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心の理論(Theory of Mind)1・サリーとアン

サリーとアンの人形劇

1985年の実験です。3つのグループに分かれた子どもたちに、人形劇を見せます。
自閉症児
ダウン症児
定型発達児

です。

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「サリー(赤)はカゴを持っています。アン(青)は箱を持っています」

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「サリー(赤)は、お気に入りのビー玉を自分のカゴの中に入れました」

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「サリー(赤)はお散歩に出かけました。部屋にはアン(青)が一人残されました」

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「アン(青)は、サリー(赤)のカゴからビー玉を取り出して、自分の箱の中に隠してしまいました」

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「サリー(赤)がお散歩から帰ってきました。『あー楽しかった!またビー玉で遊ぼうっと』」

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ここで質問です。

「さて、サリー(赤)は一番最初にどこを探すでしょうか?」

正解は「カゴ」です。
サリーはアンがビー玉を箱に移動したシーンを見ていません。
見ていないから移動していることを知りません。
知りませんからビー玉は依然としてカゴの中にあると思っています。
だからカゴを探します。

回答者は
自閉症児
ダウン症児
定型発達児
です。普通の感覚では正答率は知能に比例して、
定型発達児>自閉症児>ダウン症児
になるはずです。ところがこの実験では、
定型発達児=ダウン症児>自閉症児
になりました。

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知能はダウン症児より自閉症児のほうが高いのです。ところがこの人形劇の理解に関しては、ダウン症児のほうが点数が高い。元論文はこちらです。

https://docs.autismresearchcentre.com/papers/1985_BC_etal_ASChildTheoryOfMind.pdf

タイトルは「Does the autistic child have a “theory of mind”?」

というわけでtheory of mind、「心の理論」という言葉が有名になりました。
物語というものを考えるのにも、極めて重要な知見ですね。

知性と物語理解はちょっと別

自閉症児は知能は十分高い。でも外出したサリーの立場になって物事を考えることが出来ません。
ダウン症児は知能は低い。でも外出したサリーの立場になって物事を考えることが出来ます。

ところが「物語」というのは、登場人物が何を考えているのか類推できなければ、ほとんど意味の無いしろものです。人形劇も物語ですから、この「サリーとアン」という物語の理解に自閉症児は失敗し、ダウン症児は成功しました。ダウン症児は知性は低いのですが共感能力が十分あるようで、単純な物語ならば十分理解できる。

このような理解が積み重なって、物語は成立しています。例えば今現在の物語は、

1、サリーとアンのビー玉を巡る物語
2、それを鑑賞する、子ども達の反応の物語
3、2を紹介して「物語」の重要要素を説明しようとする私の物語
4、3を読んで私の説明意図を理解しようとする読者様の物語
5、読者様の反応をあらかじめ類推して、次に書く文章を考えている私の物語

が進行中です。5層になっている。これらすべて類推です。人の頭の中を類推しているだけで、証拠はなにもありません。証拠がないくせに類推の階層を深めてゆく。
知性とは、明解な証拠を積み上げてゆく考え方なのですが、物語理解はそれとは少し異なるのですね。知性と物語理解はちょっと別なのです。

気持ちを類推する、
類推している人の気持ちを類推する、
類推している人の気持ちを類推している人の気持ちを類推する、
類推している人の気持ちを類推している人の気持ちを類推している人の気持ちを類推する、そんな風に何層にも積み重なって物語が成立してゆきます。

参謀本部

知性の高い自閉症児が、知性の低いダウン症児よりも物語の理解が低かった。このことは日本の近代史に大きな示唆を与えます。

大日本帝国陸軍の参謀本部の高級将校たちは、極めて高い知性の持ち主でした。参謀になるのは陸軍大学を優秀な成績で卒業した人々なのですが、陸軍大学自体が非常に入学が困難な学校でした。士官学校卒業生のうち、部隊勤務での実績が優秀な人のみが上司の推薦を受けて受験させてもらえました。人によっては勉強時間を与えられましたが、多くの場合部隊でフル勤務をこなしながら受験勉強をしました。つまり勉強時間がほとんどない。そんな状況で陸大に合格するのは、極めて地頭の強い連中だけです。一回読んだことは大体憶えている頭脳でなければ、合格は不可能です。

それらの中でも特に優秀な人間が、参謀本部に勤務しました。運動神経で言えば大谷翔平のような人々の集団です。極めて優秀です。
その優秀な人々の集団が、いざ戦争となると、おそろしくお馬鹿な作戦を実施してしまう。お馬鹿集団に成り下がってしまう。彼らが悪人だったとは毫も思いませんが、作戦指導では優秀では無かった。でもテストでは間違いなく優秀だったのです。
テストの成績が悪い連中を集めたら馬鹿な戦争をしたというならば、問題解決は簡単です。成績の良い連中で再編成すれば良いのです。でも成績が良い連中を集めたら、馬鹿な戦争をしてしまったのです。いったいぜんたいどうすりゃいいのだ。

ここに、半藤一利という作家が居ます。
「日本のいちばん長い日」の原作者です。

彼が繰り返し言っていたことがあります。東條英機は、(お能の)「熊野」を、「ゆや」と読めなかった。

「熊野」は「松風」と並ぶ能の代表作です。「熊野」と書いて「ゆや」と読むのは、漢字の読み方としてはかなり変則的ですが、当時のインテリはみんな知っていました。しかし東條は「ゆや」と読めなかった。つまりお能をほとんど知らなかった。つまり当時のインテリ層の中では、東條英機は物語的教養が無い人だった。半藤一利は作家ですから、そのことが気になって何度も発言しています。

