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【ザ・ブラック・ハイク・マーダー】 #3

この小説はTwitter連載時のログをアーカイブし、最低限の誤字脱字修正などを行なっています。このエピソードのオリジナル版は、物理書籍/電子書籍版「ニンジャスレイヤー キリング・フィールド・サップーケイ」で読むことができます。

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3

 最初のふたつの現場では、いかなる閃きも得られなかった。みっつめの現場は、彼自身が既に一度訪れ、ブラック・ハイク・マーダー事件とは無関係としてマークしていた場所だった。事件の痕跡は実際何ひとつ残っていなかった。だが彼のニューロンが、あるいは内なる声が、焦げ茶色のブロック塀に何枚も重ねて貼られたケモビール・ポスターへと注意を促し、それを剥ぎ取らせしめたのだ。

 壁には黒い耐水性インダストリアル・ルージュで、確かにハイクが書き付けられていた。『神の破片の器となれるは/ジョルリめいて虚ろなる/運命の従者のみか』発見された死体には右腕が無い。オイラン仲間の証言によれば、彼女は以前、アッパーの上客から特注カスタム・サイバネの右腕を贈られたという。すぐ下に、もう一つのハイク。『ならば我は魔術を行い/理を書き換え/神々の破片とフートンで交わる者なり』

「ちくしょうめ」ガンドーは頭を掻き、走り出した。「最初の殺人は、三ヶ月前じゃねえ……五ヶ月以上も前だ……!」それから同様の路上殺人現場を全て洗い直した。ガイオン市警が、わざわざ連続殺人事件の開始点を何ヶ月も遡って調べ直すはずがなかった。ポスター貼りの連中が、壁に書きなぐられた黒いハイクに注意を払うはずもなかった。

 隠されていたハイクが暴かれ始めた。『インクと電子の血/そして下層市民どもの喉/こぞりて我がチャントを唱えよ』『男でも女でもなく/人でもまた機械でもなき/我が新たなる魔術を知れ』……「くそったれめ、犯人は筋金入りの魔術師ってことかよ……!」私立探偵タカギ・ガンドーの灰色のセルの中で、全てが繫がり始めた。

 新たに見つかったハイクの位置をこれまでのものと合わせ、ガイオンの市街グリッドに重ね合わせる。するとどうだ、キョート山脈に焚かれるあの見事なトリイ・ゲートの形状が、鏡写しの向きでアンダーガイオン市街に現れいでたではないか。そしてノイズは弾かれる。彼のニューロンの中で全てがリンクし、符合していった。

 それは狂人の殴り書きなどではなかった。何らかの……古い魔術とサイバネの合わせ技だ。被害者は全員、職人の手になる特注ケイセイ・カスタム・サイバネの持ち主で、それらの部位は現場から発見されていないと仮定したら、どうなる。私立探偵は描かれたトリイ・ゲートの中心点……つまりゲートをくぐる場所にある闇サイバネラボのひとつに目をつけ、アポも取らずに訪問することにした。


◆◆◆


「つまり、魔術が実在すると考えた……?」マスターは問うた。ガンドーはカクテルを呷ってから答えた。「いいや、俺は魔術なんざ信じねえタチだが、経験上、こういう本格派のカルト野郎は、この世界の中で自分だけが正しいとでもいいたげに殺し続ける。魔術とやらが失敗しても、なんだかんだ正当化して屁理屈をこねて居直って、また殺す。そのうち、最初の理屈なんざ無かった事にして、殺すことが目的になっていく。殺すことは確かだ」

「だから、とっとと動くに越した事はねえ。そうすりゃ、死ななくていい奴が一人助かる。相手の理屈に乗って、魔術の意味なんざ深く考えてモタモタしてたら、巻き添えを食った奴がまた一人死ぬ。俺はそう習ったもんでな。……で、押し入ってみると、案の定、建物内は電流トラップにサスマタ・トラップの大歓迎だ」ガンドーは肩や脇腹を指した。「急いでたもんで、ここと、ここと、ここをやられた……イテテテテテ」

