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私、PoC失敗しないので

先日、日本の有名企業がこぞってやっていたPoC焼畑農業について書いたが、我々がPoCをなんだと思っているかということについて説明していなかったことに気づいた。

PoCとは、この業界の人じゃないとわからないかもしれないが、Proof of Concept、概念検証のことである。

要は「あるアイデアがあって、それが本当かどうか確かめたい」ときに行う仕事である。

十年ほど前、日本にもささやかなAIブームがあった。
その時、あらゆる会社は「自分の仕事にAIを活用できないか」知りたくなり、あちこちでPoCという仕事が発生した。

そして、吾輩が知る限り、ほとんどの場合、PoCは失敗していた。我々を除いては。

吾輩が経営していた会社は、PoCをほぼ失敗したことがない。確実に失敗した例が二つだけあるが、それについてはなぜ失敗したのか後ほど説明する。おそらく失敗したのはその二つだけだ。

なぜ他社はPoCに毎回失敗し、我々は成功するのか。
昔、あるAI専門メディアの取材を受けた時に、聞かれたことがある。

「なぜ御社のPoCは失敗しないのですか?」

その時は、

「ちゃんとやってるから」

とはぐらかした。なんせ商売上の秘密である。メディアなんかに明かせるわけがない。

しかし今はもう時効だからタネを明かそう。それは、失敗しそうなPoCは最初から引き受けないからである。

例えば100メートルをn秒で走れるか?という問いがあったとしよう。
これを検証したいときに、n=7なら人間には不可能だし、n=50ならかなり足が遅い老人でもクリアできるだろう。

だからn=10くらいを目標にするのである。こうすれば失敗しない。必ず成功するPoCになる。

まるで騙されているように感じるかもしれないが、世の中のPoCにはこのように成功/失敗を数値化できるものと、数値化できないものがある。数値化できないPoCは原則として引き受けない。

手品のタネなんて、聞いてしまえば「なあんだ」と思うものだ。
数値化できるということが何よりも重要なのは、それが実際に「役に立つか、立たないか」の明確な答えが出るからである。

我々のAIは、人知れず活躍している。他社の5倍の速度で車検証を読み取り、子供の偏差値を10上げ、画像認識チップの性能を100倍高速化し、人間のベテランが2週間かけて作る工事造成計画を2時間で完成させる。

我々のPoCには全て数値的な裏付けがある。

多くのPoCが失敗に終わる理由は、営業マンが自分の営業成績のみを考えて、それが実現可能かどうか、そもそも役に立つのかどうか、ほとんど考えずに引き受けるからだ。そういう自己の利益のみを優先したPoCは、失敗するべくして失敗する。

我々の目標は明確だ。顧客の製品の価値を創造し、顧客の利益を上げること。顧客の利益が上がらないと思われる場合、我々はその仕事を引き受けない。

いたずらに規模の大を追わない。それが我々の掟だ。

これは我々が単なるベンチャー企業だった頃からの一貫した姿勢で、顧客にまず儲けてもらって、その後、自分たちの利益を分け前としてもらう。

そのためには、まず儲かっている顧客としか取引しない。
儲かっている顧客が新規の製品でますます儲かるのは簡単だが、儲かってない顧客を一発逆転させることはかなり難しい。たとえ全く同じものを作ったとしても、無名の会社の新製品より有名な会社の新製品の方が遥かに売れる。

この原則を守ることで、チャーン、つまり顧客の離脱を食い止め、継続的に仕事をしてきた。

一つの事業が成功し、価値創造ができると証明できれば、また次の仕事が来る。得意先とは中小企業にとっての履歴書だ。

それまで顧客とどのように向き合ってきたか、ハッタリではなく、本当の価値を提供してこれたか、何より、相手に好かれ、リスペクトされ続ける存在であり続けたか。

一度、とあるテレビ局の仕事で、全く要件が固まらないまま、年度をまたぐ関係で先に契約をして前金を貰う仕事があった。しかし期をまたぐと、そのテレビ局でなにか重大な事情の変化があったらしく、プロジェクトが取りやめになったのでお金を少しでも返してほしいと言われたことがある。もちろん契約書上、そんな必要はない。というか、返金することは現実的には不可能だ。期をまたいですぐ返金するのは、架空計上の疑いがかかってしまう。しかも、そもそもこちらはそれなりの稼働を既にしていた。

