ソ連の北方領土占領をアメリカが直接支援していた!?【戦後72年で明らかになった衝撃の事実】
1945年、北方四島に生活する人々を突如襲ったソ連の侵攻。色丹島で生まれ育った得能宏は、ソ連の軍艦が現れた日のことを「人生が狂った日」と呼ぶ。そして2017年、そんな占領を後押ししていたのが当時のアメリカだったという衝撃の事実が明らかになった。未だ多くの日本人に知られていない真実と、その証拠をお伝えする。※本稿は、毎日新聞社会部根室記者の本間浩昭『見えない壁 北方四島の記憶』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● ソ連軍が占領に使った艦船は 米軍が貸し与えたもの 得能が「人生が狂った日」と呼ぶ9月1日に目撃した軍艦の中に、米国から無償で貸し出された艦船が含まれていたことはあまり知られていない。太平洋戦争末期に極秘で進められていた「プロジェクト・フラ(Project Hula)」の名で呼ばれる米ソ共同作戦だ。 この作戦は、米露の軍事関係者や研究者の間ではつとに知られていたが、それを書き記した論文や書籍、これを取り扱った番組でさえ、注目されずに埋もれていた。当事者である元島民にもほとんど知られておらず、得能も知らなかった一人である。 「まさかアメリカがソ連に軍艦を貸して日本を攻めさせていたとは思いませんでした」
第2次世界大戦末期、米国、英国、ソ連の3カ国で行われたヤルタ会談(1945年2月)でソ連のスターリンは、対日参戦の条件として、樺太・千島列島、満洲の2つの鉄道、遼東半島の諸権利の引き渡しを米国のルーズベルトにのませた。 そのヤルタ会談の1週間後に発動されたのが、「プロジェクト・フラ」である。この事実は、秘密協定の合意事項がいかに速やかに実行に移されたかを示している。それは、米国がこの時点で、ソ連軍の日本参戦にどれだけ期待していたかを示す証拠でもある。 千島列島に攻め込んだ計18隻の軍艦のうち、米海軍から貸し出された軍艦は計11隻で、このうち色丹島の侵攻作戦に使われた貸与艦は、掃海艇「T-596」だ。 ● 軍艦の貸与だけでなく ロシア語のマニュアル作成まで T-596は米海軍時代、艦艇番号「YMS-216」の名で呼ばれていた掃海艇である。貸与された艦艇の多くは、「US」「AM」など米艦当時の頭文字を消して、ハイフンの後の2、3桁の数字をそのまま残すことが多かったが、T-596は、全く異なる艦艇番号に化けていた。 ボリス・スラヴィンスキー『千島占領 一九四五年 夏』によると、色丹島上陸作戦は同年8月31日午前2時30分(日本時間同日午前4時30分)サハリン大泊港を出港したヴォストリコフ海軍指揮下の第113狙撃旅団の二個大隊で、T-596には、狙撃中隊一個中隊、自動小銃中隊一個中隊、衛生小隊一個小隊の計200人が乗船、ギジガには、狙撃中隊一個中隊、迫撃砲中隊一個中隊、対戦車銃中隊一個中隊、対戦車砲小隊一個小隊の計396人が乗っていた、とある。 プロジェクト・フラで米国が無償でソ連に貸与した軍艦は、上陸用舟艇30隻、掃海艇55隻、護衛艦28隻、駆潜艇32隻、工作船4隻の計149隻にのぼる。 この共同極秘作戦は、艦艇の貸与にとどまらなかった。艦艇を貸与しても、動かせなければ、軍艦もただの鉄の塊である。米国は同年4〜9月、ソ連兵約1万2400人を米国アラスカ州のコールド・ベイに集め、米軍スタッフ1500人がつきっきりで操船や武器、レーダーなどの使い方などを教え込んだ。ご丁寧にも、ロシア語の操作マニュアルなども作成されたという。