「もっと早く気づけば」障害者施設での暴行・虐待事件 施設全体で横行…自責の念に苦しむ家族 長崎

長崎新聞 2026/01/27 [10:52] 公開

障害者施設は密室ゆえに虐待が表面化しづらい側面もある(写真と本文は関係ありません)

障害者施設は密室ゆえに虐待が表面化しづらい側面もある(写真と本文は関係ありません)

  • 障害者施設は密室ゆえに虐待が表面化しづらい側面もある(写真と本文は関係ありません)
  • 虐待事件があった生活介護施設に対する長崎市の改善勧告。複数職員が複数の利用者に日常的に虐待に及んでいたと指摘している
  • 増田公香氏
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昨年春に長崎市内の知的障害者らの生活介護施設で発覚した男性職員(50)による暴行・虐待事件は氷山の一角に過ぎなかった。刑事裁判や市の特別監査で明らかになったのは、長期にわたり複数の職員が虐待に及んでいた事実。被害に遭った障害者は心に拭(ぬぐ)いがたい傷を負い、家族は自責の念に駆られ苦しんでいる。

■想像だにせず
 いま思うと、いろんなことが虐待を受けていた“サイン”だったのではないか。施設から帰ってきた娘(33)の腕や足に痣(あざ)ができていたことがあった。連絡帳で施設に尋ねても原因はよく分からない。夜中に頻繁にしくしくと泣いたり、朝から男性職員が車で迎えに来ても手を引く母親(62)の手を払いのけたり。施設に誰か性格が合わない人でもいるのだろうか。まさかその男性職員から虐待を受けていたとは想像だにしなかった。

 母親は「送迎の車で娘が男性職員と2人だけになる時間もあった。娘の気持ちを思うとたまらなく悲しく、眠れない夜が続いた」と打ち明ける。「重度の障害がある娘は言葉を発せられない。もし発せられたら『お母さん、行きたくないよ』と言ったに違いないんです」

■ストレス動機
 昨年10月、長崎地裁はこの女性ら施設利用者3人への暴行罪で、執行猶予付きの有罪判決を男性職員に言い渡した。被害者はいずれも意思疎通や抵抗することが困難で、昨年3月7日に頭や顔を殴るなどされていた。女性とは別の利用者は30分にわたり暴行を加えられ、髪をつかんで後ろに引き倒されたりもしていた。職員は仕事のストレスなどを動機とした。

 しかし、この暴行はほんの一部に過ぎなかった。法廷では職員が2年半以上暴力を繰り返していたことが明らかになった。さらに長崎市の特別監査で複数の職員が複数の利用者に対し、たたいたり差別的な言動をしたりするなどの身体的・心理的虐待を日常的に加えていたことが判明。施設全体に虐待が横行していた実態をうかがわせた。

■不信感強める
 なぜこのようなことになったのか。施設側はこれまで家族説明会を2回開いたが、事件の被害女性の父親(62)は「原因や責任の所在を明らかにしない」と憤る。虐待現場が映った防犯カメラの映像を見せるよう求めても応じないという。

 昨年12月には複数の利用者の家族に対し、合わせて数十件に上るとみられる虐待や、虐待と疑われる行為を書面で報告した。事件の被害者とは別の利用者も含まれていた。ただ日付ごとに「頭をたたく」などと簡単に箇条書きしているだけで、加害職員や行為の程度、理由や背景も分からない。今後、施設が説明会を開く予定はなく、家族は不信感を強めている。

■失われた時間
 昨年暮れ、事件の被害女性は「心的トラウマ反応」との医師の診断を受けた。よく夜中に起きて泣いていたのは、虐待のフラッシュバックが原因と考えられるという。特別支援学校を卒業後15年間利用したこの施設は既に退所し、今は別の施設に通っている。就寝前の睡眠導入剤は欠かせないが、以前より穏やかで充実した日々を過ごしている。

 であればなおさら父親は「この失われた15年という時間を返してほしい」と思わずにはいられない。「なぜもっと早く気づいてあげて施設と話し合わなかったのか、あるいは別の施設を探そうとしなかったのか、後悔の念にさいなまれています」

◎インタビュー 九州看護福祉大教授・増田公香氏 ガバナンスが重要

 2015年に山口県の障害者施設で起きた虐待事件の検証に関わった九州看護福祉大教授の増田公香氏(社会福祉学)に、長崎市の生活介護施設で起きた虐待事件の評価などを聞いた。

 -長崎市の虐待事件の印象は。
 市の改善勧告は的確に問題点を指摘している。まずは管理者を含む職員に虐待防止などの認識が極めて不足しているとし、施設に設置が義務付けられている虐待防止委員会の形がい化や、利用者への対応が職員個人任せになっていることなどを挙げている。さらに管理者が現場の状況を日常的に把握するため定期的に施設巡回をするよう要求しているが、裏を返せば管理者が現場にあまり入っていないということだ。これらはすべて施設のガバナンスが機能していないことを意味していると思われる。

 -障害者施設で虐待が起きる原因は。
 ガバナンスの機能不全に加え、職場の風通しの悪さ、密室性、職員の専門性の不足などが要因になり得る。
 長崎市の施設でも利用者に関する情報が職員間で共有されていないと勧告は指摘しており、風通しの悪さがうかがえる。
 利用定員20人の施設なので職員数も10人前後ではないか。職員数が少ないと人間関係が固定化され、立場の弱い職員が別の職員の虐待行為に気づいても注意できない職場環境になる恐れがある。
 さまざまな要因が重なって職員のストレスがたまり、利用者への暴力がそのはけ口となり、密室ゆえにエスカレートする可能性がある。

 -虐待を防ぐにはどうすればよいのか。
 私が検証に関わった山口県の施設は、事件後にさまざまな改革に取り組み生まれ変わった。
 事件当時、社会福祉士などの福祉の専門職が皆無だった。だが職員が資格を取って専門知識を得ると支援への意識が変わり、上司にもしっかり意見を言えるようになったと話していた。やはり専門性は重要だ。
 また職場でストレスチェックを定期的に実施し、どのような場面で職員にストレスが発生するのかを検証している。実際に職員にストレスがかかっているような場面ではリーダーが現場をいったん離れるよう促し、落ち着かせる。
 スタッフミーティングのグループも複数作り、人間関係が固定化しないよう定期的にメンバーを入れ替えるようにした。
 地域に開かれた施設にもなった。ボランティアやイベント時に住民に出入りしてもらい密室性を極力排除した。また利用者の送迎バスは日中は使わないので、その時間帯に地域の高齢者の買い物支援に活用。地域にも貢献している。
 ただ、いずれの取り組みも管理者の考え方次第であり、やはりガバナンスが非常に重要となる。

 【略歴】ますだ・きみか 米ワシントン大ジョージウォーレンブラウン社会福祉大学院修士課程修了、淑徳大大学院社会学研究科博士課程後期社会福祉学専攻修了。横浜市立大国際教養学部・都市社会文化研究科教授などを経て2019年4月から現職。主な著書に「日本・アメリカ・フィンランドからみる障害者虐待の実態と構造-今われわれ社会に求められることとは」(明石書店、2022年)など。