うたのに対し、市長は、「ただ、1点申し上げられるのは、千葉フロンティアから現在の私の政治活動を手伝って、政務活動に協力してくれている方に、千葉フロンティアから支払っているということではございません。」と答弁し、政治活動の費用(人件費)を政治団体から支払っていないことを認めながらも、どこから支払っているかについて答弁はしなかった。[156]
- 同日、小泉議員は、令和7年2月20日が開札日であった次期クリーンセンター整備運営事業について、「入札参加者ヒアリングでは、環境部長、次長、クリーンセンター建設課の職員と、またアドバイザリー委託者の11名だったそうです。」と前置きした上で、「開札日までに入札に関係しそうなゼネコンやプラントメーカーと市役所の外で個別に面談、飲食をしたことはあるか。」との趣旨の質問を、環境部長、総務部長、管財部長、財政部長、企画部長、副市長に対して行い、全員が「ございません」、「ありません」と答弁したことを受けた後、「田中市長、次期クリーンセンター入札の件で、今までに入札に参加した、もしくはしそうな関係者のプラントメーカータクマ、もしくはゼネコンの大成建設、もしくは大成建設と1回以上何らかの仕事を請け負っている法人関係者、または大成建設に親族が勤めている方と、市役所の外で飲食を伴う面会をしたことはあるか、お答えください。」とより詳細・具体的な質問をしたことに対し、「一切ありません」と市長が答弁したところ、この答弁について「いや、本当に残念で、最低でも都内、銀座等で3回以上あるかというふうにお答えしていただけるのかなと思ったので残念でした。」と認識の違いを示して、質問を終えた。[156]
設立・公益財団認定
[編集]- 1966年(昭和41年)11月15日 財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会 設立
- 2010年(平成22年)6月16日 公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会
所在地変遷
[編集]- 当初:東京都港区虎ノ門三丁目6番8号
- 2008年(平成20年)4月18日 東京都港区芝二丁目5番地19号
- 2010年(平成22年)6月16日 東京都千代田区五番町2番地-303号
- 2017年(平成29年)5月25日 東京都千代田区飯田橋二丁目9番7-305号
- 2019年(令和元年)10月23日 千葉県市川市行徳駅前一丁目26番12号(六甲ビル[163]~所有者:株式会社六甲)
- 2024年(令和7年)7月15日 千葉県市川市南八幡四丁目11番9号クロノスマーレ[164]201号(所有者:田中甲)
理事・監事
[編集]田中甲の履歴
[編集]- 2013年(平成25年)11月28日、監事就任
- 2019年(令和元年)6月25日、理事就任
- 2019年(令和元年)7月10日、代表理事就任
- 2021年(令和3年)9月27日、代表理事重任
その他
[編集]2024年(令和7年)6月21日、理事重任
- 大野忠治(田中甲・元秘書、一般社団法人公共貨幣フォーラム監事[165]、
戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会[166][167]・2014年10月27日[168]-2019年7月1日[169]~会計責任者[168])
2021年(令和3年)9月27日、理事就任 2023年(令和5年)6月7日、理事重任
2024年(令和7年)6月21日、理事重任
- 高根英樹(田中甲・秘書、呉服たかね[170])2019年(令和元年)6月25日、監事就任
2021年(令和3年)9月27日、監事重任 2024年(令和7年)6月21日、監事重任
2021年(令和3年)9月27日、監事就任 2024年(令和7年)6月21日、監事重任
- 菊地明[176] 令和6年6月10日、理事就任 2024年(令和7年)6月21日、理事重任
- 秋上眞一(前代表理事) 1998年(平成10年)10月15日、理事就任
2010年(平成22年)6月16日~2019年(令和元年)7月10日、代表理事
評議員(市川市内関係者)
[編集]- 丸金由紀子[177][178](令和5年5月~市川市議会議員[179][101]) 令和4年6月6日、就任
- 冨田嘉敬[180](市川市議立候補[181]・じもとの放送局[182]) 令和4年6月6日、就任
- 松丸陽輔(元市川市PTA連絡協議会会長[183]、有限会社松由商店・わいんまる) 令和4年6月6日、就任
- 田中啓一(故人) 令和4年6月6日、就任(~令和4年9月22日)
- 細田伸一[184](市川市議会議員[185]) 令和5年6月10日、就任
- 1996年5月8日、2045発目の核―仏核実験再開に抗議したある日本人の記録[186](田中甲・宇佐美登)PHP研究所
- 2000年6月1日、尊命の時代~政治とは命を守ること(田中甲)株式会社きんのくわがた社[187]
- 2001年3年15日、きこえますか子どもからのSOS―児童虐待防止法の解説(太田誠一・田中甲・池坊保子・石井郁子・保坂展人)株式会社ぎょうせい[188]
- 2001年11月10日、臥薪嘗胆の日々(ばばこういち著~第3章に田中甲に関する記述)株式会社インターメディア出版
- 新世紀日本の創造(田中甲)株式会社明光企画[189][190]
- 2013年7月22日、支配を超えて(一般社団法人白川学園 専務理事 田中甲)新日本文芸協会[191]
- 2016年4月27日、創造主義―「持続可能」社会を実現する転換の発想(田中甲)リベラルタイム出版社[191]
脚注
[編集]- ^ 平成27年中に実施された選挙/千葉県
- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、118頁。
- ^ “建設業者・宅建業者等企業情報検索システムエラー”. etsuran2.mlit.go.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “【ハトマークサイト】千葉県市川市南八幡4丁目の不動産会社情報内湾開発(株)”. 賃貸アパート・マンション、不動産情報検索サイト - ハトマークサイト. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “千葉支部第140回例会 講師:田中 甲 市川市長”. 政経俱楽部連合会. 2026年1月20日閲覧。
- ^ a b “株式会社六甲”. rokkoh.com. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会”. pwma.o.oo7.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “協会役員”. pwma.o.oo7.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “知事、23年所得2464万円 市川市長、1億1991万円でトップ /千葉”. 毎日新聞. 2026年1月20日閲覧。
- ^ a b 浦安市 倫理法人会 (2019-10-26), 第693回 浦安MS 元衆議院議員・田中甲 氏「倫理で学んだ幽顕の世界」見えない世界をも語る “万人幸福の栞” を深読み 2026年1月24日閲覧。
