世界がRustに気づき始めた - AIコーディング時代の静的型言語
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#はじめに
私はRustが大好きだ。
2022年にプログラミングを始めて、最初に選んだ言語がRustだった。所有権、ライフタイム、借用チェッカー。初学者を容赦なく殴ってくる概念の数々に何度も心が折れかけた。でも今では「Rustしか書けない身体」になってしまった。
このサイトも100% Rustで作っている。自作SSG、OGP画像生成、WASMへのコンパイル。全部Rust。こだわりが過ぎる自覚はある。
そんなRust愛好家の私にとって、最近の業界動向は嬉しいニュースの連続だ。
AIコーディングツールの普及により、静的型付け言語の需要が急増している。
「え、そうなの?」と思った方もいるかもしれない。私も最初は半信半疑だった。でも調べてみると、これは噂ではなく、データと著名人の発言に裏付けられた事実だった。
この記事では、AIコーディング時代にRust(および静的型付け言語)がなぜ注目されているのか、そして世界のトップエンジニアたちがRustについて何を語っているのかをまとめてみた。
Rust好きによる、Rust好きのための、前向きな記事である。
#AIコーディングツールと静的型付け言語の相性
#94%のエラーは型関連
GitHub公式ブログで衝撃的なデータが公開された。
94% of errors generated by AI coding assistants are type-related—exactly the errors TypeScript catches automatically.
(AIコーディングアシスタントが生成するエラーの94%は型関連である。まさにTypeScriptが自動的にキャッチするエラーだ。)
— Why AI is pushing developers toward typed languages - GitHub Blog
94%。ほぼ全部じゃないか。
AIが生成したコードの大半のエラーが「型の不整合」だという。逆に言えば、型システムがしっかりした言語を使えば、AIが生成するコードの品質は劇的に向上するということだ。
#TypeScriptの急成長
Octoverse 2025(GitHubの年次レポート)によると、TypeScriptがPythonとJavaScriptを抜いてGitHubで最も使用される言語になった。2025年8月時点の話だ。
TypeScript開発者は前年比66%増加し、約260万人に到達した。
GitHubは「AIアシスト開発がTypeScriptの成長を後押しした相関的エビデンスがある」と述べている。つまり、AIコーディングツールの普及が静的型付け言語の採用を加速させているということだ。
#なぜ型があるとAIが賢くなるのか
Builder.ioの記事にわかりやすい表現があった。
Without types, the AI is guessing. With types, it’s reading a spec.
(型がなければAIは推測している。型があればAIは仕様書を読んでいる。)
— TypeScript vs JavaScript: Why AI Coding Tools Work Better with TypeScript - Builder.io
これは言い得て妙だ。
型情報は、コードベースの「仕様書」として機能する。関数が何を受け取り、何を返すのか。データ構造がどんなフィールドを持っているのか。型があれば、AIはそれを正確に理解できる。
型がなければ?AIは文脈から「たぶんこうだろう」と推測するしかない。その推測が外れれば、ランタイムエラーになる。
#世界のリーダーたちがRustを語る
ここからが本題だ。世界のテック業界を牽引するリーダーたちが、Rustについて何を語っているのか。日本語訳を添えて紹介する。
#Linus Torvalds(Linux創始者)
Linuxカーネルの生みの親、Linus Torvaldsの発言は重い。
I think we’ve reached a stage [where] Rust is truly becoming part of the kernel, and it’s no longer just an experimental thing.
(Rustは真にカーネルの一部になりつつある段階に達したと思う。もはや実験的なものではない。)
— Linux Foundation Open Source Summit Korea 2025 / The New Stack
2025年のLinux Kernel Maintainers Summitでは「RustはLinuxカーネルの実験的機能ではなく、コア部分として定着した」というコンセンサスが得られたという。反対意見は「ゼロ」だったらしい。
さらにTorvalsはこうも語っている。
To me, Rust was one of those things that made technical sense, but to me personally, even more important was that we need to not stagnate as a kernel and as developers.
(私にとってRustは技術的に理にかなったものだったが、個人的にはそれ以上に、カーネルと開発者として停滞してはならないということが重要だった。)
「停滞してはならない」。Linuxを30年以上開発し続けてきた人の言葉には重みがある。
Linuxカーネルという超保守的なプロジェクトがRustを採用した。これはRustの信頼性を示す何よりの証拠だと思う。
#Galen Hunt(Microsoft Distinguished Engineer)
MicrosoftのDistinguished Engineer(最高位のエンジニア職)であるGalen Huntは、LinkedInでこう宣言した。
My goal is to eliminate every line of C and C++ from Microsoft by 2030.
