【ザ・ブラック・ハイク・マーダー】 #2
この小説はTwitter連載時のログをアーカイブし、最低限の誤字脱字修正などを行なっています。このエピソードのオリジナル版は、物理書籍/電子書籍版「ニンジャスレイヤー キリング・フィールド・サップーケイ」で読むことができます。
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『凄惨! 黒魔術めいたハイクと死体!』アンダーガイオンで美しいゲイシャやオイランが次々殺されていた。多くは路地裏、時には自宅で、マグロめいて切り刻まれ、無慈悲に殺されるのだ。
恐ろしい事に、現場に放置される遺体は常に何らかの部位が欠損している。何たる猟奇! さらに犯人はその代価を払ってゆく……黒魔術めいたハイクで。おお、ナムアミダブツ! 殺害現場の壁や床には、必ずやハイクが書き残されるのであった!
最初の犠牲者は、アンダーガイオン中層に暮らすケイコ・アケチマであった。しばしばアッパーガイオンでも客を取る、やや翳りはあるが美しいコーテザン・オイランだ。直接の死因は外的ショック。すぐ横には『我を牢獄に/繋ぎとめたるは何者ぞ/この馬鹿げたる肉体の』なるハイク。壁にはそれに続くように『愚かにして愛しき下僕/お前の中に何故/神が宿るか』なるハイクが残されていた。二週間後に、同様の手口で次の犠牲者が出た。
いずれも争った形跡は皆無。隣人は悲鳴すら聞いておらず、ヒットマン・ヤクザによる一瞬の殺害、もしくは極めて近しい知人による犯行が疑われた。『それ以外にこんな殺人が可能なのは、ベッドの下やクロゼットの中に隠れていた吸血鬼かニンジャだけでしょう。その点、ニンジャならばハイクを詠むのも納得できますよ!』陳腐で軽卒なユーモアで悪名高いガイオン・デイリー紙は、そのようなジョークを書き、不謹慎との不興を買った。
『我は暗き牢獄より/解き放たれし/賢者なり』『我に奉仕し/愛でられ/死ぬさだめなり』『貨幣を崇める愚者は知らぬ/何故古の神々は/生贄と血を求めたか』『我が身を牢獄より解き放ち/ゲートを越える/目に見えぬ七つの門を越え』『肉の牢獄への報復/切断によって/清められん』……その後も連続ハイク殺人事件は続いた。
それらのハイクは陰惨で魔術的であったが、アンタイブディズム・ブラックメタリストが描くお決まりの魔方陣やブードゥーの類いは見当たらず、死体の配置など含めて、どこか詩的ですらあった。『我と交わるために生まれ/我が魔術のために/神の破片を得たるもの』『地表には既に古き手垢/我は新たなる血のハイクを/ガイオンの裏に刻むものなり』暗い情念と知性を感じさせる、センセーショナルなハイクの数々……!
醜聞好きのガイオン・デイリー紙は、これにブラック・ハイク・マーダー連続殺人事件なるワサビの効いた名前をつけて煽り、無責任な心理分析やビショウネン・コミックを掲載して部数を稼いだ。誌面には「被害者は一切の苦痛無く即死したと思われる」「被害者は性的な興奮を覚えていた可能性すら無くはない」などの文言が躍り、次第にオイランたちの間には、犯人を神聖視し、己の殺害を求めるようなウカツ者まで出始める有様であった。
その歓呼の声に応えるかのように、暗く熱狂的な犯行が重ねられた。市警察は何をやっているのかとガイオン・デイリーは書き立て、また部数をかせいだ。アッパーガイオンにまで被害が及ぶ気配は無いため、ガイオン市警は捜査に本腰を入れる気も、また新聞に圧力をかける気もないと見られた。これに対して殺人のペースは上がり、離れた階層で一日に二人の犠牲者が出るケースすらあった。
次第に死体の損壊具合は激しく、荒くなっていった。当初はまるで上級イタマエの使うマナイタの如く、何かしら厳粛な儀式やリスペクトの気配さえ感じさせるほどに奥ゆかしく整っていた殺害現場は、次第にアンダーグラウンド・スシ工場めいて性急で荒れ果てたものになった。まるで軸を失いつつあるかのように、ハイクも空虚で猟奇的なものへと変質していった。