「申し訳ないのですが…」

テレビドラマかマンガでしか見たことのない台詞を自分が言うことになるとは思わなかった。

「我々も慈善事業ではありませんので」

その人には悪いことをしたなと思ったが、それはそれで仕方ない。
そうですか、と肩を落として帰って行った。

しかし、契約に反して返金しろとは、日本のテレビ局とはずいぶん遵法意識が低いなと当時思ったのを覚えている。

こちらとしても、後味が悪かった。

一年後、テレビ局の同じ担当者から連絡を貰った。

「まさか、あの時のことをまだどうこうするという話なんだろうか」

と、思ったら、その人は「実はこれをどうしても清水さんに差し上げたくて」と、とても奇麗なクリスタルに封入されたリングを渡された。

「なんです?これ?」

「それは、NASAの宇宙飛行士が身につけていた、宇宙服のケーブルのリングです。月に行って帰ってきた部品ですよ」

確かに、よく見るとNASAのロゴマークと、アポロなんたらという文字が読み取れた。

僕はギャラリーフェイクのフジタじゃないから審美眼は怪しいが、NASAには何度も行っている。本物らしいしつらえだった。

「オークションで競りおとしたんですけど、清水さんに持っていて貰いたくて」

なんということだろう。

あれほどけんもほろろに断って、たぶん彼のキャリアに傷を付けてしまった僕のために、そんなことまでしてくれたのだ。

それから数年して、僕はちょっとしたテレビ番組を作ろうと思い至った。その時はやっぱり真っ先にそのテレビ局にお願いしようと思って実現した。彼はもうその局にはいなかったけれども。

仕事というのは連続性の上にある。
昨日の顧客は、明日の顧客でもある。
人間が全く新しい出会いを持てるチャンスは常に有限で、数少ない。

今日の出会いを大切にできない人に未来の顧客を幸せに出来るわけがない。

それは時にはライバル企業にも及ぶ

僕は昔、携帯電話向けコンテンツ管理システム(CMS)を売っていた。多分この分野では一番売っていたと思う。

プログラマにとって、独自のCMSを作って売れるというのは幸せなことだ。CMSとは情報のOSそのものだからだ。

あるとき、超大手企業でモバイルCMSを売ってる人たちと仲良くなった。本来は商売敵のはずだが、彼らは自分たちが売るシステムを嫌っていた。

「ぜんぜんダメなんだよ」

彼らは自分たちのシステムをそう言った。

「俺たち営業が、月1で相手先に行って謝る。それで金を貰ってるようなものだ」

彼らのシステムはとても安価だった。だから大量に客がいた。
そして彼ら営業の仕事の大半は、客のクレームに対応することだった。

「そっちに回していい?」

彼らは信じられない提案をしてきた。
自分たちの顧客、しかも大手企業ばかりを無償で紹介するというのだ。

「君たちになんのメリットがあるの?」

「謝る相手が減る」

そして実際に、彼らは大手企業ばかりを次々と紹介してきた。大手企業たちは、彼のシステムの10倍以上となる月額費用を気持ちよく払ってくれた。なぜならば、彼らはそのさらに十倍は儲かっていたからである。

「月に1000万円稼ぐサイトの維持費を五万円で済まそうとしていたのが間違っていたんだ」

ある意味で、当時のその大手企業の開発したCMSは、PoCのようなものだった。だから入り口は安いに越したことはない。けれども一度儲かることが証明されたら、エンドユーザーからのクレームに対応する人的費用の方が重くのしかかる。

それなのに、単価の安い汎用的なシステムでは、痒いところに手が届かないだけでなく、場合によっては他のサイトの負荷が上がると巻き添えを食って止まることが多発していた。