(2030年までにMicrosoftからC/C++のコードを全て排除することが私の目標だ。)
— Thurrott
2030年。あと4年。Microsoftには約10億行のC/C++コードがあるという。それを全部Rustに置き換える。狂気じみた目標だ。でも本気らしい。
なぜRustなのか、C#ではダメなのかという質問に対して、Huntはこう答えている。
Two reasons for Rust over C#: 1) C# is memory safe, but not concurrent safe, 2) performance (no GC).
(RustがC#より優れている理由は2つ。1) C#はメモリ安全だが並行性は安全ではない、2) パフォーマンス(GCがない)。)
GCがないことを理由に挙げているのが興味深い。Rustの「ゼロコスト抽象化」の価値を理解している人の発言だ。
ちなみに、Windowsの System32 フォルダには既に win32kbase_rs.sys というファイルがある。末尾の _rs はRustの略だ。Windowsカーネルの一部は既にRustで動いている。
#Mark Russinovich(Microsoft Azure CTO)
Azure CTOのMark Russinovichは、2022年にTwitter(現X)でこう発言した。
It’s time to halt starting any new projects in C/C++ and use Rust for those scenarios where a non-garbage collected language is required. For the sake of security and reliability, the industry should declare those languages as deprecated.
(新規プロジェクトでC/C++の使用を止め、GCなしの言語が必要なシナリオではRustを使うべき時だ。セキュリティと信頼性のため、業界はこれらの言語を非推奨と宣言すべきである。)
「deprecated(非推奨)」という言葉が強烈だ。
これはRussinovichの個人的意見だが、Azure CTOという立場を考えると、Microsoftの方向性を示唆しているとも取れる。実際、Microsoftは2023年にAzure CTOがC/C++での新規プロジェクト開始を禁止したと報じられている。
#Werner Vogels(Amazon AWS CTO)
AWSのCTO、Werner VogelsもRustを実際に使っている。
We rewrote one of our Lambda functions in Rust, and observed that cold starts were 12x faster and the memory footprint decreased by 73%.
(Lambda関数をRustで書き直したところ、コールドスタートが12倍速くなり、メモリ使用量が73%減少した。)
— InfoQ
12倍速くなって、メモリが73%削減。これがRustの実力だ。
VogelsはRustを学んだ理由についてこう語っている。
As more builders choose Rust to solve hard problems at scale, it felt time to get my hands dirty.
(より多くの開発者がスケールの大きな難問を解決するためにRustを選ぶようになり、自分も手を動かすべき時だと感じた。)
— InfoQ
AWS CEOではなくCTOだからこそ、実際に手を動かしてRustを学んでいる。技術者としてリスペクトしかない。
AWSはFirecracker(軽量VM)やS3の一部でRustを採用している。クラウドインフラの心臓部がRustで動いているということだ。
#Lars Bergstrom(Google Engineering Director, Android)
GoogleのAndroid Platform Tools & LibrariesのEngineering Director、Lars Bergstromの発言も印象的だ。
In every case we’ve seen a decrease by more than 2x in the amount of effort required to both build the services in Rust as well as maintain and update those services written in Rust.
(あらゆるケースで、Rustでサービスを構築し、Rustで書かれたサービスを保守・更新するために必要な労力が2倍以上削減されている。)
— Rust Nation UK Conference 2024 / The Register
2倍以上の生産性向上。Rustは学習コストが高いと言われるが、その投資を回収して余りある効果があるということだ。
さらにC++との比較について:
C++ code is very expensive.
(C++のコードは非常にコストが高い。)
シンプルだが核心を突いている。
GoogleはAndroidでRustの採用を進め、メモリ安全性の脆弱性を68%削減したという。2024年9月時点で、メモリ安全性関連の脆弱性は全体の20%未満にまで減少した。
#Jeff Vander Stoep(Google Security)
Google Securityチームの発言も興味深い。
We adopted Rust for its security and are seeing a 1000x reduction in memory safety vulnerability density compared to Android’s C and C++ code. But the biggest surprise was Rust’s impact on software delivery. With Rust changes having a 4x lower rollback rate and spending 25% less time in code review, the safer path is now also the faster one.