- ^ a b “田中甲 市川市長選挙特集”. こう!と決めたら田中 甲. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “広報いちかわ3月4日号 連載|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “報道関係者各位”. 市川市広報室. 市川市 (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “市川市長 田中甲”. @koh_tanaka. X (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “IchikawaYomiuri & UrayasuYomiuri”. www.ichiyomi.co.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “市川・田中市長が検査入院 本人がSNSで動画メッセージ”. 千葉日報オンライン. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “広報いちかわ2023年3月18日号”. 市川市. 市川市 (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “広報いちかわ3月18日号 インフォメーション|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “3日に公務復帰予定 市川・田中市長”. 千葉日報オンライン. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “報道関係者各位”. X. @IZFruC87NFtWDvr (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “公務復帰を延期 体調崩し静養中の市川・田中市長”. 千葉日報オンライン. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “田中市長が公務復帰 市川市”. 千葉日報オンライン. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “田中市長が復帰会見、病状説明 「体調みながら仕事を」と意欲 市川”. 千葉日報オンライン. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “[chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/pr/file/0000444364.pdf 市川にこうご期待]”. 広報いちかわ. 市川市 (2026年1月26日). 2026年1月26日閲覧。
- ^ “広報いちかわ12月16日号 インフォメーション|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月25日閲覧。
- ^ a b 田中甲事務所. “こう!と決めたら田中甲(こう)”. www.koh-tanaka.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “田中 甲フォトギャラリー”. こう!と決めたら田中 甲. 2026年1月25日閲覧。
- ^ a b c 田中甲事務所. “こう!と決めたら田中甲”. koh-tanaka.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 自治省告示 1995/04/24 平成7年 官報号外 第77号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “告示 自治省告示 1995/04/24 平成7年 官報号外 第77号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “甲祥政研会 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ 四ツ葉来. “1995 平成7年8月29日(火) ムルロア環礁での核実験に強く反対する議員の会・結団式”. 1年前のきょうのこと. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “写真・グラフィックス・映像一覧”. 報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク). 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b 千葉県. “千葉県報”. 千葉県. 2026年1月21日閲覧。
- ^ (http://www.raidway.or.jp/~smac/), Hiromi Shimizu. “The Democratic Party of Japan Home Page”. dpj.or.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ a b “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “告示 自治省告示 2000/10/19 平成12年 官報号外 第215号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “告示 自治省告示 1999/09/10 平成11年 官報号外 第178号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “千葉5区 - 第42回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)2000年06月25日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “WaybackMachine”. www.iijnet.or.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “e-Gov 法令検索”. laws.e-gov.go.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “選挙Q&A(選挙運動と政治活動)|選挙Q&A|東京都選挙管理委員会”. 選挙管理委員会事務局. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “(法人名)の情報|国税庁法人番号公表サイト”. www.houjin-bangou.nta.go.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “政治団体の届出等の公表について(令和2年度公表分)令和2年10月16日公表(令和2年度第7回分)設立”. 千葉県選挙管理委員会. 千葉県 (2026年1月24日). 2026年1月24日閲覧。
