19世紀のサロン(官展)や美術市場を席巻した肖像画は、印象派にとっても重要な表現手段となります。彼らにとってこの絵画ジャンルは、人物を日常的な環境のなかに描き出し、その人となりや社会的な属性を表す試みでもありました。アトリエを筆頭に、画家や文筆家の創作の場を舞台とする仲間内の肖像画では、交友関係や芸術理念を示唆する道具立てが随所にみとめられます。一方、より公的な肖像画の場合、当世風の衣装や上質な家具調度品の巧みな描写によって、室内はモデルの「良き趣味」や社会的ステータスの表明にうってつけの空間となります。さらに家族を描いた集団肖像画に目を向けるなら、家庭を満たす親愛の情だけでなく、心理的なドラマまで垣間見ることができるでしょう。それらには子どもを中心にすえる近代的な家族観も表れています。ときに風俗画との境を曖昧にしながら、同時代の人々を生活空間のうちに描くこうした肖像画は、印象派が志向する現代性のテーマに深く関わる絵画ジャンルだったのです。
展覧会概要OVERVIEW
印象派といえば、移ろう光や大気とともにとらえた戸外の風景がまず思い浮かぶのではないでしょうか。とはいえ、彼らの最初のグループ展が開かれたのは、近代化が急速に進む1870年代のパリ。この活気に満ちた大都市や、その近郊における現代生活の情景を好んで画題とした印象派の画家たちは、室内を舞台とする作品も多く手がけました。
とりわけ生粋のパリ市民であったエドガー・ドガは、鋭い人間観察にもとづいた、心理劇の一場面のような室内画に本領を発揮し、一方でピエール=オーギュスト・ルノワールは、穏やかな光と親密な雰囲気をたたえた室内情景を多数描きました。ほかにもエドゥアール・マネやクロード・モネ、ギュスターヴ・カイユボットらが、私邸の室内の壁面装飾を目的として制作した作品も少なくありません。印象派と室内は、思いのほか深い関係を結んでいたのです。
本展では、「印象派の殿堂」ともいわれるパリ・オルセー美術館所蔵の傑作約70点を中心に、国内外の重要作品も加えたおよそ100点により、室内をめぐる印象派の画家たちの関心のありかや表現上の挑戦をたどります。
オルセー美術館の印象派コレクションがこの規模で来日するのはおよそ10年ぶり。さらに今回、若きドガの才気みなぎる代表作《家族の肖像(ベレッリ家)》が日本で初めて展示されます。マネ、モネ、ルノワール、ポール・セザンヌらの名品も一堂に会するこの機会に、室内というテーマを通して印象派のもうひとつの魅力をぜひご堪能ください。
展覧会構成CONTENTS
身の回りの暮らしに画題を求めた印象派の画家たちは、家族や仲間内での奏楽会、あるいは読書、針仕事といった、家庭での楽しみや息抜き、手すさびの情景をしばしば描きとめました。そこでは彼らの人間関係が示されるほか、外界から守られた室内特有のくつろぎや、部屋を満たす音楽を視覚的に喚起させる造形表現がみられます。こうした安逸な家庭表象を主に担ったのは女性たちでした。当時、公共空間を闊歩する男性とは対照的に、私的室内が女性の領域とみなされたためです。よりいっそう外部から遮閉された室内の最奥部に足を踏み入れたならば、ここでも女性が身繕いをし、あるいは寝台に横たわる姿を目にすることになるでしょう。印象派の画家たちは、神話や歴史的なコンテクストをはぎ取った私室を舞台に、ときに伝統的なヌード表現に範をとり、ときにアカデミックな理想化を排して生身の肉体に迫ることで、新しい裸婦表現への挑戦を繰り広げました。
戸外で自然に向き合い、移ろう光や大気を研究した印象派。その自然や光への関心は、彼らが作品のなかで巧妙に戸外の風景や外光を室内に挿入し、ときに両者を浸透させていることと無縁ではないでしょう。画家たちは室内空間の延長にして周縁にあるバルコニーやテラス、あるいは温室といった、室内(内部)と戸外(外部)のあわいを少なからず絵画の舞台に選んでいます。とくにガラス温室は、19世紀に都市部で人気を博し、やがてブルジョワたちの邸宅にも設置されて室内装飾の一部となっていました。技術的に最先端の「インテリア」が温室であるならば、伝統的に自然による室内の装飾を担ってきたものに花々の静物画があります。画家たちは生計を立てるためにも、この需要の尽きないジャンルに取り組みました。そして印象派世代を巻き込んで展開したジャポニスムもまた、自然を最大の着想源として、斬新な装飾美術を生み出すことになります。
印象派による室内への自然の取り込みは、壁面装飾のかたちで新しい芸術形式を生み出すことになります。それが行き着く先に、オランジェリー美術館(パリ)の「睡蓮の間」に結実する、モネによる「睡蓮」の大画面が四方を取り囲む瞑想的な空間の創出があるといえるでしょう。19世紀後半には絵画や彫刻を筆頭とした「大芸術」と、それまで下位とみなされていた装飾芸術との区別が大きく揺らぎ、室内装飾に対する画家たちの関心が高まりました。印象派の画家たちも例にもれず、さまざまな経緯や目的のもと、居住者の生活空間に精彩をそえる装飾画を制作し、また室内装飾用のオブジェを手がける者もいました。世紀転換期からモネが着手する睡蓮の池をモティーフとした作品群は、やがて水面に覆われた巨大な絵画パネルによって観る者を囲うことで、室内ならではの自然没入を可能にします。室内装飾を介して自然と室内は究極的に浸透しあうことになり、ここで印象派と室内をめぐる物語もまたクライマックスを迎えます。