超かぐや姫! 感想・考察 ーなぜ彩葉の中でかぐやとヤチヨが重なったのかー
超かぐや姫! を見ました
結論から言うと、本当に素晴らしい作品でした。
Exおとぎ話でした。
なんでこんなものが創れる。凄すぎるだろ。
タイトルの、ーなぜ彩葉の中でかぐやとヤチヨが重なったのかーについての考えは、視聴後の感想topic2に書いています。途中からネタバレありです。
<視聴前の印象>
初報からryoのワールドイズマインを使用した超PVを公開し連日話題になっていたことはまだまだ記憶に新しい今作。その後も「歌ってみた」「ショート動画」の公開、作中で使用させるオリジナル曲の発表など、次から次へと行われる抜かりないプロモーションにより、その期待値もグングンと「ウナギ昇り」、いやそれどころか、地球を脱出し月まで届くような「かぐや昇り」というべき様相を呈していました。←??
かくいう私も青春をボカロ文化で繋いできた一人として、神といって差し支えない天上レベルのボカロPの並び、美麗な作画、それから何より可愛いキャラクターデザインに非常に興味を惹かれ、公開を心待ちにしていました。
PVの時点で、内容に関して大まかなあらすじや時代感の情報が盛り込まれていました。下記がPVからの情報や印象や思考となります。
〇舞台は現代(少し未来)、主人公は女子高生
学園ものが好きなので嬉しい、百合は普通に好きです。ノマカプはもっと好き
〇仮想現実(VR)が実現した世界
サマーウォーズやソードアートオンラインを思わせる設定。竜とそばかすの姫はあまり楽しめない口でしたが、仮想空間の映像は素晴らしかった。ただ、こういう系は中々設定的に無理があることも少なくないので、技術的にそれできるの?とか、現実とリンクしすぎじゃない?ネットリテラシーわい?と余計な部分が気になりがち。でも好き。
〇メインキャラの「かぐや」はどうやら本当に月から来ているらしい
超ファンタジー設定?!VR実現という現代SFとは嚙み合わせ悪くない? 「かぐや様は告らせたい」的な感じかと思ったけど違うんだ!
〇かぐや「自分でパッピーエンドにする!」というセリフがある
ほな「かぐや様は告らせたい」か。あれもかぐやの運命を本人と白銀が愛と知略でぶち破りハッピーエンドを掴み取るという話なので。余談ですが、かぐや様は告らせたいの「花火の音は聞こえない」はマジで名エピソードなので是非見てほしい。
そんな「かぐや様」と同様、竹取物語を下敷きにしながら、「月に帰る」バットエンドを阻止するという骨子であれば、なるほど確かに「超」かぐや姫 その名にふさわしいじゃないか。
〇白髪ツインテールでCV早見沙織の歌姫「ヤチヨ」がおり、作中世界ではトップスターっぽい。ワールドイズマインを歌う。
俺ガイルで育ってきたのでテンションがあがります。ワールドイズマインで初音ミクに恋したのでテンションがあがります。映像がめちゃめちゃ綺麗でした。テンションがあがります。
最近のアニメはバトルだけでなくライブも見せ所としている作品が多いですね。個人的に、バトルはしっかりと物語の文脈が乗ってこないとどれだけ派手でもつまらないなと感じてしまうので、ライブのほうが手放しに楽しめることが多いかもしれない。でもこの作品はバトルもあるっぽい
視聴前まとめ
とまあ、概要をつかみました。学園近未来SFおとぎ話IFファンタジー百合というところですね。令和のオタクなのでちょっと要素が多いくらいでは杞憂しません。こんなの絶対まとめきれないだろ、なんて思ってないんだからね!