- ^ “(法人名)の情報|国税庁法人番号公表サイト”. www.houjin-bangou.nta.go.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “(法人名)の情報|国税庁法人番号公表サイト”. www.houjin-bangou.nta.go.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ “株式会社大翔 | 千葉県 人材派遣 アウトソーシング”. www.e-daishou.co.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 自治省告示 2000/09/08 平成12年 官報号外 第187号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月21日閲覧。
- ^ a b “民主党:政権奪取運動委員会へ名称変更=党国民運動委員会”. archive.dpj.or.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b c “PROFILE – 田中甲公式サイト”. koh-tanaka.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “2001政権奪取大作戦おかしなことなくし隊”. dpj.or.jp. 民主党 (2026年1月22日). 2026年1月22日閲覧。
- ^ “2001政権奪取大作戦おかしかことなくし隊 鹿児島県 遊説”. www.dpj.or.jp. 民主党 (2026年1月22日). 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ a b “Wayback Machine”. www.koh-tanaka.com. 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b “Wayback Machine”. www.koh-tanaka.com. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2001/10/22 平成13年 官報号外 第225号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2002/03/26 平成14年 官報号外 第58号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2001/09/14 平成13年 官報号外 第196号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2002/09/13 平成14年 官報号外 第203号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. koh-tanaka.com. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “佐藤 ひろし|役員・議員・支部長|日本維新の会”. 日本維新の会. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “佐藤ひろし(サトウヒロシ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “岸秀一(キシシュウイチ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “峯崎太一(ミネザキタイチ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “鈴木和美(スズキカズミ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b c d “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2003/09/12 平成15年 官報号外 第214号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “千葉5区 - 第43回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)2003年11月09日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2004/08/25 平成16年 官報号外 第187号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b “告示 総務省告示 2004/09/10 平成16年 官報号外 第203号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2004/12/22 平成16年 官報号外 第284号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “こう!と決めたら田中甲のページ”. www.koh-tanaka.com. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “日記のススメ”. town.cgiboy.com. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. kohto-kimetara.net. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2005/09/30 平成17年 官報号外 第223号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “田中甲(タナカコウ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ 田中甲事務所. “こう!と決めたら田中甲(こう)”. www.koh-tanaka.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月24日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - お知らせ”. www.lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - 代表挨拶”. www.lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - 田中甲”. www.lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “スタートしました!: こうと決めたら!:田中 甲公式ブログ”. koh-tanaka.seesaa.net. 2026年1月20日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - 講義バックナンバー”. www.lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - お知らせ”. www.lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ Japan, Leadership Institute. “LIJ:リーダーシップ研究所 - お知らせ”. lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ TS World Wide Holdings Ltd.. “Lij.st ~ Persoonlijke wenslijsten voor alle gelegenheden!”