シェフが悲しむ「ノールック、ノー笑顔」のお客さん
しばらくバイト日記を更新していませんでした。書くことがたくさん溜まっているので、今年は折を見て書いていきたいと思います。
うちの店の変わり者のシェフは、言葉遣いも独特で、「シェフ造語」がたくさんあります。そのうちの一つでよく使うのが「ノールック、ノー笑顔」。
仕事のやりがいに関わる大事なことを表現している言葉ですので、今日はそれを紹介したいと思います。
店を出る時、店の人になんて言う?
皆さんは飲食店で食事をしてお会計をして店を出る時、店の人になんと言いますか?
私の場合は「ごちそうさまです」か「美味しかったです」が基本です。味や接客にとても感動した時は、会計をしてくれたスタッフか店主さんの顔を見ながら、料理やサービスに対する感想や感謝の言葉を伝えて店を出ます。
私はあまり外食をしない家庭で育ちましたが、たまの外食で両親が当たり前のようにそうしていたのをよく覚えています。その影響で、自分も自然とそんな風に振る舞うようになりました。
ところが、飲食店で接客のバイトをしてみると、我々スタッフやシェフに声をかけてお店を出る人、顔を見て会釈する人は体感で3分の2ぐらいでしょうか。
うちの店は、シェフの方針で手が空いている時はシェフも私たちもお客様を必ず店のドアのところまで見送るようにしています。料理を作っていて手が離せない時も、シェフは必ず厨房からお客さんの顔を見ながら、「ありがとうございました!」とお礼を言います。お会計をしたのに気づいていないときは、ホール担当が「お客様がお帰りです」とシェフに声をかけるように指示されています。
そんな我々に対し、こんな言葉を返してくださるお客様もいます。
「何もかも美味しかった!」
「カルボナーラ絶品でした」
「近くに住んでいるのでまた来ますね。すごく楽しかった!」
そんな喜びの言葉を笑顔で言われると、疲れも吹っ飛ぶほど嬉しくなります。シェフはお客様と時には握手、一緒に飲んで親しくなったお客さんとはハグまでして、「喜んでくれて、私たちもすごく嬉しいですよ」という気持ちを全身で伝えます。
顔も見ずに無言で立ち去るお客さん
ところが、ごく一部、「ありがとうございました」とお礼を言いながら見送る我々スタッフに顔も向けず、無言で立ち去るお客さんもいます。
そんなお客さんの態度をシェフは「ノールック、ノー笑顔」と表現し、悲しんでいるのです。
「本音を言えば、ノールック、ノー笑顔の人のために料理を作りたくないよ。もう来てもらわなくてもいいと思うぐらいがっかりするし、嫌な気持ちになる」とシェフは言います。
一人客の場合、料理を待ちながら、そして食べながらスマホを見ているお客さんは多いです。最近では、イヤホンを耳につけたまま食べる若いお客さんも増えました。
我々が話しかけてももちろん聞こえませんし、黙々と食べます。お金を払ったら、「ありがとうございました」と頭を下げる我々の顔も見ず、何の言葉のやり取りもせず帰っていきます。
そんなお客さんが帰ると、シェフは本当に疲れた顔をします。接客担当の私もお客さんに拒絶された気分になります。
「気持ちを込める」って何?
シェフはお客さんから美味しいと言ってもらった時、「気持ちを込めて作りました」とよく言います。私が、「料理を美味しくするコツは?」と質問しても、「結局は、どれだけ気持ちを込められるかじゃない?」などとも言います。
この「気持ちを込める」とはどういうことなのでしょうか?何だか漠然としていて、分かりにくいですよね。
うちの店は、ワインを飲みながら料理を楽しんでもらう店なので、スパイスや酸味を効かせ、旨味を何層にも重ねている料理が多いです。
しかし、私が薄味が好きだということをシェフは知っているため、私に出してくれる時は、普段より少し味を薄めにしてくれているのが食べてみるとわかります(実際にそう言ってくれることもあります)。
常連さんの味の好み、メニューの好みもそれぞれよく覚えていて、私に限らず一人ひとり同じように味の微調整をしているようです。
また、最近、うちの店の名物の「しらすとキャベツのペペロンチーノ」ともう一つ別のキャベツが入ったメニューを頼んだお客さんがいました。キャベツが大好きなのかもしれませんし、キャベツの価格は高騰しているのに手頃な値段で出しているのでお得感もあったのでしょう。
しかし、この日はたまたま用意していたキャベツの味が悪かったようです。シェフはわざわざホールに出てきてお客さんに「どうしてもこのメニューということでなければ、今回ちょっとキャベツの味がイマイチなので他のものを選んでいただいたほうがいいかもしれませんよ」と説明しました。
そんなことをせずにただ注文通り作ってしまえば、食材が無駄になることもなく、経営的には得でしょう。でもお客さんに喜んでもらうために、シェフはそういうところで妥協しません。
結局、別のメニューを頼んだお客さんは、「こっちを選んでよかったです」と笑顔と喜びの声を残して帰ってくださいました。