「で、トラップを越えて、ようやく闇サイバネ医者の秘密ラボにお邪魔すると……奴は遺書めいた最後のハイクをUNIX画面に残し、机に突っ伏していた。『私は間違っていた。何もかも消し去りたい』だとよ。オイオイオイオイ、魔術はどうした、もっとガッツを見せろよと勇気づけてみたが……奴の心臓はもう止まってた。何とも呆気ねえ幕切れさ」

「自殺か?他殺か?」マスターは食い入るように身を乗り出して質問した。「そう、死因は何だって話になるよな。体はまだ温かかったが、机に置かれたチャワンを見て、俺は蘇生の望みを捨てた」私立探偵は肩をすくめた。「服毒自殺さ。……机の上には、三倍量のインプルーブド・スゴイ・シアニド入りのマッチャが置いてあって、分析するまでもなく、その液体は綺麗なターコイズ色の光を放ってた。検死官の言うことにゃ、脳味噌まで発光してたらしいぜ。近頃話題のスズキ・マトリクス理論でも復元なんざできやしねえ」

「代わりに何か手掛かりが残っていねえかUNIXを調べてみると、今まさにデータ消去イモムシ・ウイルスが仕事の真っ最中だ。現場保存の原則? 知ったこっちゃねえ。マッポが来るのを待ってたら、証拠は跡形も無く消滅だ」ガンドーは生体LAN端子をさすった。「俺はすぐさまLAN直結したが……データはもう食い荒らされた後。俺は途方に暮れ、改めてラボの全体を見渡し……こりゃ手に負えねえと思って、マッポを呼んだのさ」

「ラボに何があった?」「あんたの想像通りのものだ。死体だよ。俺がラボに押し入った事で、追っていたもう片方の事件も、最悪の形で解決しちまった」ガンドーは唸るように言った。「……コヨミ・ウサギの失踪事件だ。俺は一歩も二歩も遅かったって事だ。悪い予感通り、ラボには被害者から奪ったサイバネパーツだけじゃなく、身体パーツや臓器もいくつか保存されていた。殺人事件として未だ認識されてない被害者の遺体もいくつか。その中に、彼女のもな」

「コヨミ・ウサギが死んでいたって?」マスターは意外そうに目を瞬いた。これまでの話の流れから、当然、コヨミ・ウサギと闇サイバネ医者の共犯関係を疑っていたからだ。「保存液カプセルに入れられた遺体は完璧な状態じゃなかったが、パーツごとに全体の八割以上が保存されていた。常人が八割以上もの身体部位を短期間にサイバネ置換する事は理論上不可能だ。50%以上ですら、拒否反応で死んじまうと言われてる」

「では魔術師というのは、その自殺した医者のほうだったのか?」「いや……」ガンドーは首を振った。「医者の名はタカマキ・アワジ。アッパーの生まれで、ネオサイタマでサイバネ医師のメンキョを取ってから戻り、アッパーで開業。だがお偉いさん相手の仕事で、何かヘマをやらかしたらしく、六年前にヤクザクランに追われてアンダーへ。ほとぼりが冷めた頃、闇サイバネ医師としてラボを構えたようだ。魔術との関係性は見当たらねえ」

「マッポはどう見てるんだ?」「俺は魔術の件を何も説明してねえ。コヨミ家のメンツを守らにゃならねえからな。そういう依頼になってる。だが、魔術の件を抜きにしても、アワジが協力者を雇ってただろうって事は、あいつらにも解ってるだろう。医者ひとりじゃ無理がありすぎる。だが、これで事件は全て解決、という事にしたいらしいぜ」

 ガイオン市警としては、コヨミ・ウサギはアンダーガイオンに流れ着き、哀れ、この狂った闇サイバネ医者の毒牙にかかったのだと考えるのが最も自然、かつ各方面のメンツを守れる答えだった。一連の殺人事件で奪われたはずのサイバネはどれもラボには残っておらず、行方知れずのまま。闇ルートで売却された痕跡もあるが判然としない。それでも……これ以上の被害者が出ないならば、ここで終結宣言を出したいと市警は考えていたのだろう。 