(セキュリティのためにRustを採用し、AndroidのC/C++コードと比較してメモリ安全性の脆弱性密度が1000分の1に減少している。しかし最大の驚きは、Rustがソフトウェアデリバリーに与える影響だった。Rustの変更はロールバック率が4分の1で、コードレビューにかかる時間が25%短い。安全な道が、同時に速い道でもあるのだ。)
「安全な道が速い道でもある」。これは名言だと思う。
Rustは安全だけど遅いんでしょ?という誤解を完全に覆している。安全であることがむしろ開発速度を上げているのだ。
#米国政府もRustを推奨
企業だけではない。米国政府もRustを公式に推奨している。
#ホワイトハウス ONCD(国家サイバー局長室)
2024年2月、ホワイトハウスのONCDは「Back to the Building Blocks: A Path Toward Secure and Measurable Software」というレポートを発表した。
The highest leverage method to reduce memory safety vulnerabilities is to secure one of the building blocks of cyberspace: the programming language.
(メモリ安全性の脆弱性を減らす最も効果的な方法は、サイバースペースの構成要素の1つであるプログラミング言語を安全にすることだ。)
メモリ安全な言語として、Rust、Python、Swift、C#、Java、Goが挙げられている。しかし、レポート内で名指しで言及されているのはRustだけだ。
米国政府がRustを推奨している。これは歴史的な出来事だと思う。
#NSA & CISA(国家安全保障局 & サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)
2025年6月、NSAとCISAは合同で「Memory Safe Languages: Reducing Vulnerabilities in Modern Software Development」というガイダンスを発表した。
Memory vulnerabilities pose serious risks to national security and critical infrastructure. MSLs offer the most comprehensive mitigation against this pervasive and dangerous class of vulnerability.
(メモリ脆弱性は国家安全保障と重要インフラに深刻なリスクをもたらす。メモリ安全言語(MSL)は、この蔓延し危険な脆弱性クラスに対する最も包括的な緩和策を提供する。)
「国家安全保障」という言葉が出てきた。それほど深刻な問題として認識されているということだ。
NSAとCISAが推奨するメモリ安全言語には、Ada、C#、Delphi/Object Pascal、Go、Java、Python、Ruby、Rust、Swiftが含まれている。
#日本国内の動向
海外だけでなく、日本でも同様の議論が活発だ。
Zennの記事「Rustは生成AI時代の覇権言語になる説」では、こんな指摘がある。
Rustの場合、ビルドが通らなければ失敗なんです。曖昧さがない。PythonやJavaScriptだと「動くけど実行時に爆発」がありますが、Rustはコンパイラが厳格に教えてくれる。つまり、生成AIにとってRustのコンパイラは明確なフィードバックループになる。
これは本当にその通りだと思う。
AIがコードを生成する → コンパイルエラー → AIがエラーメッセージを読んで修正 → 再度コンパイル
このサイクルがRustでは明確に回る。PythonやJavaScriptだと「一見動くけど実行時に爆発」というパターンがあり、AIにとってフィードバックが曖昧になる。
別のZenn記事「AI時代にこそRustだと思う話」では:
AIが発達して人間が直接プログラミングをしなくよくなったとしても、最終的な責任を人間が取る必要があるという点はこれからも変わらないと思われる。そこで、AIだけでは担保できないコードの安全性チェックをコンパイラによる静的型検査に一部任せることで、人間による監査をしなければいけない範囲を減らすことができる。Rustはその用途にうってつけである。
AIが書いたコードを人間がレビューする時代。でも人間がすべてをチェックするのは不可能だ。だからコンパイラに任せられる部分は任せる。Rustの厳格なコンパイラは、その役割を果たせる。
Gen-AX社(生成AI特化SaaS)は、プロダクト開発にRustを採用した理由としてこう述べている。
本番環境で安定稼働が求められるなら静的型付け言語は必須で、そうなるとWebシステムで新規構築の検討に乗るのはGo/Kotlin/Rust/TypeScriptぐらいになる
選択肢は4つ。そしてその中からRustを選んだ。実際に本番環境で動かす企業が増えているということだ。
#個人的な感想
ここまで調べてきて、私は素直に嬉しい。
正直、Rustはマイナー言語だと思っていた。「使ってみたいけど仕事では使えない」「学習コストが高すぎる」という声をよく聞いた。私自身も、Rustを選んだのは「好きだから」であって、「仕事で使えるから」ではなかった。
でも状況は変わりつつある。
- Linus TorvaldsがLinuxカーネルにRustを採用した