そんな具体的な配慮はもちろんですが、一見さんのお客さんにも喜んでもらえるように、シェフは何度もソースの味見をして、パスタの硬さも確かめて、丁寧に一皿一皿を作っています。一人で全ての料理をそんな風に作るので、時間がかかってお待たせすることも多いのです。
シェフが最初に修行したインド料理から、イタリアンに転向したのは、自宅近くにあるイタリア料理店で料理を食べたのがきっかけです。そこのシェフが作る料理が、シェフの心に語りかけてきたのだそうです。それほど感動したのだと言います。
「この店のように、気持ちが入っている料理は、特別なものが宿る。明らかにこの料理が美味いなと思う時、味だけでなく作る人の何かが入っているなと感じるんだよ」
相手と橋を架ける行為
話は変わって、バイト仲間の男子大学生、カツマーこと克馬くんがバイト終わりにシェフと我が家にご飯を食べに来た時に、魚や野菜だけしかないことがありました。中年の我々は深夜なのであっさりしたものがいいわけですが、20歳の食べ盛りの男の子はそうはいかないでしょう。
「ボリュームのあるお肉がいいだろう」と私は急遽、深夜もやっているスーパーに行って、お肉を買ってきて調理しました。
今回、このテーマで書くので、改めてシェフに「気持ちを込めるってどういうことなのでしょう?」と聞くと、シェフはこの時のことを例に挙げました。
「君だって、克馬が来るから肉を用意しようと思ったんでしょう?料理ってそういうものだよ。作る方は色々考えて、食べる人が喜んでくれるように工夫する。逆に、そういう気持ちがない人が料理を作っても美味しくないと思うよ」
つまり、シェフにとっては、料理は食べる人に喜びを提供するための技術であり、手間なのでしょう。シェフだけでなく、多くのプロの料理人はもちろん、誰かのために料理を作る機会がある人の多くは、食べる人に喜んでもらいたいと思って作っているはずです。
そんな「気持ちを込めて」料理を作ることの報酬は、食べた人の喜ぶ笑顔だったり、「美味しかった!」という言葉だったり、「また食べたくて来ちゃいました」と再訪問してくれることだったりします。
お金が介在する飲食店だって、お金だけのために人は働いているわけではないのです。
よく一家の主婦が、栄養バランスや家族の好みを考えて作った料理を無言で食べられて、がっくりするという場面が小説やドラマでありますね。そんなシーンでは、「全部食べたんだからいいだろ」と食べたほうが開き直るのも定番です。
でも、作った側が報われるのは「美味しかった」「作ってくれてありがとう」「またこれ食べたいな」など作ってくれた人に喜びを伝える言葉や笑顔です。
それは、料理に込めた気持ちを相手が受け取ってくれたという確認であり、普段は一人ひとりで完結している世界に橋を架けたことになるからなのではないかと私は思います。
プレゼントは喜びの交換
何かしてあげた側は、相手が喜んでくれることで、自身も喜びを受け取っている——。そんなテーマで、昔、コラムを書いたことがあります。2009年12月24日のクリスマスイブに書いた記事ですから、もう15年以上も経つのですね。私の両親について書いた実話です。
「プレゼントは喜びの交換」
今日はクリスマスイブです。プレゼントにまつわる個人的な思い出を一つ。
私の母(62)は、花や緑を育てるのが大好きです。実家のマンションの狭いベランダには所狭しと植木鉢やプランターが並び、いつ訪ねても、色とりどりの季節の花が咲いています。
私の両親は、子どもから見てもとても仲のいい夫婦で、夜寝る前は必ず手をつないで会話をしていましたし、しょっちゅう子どもの前でもべたべたしていました。ですが、父は、私たちが幼いころ、母の誕生日に花をプレゼントするということがありませんでした。九州の田舎育ちの父の家では、そんな習慣がなかったのでしょう。
私と姉は、小学校高学年になったころ、父に「お母さんにお花を贈ってあげたら喜ぶよ」とけしかけました。すると、その年の母の誕生日、父は一抱えもある真っ赤なバラの花束を抱えて帰ってきました。母は大喜びして大泣きです。父も母のそんな姿を見て、とてもうれしそうでした。私たち姉妹もとても幸せでした。
それ以来、父は、毎年8月の誕生日とクリスマスに、花束や鉢植えの花を母に贈るようになりました。母はいつも初めてもらった時のように大喜びで受け取っていました。
2004年夏、父は再発したがんが脳に転移し、物忘れが多くなったり、体のバランスが取れずにふらついたりするようになりました。誕生日の朝、「今日はなんの日かわかる?」と聞いた母に、何も答えず、母は寂しい気持ちになって仕事に出かけたそうです。
ところが夕方、家に帰ると、風呂場の水を張ったバケツに、花束が置かれていました。驚いた母は、「覚えていたの?」と駆け寄ると、父はうれしそうに「母さんの誕生日を忘れるはずないじゃないか」と言ったそうです。
よく見ると、父の腕やひざには血がついていました。ふらつく体で転びながら、近所の花屋に花束を買いに行ったのです。母の喜ぶ顔を思い浮かべながら。