「まったくよ、気が滅入るような事件だったぜ」私立探偵は溜息をついた。「明らかに、まだ納得していない口ぶりだ」とマスター。「……ああ、そうさ、俺はまだ引っ掛かってる。本当に事件は解決したのか? 本当にあの闇サイバネ医者が犯人だったのか? 本当にコヨミ・ウサギは殺されたのか? 女中はどこに消えた? 犠牲者から奪われたサイバネパーツはどこに流れた?」 

 そもそも、被害者からサイバネを奪うという蒐集行為と、それを売却してカネに変えるという行為は、本来は一致しないチグハグな欲望だ。それを何らかの理由でコヨミ・ウサギに移植していたと考えるほうが、むしろ自然であった。……だが、それは彼女自身の肉体によって否定されたのだ。コヨミ・ウサギは既に死亡している。

「俺は何も納得してねえがよ」……これ以上の捜査は不可能だった。アッパーガイオンの名家から犠牲者が出た事が解ると、ガイオン市警は躍起になって現場に乗り出し、報道陣や私立探偵を脇へ追いやった。上から圧力がかかったことは言うまでもない。

「上?」「ああ、ガイオン元老院のジジイどもか、その血族だろ」ガイオン元老院はキョート共和国における政治経済の中枢機関だ。暗黒メガコーポによって掌握されたネオサイタマと違い、この奥ゆかしい都市では、未だに古い伝統が力を維持している。噂では、元老院の現役メンバーの中には延命テックにより齢百五十に迫る者すらいるという。

 身の程を知るタカギ・ガンドーは、ガイオン元老院の影がちらつく案件には絶対に関わり合いを持たない。下手に動けば、社会的抹殺が待っているからだ。こうしてブラック・ハイク・マーダー事件は終結したのである。私立探偵にとっては、全くもって不本意な形で。


◆◆◆


「ああ、何たる血みどろの結末か。こうして犯人と思しき男はサンズ・リバーを渡ってしまいました。それから一週間近くが経ちますが、同様の手口でオイランが殺されたという話を聞かないところを見ると……市警の判断は正しかったようですな」話術の限りをつくしたが、どうやらこれ以上話を引き延ばせない事を悟り、マスターは首を振った。「哀れな犠牲者たちはもう帰ってきません。ですが事件は解決。喜ぶべきことなのでしょう」

「ええ、私立探偵はあの事件を見事に解決してくださいました」女は微笑んだ。「鏡写しトリイ・ゲートの魔術、そういう事でしたのね」「……ハイ?」マスターの声は微かに上擦った。「さて、本題に戻ってよろしいかしら」「ええ、どうぞ」「彼に会うにはどうすれば?」「生憎ですが、また何か事件が起きるのを待つしかありませんな。さて、本日はそろそろ閉店でして……」マスターは隠し切れぬ冷や汗を白布で拭った。

「すぐに会いたいの。頼みたい事があるのよ」「……シツレイですが高貴なお嬢さん、先程は、彼に礼を言いたいと仰っていたのでは」「その頼み事だけれどね、人を探して欲しいの。ああ、あなたでも知っているかも知れない」「高貴なお嬢さん?」「探すと言うよりは、教えろと言ったほうが正しいかしら。最後の一人をどこに匿ったのだ?」突然性格が入れ替わったかのように、その声は禍々しく低いものになった。「高貴なお嬢さん? 一体何を?」

「ならば見よ、下郎めが」女は笑い、電子の声で言った。マスターの心臓が一度打つよりも早く、彼女はキモノ・コートをはだけ、機械仕掛けの蛇めいた流麗な動きでバーカウンターの上に座っていた。三重に堕落したネコネコカワイイの如き、悪魔じみて妖艶な、球体関節の白い裸体が露になった。いまや彼女の肌を隠しているのは黒い帽子とブーツだけ。彼女の全身は、つぎはぎの特注ケイセイ・カスタム・サイバネであった。

「アイエエエ!」マスターは狼狽し、後ずさりしようとした。だが彼女の両脚はもう、補食するカマキリめいたしなやかな動きで、獲物の腰を捕えていた。「お前の目の前にいる者が誰か、知っておろう。畏れよ、目も眩むような背徳の美を。そして答えよ」女は別人のような声で笑った。その手には黒光りする凶器が握られていた。それはニンジャが使う死の投擲武器、スリケンだ。……まさか、ニンジャなのか!?

