アニメOP 90秒論争について、現場にいる立場から思うこと
僕自身、これまで数多くアニメの主題歌を作らせていただいてきました。
まずクリエイティブの主従関係という視点から見ると、
原作があり、それがアニメ化され、その作品に必要な主題歌が作られる、という流れで全体が動いている以上、音楽アーティスト側がアニメ側に合わせるのは極めて自然なことだと思っています。
もし順番が逆で、最初に楽曲があり、その曲を軸に物語や映像を作る企画であれば、最終段の映像側が音楽に合わせることになるでしょう。どちらが正しいかではなく、どちらを起点に企画が立ち上がっているかの違いです。
次に商流の視点。
もし音楽アーティスト側の都合にアニメ側を従わせたいのであれば、アーティスト自身が出資し、企画を立ち上げ、映像を作る側に回る必要があります。アニメーションMVなどは、構造的にはそれに近いものだと思います。
そしてクリエイティブの視点①。
90秒という明確な制約の中で各々が競い合う構造は、どこか競技やゲームに近い側面があります。制約があるからこそ、その枠内で工夫が生まれ、創造性が高まり、結果として良い楽曲が生まれることも多い。これは長年現場にいて実感していることです。
クリエイティブの視点②として補足すると、
フィルムスコアリングのような劇伴でない限り、90秒の枠の中で作られた楽曲に対して、その後今度はアニメ映像側が曲に合わせてOPやEDを構築していきます。そこには映像側の匠の技があり、音楽と映像が噛み合ったときの完成度の高さは、本当に素晴らしいものだと思います。
もう少し個人的で本質的な視点を加えるなら、
音楽は本質的に「主」になるものではない、と僕は考えています。文化人類学的に見ても、音楽は儀式や行為のBGMとして生まれ、機能してきました。音楽単体が独立した主役として切り出されるようになったのは、人類史的にはごく最近のことです。
音楽は目に見えず、触ることもできないからこそ、物語や映像、人の行為に付随したときに大きな力を発揮する。タイアップでない楽曲であっても、聴く人それぞれの人生のBGMやテーマ曲として機能している、という点では同じだと思います。
ちなみにこれは完全に僕個人の病ですが、
タイアップでないオリジナル曲を作っているときでさえ、気がつくと1コーラスがほぼ90秒になっていることが多々あります。「あれ?笑 まただ…」と冷や汗をかくこともしばしばです。その枠を壊すか壊さないかは曲次第ですが、意識的に壊そうとしないと、自然と90秒に収まってしまう感覚があります。。汗
閑話休題、最後に、
アニメ側と音楽アーティスト側は対立する存在ではなく、双方が力を合わせて、より良い作品を作るための関係であるはずです。
もしアニメ監督や制作側が「今回は90秒の枠にとらわれない主題歌にしたい」と考え、音楽アーティスト側も同じ方向を向いているのであれば、そのときは遠慮なく枠を壊した表現に挑戦すればいい。
大切なのは、どちらが主かではなく、どちらも同じ方向を向いているかどうかだと思います。
Quote
みの
@lucaspoulshock
むしろ、ミュージシャンこそがタイアップの場面において音楽の独立性をより強く求め、戦うべき。90秒のOP尺に合わせて盛り上がる楽曲構造を求められている状況自体をまずは疑う必要がある。アニメが音楽に合わせて尺を変えてもいいくらいだ。
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