オンラインコミュニティ開設のお知らせです☕️✨

 

 

今回は、スクールや講座のように、

学び合う場ではなく、

 

人生の視点で現実と向き合い、

視座を上げていく場(共同体)です。

 

 

 

2025年は、

”大変だった”と言う人を多く見かけています。


まぁそれは、私自身が、”大変だった”からかもしれないのだけど、

みなさんはどうでしたか?

 

 

大変な時期を過ごした自分のことを、

可哀想だと思っていないし、私は被害者でもない。

 

むしろ、今となっては、

起きた出来事には本当に感謝をしています。

 

 

 

”大変”という激動をきっかけに、

私が気づいた最大の気づきは、

 

現実は、夢だった。

 

ということ。

 

 

 

あると思っていたものは、

実はぜんぶ幻だった。

 

昨日はもうない。

明日もまだない。

 

 

記憶はどんどん曖昧になって、

内容はどんどん変わっていく。

 

「あの時、こう言ってたのに」

「あの時、こうだったのに」

 

外側に対して、私が覚えている、

と思っていることほど、不確実なものはなかった。

 

 

全ての瞬間に存在し続けて、経験し続けた、

この身体が覚えていることだけが、本当のことだった。

 

 

 

たとえば、私には、

言われて傷ついた言葉があった。

 

交わした言葉は忘れても、

”ある一言”の言葉の痛みは、

ずっと身体が覚えていた。

 

 

だけどその言葉は、

後々180度意味を変えて、

別の場面で私自身が言うことになった。

 

 

「悲しい、ひどい」

 

一時期そんな風に思って刺さっていた言葉は、

私の中で、「そんなこと言っちゃいけない」という禁句一択だった。

 

 

だけど、

言われた側だけではなく、

言う側にも立った時、

初めて私の中で新しい視点が開いた。

 

別の意味が現れた。

 

 

「できないことは、できないと言おう」

 


この言葉は、

言われた時は別の文字の並びだったし、

その人がどういう意味で放ったのかはわからない。

 

なんでその言葉が、

私にとって禁句だったのかもわからない。

 

だけど今はもう、

私の中で音も響きも変えて、

私自身のお守りになっている。



あんなに傷ついたはずの出来事は一体なんだったのか。



「できないことは、できないと言おう」

私にとってこの言葉は、お守りである。


今あるのは、それだけだった。




もっともっともっと!

膨らみすぎていた理想や期待の上に立っている自分に気づくこともできた。

 

 

その風船は割れて、

今はしっかりとした経験の上に立っている。

 

今私が立っているこの場所こそが、

”いま”一番高いところなのだと知った。

 

 


身体の内側から、

私にとっての”本当のこと”が溢れてくる。

 

夢から覚めるような、静かな感覚。

 


 

現実だと思っていたものが、

夢だと気づいたなら、

 

 

「じゃあ、何を夢見て、どう生きようか」

 

 

改めて、真剣に、

人生を見つめていきたいタイミング。

 

 

 

そんな私が、

コミュニティという存在を対話相手にして、

日々思い巡らせながら考えている深さのまま、

発信する場所です。

 

自分のことだけでなく、

関わっている人たちのことも含めて頭を悩ませる女性が、

今回のコミュニティの対象者です。

 

 

 

 

 

 

 
假屋舞