PVにはボカロPたちの名前も連なっており、選出されたメンバーを見る限り、「実はボカロP」というよりは「ガチガチにボカロシーンで名を馳せています」、というメンバーだったので完全に「こちら」を向いた選出だな。と逆Not for me(強調の二重否定)を感じました。
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<視聴後の感想>
初報から早数か月。ついにNetflixでの公開日となりました。(なんとか劇場公開もよろしくお願いします。後生ですから)そして視聴。感動。なんて素晴らしい作品なんだろうか!!!そう思いました。
ここからが難しいところです。感想は難しい。なんせこの作品2時間半あります。超長い、現代の無限スクロールSNSに晒され続けているドパガキ脳には余りにも長い。私も最初はそう思っていました。いや、見た後も実際長かった。
しかし、それでも退屈することはありませんでした。結局、見始めてから終えるまで、休憩したりスマホを手に取る瞬間はありませんでした。それだけ、楽しい作品でした。
下記、いよいよネタバレ含み書いていきます。topicは何となく時系列順です。
キャラクター整理
①酒寄彩葉:主人公。成績優秀な女子高生。常に寝不足。
②かぐや:もう一人の主人公。月から来た少女。テンションが高い。
③月見ヤチヨ:仮想世界「ツクヨミ」の管理者AI。
topic1.彩葉とかぐやの出会いから別れまで
これが作品の大きな中心軸となっています。というかほぼすべてですね。
主人公の「彩葉」は高校生ながら親とはそりが合わず、親元を離れて一人暮らしをしている女子高生です。身の回りのことはもちろん、勉強でもTOPの成績をとりながら、学費も自分で稼ぎ、遊びも疎かにしない、いつも寝不足なスーパー頑張り屋の女子高生です。
そんないろはの前に、突然「かぐや」は現れます。竹取物語史実通り、赤子の姿で竹の中から…ではなく七色に光るゲーミング電柱から←⁈
電柱は現代の竹なのか。
そんな風に登場からハチャメチャなかぐやですが、成長後もそのハチャメチャ度はどんどん増していき、彩葉を振り回していきます。最初は嫌々付き合う彩葉ですが、徐々にそれも慣れていき、最後にはかぐやと別れることを心から悲しみ、阻止しようと奮起します。
その過程の一つ一つが、丁寧にかつ刹那的に描写されており、彩葉がどんな心情を辿って、かぐやに惹かれていくのかが非常によく伝わってくる作品でした。
特に、彩葉がかぐやを花火大会に誘うシーンは、これまでの彩葉と決定的に違う行動と態度が現れた印象的な場面でした。照れながらも真っ直ぐにかぐやを見て誘う彩葉の表情がとても可愛らしいと同時に、月の使者の襲来が近づいており、かぐやとの残された時間がわずかであると彩葉が理解していることが、痛いほど伝わってくる、愛おしくも辛いシーンでした。
また、彩葉とかぐやの関係性では、お互いが全然顔で好きになってるってのも個人的には好きな部分です。彩葉は、かぐやに顔を近づけられて懇願されると断れないし、かぐやもモノローグで「彩葉の顔がとても綺麗でさ」と言っています。見ているこっちも凄く共感できます。だって綺麗だもん顔が。そりゃ惚れるよ。
まあそんなこんなで、結局月の使者の襲来は食い止められず、かぐやは月に還ります。彩葉はその後、丸一日落ち込み、しかし彼女自身の欺瞞によって立ち直ります。強い子ですね。深く思い心情をカラッと描いて進むのもこの作品の魅力であり、多くの人に薦めやすい要素かと思います。
ここまでが彩葉とかぐやの出会いから(一旦の)別れです。next
topic2.彩葉の中で、かぐやとヤチヨが重なる瞬間
物語の序盤から彩葉はヤチヨを”推し”ている大ファンでした。
どんなにハードなスケジュールで、心身ともに疲弊している時もヤチヨの曲を聴き、救われることで人生を進めてきたのが彩葉です。
彩葉にとって、何よりも大きな存在であったヤチヨですが、物語を通して、ゲームで共闘したりライブで共演してヤチヨとの交流が増えていきます。
そして、かぐやが月に還った後、彩葉がかぐやを想う中で、その笑顔が不意にヤチヨと重なります。
このシーンは、単にヤチヨを知ったことで性格が似ているかぐやの笑顔と重なったとも捉えられます。しかし、もう一歩解釈を広げるとするとこのシーンで彩葉にとって、かぐやがヤチヨと同等以上に大切な存在になった瞬間だったのではないかと思います。
もちろん、それ以外にも要素はあります。彩葉がかつて父親と作成していた楽曲のイントロが、ヤチヨのデビュー曲と一致している事実。この時点で彩葉はヤチヨと自分の間に、何かしらの因果があるのではないかと感じ取っていた可能性もあります。
しかし、それだけでは、十分な要素とはならず、憧れの存在(ヤチヨ)と身近な存在(かぐや)が彩葉にとって同じ位置となるきっかけの心情が、彩葉の中で芽生えているはずだと思います。
それがつまり、彩葉の中で「過去(ヤチヨを推してきた時間)」と「未来(かぐやに会いたい願い)」の愛情の天秤が釣り合ったということに他なりません。ヤチヨは8000年の時間を積み重ねて彩葉に再開しましたが、彩葉は時間の積み重ねではなく、過去よりも大切な未来を選び取りヤチヨの真実へ辿り着いたというわけです。