. lij.st. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2006/09/08 平成18年 官報号外 第207号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2007/09/14 平成19年 官報号外 第214号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2008/09/12 平成20年 官報号外 第202号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2008/12/19 平成20年 官報号外 第278号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “[chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/pdf/35246.pdf 政治資金規正法の改正の概要(平成19年12月改正)]”. 選挙. 総務省 (2026年1月26日). 2026年1月26日閲覧。
- ^ “日本の夜明け in 浦安”. YouTube. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “プロフィール”. 石﨑英幸. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “国民民主党 石﨑英幸”. 国民民主党 石﨑英幸. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “石崎ひでゆき(イシザキヒデユキ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ a b “議席順別議員名簿|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “千葉5区 - 第45回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)2009年08月30日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “南関東 - (比例代表)みんなの党 - 第45回衆議院議員選挙 2009年08月30日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “南関東 - (比例代表)日本維新の会 - 第46回衆議院議員選挙 2012年12月16日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月22日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2015/02/26 平成27年 官報号外 第41号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2019/12/27 令和元年 官報号外 第195号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2015/11/27 平成27年 官報号外 第268号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2017/02/28 平成29年 官報号外 第39号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2018/02/28 平成30年 官報号外 第41号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2019/02/28 平成31年 官報号外 第38号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2019/11/29 令和元年 官報号外 第173号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2019/12/27 令和元年 官報号外 第195号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “会について | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “私たちが目指す社会 | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “活動 | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “現憲法との比較表 | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “「市民がつくる憲法草案」発表会見”. YouTube. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “活動 | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “偏在社会から遍在社会へ”. 「次代をひらく三つの鍵」実行委員会. 田中甲 (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “田中甲公式サイト”. koh-tanaka.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “新着記事”. こう!と決めたら田中 甲. 2026年1月25日閲覧。
- ^ “日本一!住みたい街市川をめざして!”. こう!と決めたら田中 甲. 2026年1月25日閲覧。
- ^ a b “【ダミー出馬疑惑】田中甲・市川市長、選挙でライバル女性候補潰しのために“ダミー”の対立女性候補を“レンタル”で擁立した疑惑浮上 当の女性は「頼まれて出馬したのか」に「イエス」と回答”. NEWSポストセブン. 2025年12月14日閲覧。
- ^ a b c “田中甲・市川市長、政治資金報告書の会計責任者に“勝手に元秘書の名義を使った”疑惑 元秘書は「全く知らない」、市長は「連絡を取っていますよ。私は」と証言に食い違い”. NEWSポストセブン. 2025年12月14日閲覧。
- ^ “政治団体の設立の届出”. 選挙管理委員会. 千葉県 (2026年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “政治団体の設立の届出”. 選挙管理委員会. 千葉県 (2025年1月25日). 2026年1月25日閲覧。
