2026-01-28

「嫌いな作品の何が嫌いだったか」を言語化することは、自分を知るということに役立つから無意味ということはない。

ただ、その作品好きな人にとっては単なる「悪口」に見える可能性があることと、たいていの嫌いの言語化には「自分という要素」の振り返りが欠けているので、その点はフォローすべきだと思う。

悪口ではなく「批評」になるように取り繕うことと、受け取った自分側の評価指標がしっかり見えるようにすること。

これをちゃんとやれば、「こういう人が、こういう風に見るなら、そういう受け取り方もあるかもしれない」という納得感が生まれるし、そうでなくても「その視点で見るなら、こういう見方もあるはずだ」という論理的反論可能になる。

  • こんなん当たり前の話で 俺は「俺の感じるのこの作品のアカンポイント」を幾らでも書けるが ちょろっと書くと「熱が凄い」「逆に好きだろ」とか言われるんだよな 俺が高熱なんじゃ...

  • それを実行してるつもりの自称評論家がどれだけ溢れてるか知ってるだろ 必要なのは嫌いなものをただ嫌いと書き、批難を甘んじて受ける覚悟だ

  • ほなら好きな作品は何なの?って聞くと 大抵は批判され返すのを恐れて好きな作品もその作品の好きなとこも教えてくれないの何でなの? 好きな人が集まってるところに行って私これき...

  • だから、ジークアクス最終回はキラキラの中で長々と解説調の会話をするなと…😟まあ、飲み屋の迷惑な客と同じだよなそれは認める

記事への反応(ブックマークコメント)

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