『暗き時代の秘密/黄金のゲートを越え/高みへと昇る者なり』『下層市民の血と穢れ/悦楽と恐怖が/我を形作る』『美しい』『価値がある』『傷物』『宝石箱を開く』『バカ』『臆病者』『犬』『肉体の重力』『美しさの不足』『必ずや魔術は完成する』『いまや全てが曇り/五マイル先まで/霧』……時には、ハイクですらない単語が残された。
やがてある日を境に、殺人ペースは急激に落ちた。既に真犯人は雲隠れし、模倣犯が暗躍しているだけではないかとの声も上がり始めた。オイランたちは夢から覚めたように、一転、恐怖に眠れぬ夜を過すようになった。
私立探偵タカギ・ガンドーが調査に乗り出したのは、ちょうどその過渡期であった。そして、行き詰まった。助手がいれば良いのだが、彼の行動力とタフネスについてこれる男はそうそういない。十年ほど前は、若い女の助手がいた。一度だけ、二人はカウンターに並んで酒を飲んだ。探偵は安いウイスキー。助手はギムレット。そして彼女はもういない。
オムラ社がキョートに攻撃を仕掛けたあの大事変前後、しばらくは、彼の回りにも何人かそういった相棒らしき者がいた。だがネオサイタマから来た厳めしい男は、彼の酒癖の悪さに愛想を尽かして出て行き、若い双子の兄弟も、デイトレードで生計を立てると言って、出て行ったという。どこまでが本当で、どこからが冗談話かは解らない。
いずれにせよ、私立探偵の捜査は行き詰まりかけ、バーに足繁く通った。
「事件現場にハイクを残すなんてのは、平安時代の昔から繰り返されてきた捜査攪乱の手段だ。だが今回は、このハイクが重要に思える。そして、何か足りねえパズルのピースがある気がしてるんだ。俺は何かを見落としてる……」タカギ・ガンドーは苦しんでいた。彼はしばしば、人間離れした閃きを見せる。常人には見つけ出せないものを現場から見つけ出す。だがこの事件では未だ、その閃きを得られずにいた。
並行で進めていたコヨミ家の令嬢探しも進展無し。理由はいくつかあるが、最も大きな障害は、その家柄だった。平安時代より続くコヨミ家は、エイトミリオンの神々のためにジョルリを作り捧げてきた。かつて一族は「人でも機械でもなく、また男でも女でもない、純粋無垢なる神々の器を作るべし」とショーグンに命じられ、ガイオンとセキバハラに屋敷と工房を構えたという。
彼らは冷たい滝に打たれて身を清め、けがれ無きジョルリを造り、祭事の際に舞わせ、終われば神々を送り返すために人形をバクチクで火葬する……キョート観光客にも人気のあの伝統芸能プロトコルを受け継ぐ名家である。それゆえメンツを重んじ、事件を表沙汰にできない。依頼人K氏の要望もあくまで、令嬢コヨミ・ウサギが万一アンダーガイオンに迷いこんでいた場合の保護だけだ。私立探偵の中で、もどかしさが募っていった。
「ちくしょうめ、もう駄目だ! すっかり錆び付いちまった! いよいよ俺の引退パーティーの日が迫ってきたようだぜ!」タカギ・ガンドーは頭を抱え、探偵手帳とニラメッコしながらぼやいた。無論、彼は口ではそう言いながら、実際何ひとつ諦めてはおらず、ニューロンのネジを巻き直そうとしていることは明らかだった。
彼は潤滑油を求め、カウンターに皺だらけのセイント・ニチレン札を置いて、こう言った。「マスター、ZBRカクテルをひとつ」と。
◆◆◆
「まあ、つまり彼はヤク中のジャンキーなのですね」ZBRカクテルという言葉に反応し、女が尋ねた。「いえ、それは……」マスターは渋い顔を作り、シマッタとでも言いたげに、顎をなでた。何か取り繕うような言葉を探したが、うまくいかないようだった。
「……ええ、まあ、そのような時期もありましたな。しかし今はよく制御できていると言いますか……波ですよ波。人生なにごとも、波です。人生にも街にも事件にも、波や周期というものがあるのだと、この歳になると解りますな。ええ、ともかく……」マスターは咳払いした。「今のカクテルの件は聞かなかったことにしてください」
「ええ、私立探偵のお話を続けてくだされば」女は言った。黒いルージュの唇が、人工的な曲線を描いた。マスターは咳払いした。「この先は実に呆気ない幕切れで、かつ、血なまぐさいのですがね。話題を変えて、懐中時計にまつわるお話などはどうですかな……ああ、ご興味がない、そうですか。では仕方ない。私立探偵の話を続けましょう」
◆◆◆