- ^ “e-Gov 法令検索”. laws.e-gov.go.jp. 2026年1月25日閲覧。
- ^ a b c d 千葉県. “その他の政治団体 ち行|令和4年分定期公表(5年11月29日公表)”. 千葉県. 2025年12月14日閲覧。
- ^ a b c d 千葉県. “その他の政治団体 ち行|令和5年分定期公表(6年11月29日公表)”. 千葉県. 2025年12月14日閲覧。
- ^ a b c d 千葉県. “その他の政治団体 ち行|令和6年分定期公表(7年11月28日公表)”. 千葉県. 2025年12月14日閲覧。
- ^ “【元秘書が衝撃告発】「私は市川市長選で“ダミー対立候補”を演じました」田中甲・現市長が選挙費用2200万円を支出…公選法違反の疑い(文春オンライン)”. Yahoo!ニュース. 2025年12月14日閲覧。
- ^ a b 「週刊文春」編集部 (2025年12月10日). “【元秘書が衝撃告発】「私は市川市長選で“ダミー対立候補”を演じました」田中甲・現市長が選挙費用2200万円を支出…公選法違反の疑い”. 文春オンライン. 2025年12月14日閲覧。
- ^ 小林多美子、真田祐里 (2022年3月28日). “市川市長に田中甲氏 市長室にシャワー設置の現職・村越氏は落選”. 毎日新聞 2022年3月28日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ^ “現職市長が惨敗 衝撃の供託金没収”. NHK政治マガジン. (2022年4月13日) 2023年9月13日閲覧。
- ^ a b 「週刊文春」編集部 (2025年12月11日). “【証拠音声】「2000万渡したじゃん」田中甲・市川市長の“二馬力選挙”告白音声「できればそれやってよって言ったのは事実」”. 週刊文春. 2025年12月15日閲覧。
- ^ 日本放送協会. “市川市 小中学校の給食費 無償の対象広げて全児童生徒に|NHK 千葉県のニュース”. NHK NEWS WEB. 2022年9月20日閲覧。
- ^ “市川市が2023年度から市立小中校の給食無償化:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年8月23日). 2022年9月20日閲覧。
- ^ チバテレ+プラス (2022年8月31日). “55校・約3万1000人分 児童生徒の給食費を完全無償化へ 千葉県市川市 | チバテレ+プラス”. チバテレ+プラス. 2022年9月20日閲覧。
- ^ “「コスパが悪い」市川市長 文化施設「市本」廃止の決断 千葉”. NHK NEWS WEB. (2023年2月16日) 2023年4月4日閲覧。
- ^ 第151回国会請願3748号
- ^ “内湾開発(株)|市川市南八幡4丁目10-8|(一社)千葉県宅地建物取引業協会”. www.chiba-takken.or.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “「市川まみはダミー候補だった」 3年前の市川市長選挙、女性が会見「田中甲市長の陣営が擁立」:東京新聞デジタル”. 東京新聞デジタル. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “ダミー候補の市川まみの全て、情報解禁になりましたので本人が話します”. @ichikawa_mami. X (2026年1月20日). 2026年1月20日閲覧。
- ^ “選挙に「ダミー候補擁立」疑惑、田中甲・市川市長が関与を重ねて否定 出馬女性の主張に「事実ではありません」:東京新聞デジタル”. 東京新聞デジタル. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “市川まみCHANNEL”. YouTube. 2026年1月25日閲覧。
- ^ 市川まみCHANNEL (2025-12-12), 田中甲市長「2000万円渡しただろ!」衝撃の音声 2026年1月25日閲覧。
- ^ 市川まみCHANNEL (2025-12-11), 選対幹部に対し2000万円を支払い、2馬力選挙を行った田中市長本人の衝撃音声 2026年1月25日閲覧。
- ^ “自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(1)「あいつは必ず引っかかる」”. アサ芸プラス. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(2)合コンでボディタッチ”. アサ芸プラス. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “自民党議員「ハニートラップ現場写真」流出の闇真相(3)議会紛糾「ハニトラ市長!」”. アサ芸プラス. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “週刊アサヒ芸能 2026年 1/1・8号”. アサ芸プラス. 2026年1月24日閲覧。
- ^ 市川市議会チャンネル【公式】 (2025-12-11), 市川市議会令和7年12月定例会(第7日12月11日)3.市政に関する一般質問(小泉文人議員) 2026年1月24日閲覧。
- ^ “2025年(令和7年)会議録|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月24日閲覧。
- ^ “市川市議会チャンネル【公式】”. YouTube. 2026年1月24日閲覧。
- ^ 市川市議会チャンネル【公式】 (2025-12-11), 市川市議会令和7年12月定例会(第7日12月11日)3.市政に関する一般質問(小泉文人議員) 2026年1月24日閲覧。
- ^ a b c d e “2025年9月29日|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月20日閲覧。
- ^ 市川市議会チャンネル【公式】 (2025-09-29), 市川市議会令和7年9月定例会(第8日9月29日)3.市政に関する一般質問(小泉文人議員) 2026年1月24日閲覧。
- ^ “「パンツを脱げない人は、人生を他人事だと思っている」前科7犯・村西とおるの不屈の精神|新R25 Media - シゴトも人生も、もっと楽しもう。”. r25.jp (2026年1月15日). 2026年1月20日閲覧。