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かたや石原莞爾、山下奉文、阿南惟幾、米内光政など、文学が好きだった一部の軍人たちは、東條に比べて幅というか、人間的な奥行きを持っている印象があります。

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写真ズラズラと並べたのは、「なんとなく東條さんと雰囲気が違う」ということを感じて頂きたかったからです。どちらが善人かと言えば、多分東條さんのほうが善人でして、文学的軍人はクセがやたらと強いです。
彼らは軍全体から見ればマイノリティーでした。よって軍全体は奥行きの無い思考しか出来ずに、部分最適、全体最悪の選択をし続けました。繰り返しになりますが、東條さんはじめ彼ら参謀は、非常に知性が高いです。

これと同じイベントが、近年の経済政策で発生しました。財務省とそれに近しい経済学者たちです。彼らは間違いなく優秀です。優秀であるだけでなく、勤勉です。うまずたゆまず勉強しつづけます。そんな彼らが必死に頭をめぐらせ、全く経済成長しない国になった。経済成長しない国は、普通はとめどもなく政治が崩壊してゆくのですが、我慢強い日本人ですからなんとか持ちこたえている。さすがは劣悪な装備と食料でも簡単には戦線崩壊しなかった兵隊さんたちの国です。そこは偉いのですが、だからと言ってそれで勝てるほど世の中甘くない。作戦指導が間違えれば、どんなミクロな努力も無駄です。
こういうインテリたちを上から批判するできる人はさすがに少数なのですが、超秀才で名高い浅田彰だけは昔から批判していました。
「彼らは教養がない。オペラ観るとかの趣味を持たなきゃ」。オペラ観るのは少々ハードル高すぎますが、言いたいことはわかります。

そして直近の、国際政治学者たちが居ます。彼らも皆、素晴らしい頭脳の持ち主です。物凄く勉強しています。ここで断言しても良いですが、彼らに引きずられると再び核兵器が我々の頭上に落ちてきます。その損害は経済学者によるそれの比ではなく、兵器の性能が昔とは全く違いますから、太平洋戦争の比でもありません。1000万人くらはすぐに持って行かれるでしょう。でもマスコミは重用しつづける。いざそうなればマスコミの皆さんの家族も全員死ぬのですけどね。そこまでは考えないキャラだから、今のマスコミで活動できるのでしょう。

自閉的集団

こんなタイトルつけると、自閉症児を非難しているように見えてよろしくないのですが、問題が大き過ぎるのであえてこう言います。参謀本部も、エコノミストも、国際政治学者も、極めて自閉的です。

参謀本部は、戦争している相手国の内部事情を全く考慮できなかった。考慮していれば例えばガダルカナルとかはシンプルな事例なのです。アメリカ軍にガダルカナルを占領された。日本としては、絶対に再奪還しない、しかし全力で嫌がらせだけつづける、というのが最善手です。なぜって嫌がらせが最も有効な局面だからです。でも実際には再奪還しようとした。最悪の手を打ってしまった。そして大量の船舶を喪失して、後の展開はご存じの通り。

エコノミストたちは、経済成長しなければ安全保障が危機に陥るという発想が、全くなかった。円を刷れば円の価値は暴落すると思い込んだ。円の価値の暴落は、少々の増刷でおこるイベントではありません。しかし沖縄を占領されると円の価値は確実に暴落します。九州を占領されれば円の価値はゼロになります。通貨価値は国家主権の発露でして、国家が崩壊すれば通貨価値はなくなります。
そして安全保障のためには、どうしても経済成長は必要なのです。なぜって軍事力は経済力の反映ですから。

国際政治学者は、国際政治が経済の反映であることを理解しないまま、ひたすら政治的知識を収集しています。今発生しているのはドルの覇権をめぐる攻防です。トランプは必死にドルを守ろうとしています。ウクライナ戦争は敗けでしたから、延々と続く苦しい撤退戦です。そのメインのストーリーを描写せずに、自分達は全体像を描いていると勘違いしている。

つまり、参謀本部、エコノミスト、国際政治学者、すべて自分の専門の狭い分野に閉じこもって、統合的な知を持たなかった。だから大局を見れなくなった。では日本は総合知の代表である文学が無い国なのか。あるのです。潤沢にあるのです。映画、アニメも好調です。豊饒な物語の国なのです。
不思議ですね。総合知が潤沢にあるはずの国で、総合知の欠乏による悲劇が定期的に発生する。それくらい私を含む日本人は、自閉的なのです。昔は鎖国やっていたくらいですから、筋金入りです。

結論出ました。参謀本部もエコノミストも国際政治学者も、私達自身なのですね。だから克服できない。同じ失敗を何度もくり返す。
ちなみに総合知を高めるはずの日本の文学研究者たちも、みなさん大変優秀で、専門分野を勤勉に勉強して、社会、政治、経済、だいたい全般的に興味がありません。興味があるのは文学というか、文芸のみです。つまり自閉的です。極めとるがな、我が日本人。
というわけで、サリーとアンの心の理論の話題を取り上げようと思った次第です。

次回に続きます。

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