その後も捜査は難航を極めた。バーに来る頻度と酒量から、それは一目瞭然だった。捜査開始から十日近く経った日の夕刻近く……タカギ・ガンドーはあちこちに包帯を巻き、傷だらけの姿でやってきた。まるで癇癪を起こしてよたよたと歩き回る、薄汚れたシロクマのようだ。
口ぶりははっきりしていて、病院とバーの区別はついているようだった。タカギ・ガンドーはまず、痛み止めの特別なカクテルを注文すると、仏頂面でそれを呷った。それから、売りに出されたばかりのデイリー・ガイオン夕刊をカウンターに置いた。
そこには『アナヤ! ブラック・ハイク・マーダー事件、私立探偵某氏の助力により解決す!』の文字が印刷されていた。『犯人はアンダーガイオンの猟奇的サイバネ医師。被害者より奪い取られた高級サイバネは闇市場に流れ、もはや行方も知れず……』
「何だって?解決したのか……!」マスターが驚くと、タカギ・ガンドーは煮え切らぬ表情で、ZBR煙草を吹かしながらこう言った。「いいかいマスター、聞いてくれ。事件のあらましは、こうだ……」
◆◆◆
その日の私立探偵の一日は、眠っている間に事務所の前に無節操に貼られたケモビールのポスターを、二日酔いの頭痛と格闘しながら剥ぎ取り、丸めて捨てる所から始まった。そうして快適な事務所へと退却し、安楽椅子でコーヒーを飲んでいると、電話が鳴った。
「はいこちらガンドー探偵事務所……なんだ、あんたか」依頼人のK氏からだ。「……前も言った通り、コヨミ家の令嬢探しは進展無しだ。もどかしいったらありゃしねえよ。情報が足りねえんだ。足取りを追おうにも、行動を推理する事すらできねえ。……そもそも、飛び出した原因は何だ。前も言った通り、彼女は何か悪さをして座敷牢に入ってたって事だが、それさえも解らねえんじゃあ……何? 追加情報を入手した? オイオイオイ、それを早く言ってくれよ!」
以下はK氏の語った秘密情報である。……コヨミ家のジョルリ人形細工の技は一子相伝であり、それも男子のみに限られていた。だが近年コヨミ家の血は薄くなり、コヨミ・ウサギは長女として生まれ、そしておそらく今の母親から生まれる最後の子であろうと考えられた。家の者たちは何をしたか? 実は過去にもそのような事例はあった。そこで古き慣習にならい、コヨミ・ウサギを男として扱い、男子の名を別に与え、ブッダとエイトミリオンの神々の前でそれを宣言したという。
かくしてウサギは跡継ぎとして育てられ、ジョルリ細工の技と、神々を讃えるチャント・ハイクの暗誦を叩き込まれていった。だが十年前……十三歳で突如その梯子を外される。母親が三つ子の男子を生んだのだ。継承者の立場を失いジョルリから引き離されたウサギは、表向き存在してはならぬ子となり、座敷牢じみた分家の屋敷で半ば幽閉されることになった。姉のように彼女を慕っていた同年代の女中とともに。何ともキョートらしい話だ。
とはいえ、こうした慣習に江戸時代ほどの厳格さは無い。父親に溺愛されていたため、ウサギは金を十二分に与えられ、屋敷から一歩も出ぬならばある程度の放蕩も見逃された。ウサギは才気あふれる己を継承候補から外した一族の愚かしさを呪いつつ、違法電脳薬物や男女問わぬオイラン遊びに耽り、しばしば何か良からぬ薬物妄想めいた蘊蓄をオイランにひけらかしたという。……神事を裏返せばすなわち、黒魔術なり、と。反ブッダのデーモンを多層地獄から召喚するという、あのネンブツ・レコードの逆再生と同じ理屈だ。
「オイオイオイ、待てよ……コヨミ・ウサギと女中が失踪したのは……六ヶ月以上前だったな?」まるで尻を蹴り上げられたかのように、突然何かが彼の脳内でスパークした。タカギ・ガンドーは直ちにUNIXと直結し、被害者のファイルを調べ直し、その検索条件を拡張した。
最初の被害者がケイコ・アケチマよりも以前に存在していたと仮定する。裏路地でオイランの死体が発見された事件が無かったかどうかをもう一度調べ上げる。こうしていくつかの目的地を定めると、私立探偵はダスターコートを羽織り、事務所を飛び出したのだ。
【ザ・ブラック・ハイク・マーダー】 #2終わり #3へ続く
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