- ^ “e-Gov 法令検索”. laws.e-gov.go.jp. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “e-Gov 法令検索”. laws.e-gov.go.jp. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会”. pwma.o.oo7.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “国・都道府県公式公益法人行政総合情報サイト 公益法人information”. www.koeki-info.go.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “役員紹介”. 公共貨幣フォーラム | 公式ホームページ | Public money forum. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “アクセス | 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. tocreatesociety.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会”. YouTube. 2026年1月20日閲覧。
- ^ a b “告示 総務省告示 2015/02/26 平成27年 官報号外 第41号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “告示 総務省告示 2019/12/27 令和元年 官報号外 第195号 - 官報検索!”. kanpoo.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “市川市で商い中!高根英樹の日記”. ameblo.jp. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “浅川えいじ(アサカワエイジ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “Google Maps” (日本語). Google Maps. 2026年1月20日閲覧。
- ^ 千葉県. “政治団体の届出等の公表について(令和3年度公表分)”. 千葉県. 2026年1月20日閲覧。
- ^ 千葉県. “政治団体の届出等の公表について(令和4年度公表分)”. 千葉県. 2026年1月20日閲覧。
- ^ 千葉県. “政治団体の届出等の公表について(令和5年度公表分)”. 千葉県. 2026年1月20日閲覧。
- ^ 千葉県. “令和5年5月31日公表(令和4年、5年解散分)”. 千葉県. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “https://marukane.com/”. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “丸金ゆきこ(マルカネユキコ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “市川市議会議員選挙 - 2023年04月23日投票 | 千葉県市川市”. 選挙ドットコム. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “プロフィール”. tomita-y.info. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “冨田嘉啓(トミタヨシタカ)|政治家情報|選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “じもとの放送局 市川大好きちゃんねる”. YouTube. 2026年1月24日閲覧。
- ^ じもとの放送局 市川大好きちゃんねる (2021-08-25), 8/25 お昼の配信 みんなで広げようPTAの輪!ゲスト「市川市PTA連絡協議会 会長 松丸 陽輔さん」 2026年1月20日閲覧。
- ^ “市川市議会議員 ほそだ伸一オフィシャルサイト”. 市川市議会議員 ほそだ伸一オフィシャルサイト. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “議席順別議員名簿|市川市公式Webサイト”. 市川市公式Webサイト. 2026年1月20日閲覧。
- ^ “2045発目の核”. 昭和館デジタルアーカイブ. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “【中古】 尊命の時代 政治とは命を守ること / 田中 甲 / きんのくわがた社 - もったいない本舗 メルカリ店”. jp.mercari.com. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “『きこえますか子どもからのSOS―児童虐待防止法の解説』|感想・レビュー”. 読書メーター. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. tonton-aic.jp. 2026年1月26日閲覧。
- ^ “Wayback Machine”. kohto-kimetara.net. 2026年1月26日閲覧。
- ^ a b “田中 甲著作一覧”. こう!と決めたら田中 甲. 2026年1月26日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 田中 甲公式ホームページ - こう!と決めたら田中 甲
- 田中甲公式ブログ
- 田中甲 (@koh_tanaka) - X
- 田中甲事務所(@kohtokimetara)‐X
- 田中甲市川市長 事務局広報アカウント(@kou_tanaka15)‐X
- 田中甲‐Facebook
- 「こう!と決めたら」田中甲事務所公式Facebook
- 田中甲千葉県市川市長選挙候補予定者を勝手に応援する会Facebook
- 田中甲(@koutokimetara-tanakakou)‐Instagram
- こうと決めたら田中甲(@こうと決めたら田中甲)‐YouTube
- kohtanaka(@kohtanaka)‐YouTube
- 2004年4月頃からの田中甲公式ホームページ(閉鎖済、kohto-kimetara.net)
- 2005年10月頃までの田中甲公式ホームページ(閉鎖済、koh-tanaka.com)
- 2006年1月頃までの田中甲公式ホームページ(閉鎖済、tonton-aic.jp/k-tanaka)
- 旧・リーダーシップ研究所ドメイン(閉鎖済、leadershipinstitute.jp)
- リーダーシップ研究所(閉鎖済、lij.st)
- 一般社団法人白川学館
- 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会ホームページ(閉鎖済、2013年8月30日開設、tocreatesociety.jp)
- 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会(@tocreatesociety)‐Youtube
- TEAM市川プライドホームページ(閉鎖済、ichikawa-pride.net)
- じもとの放送局ホームページ
- じもとの放送局(@jimotono-housoukyoku)‐YouTube
- 市川市公式チャンネル‐YouTube
- 市川市議会チャンネル‐YouTube
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 村越祐民 |
第28代:2022年 - |
次代 現職 |