- MicrosoftがC/C++を全廃してRustに移行すると宣言した
- GoogleがRustで生産性2倍と発表した
- AWSがRustで12倍高速化を達成した
- 米国政府がRustを推奨した
これだけの後ろ盾があれば、「Rustは仕事で使えない」とは言えなくなってくる。
#コミュニティの成長に期待
Rustのコミュニティは2022年Q1の200万人から2024年Q1に400万人へと倍増した(JetBrains)。Stack Overflowで8年連続「最も愛される言語」に選ばれている。
コミュニティが大きくなれば、ライブラリが充実する。ドキュメントが整備される。求人が増える。好循環が生まれる。
私のような個人開発者にとって、これは本当にありがたいことだ。
#日本国内のRustエンジニア
まだまだ日本国内ではRustエンジニアは希少だ。求人を見ても、TypeScript、Python、Goに比べると圧倒的に少ない。
でも、世界の潮流を見れば、日本でもRustの需要は増えていくだろう。先行者利益を得られるチャンスかもしれない。
…まあ、私は仕事でRustを使っているわけではないのだが。個人開発レベルで好んで使っているだけだ。このサイトも、自作SSGも、WASMコンパイルも、全部「好きだから」やっている。
でも「好き」で選んだ言語が、世界のトップエンジニアたちにも認められている。それは純粋に嬉しいことだ。
#いつかはRust本体にコントリビュートしたい
ここで、ひとつ野望を書いておく。
将来的には、Rustプロジェクト本体にコントリビュートできるレベルの技術力を身につけたい。
cargo clippy のlintルールを追加するとか、Rust本体のissueを修正するとか。そういうレベルに到達したい。
今の私はまだまだだ。自作SSGを作れる程度で、コンパイラの内部構造なんて理解していない。でも、いつかは「Rustを使う側」から「Rustを作る側」に回りたい。
Linuxカーネルにコミットしたいとは言わない(さすがにハードルが高すぎる)。でも、clippyやrustfmt、あるいはエコシステムの主要クレートに貢献できるようになりたい。
大好きな言語を、自分の手でより良くする。これ以上のモチベーションがあるだろうか。
道のりは長い。でも、この記事を書きながら、改めてその目標を確認できた。
#まとめ
AIコーディングツールの普及により、静的型付け言語の需要が急増している。これは噂ではなく、データと著名人の発言に裏付けられた事実だ。
- AIが生成するエラーの94%は型関連
- 型があればAIは「仕様書を読んでいる」状態になる
- TypeScriptがGitHubで最も使用される言語に
- Rustは生産性、安全性、パフォーマンスで高い評価
そしてRustは、Linuxカーネル、Microsoft、Google、AWS、米国政府に採用・推奨されている。
To me, Rust was one of those things that made technical sense, but to me personally, even more important was that we need to not stagnate as a kernel and as developers.
— Linus Torvalds
「停滞してはならない」。この言葉が心に響く。
私はこれからもRustを書き続ける。好きだから。そして、世界がRustの価値に気づき始めたこの時代に、Rustを選んでいてよかったと思う。
Rustコミュニティがさらに大きくなり、もっと便利に開発できるようになることを願っている。
#参考リンク
- Why AI is pushing developers toward typed languages - GitHub Blog
- Is Rust the Future of Programming? - JetBrains
- TypeScript vs JavaScript: Why AI Coding Tools Work Better with TypeScript - Builder.io
- Microsoft to Replace All C/C++ Code With Rust by 2030 - Thurrott
- In Rust We Trust: Microsoft Azure CTO shuns C and C++ - The Register
- Distill CLI: Amazon CTO Werner Vogels Unveils Rust-Powered Tool - InfoQ
- Rust developers at Google twice as productive as C++ teams - The Register
- Google’s Shift to Rust Programming Cuts Android Memory Vulnerabilities by 68% - The Hacker News
- In Rust we trust? White House Office urges memory safety - Stack Overflow
- Memory Safe Languages - CISA
- Rustは生成AI時代の覇権言語になる説 - Zenn
- AI時代にこそRustだと思う話 - Zenn
- 生成AI特化型SaaSのプロダクト開発にRustを採用した理由 - Gen-AX