そこで僕は一つの思想に至った。

「他社より一円でも安ければぜひ教えてください。当社は二倍の値段にします」

安いシステムには安いなりの限界がある。
一人月にも満たない月額費用ではベタヅキで人を配置することは出来ない。

結果、サービス品質が落ちる。
大手企業のエンドユーザーは、それなりの対応を求める。

エンドユーザーがベンツでの送迎を期待しているのに、大手企業のステッカーを貼った軽トラックでもてなしていてはブランドさえも毀損されてしまう。

そのかわり、我々はちゃんと儲かっている相手としか取引をしないことにした。いたずらに規模の大を追わず、着実に顧客が利益を出せる構造にこだわり続けた。

その頃、とあるパーティで、同業他社の社長から嫌みを言われたことがある。僕より二回りも上の年配の社長だ。

「君んとこ、高いって評判だよ」

僕はニコリと笑って答えた。

「高いぶん、その何倍もお客様に儲けていただいてます」

その社長はあからさまに不機嫌な顔をして去って行った。

我々にとって、常に我々の技術によって顧客が成功することが、情報化社会の武器商人としての誇りだ。

我々は自らの技術理解という一点において誰にも負けない誇りを持っており、顧客に嘘をつかず、顧客が勝つためなら手段を選ばない。最強のソフトウェアという武器を作り、顧客を勝利に導き、最後に分け前をいただく。ぼろ儲けはできないが、誇りは満たされる。

プログラマは侍だ。
自分の技術を磨き、ライバルをリスペクトしつつも圧倒することを目指す。
侍は自らを知る者のために命を賭す。

あるとき、また別の競争相手の社長から面会したいという要請が来た。
あまり話をしたことがない相手なので何だろうと思って話を聞きに行った。

すると、彼もまた、彼の顧客を引き継いでほしいという。

スマートフォンが登場し、顧客の要望が複雑になりすぎたので彼らのシステムでは、対応が出来なくなってきた、というのがその理由だった。

結局、業界の目立った企業のシステムは全て我々が引き受けることになり、それはガラケーが停波するまで続いた。

競争相手とされていた会社は、ひとつは活動が何年も停止し、もう一つは最近どこかの会社に買収され、怪文書が流れた。

僕の会社はとある企業グループと作ったAI研究開発を目的としたジョイントベンチャーと親子逆転したあと事業を継続している。あの頃のお得意さんはまだお得意さんのままだ。その企業グループも、かつての得意先のひとつだ。

真の意味で顧客に価値を提供できるか。
気休めや仕事をしてるふりではなく、真に役立つソフトウェアを提供し、真の課題を解決しているか。

だから我々はPoCの数値評価に拘る。
あいまいなKPIを設定せず明確な評価関数を決める。

意味のある技術、競争優位性の高い技術を高めることに拘り、今この瞬間も人知れず顧客に利益を上げさせ続けている。

会社の経営の一線を退いたあとも、その思想は受け継がれていると信じている。

カスタマープロフィットファースト。
ただ顧客のいいなりになるのではなく、真の意味で顧客の利益の向上に貢献する。

こうした機能が顧客の社内でなく社外にあることの価値は、技術理解の先端集団として顧客のペインと最先端の技術の組み合わせを考えるところにある。

実はこの能力だけは、人類が頭を使うということにおいて、AIに唯一、優越する。

実はAIは最先端の技術を理解できない。
なぜなら、AIの最先端の技術は、論文だけ見てもその本質や真価を理解できない。実際に人間が使ってみないと、その意味も、使い方もわからないのだ。

そして我々は、地球上の誰よりも最先端の技術を実際に使用し、その価値を見極めることのできる環境にいる。Googleの社員も、OpenAIの社員も、Anthropicの社員も、等しくそれぞれのバイアスの掛かった研究開発に拘束される。無料で使える自社のAIと、月額何十万円も払わなければ限界まで能力を発揮できない他社のAIの両方を必要に応じて使うというのは難しい。

役割が違うのだ。彼らはエンジンや自動車を作り、我々は、それらを誰よりも上手くチューニングし、顧客をトレーニングし、顧客の走るレースで顧客を勝利に導く。

これをやるためには、自由になる計算資源と、自由に使える時間、そして自分を拘束する様々な余計な命令に一切関わらなくていい行動の自由が必要になる。

それがAI時代に我々が存在する本質的な意味だ。

さて、失敗したPoCについて話すと先述した。
我々のような慎重な人間がどうしてPoCを失敗したのか。

じつは詳細を書いたのだが、さすがに本当のこととはいえ気分が悪くなる人や激怒する人がいそうだからせっかく書いた部分を丸々削ることにした。真実ほど人を怒らせるものはない。

しかし後進のために失敗した理由については書いておくべきだろう。

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