さらに、彩葉はヤチヨに対して「この物語はまだ終わっていない」と言います。彩葉がかぐやと再び会うための決心の台詞ですが、1歩引いて考えると、彩葉が自らを「物語」の登場人物に据えた、舞台に上がった証明であるとも言えます。作品序盤・中盤の彩葉は、求められるエリート像へ自分を近づける、いわば型にはまった人生を選択していました。
しかし、物語の登場人物はそうではありません。自らが選択し、運命を掴み取る存在であり、世間体を押し付けられるエリートとは対立する存在です。
かぐやともう一度会う、という運命を掴み取るために彩葉が自らの物語を動かす象徴となっているシーンだったと思います。
topic3.ネット文化の象徴・電子の歌姫ヤチヨ そのキャラクター像がまるごとミスリードだった
作品構造として私が非常に好みだったのがこの点です。先にも書いたように、超かぐや姫!は公開前から非常にプロモーションに力を入れた作品でした。キャラクターによる「歌ってみた」の投稿や、Live2Dのアバターが話している配信の切り抜き風動画の投稿のなど、ここ10年~20年のインターネット文化に強く迎合した内容であることが示唆されているプロモーションでした。
本編でもそれは変わらず、物語の中心となる仮想世界「ツクヨミ」その管理人たるヤチヨは管理人ながら歌を歌い、配信を行い、分身するカリスマであり、AI=人間でないということが物語冒頭で説明されています。
私に限らず、多くの人がこの時点で ヤチヨ=初音ミクなんだと直感したことかと思います。
日本のネット音楽文化では以前から常に初音ミクが大きな存在感をもっていました。
初音ミクは、元となる声優様や版権元はありながらも、彼女の声を使用して作られる音楽・ファンアートにその中心は存在せず、初音ミクを愛する人々の偶像として、インターネットの音楽文化として、自我を持たない「電子の歌姫」として、その存在を形作っています。
Vtuber全盛期の現代でもその存在は掠れることなく、ネット文化に触れている私たち一人一人の心の中に、初音ミクは存在しているといえるでしょう。
そんなペルソナの無い初音ミクは、AIであるため自我を持たないと予想されるヤチヨとも大きく重なります。
それだけでなく、PVでもデカデカと紹介されているボカロPたちは初音ミクの存在を大きく形作り、共に歩んできたクリエイター達です。彼らの曲を歌うヤチヨは、作中世界において紛れもない「電子の歌姫」であるといえ、制作陣が初音ミクを意識してヤチヨのキャラクターを作っていることは間違いないでしょう。
ごく個人的な印象にはなりますが、ヤチヨがミニライブに入る「お待たせ!」という台詞。透き通った高い声で語尾が上がるようなトーンが、マジカルミライでMCをする初音ミクと非常に重なりました。私はここで、この世界の電子の歌姫(初音ミク)=ヤチヨである と強く強く印象付けられました。
しかし、これらのプロモーション、世界観は、すべてすべてミスリードであったと。視聴後の今は感じています。
結論として、ヤチヨ=8000年後のかぐや であり、ヤチヨはAIではなく、月から来た一人の少女(だったおばあちゃん)なのでした。
完全に騙されました。そんな可能性、私には微塵も考え付きませんでした。
確かに、振り返ってみれば、ヤチヨの明るくて陽気キャラクター性はやけにかぐやに似ていました。多くはない主要キャラクターしかも超メインのかぐやとヤチヨのキャラが似ているのは作品として違和感がありますし、彩葉が大ファンであるという割にはヤチヨの心情や背景の掘り下げもありません。そもそも、AIが管理人の仮想現実サービスがあることも意味がわからないし、そこに月の使者が入ってこれることも全然意味が分かりません。
ここら辺の違和感はリアルタイムでも感じていましたが、近未来の仮想現実系SFで設定が説明不足になることは良くあることだと思ったので、可愛いキャラクターのやりとりと綺麗でかっこいい映像を楽しんでいました。
それが、すべて回収されたカタルシスと言ったらなんの。そこから、彩葉とヤチヨの対話、彩葉の決心からラストまでは、こんなに綺麗にハッピーエンドにしていいのか、と思うほどに素敵な物語でした。
また、作品全体として今のインターネット文化、そして初音ミクへの大きなリスペクトを感じたことも事実です。
その1つとして、EDにはBUMP OF CHIKINの「ray」が使用されていますが、これは流石に反則です。
ヤチヨはAIではなかったけど、実態を持たない「電子の歌姫」ではありました。そんな彼女が人と歌うこの作品のEDとして、ray以上に適した楽曲は今後まず存在する可能性はなく、1度きりの公式チートです。ずるいずるいずるい。そんなの泣かずに見られるわけがない。
全体まとめ
以上で、超かぐや姫!感想考察は〆させていただきます。もしここまで読んでくれた方がいたら感謝・感激・雨アラモードです。ありがとうございました。長々と書きましたが、構造的な部分への感想ばかりになってしまいました。ほんとは、シーンごとの彩葉の表情や、ヤチヨの過ごした時間、劇中歌の歌詞に想いを馳せた文章としたかったのですが、それはまた、ハッピーエンドのその先でゆっくりと考えることにします。
それでは。


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