「アイエエエエエ!」マスターは目を閉じ、叫んだ。この女は魔性の者だ。目を合わせればたちまち魅了されてしまうだろう。女はまた口調を変えた。「私立探偵タカギ・ガンドーの居所を教えてくださらない? 事務所じゃなくってよ。あの邪魔なドブネズミを殺してやろうと思って見張っていたのに、帰ってきやしない。だから教えて頂きたいの。潜伏先を」黒いルージュが塗られた人工唇に笑みを浮かべながら、女は冷たいスリケンの切っ先を首筋に押し当てた。「最後の一人も、そこに匿っているに違いありませんの」

「知らない! 何も! アイエーエエエエエ!」先程の話の中で、マスターは一カ所だけ嘘をついていた。ガンドーが直結時に密かにサルベージしたデータ断片には、「最後の一人」についての情報も含まれていたのだ。しかし死の恐怖を前にしても、マスターは口を割ろうとはしなかった。信じ難いアティチュードだ。長きにわたって私立探偵との繋ぎ役を務めて来た彼にもまた、ある種の矜持と覚悟が存在したのだ。

「教えて頂けないなら、あなたを殺して、またハイクでも詠みましょう。そうしたら、あの男が蛾のように寄ってくる」「アイ!エ!エ!エ!助けて……くれ……!」マスターは心臓を押さえ、苦しげに呻いた。「助けなど」女は嘲笑った。だが探偵の到着は、彼女が予期していたよりも遥かに早かった。

 SMAAAAASH! バーのドアが外側から蹴り開けられると、冗談のように大きな二丁拳銃を構えたダスターコートの偉丈夫が息を切らして駆け込んできた。同時に、49口径マグナム弾と射撃音、さらにマグライトめいた強烈なマズルフラッシュをその銃口から吐き出したのだ。

「おのれ……!」アンブッシュを受けた女ニンジャは、マスターを放り捨てると、カウンターからテーブル席へと三連続のバック転を打って49マグナムの銃弾を回避。同時に、襲撃者に向かってスリケンを投げ返した。だが襲撃者は、そのスリケンを自らの歯で噛むように止めてみせたのだ。ワザマエ!

「お楽しみの所、悪いな」私立探偵タカギ・ガンドーはスリケンを吐き捨て、笑った。「話は全部聞かせてもらったぜ」流れ弾の一発が棚のオールド・ラショモン・ゲート・シングル・モルト瓶を割り、琥珀色の液体を溢れさせていた。瓶の下に隠された緊急通信用のIRC装置が、バチバチと火花を散らす。

 然り。これこそは長年彼らが使ってきたトリックであり、このバーの防衛手段であった。この特別なウイスキー瓶の下には秘密のIRCスイッチが仕込まれており、探偵を呼ぶ緊急信号だけでなく、先程からバーで交わされていた全ての会話が、IRCを介してタカギ・ガンドーのもとに送信されていたのである。

「ドーモ、エグザルテッドです。……貴方、ただの人間ではありませんね」サイバネの身体を持つ魔性の女は、両手の指先から外科手術刀めいた鋭い爪を伸ばすと、内なるニンジャソウルに導かれるように古きカラテを構えた。 

「ドーモ、ディテクティヴです。ああ、俺はニンジャの探偵さ」タカギ・ガンドーも、二挺拳銃の銃口を相手に向けた。細長い店内は、拳銃を持つ側に有利。両者は四秒の間、無言で睨み合い、ほぼ同時に動いた。


【ザ・ブラック・ハイク・マーダー】  #3終わり #4へ続く

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