父はその年の11月、自宅で家族に見守られながら亡くなりました。母は今も、最後の花束をドライフラワーにして飾っています。「父さんがいなくなったのは寂しいけれど、こんな思い出があるから生きていける」と言っています。
皆さんは、大事な人に何を贈りますか?妻や夫にプレゼントなどあげたことがないという方、仲直りのきっかけがつかめない方、クリスマスはいいチャンスです。花一本だけでもいい。受け取った方も、相手に素直に感謝を伝えてほしいです。
プレゼントは、喜びの交換ですから。
私は、この時に父が母に対して願ったようなことを思って、シェフはお客さんのために料理を作っている人なのではないかと勝手に思っています。
それは、言葉を変えれば、お客さんに対する「愛」なのかもしれない。
愛は見返りを求めないとも言いますが、人は愛を捧げる相手に応えてほしいものなんじゃないでしょうか。人間だもの。
相手に関心を持たれていることがケア
もう一つ、最近ケアについて緩和ケア医の新城拓也先生に取材して、印象に残ったことがこのテーマに関わるので書いておきます。
新城先生は、取材の中で、「飲食業もケアだと思いますよ」と言うのです。私が飲食店でアルバイトをしているから、そんな例を挙げてくれたのだと思います。
新城先生は、「相手を変えようとしないまま、相手が心地良くなるようにお世話をすること」とケアを定義します。
そして、飲食業もケアになり得ると言います。
「なんで飲食店で出てきた料理が美味しくなかったり、冷めていたりすると苛立つかというと、払ったお金に対して見合わないものが出てきたことに腹を立てていると言えばそうですが、僕はそれだけじゃないと思うんです。そういう料理を出されると、やっぱり料理を通じてお店の人にケアされている感じがしないからなんじゃないでしょうか」
料理を通じたケアってどういうことなのでしょう。
「たぶんアテンションの問題なんです。お店の人に客の自分が関心を持たれているかどうか。ちょっとしたことでもいい。たぶんそんな難しいことじゃない。人は人に関心を持たれないとケアされている感じがしないと思います」
新城先生には、昔から行きつけの中華料理店があるそうです。その店長は、昔は厨房で料理を作っていて、今は作らずにホールで接客をしていて、その人の視線がすごいのだと言います。
「もうね、ずっと客のこと見てるんですよ。ただ若い子だと歩き回って、『お水ください』って言われた時にお水を入れるとかするだけですけれど、店長は違うんですね。お客さんはどんな表情かな、どれぐらい食べるのが進んでいるかなって、視線の動かし方が違うんです」
私はなるほどなあと思いました。うちの店のシェフは客席が見渡せる厨房で作っているので、どれだけ忙しい時もお客さんの食べるスピードやどんな表情でいるか、楽しそうか、険悪な雰囲気か、ホールにいる私がびっくりするぐらい、お客さんの様子を見ています。
まさに自身が今料理を作っているお客さんに関心を持ち、お客さんがどんな気持ちでいるかを気にしている。そして、自分の料理でお客さんが笑顔になってほしいと思っている。それがシェフのいう「気持ちを込めて」なのだと思います。
人は何のために働くのか
考えてみれば、どんな仕事でも同じなのかもしれません。
私も記者として、取材申し込みの段階から、どんな読者が読むか、取材相手はどんな言葉で申込書を送れば取材に答えてくれそうか考える。そして書く時も、どう書いたら読んでくれる誰かが読みやすいか、取材相手や私が伝えたかったことが届くかを考えながら書く。
だから私も、書いた記事に感想が寄せられるとすごく嬉しいのです。私の込めた気持ちが届いたとわかるから。私が何も書かなかったら動かなかったあなたの心が動き、その動きを伝えてくれることで私とあなたの間に何かが生まれるから。
人は生活のためだけに働くのではない。そう考えると、シェフの「ノールック、ノー笑顔」は、改めて大事なことに気づかせてくれると思うのです。



コメント
3ものすご~く頷きながら読ませてもらいました。食は自分の感覚を磨く一番身近なことと思っています。そして年を重ねてきてどのように生きどのように人生を閉じるのかということもいつも心にあることです。とっても深いテーマをわかりやすく展開して頂いて感動しました。ありがとうございます。
ありがとうございます。まさにこうやって感想をいただくと嬉しいんですよ。またいろいろ書いていきますので読んでくださいね。
とても心温まるお話ですね💖シェフの「ノールック、ノー笑顔」という言葉に込められた思い、すごく響きました。料理だけでなく、相手に気持ちを込めることって大事ですよね。お客さんが喜んでくれると、作り手の気持ちも満たされるって素敵です✨
私も、おいしい料理を食べたときは、感謝の気持ちをしっかり伝えるように心掛けています。特に、誰かが心を込めて作ってくれた料理には、それに見合う言葉を返したいなって思います😊
シェフのように、相手に喜びを届けるために日々工夫している姿、素晴らしいなぁと思いました!✨
ちなみに、シェフは「気持ちを込めて作る」ことについて、他にもどんなエピソードがあるんでしょうか?